表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

エレベーターの果て

作者: TOMMY
掲載日:2025/11/13

ピンポーン。

エレベーターが到着を告げる。

扉が開くと、赤い絨毯が果てしなく続いていた。光沢のある壁には誰かの影がゆらぎ、天井のシャンデリアは息を潜めている。高級ホテルの廊下だと思った。だが、誰もいない。空調の音だけが、静かに僕の存在をなぞる。僕はここで、降りない。降りられない。


扉が閉まり、機械が動き出す。ポーン。

上へ。滑らかに、それでいて腹の底を撫でるような不快な浮遊感。

この感覚には、何度経験しても慣れない。


ピンポーン。

開いた先は、凍てつく空気の吹きすさぶ冷蔵庫の中だった。

鈍い光の中で、無数の肉片が吊るされている。赤と白の境界が曖昧で、まるで生と死が半ば凍ったまま並んでいるようだった。

息を吸うと、肺の内側が硬直する。

早く閉まってくれ。


ポーン。

エレベーターは再び登る。

上昇は加速し、やがて速度そのものが感覚を超える。壁が唸る。

──いつまで登っているんだ。


時間の概念が融けていく。

上下の区別すら曖昧になった頃、突然、揺れが止まった。


ピンポーン。

扉が開く。

視界が白く滲み、空気が凍っていく。気づけばそこは、白銀の砂だった。

白銀の砂が、どこまでも続いている。

その地平の向こうに、漆黒の空。点々と瞬く光。

ここは……月面だ。


無音。

それなのに、遠くから潮の音が聞こえた気がした。

その瞬間、扉が暴れるように閉じた。


ガコン。

何かが外れた。

重力が反転する。身体が宙を掴み損ね、

──落ちている。


上昇と同じ速度で、今度は下降。

冷たい風が肌を剥ぎ取る。

落下は、記憶を剥がす行為のようだった。

僕は、かつて何度この夢を見ただろう。

上昇の果てに辿り着くのは、必ずこの落下だった。


ガタガタと震える箱の中で、

手すりにしがみつきながら、

僕は祈るように目を閉じた。


身体が上下左右に激しく揺れ、そして──

ピンポーン。


──「おい、起きろ。終わったぞ」


視界が反転する。

目の前には、ジェットコースターの係員が立っていた。

汗ばんだ手のひらがまだ震えている。

足元が、地面を確かめるように揺れた。


あの上下運動のすべてが、僕の中のエレベーターだった。

恐怖から逃げるために、想像は僕を運んだのだ。

けれど、

今でも耳の奥で、あの音が鳴り続けている。


ピンポーン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