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いたずら青年、世にはばかる  作者: 堀尾 朗
第2章「いじめられっ子とモンスターペアレント」
7/23

—2—

 あまりの恐怖に、全身の震えが止まらなかった。

鳥肌も立ちっぱなしだ。

あの人……吉岡は、謹慎が解けたあとも、わたしを監視していたのだ。いくらお偉いさんの孫だからといって、そんな行為が許されるのだろうか?

そして、上司も同罪だ。保身のために吉岡の言いなりになっているとはいえ、謹慎明けのわたしに向かって「男遊びとは恥を知りなさい」などと、よくもまあ平然と説教できたものだ。

それにしても――港区に住んでいるはずの吉岡が、どうして“たまたま”板橋区で、わたしの姿を見かけるというのか。

おかしい。偶然のはずがない。

こんなの、セクハラを通り越して、もはやストーカーの域ではないか?

昨日、同僚と呑みに行った時の会話が思い出された。わたしを気遣ってくれた同僚が、呑みに誘ってくれたのだ。

「あなたに落ち度は一切ない」――そう繰り返し、励ましてくれた。

わたしも、長く溜め込んでいた鬱憤を、洗いざらい吐き出した。けれど、今後の対応については「今は耐え凌ぐしかない」と言われてしまった。

理不尽だ。

こんなにも理不尽なことがあるだろうか?いっそ仕事なんて辞めてしまいたい。……でも、それもできない。

父が働けなくなった今、わたしまで無職になるわけにはいかないのだ。

どうしようもない現実に、心が押し潰されそうだった。

電話機のそばで、体を丸めて震えていると、背後から父の声が聞こえた。

「……ごめんなぁ」

――違うの。お父さんのせいじゃないの。

震えた声で否定するが、父には届いていないようで、「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と繰り返し謝る声だけが続いた。

「うるさい!」

つい、イライラして怒鳴り返してしまった。

すぐに自分の過ちに気づいて、「……ごめん」と謝ったが、父はすっかり拗ねて、どこかへ行ってしまった。

「う〜! う〜! う〜ッ!」

なにもかもが上手くいかない。

苛立ちと悔しさに、全身をじたばたさせながら呻き声を上げた。

……深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

とにかく、今わたしにできることから始めよう。事の発端はわかっている。たぶん、清水さんが父に会いに来てくれたのだろう。それを、吉岡に誤解されたのだ。

まずは清水さんに、ちゃんと事情を説明しなければ。

……あの能天気な人に、わたしの苦しみが伝わるだろうか。一抹の不安がよぎる。

それでも、わたしは受話器を手に取った。


清水さんとの通話を終えて受話器を置いた。

やっぱりあの人は能天気のあんぽんたんだ!

わたしの「とても大事な話があるの」という言い回しも悪かったのだろうが、なにを勘違いしたのか――「電話じゃなんだから、明日会って話そう」と言われた。

「いやっ……」と慌てたわたしを無視して、待ち合わせ場所だけ一方的に指定し、そのまま通話を切られてしまった。

なんと自己中心的な人だ!

