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異世界に召喚されたけど、帰る条件が「焦げない鮭を焼くこと」だった 〜千田さん家の裏口は異世界への入口〜  作者: たかつど
焼き饅頭は事件の味

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31話 焼き饅頭殺人事件、仮死魔法の秘密!? (2)

 婚約者Aの口からまだ焼き饅頭の香りが漂うオフィスで、千田さんは眉をひそめた。

 空気の奥に、わずかな魔力の残滓(ざんし)が漂っている。


 それは八木節の魔力ではない。

 もっと冷たく、乾いた、微弱な魔法の痕跡。


 千田さんは床にしゃがみこみ、指先でその魔力をたどる。

 机から椅子へ、椅子から婚約者Aの身体へと、細い線のように続いていた。


「やっぱりね。これは仕掛け魔法だわ」

「し、仕掛け魔法?」


 弟が顔を引きつらせる。


「そう。自動で発動する魔法。今回は焼き饅頭を詰め込むという、かなり雑な命令が書かれてる」

「そんなことが……可能なのか?」

「可能よ。ただし、高度な魔力制御が必要。しかも―」


 千田さんの目がぴくりと動いた。

 魔力のパターンに、見覚えがあったのだ。


「この波形。まさか、あなたの会社の魔法炉(マナボイラー)で使われてる営業部式エネルギー制御と同じじゃない」


「えっ!? あれは社外秘だぞ!」

「つまり、あなたの社内の誰かが、魔法を悪用したってことよ」


 千田さんは、机に置かれた製造記録簿を開いた。

 そこには、饅頭の製造日時・焼き加減・使用魔力が細かく記されている。


「この饅頭を焼いたのは……誰?」

「昨日の朝。営業部長の従業員Bに任せた」

「従業員Bね」

 千田さんの目が細く光る。


 四十代後半。勤続二十年。

 千田(弟)の片思い相手として、一部で有名な人物だ。


「ちょっと話を聞いてみましょうか」



 千田食品本社。

 お菓子と魔法の香りが混ざるオフィスの一角。


 営業部長・従業員Bのデスクは、ちょうど弟の執務室が見える位置にあった。

 彼女は資料をめくる手を止め、千田さんの姿を見ると、びくりと体を震わせた。


「千田さん。どうされました?」


「昨日の焼き饅頭。あなたが焼いたんですよね?」

「え、ええ。社長(弟さん)の指示で。営業サンプルを」

「焼いたとき、何か妙なことは?」

「特には。普通に魔法炉で焼きました」


 千田さんは、すっと近づく。

 八木節のリズムに合わせて扇をひらりと開いた。


「八木節サーチ!」


 軽やかな音とともに、空気が淡く震える。

 従業員Bの手のひらに、薄く光る魔法の模様が浮かび上がった。


「あなた、この魔力、どこで習ったの?」


 従業員Bの目が泳ぐ。

「わ、私は昔、夜間学校で少し……」


「違うわね。これは仮死魔法系統の痕跡よ。

 つまり――あなたが婚約者Aに魔法をかけた」


 その瞬間、従業員Bの顔から血の気が引いた。


「ち、違うの! 私は彼を、助けたかっただけ!」


「助ける? 誰を?」

「社長(弟さん)よ!」


 空気が、ぴたりと止まる。



 従業員Bの告白は、まるで悲劇のメロドラマのようだった。


 彼女はずっと千田(弟)に想いを寄せていた。

 だが、弟は若くて華やかな婚約者Aを選んだ。


 あんな女に、彼を渡したくない


 その嫉妬が、ゆがんだ方向へと彼女を導いた。


「だから、仮死魔法を使ったの。

 彼女を仮死状態にして、弟さんがショックを受けたところで、

 私が助けるつもりだったのよ」


「恩人ポジションを狙った、ってわけね」

「そうよ! そのつもりだったのに……魔法が暴走して……!」


 彼女は顔を覆って泣き出した。


 千田さんは、静かにため息をついた。

「あなたねぇ、恋愛に魔法使うのは三流よ。八木節で踊って距離を詰めなさい」



 だが、事件はまだ終わっていなかった。


 千田さんは、婚約者Aの体に再び手をかざした。

 微かに、温もりがある。


「……生きてるわね」


「えっ!?」

「仮死魔法が完全に切れてない。呼吸もある。つまり、まだ仮死の最中」


 千田さんは扇を取り出し、再び唱える。


「しゃもじ・リバイブ!」


 黄金の光が婚約者Aの体を包む。

 次の瞬間――


「……ん、ぐっ、ごふっ! 水、水ぅ〜〜〜!」


 婚約者Aが勢いよく目を覚ました。

 驚く弟の横で、千田さんは湯呑を差し出す。


「はい、お茶どうぞ」

「熱っつぅぅぅぅ!」


 その声がオフィス中に響きわたった。



 数分後、魔法庁の職員が到着し、従業員Bは連行された。

 罪状は「仮死魔法の不正使用および焼き饅頭暴走未遂」。


 だが、婚約者Aが生きていたことで、刑は軽く済みそうだった。


 弟は呆然と立ち尽くし、ようやく一言。


「……つまり、俺の婚約者は死んでなかったってことか」

「そうね。死んだのはあなたたちの恋だけど」


 千田さんの言葉は、見事に弟のハートを貫いた。

 オフィスの隅では、復活した婚約者Aが泣きながら焼き饅頭を見つめている。


「うう……私、饅頭の匂いもう嗅ぎたくない……」


 そんな中、千田さんは淡々とメモを取っていた。


「ふむ。仮死魔法の痕跡はまだ完全には消えてない。……この魔力、どこかで見たような」


 彼女の視線が窓の外へ向く。

 火の塔の上空、ゆっくりと旋回する鮭型の雲の間に

 一瞬だけ、黒い影が見えた。


「……やっぱり、裏に誰かいるわね」


 千田さんの目が、静かに燃える。




 その夜。


 自宅のリビングで、千田さんは八木節を口ずさみながらお茶をすする。


「まったく……恋愛も魔法も、火加減が大事なのよ」


 焼き饅頭の甘い香りが、夜風に乗って漂う。


 その香りの奥に、かすかに誰かの笑い声が混じっていたことに、

 千田さんはまだ気づいていなかった――。

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