9話 オヤジさんの正体と焼き鮭の奇跡!?(中)
ズズズ……と音を立てて開いた洞窟の奥の扉。
その向こうには、白く輝く風が吹き抜ける谷が広がっていた。
「うわ、まぶしい! っていうか、これ……塩!?」
風が肌に当たるたび、ほんのり塩味がする。
空気の粒がキラキラ光っていて、まるで塩の結晶そのものが風になっているみたいだった。
「ようこそ、塩風の谷へ」
どこからともなく、千田さんの声が響く。
どうやら通信魔法で実況中らしい。
また勝手に番組を始めている。
「ここでは、風の塩分と湿度を調整して理想の塩加減を見つけるの。油断すると……塩漬けになるわ!」
「それただの事故ですよ!?」
瑠散はツッコミながら鼻をひくひくさせ、舌をぺろりと出した。
……しょっぱい。いや、しょっぱすぎる。風味の暴力だ。
「これ魚に合うの? 絶対しょっぱすぎるでしょ!」
「ワン!」
足元でオヤジさんが飛び跳ねた。
そして、どこからともなく葉っぱを一枚くわえてくる。
そこにはなぜか「うす塩」と書かれていた。
「いや、なんで読めんの⁉ ていうか字きれいだな!?」
オヤジさんはドヤ顔でしっぽを振る。
目が完全に「社会人歴30年」のやつだ。
谷の中央には、巨大な風見鶏がそびえ立っていた。
まるで天気のように風の塩分濃度をコントロールできる仕組みらしい。
「つまり、この風見鶏を回して風向きを調整すれば……味も変わるってことか」
「ワン!(そのとおり!)」
どうやら、風が強すぎると塩辛く、湿度が高すぎると味がぼやける。
まるで料理の繊細な味付けを、自然現象で再現しているようだった。
「なんだよこの試練、理科の実験かっての!」
文句を言いつつも、瑠散は風見鶏を回し、風の流れを調整していく。
だが、風が強まった瞬間——。
「わっぷ! しょっぱッ!?」
白い突風が吹き荒れ、塩の結晶が肌をかすめた。
痛い。
マジで痛い。
塩が目に入ると普通に涙が出る。
「ワンワン!(下げろ、風向き下げろ!)」
オヤジさんが前足で地面を掘るようにジェスチャーする。
必死な姿が可愛いのに、めちゃくちゃ頼りになる。
「わかったわかった! 風見鶏を左に三回……!」
ガコン、ガコン、と音を立てて風向きを変えると、
風が柔らかくなり、空気がほどよい塩味に変わっていく。
試しに手に持っていた焼き鮭の切り身を軽くかざすと——。
ふわっとした香りと、塩の旨みがほどよく乗った。完璧なバランス。
「……これ、うまそう」
瑠散が思わずつぶやくと、オヤジさんが満足げにうなずいた。
「ワン(いい塩梅だ)」
とでも言いたげに。
「オヤジさん、あんたマジで有能だな。人間のころ絶対仕事できたタイプでしょ」
オヤジさんがピタッと動きを止める。
一瞬、その目がどこか遠くを見つめたように見えた。
「ワン……」(※訳:……昔の話だ)
「え、今なんか意味深な間あった!?」
とたんに、空の色が変わった。
青から金色へ。
風の粒が一斉に輝き、谷の中央に光の道が現れる。
【三の試練:皮パリ神殿】
「次は……皮!? いよいよ焼き鮭の最終形態って感じか」
オヤジさんが一歩前に出て、谷の出口を見つめた。
その横顔は、まるで何かを覚悟した人間のようだった。
「なあ、オヤジさん。あんた、もしかして——」
「ワン!」(※訳:行くぞ!)
問いかけを遮るように、オヤジさんが前へ進む。
風が二人の背中を押し、塩の香りがやさしく流れていった。




