20話 炎の塔と炎のオニギリ!?
「さあ、来なさい、少年よ」
ゾクヤケシャ様の声は、熱波そのものだった。
瑠散は塔の最上階まで辿り着き、既に汗びっしょりになっていた。
靴の底が、ほんのり焦げている気もする。
「暑い…暑すぎる…なんでエアコンないんですか、この塔…」
「エアコン?何じゃそれは。ワシの時代にはそんなものはなかったぞ」
ゾクヤケシャ様が首をかしげる。時代の変化についていくのは大変らしい。
炎の塔は、空に向かって吠えるように聳えていた。
まるで燃えさかる煙突のようなその塔の頂に、ゾクヤケシャ様と呼ばれた炎の守護者がいた。
燃える髪、火山石のような瞳、そして背には赤く翻る法衣。
「きみには、『禁断の炎のおにぎり術』を授ける資格があるのじゃ。
いや、むしろこの時代にそれを受け継げるのは、きみだけなのじゃよチルチくん!」
「名前、瑠散ですけど」
「ルチルじゃったか。まあ、どちらでもよいわ」
ゾクヤケシャ様はくるりと一回転し、宙におにぎりの形をした火球を浮かべた。
それは燃えながらも三角形を保ち、ゆらゆらと空中で揺れている。
「おお…本当におにぎりの形してる…」
瑠散は感嘆の声を上げた。
「これはただの火魔法じゃないぞ。
『炎のおにぎり術』握りしめることで心の炎を形に変える、究極の調理兼攻撃術じゃ。
かつては使うだけで周囲の味覚に混乱をもたらした禁呪」
ゾクヤケシャ様の説明は大げさだが、確かにその火のおにぎりからは強大な魔力を感じる。
瑠散は、一歩下がった。
「いや、ちょっと待ってください。
俺、まだ完全に焼き鮭うまく焼けないんです。
中まで火が通らなかったり、皮だけ焦げたりして……」
「それは『火』と心がまだ結ばれていない証拠じゃ!」
ゾクヤケシャ様が雷鳴のように叫んだ。
塔の壁がミシリと鳴った。
だがすぐに、その声は優しさを帯びた熱に変わる。
「だけどね、そういう自信のなさこそが、『おにぎりの芯』なのじゃよ。
完璧じゃないからこそ、人は握る。恐れと不安、そして願いをこめて」
そんな深い話になるとは思わなかった瑠散は、少し戸惑った。
ふいに、塔の床に炭で円が描かれた。ゾクヤケシャ様はそれを「炎の厨房陣」と呼んだ。
「入ってごらん。何も強制はしないぞ。
ただ、きみが『誰かのために握りたい』と思ったときだけ、炎のおにぎり術は応えてくれるはずじゃ」
瑠散はしばらく無言で立ち尽くしていた。
頭に浮かぶのは、異世界ママ・周東さんの笑顔。
いつも美味しい料理を作ってくれて、子どもたちのことを第一に考えている。
焼き加減に厳しい千田さん。
でも、それは愛情の裏返しで、みんなに美味しいものを食べてもらいたいから。
庭木の手入れをするとーちゃん。
犬から人間に戻ったばかりなのに、家族のために一生懸命働いている。
そして、遠くで八木節魔法を踊る千田町の人々の姿。
みんな、誰かのために何かをしている。
誰かのために、焼きたい。握りたい。
そう思ったとき、瑠散は静かに炎の陣に足を踏み入れた。
その瞬間、炎が三角形に渦巻き、彼の手の中にちいさな火の魂が生まれた。
「おおお!手に火が!でも熱くない!」
「そうじゃ、それが心の炎じゃよ。愛情で包まれているから、熱くはないのじゃ」
ゾクヤケシャ様が満足そうに頷く。
「よく来たね、少年の『炎のおにぎり』は、まだ未完成じゃ。
けれども、きみなら完成させられるとワシは信じているぞ」
ゾクヤケシャ様の声が、まるで母のように柔らかく響いた。
「それじゃあ、実際におにぎりを握ってみるかのう」
ゾクヤケシャ様が炊きたてのご飯を差し出した。
どこから出したのかは謎である。
「えーと、どうやって握ればいいんですか?」