あまりにも呆れて、馬鹿馬鹿しくなり――気づけば、諦め半分の笑いが口からこぼれていた。


 軽やかなスキップで遊歩道を進む。禿げ散らかした楓の木々が、まるで花道のように思えた。

まるで舞台の主役。壇上よろしく、気分は高揚していた。

向かう先は、待ち合わせ場所である千住新橋下の河川敷。

夕暮れどき。側面を流れる荒川は茜色に染まり、きらきらと陽光を反射させていた。

そう、有頂天だったのだ。

なぜなら今日は――雪音に告白される日だから。

雪音は電話口で、その大イベントを済ませようとしていたのだが、妄想家としてそれはあまりに侘しい。

だからこそ、こんな風に立派な舞台を整えてやったのである。

「なんでこんなに駅から遠いのよ」

そう言いながら、照れ隠しのような苦言を漏らして雪音が現れた。

それに対し、どうしようもない勘違い野郎――つまり俺は、タバコを吹かしながら鼻を鳴らして受け答える。

のちに赤っ恥をかくとも知らずに……。


身を縮めた俺に、容赦なく雪音は言い放つ。

「人の話は最後まで聞きなさいよっ」

……雪音の話を要約すると、**「二度と家に来るな」**とのことだった。

もちろん、事情が事情だけに、俺そのものを拒絶したわけではない。

だが、強行手段を封じられたのは、やはり痛手だった。

「あの野郎、なんて卑劣なんだ」

慰めの言葉が思いつかず、俺はあのストーカー青年――吉岡の悪口で場を繋ぐ。

こんなにも可愛らしい雪音をストーキングしたくなる気持ちは、まあ……わからなくもない。だが、やり口があまりにも卑劣で、そしてこんなに嫌われてしまっては本末転倒ではないか。

