ゼロ化領域の展開 能力発動
健太郎は、一歩、前に出た。
それだけだった。
詠唱も、宣言も、力を振り絞る動作もない。
だが、その一歩を境に、世界の様相が変わる。
空間に満ちていた圧が、抜け落ちた。
聖律が展開していた演算陣は、途中式のまま凍りつき、次の瞬間、意味を失って崩れる。
精霊界由来の干渉は、流れとしては存在しているのに、「何を及ぼすのか」を忘れる。
霊波は振動を保ったまま、情報性を失い、ただの揺らぎになる。
五界魔力――停止。
力は消えていない。
だが、作用しない。
光は、ただの光になる。
闇は、ただの遮蔽になる。
因果も、祝福も、呪いも、概念としての「重さ」を失い、
世界は久しく忘れていた姿へと退行していく。
――ただの空間。
虚界だけが、完全には消えない。
だがそこに残っているのは、世界を侵す力ではなかった。
意味を奪われた衝動。
存在したいという、最低限の欲求だけ。
健太郎は、その中心に立っている。
何かを選んだわけではない。
何かを命じたわけでもない。
ただ、世界が勝手に決めるために使ってきた力を、無効化しただけだ。
霧亜は、崩れゆく干渉層を見つめながら、静かに息を吐く。
「……これは破壊じゃない」
彼女の声は、確信を帯びていた。
「世界の前提を、外しただけ」
管理もない。
代理もない。
救済の強制も、破滅の選別もない。
ここでは、どの界も優先されない。
どの思想も、世界そのものを名乗れない。
健太郎は、決めていない。
だが、だからこそ――
この空間では、
誰も、世界の代わりに決められない。
選択は、初めて本当の意味で、
人間の手に戻ろうとしていた。




