閑話 魔法おばちゃん千田さんの1日
「よっしゃあ! 今日も千田界、全開でいくよお!」
朝日と同時に、千田さんの声が屋根を突き抜けた。
寝ぼけ眼のオヤジさん(犬)は、しっぽを垂らしてため息をつく。
「……また始まったワン」
「今日のミッションはね、異世界ゲートの不調調査よ! あと鮭焼き!」
「ワンワン(どっちがメインなんですか、それ!)」
「鮭に決まってるでしょ!」
――今日も、魔法おばちゃん千田さんの一日が始まる。
しっぽをふりつつも、半分あきらめ顔だ。
彼は千田さんの飼い犬である。
「オヤジさん! 今日の朝ごはんは特製・焼き鮭定食だよ! 脂ののりが最高さ!」
そう言いながら、千田さんは薪ストーブに火をつけた。
パチパチと音を立てて炎が上がり、魚焼き網の上で鮭がじゅうじゅうと焼けていく。
その香りが裏庭から異世界の空へとしみ出し、通りすがりの妖精たちまで「お腹すいた〜!」とつぶやくほど。
「ほら見てごらん、この照り。この焼き加減。もう芸術よ」
「ワン(朝からハイテンションすぎワン)」
朝食を終えると、千田さんはストレッチをしながら玄関へ。
カーディガン姿のまま、腰にはしゃもじ型の魔導具、頭にはハチマキ。
まるで戦地に赴くかのような勢いだ。
[朝の巡回開始!]
「今日の任務は、チダプールの異常チェック! それから、鮭の健康診断よ!」
そう宣言すると、千田さんは庭の電動自転車にまたがった。
キュイーン! と軽快な音を立てて、車輪がふわりと地面を離れる。
空を滑るように走る千田さん号。
これが彼女流の魔法のホウキである。
「異世界ゲート、異常なーし! 精霊温泉、異常なーし! チダプールの水質、今日もピッカピカ!」
空中でサムズアップ。
どこからともなく、軽快な八木節BGMが流れ出す。
「小原庄助さん、なんで身上、つーぶした? ヤンチキどっこいしょ〜♪」
すると、カーディガンがパァッと光った。
「魔法おばちゃん千田さん、ハッピ変身、完了!」
青地に千田界と大きく染め抜かれたハッピ姿。
背中には八木節専用ステレオを背負い、決めポーズ。
「八木節に代わって、お仕置きよぉ〜!!」
[午前の修行タイム!]
チダプールのほとりでは、朝恒例の煩悩ばらい体操教室が始まっていた。
参加者は、瑠散、荻野さん、周東さんの子どもたち、そして火の精霊数匹。
「さあいくよお〜! いち、に、ヤギ! いち、に、ヤギ!」
「いや、八木やろ! 体操ちゃうやん!」と瑠散が全力ツッコミ。
しかし千田さんは完全に八木節モードに突入している。
ステップを踏み、しゃもじを振り、軽快に歌いながら体をひねる。
「ちょいと出ました三角野郎が〜、四角四面の櫓の上で〜♪」
もはや誰も止められない。
オヤジさんはちゃんと指導員補助のビブスを着て見守っている。
鮭トバをかじりながら、時々
「ワン(姿勢ピンと!)」と檄を飛ばす。
火の精霊たちもノリノリで、体の炎がリズムに合わせてメラメラ揺れていた。
[昼の魔法料理研究会!]
「お邪魔しまーす!」
五十嵐さんと周東さんがリビングにやってきた。
テーブルの上には具材がずらり。鮭、しそ、ごま、魔法米。
今日のテーマは「おにぎりで世界を救う」だ。
「まずは鮭を混ぜて、しそをパラッと――はい、これが鮭踊る八木節ボム!」
「名前のクセが強すぎます」と周東さん。
「でもめちゃくちゃ美味しいです!」と五十嵐さん。
香ばしい匂いと笑い声があふれ、リビングは即席の魔法食堂になった。
こうして千田さんの家には、いつも自然に人が集まる。
不思議と、誰もが元気になるのだ。
[午後のトラブル発生!]
「千田さーん! ゲートから火の精霊が暴走してます!」
外から瑠散の声。見ると、空間の裂け目から赤い火の塊が飛び出していた。
「ひええっ、魚が焦げるー!」と精霊がパニックに。
千田さんはすかさず立ち上がり、八木節ステレオを起動!
「焦げもまた、味わいよお〜! ヤンチキどっこいしょー!」
リズムに合わせてしゃもじを振ると――
暴れ狂う炎がみるみる落ち着いていく。
まるで八木節の音に従うように、精霊たちが整列した。
「ほら、これが遠火の極意よ!」
「ヤンチキどっこいしょー、遠火! 強火!」
気づけば、火の精霊たちはノリノリで踊り出し、炎のリズムで千田さんを囲んでいた。
騒動は見事に収束。
「千田さんの八木節、めちゃくちゃ楽しい!」
と精霊たちは感激し、そのまま千田界料理部に加入してしまった。
事件は笑いの渦で終わったのだった。
[夕暮れ、そして静かな時間。]
日が落ちるころ、千田さんはハッピを脱いで、普段着に戻った。
縁側には、炊きたてのご飯と焼き鮭、そして湯気の立つお味噌汁
「やっぱり、これが一番だね」
オヤジさんが隣にちょこんと座り、静かにしっぽを振る。
千田さんは空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。
「ほんとはさ、とーちゃんと、こうしてご飯食べたかったんだよね……」
千田界を作った理由。
それはどこかで消えた夫を探すため。
でも、そんな寂しさは、明るさの中にそっと隠してきた。
「ク〜ン(大丈夫だよ)」
「へへっ、ありがと。……さ、明日も踊るか!」
オヤジさんが優しく鳴いた。
彼の中がほんの一瞬、光を帯びたように見えた。
[夜の千田界。]
ちゃぶ台の上で小さな宴が始まる。
瑠散が手土産に持ってきた鮭グラタン、荻野さんはデザート担当。
周東さんの子どもたちが駆け回り、折茂さんは優雅にワインを傾けている。
みんなが笑って、食べて、歌って――
「明日も千田界は、元気でいくよお〜!」
「千田さん、また八木節やるんですか?」
「当たり前さ! 八木節は魂のリズムよ!」
どっと笑いが起きた。
異世界と現実の境目がゆるく混ざり合い、灯りの中で笑顔が弾ける。
そして翌朝。
また新しい日がやってくる。
「ヤンチキどっこいしょー! 今日も焼くよ、異世界鮭ー!!」
空に響く声。
その元気と笑い声こそが、千田界を支える魔法そのものだった。
――めでたし、めでたし。
ー追記ー
あっそうだ!
「千田界を案内しておくわ。」
リビングの奥には、下に続く螺旋階段があった。
千田さんは「こっちよ」と手招きしながら降りていく。
階段を下りると、そこには本格的なダンジョンが広がっていた。
石造りの通路、松明が燃える壁、どこからか聞こえてくる不思議な音楽。
「地下には迷宮があるの。火の塔、海のエリア、空中庭園、それから街並みまで。
トーキョードーム136個分の広さがあるのよ」
広すぎる!
千田界の日常は、今日も全力で鮭と八木節と笑いに満ちています。




