16話 炎の塔と伝説のあの人!?
その日、千田界の空が真っ赤に染まった。
溶岩湖の向こうから、炎の鳥が飛び立つ。
塔の頂で火柱が上がる。何かが、目覚めた。
「わしゃ帰ってきたぞぉぉぉぉーーーっ!」
声が轟く。炎が渦巻く。
「わしゃ伝説の炎の守護者、ゾクヤケシャじゃ!エロくてすまんのう!」
ふわりと揺れる癖っ毛に、炎を思わせる鋭いアイライン。
その下には、豊かな曲線美を惜しげもなく主張する体つきが続く。
法衣の布地は彼女のボリュームある胸元やくびれを際立たせ、動くたびに柔らかなラインが強調される。
まるで法衣そのものが彼女の体を飾るために織られたかのようで
視線をどこに置けばよいのか困ってしまうほど妖艶だった。
「……あれ、修行着じゃないわよね?」
千田さんが目を細める。
肩から腰までほとんど露出。
肌がきらきらと光り、熱気がこちらまで伝わってくる。
炎の羽が背中から生え、ひらひらと舞っている。
「あれがゾクヤケシャ様……」
「炎の鮭拳法・開祖……」
「千田界最強の火の使い手……」
弟子たちが震える声で呟く。
そう、彼女こそが伝説の師匠。
グルメ選手権三連覇を果たした伝説の料理人にして、千田界最高峰の火の使い手。
燃える髪、火山石のような瞳、そして背には赤く翻る法衣をまとう神秘的な存在として知られていた。
そして、千田界の平和を乱す三大トラブルのひとつでもある。
「よいか弟子たちよ!炎とは情熱、情熱とは艶じゃ!」
「ゾクヤケシャ様、それ艶はいりません!」
ツッコむのは五番弟子の荻野さん。
ネイルが趣味の都会派美人だが、拳の炎は師譲りの本格派だ。
「荻野よ、おしゃれしながら戦ってるようじゃが、ちゃんと拳の鮭、燃えとるか?」
「サンマは偶然です!おしゃれは捨てられません!でも今日も燃えます!」
「まあよい。今日はもっと大事な話があるんじゃ」
炎の塔、最上階
赤銅色の祭壇。
ゾクヤケシャ様は久々の弟子たちを見渡した。
千田さん、折茂さん、荻野さん。そして——
「おや、とーちゃん……犬?」
「はい、それがですね……」
千田さんが事情を説明し始める。
夫が犬の姿に変えられていること。
それでも一緒に戦ってきたこと。
「ふむふむ……」
ゾクヤケシャ様は真剣に聞いている。
が、途中から目が遠くなっている。
「……ゾクヤケシャ様、聞いてます?」
「聞いとる聞いとる!つまりアレじゃろ?夫婦愛じゃろ?艶っぽいのう!」
「だから艶やめてください!」
「わははは!ツッコミも成長したのう!」
ゾクヤケシャ様は満足そうに笑う。
そして——急に真面目な顔になった。
「実はな、わしにお告げがあったんじゃ」
空気が変わる。弟子たちが息を呑む。
「いずれ、『炎と踊りと植木と犬』を極めし者が現れる。
その者こそ、わしの全技を継ぐ最後の継承者となる——とな」
「ま、まさか……」
千田さんが驚きの声を上げる。
「とーちゃん!?」
「おい待て。植木はわかるが、犬って何じゃ?」
「だから今説明したじゃないですか!」
「あ、そうじゃったか!わはは!」
師匠は全然聞いていなかった。
「つまりじゃ」
ゾクヤケシャ様が拳を握る。炎が立ち上る。
「これは炎の継承儀式を行うしかあるまい!」
瞳がメラメラと燃え上がる。
「炎と愛と艶こそが、真なる力を呼ぶのじゃ!」
「艶は引いてくださいゾクヤケシャ様!」
荻野さんと千田さんが同時にツッコむ。
「わははは!まあ聞け」
ゾクヤケシャ様は塔の中央に立った。
「炎継承儀式それは、わしの力を次代に託す儀式じゃ」
「ど、どんな儀式なんですか?」
「簡単じゃ。炎の試練を三つ乗り越えればよい」
ゾクヤケシャ様が指を三本立てる。
「一つ、炎の舞。八木節のリズムで炎を操れるか」
「二つ、炎の心。真っ直ぐな心で炎を受け止められるか」
「三つ、炎の艶——」
「待った!」
千田さんが手を上げる。
「三つ目、絶対おかしいですよね!?」