なぜ、それに気づかないのだろう。よっぽどの馬鹿である。

俺が吉岡と対面した時の話をすると、雪音は興味津々で身を乗り出してきた。

吉岡は勃起していたし、息は荒く、吃り口調で――そんな姿を、物真似付きで大袈裟に再現してやった。

完膚なきまでに、その印象を叩き落としてやったのである。

雪音はしきりに身を震わせて気味悪がり、負けじと吉岡の「恩を仇で返す」数々の行いを、怒りを交えて語るのだった。


河川敷を歩きながら他愛もない会話をしていたそのとき、前を向いていた雪音がぴたりと足を止め、「キャッ」と短い悲鳴を上げた。

その身体が小さく跳ねる。両手で口元を覆い、目を見開いたまま、しばし動けずにいる。驚きというより、困惑と羞恥の入り混じったような表情で、彼女は前方を指差した。

なにごとかと視線を追うと、西新井橋の下に、妙な格好の少年が立っていた。

学ランの上着だけを着て、下半身はすっぽんぽんという、なんとも破廉恥な出で立ちで、両手を万歳させている。

「あらま、露出魔。まだ若いのに、勿体ない」

「いや、違うよ。やらされてるんだよ、あれ」

確かに雪音の言う通りだった。少年の周囲を、ガラの悪そうな同年代の連中が取り囲んで、ケラケラと下品な笑い声を上げていた。

やがて、(声は聞こえないが、おそらく卑猥な言葉を浴びせながら)野球ボールを手にして――少年を的にして投げつけ始める。

「いじめだわ……可哀想に」

雪音が悲しそうに眉根を寄せた、その表情を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。

――これは、いいところを見せる千載一遇のチャンスじゃないか。

俺は口角を不敵に上げた。雪音がこちらを向きかけたので、慌ててその表情を引っ込める。

「雪音さん、実は……あなたに隠してることがありましてね」

「……はい?」

大きく息を吸って、勿体ぶる。怪訝そうな雪音の顔を、驚きで破顔させてやろう。

「実は俺――超能力者なのです」

「は?」

しめた、思惑通りだ。

俺は勢いよく走り出した。斜め掛けのバッグから透明マントを取り出し、羽織ると姿が掻き消える。

大の大人が猛烈な勢いで近づいてくることなど露知らず、ガラの悪い連中は少年を弄ぶ“余興”に夢中になっている。

一人目の背中に飛び蹴りをお見舞いしてやった。

都合よく横並びしていた連中は、 dominoドミノのようにパタパタと倒れていく。

「いってぇな! なにしてんだ、テメェ!」

内輪揉めが始まるその隙に、俺は少年のもとへ駆け寄る。

近くに落ちていたズボンを拾い、少年の目の前に突き出した。

――が、俺の姿は消えている。少年からすれば、ズボンが宙を舞っているようにしか見えない。

当然、あんぐりと口を開けて硬直している。

「さっさと履け!」

怒鳴りつけながら、少年の頭をポカリと叩いた。

少年は、怯えながらもズボンを履き始める。

「あっ! ゆずる、テメェ! なに勝手に履いてんだよ!」

連中が気づいて吠え始めたので、そのまま一人ひとり――丁寧に、殴る蹴るの暴行で黙らせる。

全員が呻き声を上げながら蹲っているのを尻目に、少年の手を引いて引き返す。

雪音の元に駆け寄ると、彼女は驚愕のあまり、身を硬直させて立ち尽くしていた。

顔は真っ青で、瞳孔は大きく開いている。口はわずかに開いていたが、声にならない。両腕を体の前に引き寄せ、肩をすくめたまま凍り付いている。まるで時間だけが彼女の中で止まってしまったようだった。

「逃げて!」

声を掛けるが、彼女は反応せず、口元をわずかに震わせるだけで、足は地面に根を張ったように動かなかった。

仕方なく、正面に立ち、透明マントを脱いで姿を現す。

「し……清水さん?」

震える声でやっとの思いでそう呟いた雪音の後方、つまり俺の背後から、怒号とともにガラの悪い連中が迫ってくるのが聞こえた。

「ほら、行こう!」

俺はどさくさに紛れて雪音の手をぎゅっと握りしめ、少年――ゆずるとともに、一目散にその場を駆け出した。


 河川敷をあとにし、連中を撒くために路地という路地をひたすら駆け抜けた。幾度も角を曲がり、追っ手の気配が完全に途切れたのを確認してから、自動販売機のあるビルの脇に身を預け、ようやく荒れた息を整える。

冷静に考えれば、連中が狙っていたのはゆずる一人だ。であれば、途中ではぐれてしまった方が得策だったかもしれない。————そんなことをぼんやりと考えていると、ゆずるが改まった様子でこちらに向き直り、丁寧に頭を下げてきた。

「ありがとうございます……助けてくれて」

実に迷惑な話だ。

俺が彼を助けたのは、ただ雪音に格好いいところを見せたかったからにすぎない。感謝されても、むず痒いだけだ。俺はわざと素っ気なく「気にすんな」とだけ返し、「じゃあな」と突き放すように背を向けて、雪音に声を掛けた。

だが、雪音はその場にしゃがみ込むように身を丸め、ぶつぶつと何かを呟いていた。どこか混乱している様子である。俺は戸惑いながらも、そっと肩を叩いた。

「……大丈夫か?」

彼女はおそるおそる顔を上げて、虚ろな目で俺を見つめながら、かすれた声でこう呟いた。

「なにがなんだかわからない……」

「詳しい話はあとでするよ」

とにもかくにも、今はゆずると離れなければならない。余計なトラブルに巻き込まれるのは御免だし、今日の目的はあくまでも雪音からの好感だったはずだ。それなのに、どうして見ず知らずの中坊の逃走劇に付き合わされているのか。

もう連中が追ってくる気配はないが、万が一ということもある。早いところ、この厄介な餞別品を置いて、雪音との平穏な時間に戻りたい――そんな思いが胸中を占めていた。

俺は雪音の手を取ってその場を離れようとしたが、「ちょっと待って」と制止された。

苛立ちを表に出さぬよう唇を噛み、彼女の視線の先を追う。見ると、ゆずるが鼻水を啜りながら、しゃくり上げて泣き出していた。

雪音は駆け寄り、子どもをあやすような柔らかい口調で、そっとその肩を抱いた。怯えた子犬をあやすように言葉を選びながら、震える背中を何度も撫でている。

俺の前ではツンケンしているくせに、子ども相手にはこの優しさ。その横で、ゆずるは鼻をすすりながら、一向に泣き止む気配がない。

俺はひとつため息を吐き、自販機の前へ向かう。小銭を投入して、缶コーヒー・お茶・ジュースの三本を買った。

戻ってきた俺は、淡々と三本の缶を取り出し、「好きなの選んでくれ」とだけ告げる。雪音が「ありがとう」と微笑みながらお茶を取り、ゆずるも遠慮がちにジュースに手を伸ばす。残った缶コーヒーを手に取り、俺はそのまま道路を挟んだ向かいの縁石に腰を下ろした。煙草に火を点けて、一服しながら、ふたりの様子をぼんやりと見つめた。

