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異世界に召喚されたけど、帰る条件が「焦げない鮭を焼くこと」だった 〜千田さん家の裏口は異世界への入口〜  作者: たかつど
燃える心は過去の味

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12話 千田界の焼きと蒸しの戦い!?

 今でこそ千田界は平和そのものだが、十年前の春。

 そこには味の戦争があった。


 炎の塔がそびえ、八木節が響くあの世界。

 人々は毎日おいしいご飯を作り、笑いながら食卓を囲んでいた。

 だが、その「おいしい」の定義が、たったひとつの番組をきっかけに崩れたのだ。


「焼き魚こそ至高!香ばしい焦げ目が命!」

「いや、蒸してこそ素材の味が生きるのよ!」


 その夜の料理番組『異世界クッキング☆バトル』での言い争いが、

 後に味の戦争と呼ばれるまでの大乱を招くことになるとは、誰も思っていなかった。


 こうして千田界は、「焼く派」と「蒸す派」に分かれた。

 火を崇める者と、水蒸気を信仰する者——思想の違いが、調理場を戦場へと変えていく。



 彼らは名乗った。「味気なき者(フレーバーレス)」と。

 黒いフードをまとい、巨大なせいろを携えた彼らは、焼き文化を野蛮な焦がし術と呼び、各地の台所を次々と制圧していった。


 火が消えた台所では、香ばしさが失われ、人々は無味無臭の料理を口にする日々を余儀なくされた。

 料理の中心、鰹節と昆布が泳いでいる「出汁の泉」が奪われたとき、千田界の味覚は、完全に蒸気の支配下に落ちた。


 その絶望の中、立ち上がった三人の英雄がいた。

 彼女たちは、それぞれの得意分野で、世界の味を守るために戦った。



 八木節魔法の舞姫・千田


「焼くってのはね、焦がすことじゃないの。生きることなのよ!」


 八木節の衣装を翻し、千田は炎の中に立っていた。

 扇子を広げ、リズムを刻む。

 太鼓が鳴り、風が唸る。


「いーやそーだ!ヤンチキどっこいしょー!

 ——八木節魔法・式一番《舞踏の刃》!!」


 炎が唄い、彼女の周囲に花火のような焦げ目が舞った。

 扇の一閃で、敵の蒸し鍋が爆発。

 香ばしい香りが戦場を満たす。


「蒸し料理も悪くないけどね焦げ目には、心があるのよ!」


 その言葉とともに、千田の足元に広がる畳が燃え、炎の円が広がった。

 その光景を見た者たちは、彼女をこう呼ぶようになった——「炎舞の千田」



 剪定の戦士・とーちゃん


 犬になる前のとーちゃんは、剪定の戦士だった。

 植物を愛し、枝を整え、世界の景観と秩序を守る男。


「焼きも蒸しも、育て方次第だ。荒れるやつは、剪定だ。」


 手にした剪定バサミが光を放つ。

 地面から枝が伸び上がり、蒸気の兵を縛りつける。


「——剪定術(せんていじゅつ)枝刃(エダハ)!」


 鋭く伸びた枝の刃が、霧の壁を一瞬で切り裂いた。

 焦げ目の香りと共に、風が通り抜ける。


「戦場も庭もな、放っておくと荒れるんだ。整えてやらなきゃ、味も平和も育たねえ。」


 地味だが強い。派手な魔法こそないが、彼の一振りは確かに世界を支えていた。

 ——「整えること」こそ、彼にとっての戦いだった。



 舞傘の炎術師・折茂


 白い日傘を手に、折茂は戦場に立つ。

 彼女の微笑みは涼やかだが、傘の内側には地獄の炎が宿っていた。


「術式、舞傘転陣(まいがさてんじん)全火転写(ぜんひてんしゃ)。」


 その瞬間、傘の骨が赤く光り、空気が震える。

 傘が一回転すると、炎が渦を巻き、敵の蒸気兵が一瞬で蒸発した。


「焼きは情熱、香りは命。蒸気? まあ、美容にはいいけどね。」


 炎を纏いながら軽やかに舞う折茂。

 彼女の一歩ごとに炎の花が咲き、戦場が明るく染まる。

 ——「炎傘の女神」その名は、後に千田界の伝説となった。



 霧に覆われた千田界南北「出汁の泉」。

 そこに立つのは、蒸し軍の総帥、蒸し魔王ミストシェフ。


 頭には巨大なせいろ、肩からは常に蒸気が噴き出している。

 声は低く、湿っていた。


「焦げ目は不純物。蒸しこそが、純なる調理法……。焼き文化など、湯気の中に沈めてくれる!」


「焦げも旨味のうちよ!」千田が叫ぶ。

「焼きは進化、蒸しはぬるま湯!」


 八木節の太鼓が鳴る。

 とーちゃんの枝がしなり、折茂の傘が炎をまとう。

 三人の魔力が、世界の味を取り戻すためにひとつに重なる。


三式合一(さんしきごういつ)——八木節(やぎぶし)植木炎舞(うえきえんまい)ッ!!」


 風と木と炎が渦を巻き、地平線を焼き尽くす。

 その中心で、千田が叫ぶ。


「さあ!焼けえええっ、ミストシェフ!!」


 轟音とともに、炎龍が生まれた。

 その龍は、ミストシェフを一瞬で呑み込み、霧を空へと吹き飛ばした。


「ぐあああ!焼き文化め……だが……蒸しは……永遠に……!」


 魔王の叫びが蒸気となって消えたとき——戦いは終わった。


 霧が晴れた千田界には、再び香ばしい匂いが戻ってきた。

 町中のキッチンからは焼き魚、焼きおにぎり、焼きプリンの香りが漂い、

 人々は笑いながら「焼きっていいね」と言い合った。





「懐かしいわねえ、あの頃」


 折茂が白い傘をくるりと回しながら微笑む。

 傘の内側には、まだ微かに炎の印が残っていた。


「でもね——」彼女は静かに言った。

「また来るのよ、味のない時代が。

 そのときはまた、私たち三人で戦いましょうね。千田さん、とーちゃん」


「もちろんよ!」


 千田は胸を張る。


「八木節がある限り、焼きの魂は不滅よ!」

「剪定もな。庭も平和も、放っとくとすぐボサボサになるからな」


 三人の笑い声が、焼き立てのように香ばしく響いた。


「焦げ目こそ、人生の旨味である」


 この言葉は、今も千田界の学校の黒板に書かれている。

 授業の最後には必ずこう唱えられるのだ。


「焼きは魂、蒸しは癒し。どちらも食卓を支える翼である」と。


 今日も千田界の台所では、誰かがフライパンを振り、

 誰かがせいろの蓋を開けている。


 平和の香りは、焦げ目と湯気のあいだにある。


 そして——その中心に、あの三人がいる。

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