「簡単じゃ。心を込めて、愛情を込めて、そして少し艶——」
「艶は要りません!」
瑠散のツッコミが炎の塔に響く。
「つまらんのう。まあよい、とにかく心を込めて握るのじゃ」
瑠散は恐る恐るご飯を手に取った。
温かい。そして、なんだか懐かしい匂いがする。
「誰かの笑顔を思い浮かべるのじゃ」
瑠散は千田さんの笑顔を思い浮かべた。
すると、手の中のご飯が温かく光り始めた。
「おお、いい感じじゃ!そのまま三角に握るのじゃよ」
しかし、
「あ、あれ?形が崩れる」
瑠散が握ったおにぎりは、三角どころか、なんだかよくわからない形になってしまった。
「ぬう、まだまだじゃな。おにぎりは奥が深いのじゃよ」
「普通のおにぎりでこんなに難しいなんて」
瑠散はがっかりした。
「大丈夫じゃ、最初はみんなそんなものじゃよ。ワシだって最初はひどいものじゃった」
ゾクヤケシャ様が励ましてくれる。
「昔のうめちゃん時代の話ですか?」
「うめちゃんって言うなと言っておるじゃろ!」
ゾクヤケシャ様が照れ隠しに怒鳴る。
「でも確かに、小豆農家時代は料理も下手くそじゃったわ。
おにぎりどころか、お茶も満足に入れられなかった」
意外な過去の告白に、瑠散は興味を持った。
「それで、どうやって上達したんですか?」
「練習じゃよ、練習。毎日毎日、家族のためにおにぎりを握り続けた。
失敗しても、諦めずに握り続けた」
ゾクヤケシャ様の目が遠くを見つめる。
「そして気づいたのじゃ。おにぎりは技術だけじゃない。心なのじゃと」
「では、もう一度やってみるかのう」
今度は、ゾクヤケシャ様が手本を見せてくれた。
「見ておれ。まず、ご飯に感謝する」
「ありがとう、お米さん」
ゾクヤケシャ様が真面目にご飯に向かって言った。
「次に、食べてくれる人を思い浮かべる」
ゾクヤケシャ様の表情が優しくなった。
「そして、愛情を込めて…握る」
ゾクヤケシャ様の手の中で、ご飯が美しい三角形になった。そして、微かに炎が立ち上る。
「すごい…本当に燃えてる…」
「これが炎のおにぎり術じゃ。火は愛情の現れなのじゃよ」
瑠散も真似して、もう一度挑戦した。
千田さんの笑顔、周東さんの温かさ、とーちゃんの頑張り、折茂さんの優しさ、みんなの顔を思い浮かべながら、丁寧におにぎりを握った。
すると
「お、おお!できた!」
瑠散の手の中に、少し歪んではいるが、確かに三角形のおにぎりができた。
そして、小さな炎がちろちろと燃えている。
「よくやったじゃ!」
ゾクヤケシャ様が拍手してくれた。
「これで、きみも準おにぎり使いじゃ」
ゾクヤケシャ様が瑠散に称号を授けた。
「準って何ですか?」
「本格的なおにぎり使いになるには、まだまだ修行が必要じゃからな。
でも、心はもう立派なおにぎり使いじゃよ」
瑠散は自分の作ったおにぎりを見つめた。形は不格好だけど、確かに温かい愛情が込められている。
「このおにぎり、誰かにあげてもいいですか?」
「もちろんじゃ!おにぎりは分かち合うものじゃからな」
炎の塔を下りながら、瑠散は考えていた。
料理って、技術だけじゃないんだな。心を込めることが一番大事なんだ。
千田さんも、周東さんも、きっとそれを知っているから、あんなに美味しい料理が作れるんだろう。
「今度は鮭おにぎりに挑戦してみよう」
瑠散は決意を新たに、千田さん家へと向かった。
手の中では、小さな炎のおにぎりが温かく光り続けていた。
こうして、瑠散は炎のおにぎり術を受け継ぐ「準おにぎり使い」となった。
まだまだ未熟だが、愛情を込めて握るという大切なことを学んだ。
これからも、みんなのために美味しいおにぎりを作り続けていくだろう。
そして、千田界にはまた一つ、温かい物語が生まれたのだった。