ゆずるはなかなか泣き止まなかった。

「そんなつもりはなかったんですけど、勝手に……」

「いいのよ。気にしなくて。それより、なにがあったの?良かったら、話して?」

そのあいだ、雪音は彼の背中を優しくさすりながら、静かな声で励まし続けていた。その光景をぼんやりと眺めつつ、俺の心には小さな嫉妬が芽を出していた。

やがて、ゆずるがぼそぼそと語り始めた。

これは長引くぞ。俺は煙草をくゆらせながら、視線だけで辺りの気配を確認する。今のところ追っ手の姿はない。

ゆずるはやはりというべきか、学校で日常的にいじめを受けているらしい。

教科書への落書き、ゴミ箱に押し込まれる、取囲みの暴力……教師は見て見ぬふり。そんな話が断片的に耳に入ってくる。

だが正直、俺は聞き流していた。今日が初対面のガキの身の上話に、興味など湧くはずもない。

そんなとき、雪音がこちらを向いて言った。

「清水さん。あなた、超能力者なんでしょ? んとかならないの?」

……捨てられた子犬みたいな目で見られても困る。

そもそもこれは学校の中の問題だ。俺が今日ここで一度助けたところで、明日になればまた同じようなことが起きるだろう。いじめってやつは、周囲の目を盗んで繰り返されるから厄介なんだ。本気で変わりたいなら、自分自身が変わるしかない。それに、俺には何度も何度も助けてやるほどの暇も、義理もないんだよ。

俺は「それは難しいなぁ」と肩をすくめて、仕草で答えた。


気づけば日が落ち、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。

さすがに痺れを切らして、「こればっかりは、俺たちにはどうすることもできない」と雪音を説得すると、彼女は渋々ながらも頷いてくれた。

ただ、その目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。

なんとか元気づけようと、「じゃあこれから飲みに行こうか」と誘ってみたが、「明日仕事だから無理」と即答されてしまい――俺まで泣きたくなった。

解散となり、それぞれが帰路についた。

雪音は駅の方向へ、俺は西新井橋を越えた先のアパートへと向かう。ゆずるとは帰り道が同じ方角だったため、自然と並んで歩くことになった。

無言で歩くのも気まずくて、あれこれと話題を振ってみたが、返ってくるのは「そうですね」「わかりません」「すみません」の三択ばかり。まるで会話の自販機だ。 盛り上げようという努力は虚しく空回りし、俺は早くも会話を諦めつつあった。

西新井橋を渡り、尾竹橋通りを北へ進む。

陽はすでに落ちていたが、大通りは車の通行が絶えず、商業ビルの明かりや電光掲示板、街灯、それにヘッドライトとブレーキランプの光が折り重なって、まるで昼のように足元を照らしていた。ふと見上げる夜空は、霞がかって星一つ見えない。そこに孤独な月だけが、まるで取り残されたように光を放っていた。