「おかしくないぞい。炎には情熱が必要じゃ。情熱には艶が——」
「いりません!」
全員で叫ぶ。
「むう……最近の若い者は艶が足りんのう」
ゾクヤケシャ様はぶつぶつ言いながら、しかし嬉しそうだ。
「まあよい。とにかく、継承儀式を始めるぞい」
その言葉と同時に、塔の炎がうねった。炎の鳥たちが空を舞う。
「ほほう……おもしろい展開になってきたのう」
ゾクヤケシャ様は笑う。
「準備せい、弟子たち!次なる継承者は、ここで決まる!!」
炎の塔の天井が開いた。
夜空の下、火の鳥たちが輪を描いて飛び交う。
その中心に、ゾクヤケシャ様が浮かび上がった。
「この儀式は、炎と心が真っ直ぐでなければ成せぬ」
赤い髪が風になびく。
「そして何より——少しの艶が必要じゃ!」
「だからその艶やめてくださいってば!!!」
「わははは!おぬしらツッコミも成長したのう!」
塔の炎が一際強く燃え上がる。夜空に鮮やかな赤が広がった。
「しかしゾクヤケシャ様」
折茂さんが静かに問う。
「なぜ今、この儀式を?」
「よくぞ聞いてくれた」
ゾクヤケシャ様の表情が引き締まる。
「実はな、また来るんじゃよ。味のない時代が」
「えっ……」
「十年前の戦争を覚えておろう?あれは序章に過ぎん」
風が吹く。炎が揺れる。
「次に来る敵は、もっと強大じゃ。炎も、八木節も、植木も全てを否定する者たちが」
「そんな……」
「だからこそ、わしの力を継ぐ者が必要なんじゃ」
ゾクヤケシャ様は空を見上げる。
「とーちゃんとやら。おぬしには可能性がある。犬の姿でも戦い続けた心。植木を愛する優しさ。そして、千田への愛」
「ゾクヤケシャ様……」
千田さんの目が潤む。
「その愛こそが、最強の炎を生むんじゃ。わしが保証する」
「でも、とーちゃん、植木職人なんですよ?」
「問題ない。炎は形を選ばん。心さえあれば——」
ゾクヤケシャ様がニヤリと笑う。
「植物でも、人でも、炎は宿る。そして艶も——」
「もういいです!」
「わははは!」
笑い声が塔に響く。
「さて……次回じゃな」
ゾクヤケシャ様の声が、塔全体に響いた。
「八木節炎継承儀式、開幕じゃ!!」
空から火の粉が降り注ぐ。
炎の塔がまるでステージのように輝いた。
弟子たちの影が赤く伸びる。
それぞれの拳が静かに熱を帯びていく。
「燃やせ、弟子たちよ!」
ゾクヤケシャ様の叫びとともに、塔の炎が天に伸びた。
「そして——」
彼女は千田さんを見つめる。
「艶は大丈夫なのか?」
「ピッチピッチです!」
「冗談じゃ。わははは!」
「冗談になってません!」
「まあ大丈夫じゃろ。おぬしらなら」
ゾクヤケシャ様は優しく微笑む。
「わしの弟子は、皆強い。心も、拳も、ツッコミもな」
その光の中で、千田さんはふと呟いた。
「とーちゃん……私たち、また並んで戦えるね」
「あぁ」
「よし、決まりじゃな」
ゾクヤケシャ様が両手を広げる。
「準備期間は三日。その間に心を整えよ」
「三日後、この塔で待っておる」
「そして——」
彼女の瞳が真剣に光る。
「炎の力を、次の世代へと繋ぐのじゃ」
炎の塔の上に、笑い声がこだました。
弟子たちは決意を新たにする。
千田さんは拳を握る。
折茂さんは傘を回す。荻野さんはネイルを確認する。
そしてとーちゃん静かに空を見上げた。
「よいか、皆の者」
ゾクヤケシャ様の声が響く。
「炎とは命じゃ。情熱じゃ。そして——」
「艶じゃない!」
全員で先にツッコむ。
「……おぬしら、わしの台詞を奪うでない」
ゾクヤケシャ様は少し寂しそうだった。
「でも、嬉しいぞい。こんなに元気な弟子を持てて」
彼女は本当に嬉しそうに笑う。
「では、三日後に会おう」
「必ず、全員で来るのじゃぞ」
炎が静かに燃える。夜空に星が瞬く。
——次回、「八木節炎継承儀式」。
炎と愛と八木節が、いま交わる。
千田界の新たな伝説が、今、始まろうとしていた。
炎の塔が赤く輝く。その光は、希望の色だった。