またもや、ゆずると同じ路地を曲がる羽目になり、つい舌打ちが漏れる。

彼は俺の内心を知ってか知らずか、無表情のまま淡々と歩みを進めていた。

やがて、ゆずるは一礼しながら「今日はありがとうございました」と丁寧に頭を下げたかと思うと、目の前の門構えへと歩を進めた。

……その先には、どう見ても二百坪はくだらない立派な邸宅が建っていた。

俺は思わず彼を呼び止めた。

「ちょっと待て。これ……お前んちか?」

ゆずるは小さく頷いた。

……一瞬で心がざわついた。

都内で、これほどの豪邸は滅多にない。鼻の奥に、強烈な“金の匂い”が立ち込める。


————————————————————


 アパートに戻った俺は、書きかけの履歴書を広げた。学歴・職歴欄には、小学、中学、高校と順に記入していく。

煙草に火を点け、天井をぼんやりと見上げる。

明日で、会社をクビになってから二週間が経つ。実に充実したニート生活だったと言っても過言ではない。

なにせ、透明マントという魅惑のオモチャを手に入れ、さらに雪音という、ここ数年で久しく「好み」と言い切れる女性とも出会えたのだ。まさに愉快、痛快、たまらない日々。

――とはいえ、いつまでもこの生活が続けられるわけじゃない。元々貯金も乏しい俺だ。そろそろ働かねばマズい。

だが、生来のサボり癖に、ニート生活で拍車がかかってしまった今、どうにも体が動かない。なにか重病を患っているわけでも、心に深い傷を負っているわけでもない。そんな俺の堕落ぶりは、まさに「クズ」と罵られても反論できない水準に達している。

……このままじゃ駄目だ。どこかで踏ん切りをつけなければならない。

たとえば、雪音と交際できたら――いや、それじゃ弱い。

結婚できたら、子どもができたら――いや、違う。

次に雨が降ったら。いや、雪が降ったら……いっそ、蝉の鳴き声が聞こえたらにしようか。いや、それだと来年まで何もしないことになりそうだ。

そもそも、「きっかけ」を待つという姿勢そのものが間違っている。そんなことはわかっている。わかっていても、体が動かないのだから仕方ない。

これが現代社会の闇――無気力な若者、というやつか。

せめてアルバイトでも探すか……。

そのとき、スマホが震えた。

画面を見ると、雪音からの着信だった。思わず胸が高鳴る。

彼女は、ゆずるのことをずいぶんと心配している様子だった。

赤の他人を放っておけばいいのに、という本音を喉まで出かけながらも、俺は今日ゆずるに持ちかけた“ある作戦”のことを伝えた。すると、意外にも彼女はその作戦に賛同してくれて、「見守りたい」と言い出した。仕事が終わったら、こちらに来るとのことだった。

その後も数分ほど他愛のない話をしたあと、話題は佐伯さんに移った。

例の押し売り訪問販売が、雪音不在のときにまた現れたらしく、佐伯さんはまたも高額な商品を買わされてしまったらしい。

電話越しに、雪音が深いため息を吐くのが聞こえた。

俺には、相手の気持ちを慮る能力が致命的に欠けている。

だから「それはそれは」と、どこまでも他人行儀な返しをしてしまう。

案の定、電話の向こうで彼女がムッとした気配を感じた。だが、どう返せばよかったのかわからないのだから、仕方がない。

ひとつ言えるとすれば――佐伯さんは、人が良すぎるのだ。

そういえば、佐伯さんがまだ会社に勤めていた頃、何日か泊まり込んでいたことがあった。

何をしているのかと覗いてみると、デスクの上には提出期限ギリギリの書類が山積みになっていた。どうやら、ある女性事務員がバカンスに行くとかで仕事を放棄し、提出前日に丸投げしてきたらしい。

それを、あろうことか佐伯さんが引き受けていたのだ。

まさか、大先輩である彼が、そんな仕事を請け負うとは思わなかった。かなり衝撃だった。ちなみに、その女性事務員は俺にも依頼してきたが、恐くもなければ好みでもなかったので「無理」と冷たく断った。

この話を雪音にすると、――そうなのよ、とまたもため息。

「――お父さんね、わたしが小さい頃に飼ってた猫が行方不明になっちゃったとき、泣きついたらすぐに探しに行ってくれたの。でも、連絡もせずに二日三日帰ってこなくて……。猫はその日のうちに帰ってきたのに、お父さん、スマホを家に忘れてて、連絡もつかなくて……。

それは「人が良い」というより、「抜けてる」と言ったほうが正しい気もするが、俺は黙っていた。

雪音との通話を終え、ゴロンとベッドに寝転がる。

佐伯さんが、もしも俺の義理の父親になるとしたら……なかなか骨が折れそうだなと、そんな考えがふと頭をよぎった。


お読みいただきありがとうございます。

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