08_サイラス
あーー……。
……。
くそっ、なんで死んでないのさ私っ!
あれだな、ヒトミが自爆する刹那、私も無意識に魔術を放ってしまった。
それで自爆の威力を相殺してしまったのと、あとは体が吹っ飛んでしまったので、いくらかマシだったのかな……。
ちなみに今、周囲は真っ暗だ。
森の中というのもあるだろうが、日が暮れてしまっているのもある。
気付いた直後は、真っ暗だったせいか、あの「穴」の中まで戻ってしまったのかとも思った。
……いや、ホントにそこまで時間が戻れば、どんなに良いか。
興奮すると手が付けられない所とか、クソ親父と同じかよ私っ!
……ああっ、もうっ!!
……ヒトミ、ごめん。
なんか、私だけ生き残っちゃった。
落ち着いてしまうと罪悪感がハンパない。
これからどうしようか……。
せめて、当初の目的通り魔王の所に行って、顔くらい拝んでやるか……。
でも、そうだな。
道中、要らぬ流血は極力避けようかな。
私は暗闇の中、身を起こした。
吹っ飛ばされたせいで、また服がボロボロだけど、そんなの「穴」生活で慣れちゃったしな。
当初のスキル『闇使い』の効果で暗視は可能だし、このまま進もうか。
ここはもう敵陣なんだけど、森の中まで吹っ飛ばされたせいで、気を失ってる間は、運良く魔族には見つからずに済んだみたい。
……チラッ、と私達が戦った跡地を見てみる。
うっ……わ!すっごいクレーターが出来てる!
マジか、あれで死ねないか、私。
これもスキル『混沌の導き手』の効果なのかもな、もしかして。
**********
頑丈でも、疲れる時は疲れる、そりゃそうか。
街道っぽい道に出てずっと歩いてるけど、いい加減疲れてきた。
お腹も空いてきたし、なんとかしないと……。
「止めて下さいっ!!」
ん?
なんかこの先が騒がしいな?
「黙れっ!サイラス・クローバー、貴様は魔王様への反逆の疑いアリ、とのタレコミが来ている。大人しく馬車を降りて来い!」
「そんな?!私は預かり知らぬ事です!私はただ、魔王様へ献上品をお届けするために向かっているだけで……。」
「言い訳など聞くか!こちらに素直に従うなら良し。だが、従わぬのなら、こちらも少々手荒な手段を取らざるを得ないなぁ?」
「そ、そんな……。」
馬車に乗ったイケメンが、体型も態度もふざけた憲兵らしきオッサン達に、高圧的に詰問されている。
……なら、助ける側は決まったな。
「『瘴気の津波』!!」
「な、なんだ?……う、うわぁ?!」
オッサン達は無事倒れた。
う〜ん……。
「要らぬ流血は…」とか思ってた矢先にこれか、私よ。
ま、まあ、イケメンを助けるためなら仕方ないよな?
「さぁっ、早く行っちゃいましょう!」
「え、えっ?!あの、貴女は?」
「そんな事、後回しでホラホラ!御者さんっ!」
「──っ!分かりました。行けっ!」
うん、ドサクサに紛れてちゃっかり相乗りさせてもらいました。
**********
「──どうやら、撒けたようですね。」
まあ、撒くどころか、道端に倒れたままでもおかしくない威力だったと思うけど、イケメンの前でそこまでは言わぬ!
「あ、ありがとうございました。助かりました。」
「い、いえいえどういたしまして。」
「私はサイラス・クローバー。魔王国貴族の次男です。家の遣いで魔王様にお届け物をする途中でした。あのまま捕まっていたら、取り調べで私も、魔王様への品も駄目にされていたかも知れない。本当に助かりました。」
貴族様でしたか?!
どおりで端正な顔立ちをしている訳だ。
歳は私と同じくらいかな?
もしかしたら年下かも。
燃えるような赤い髪が印象的で、言葉遣いも丁寧で、とても魅力的だ。
「そう、ですか…?それなら良かったです。」
対して私は、物乞いかと思えるほどボロい服を着ていて、とても恥ずかしくなってきた。
「……あの、それじゃあ、私はこれで。」
居たたまれなくなった私は、さっさとこの場を逃げ出そうとした。
「あのっ!ちょっと待って下さい!」
しかし、回り込まれてしまった。
「先程の魔術を拝見しました。その腕を見込んで、お願いがあります。……セシル、私はこの方と二人だけで話したい事がある。決して聞き耳を立てないように。」
「承知致しました。」
セシルと呼ばれた御者さんは、恭しく頭を下げた。
「……あの、申し訳無いですが、荷台の中でお話して良いですか?」
ええっ?!
荷台に二人だけの状態に連れ込まれて、何の話を?!
もちろん、そんな気は無いんだろうけど、なんだかドキドキしちゃう。
仮にコウジや他のクラスメイトから言われるのを想像して比較すると、……うん、全然違うな。
「それで、ええと……、失礼ですがお名前をお聞きしても?」
「はいっ、サトコです。」
「では、サトコ。貴女は人族ですよね?」
あ、マズい、気付かれた?!
……まぁ、でも誤魔化しても仕方無いか。
「……そう、です。」
「やはり!……それで、あれ程のお力をお持ちで、一人で行動してると言う事は、まさか「勇者」のお一人ですか?」
うっ?!そんな話も知られてるんだ、やっぱり。
まぁ、それを知られたからとて、サイラス君が私をどうこうする事は出来ないだろうし。
「はい。それも合ってます。……貴方達からすると、迷惑かもですけど。」
「いいえ。実は私も、本当の目的は同じなんです。」
「えっ?!それって……。」
「そうです。私も、魔王様を倒そうとしているんです!」
えぇ……?
あれ、じゃああのオッサンが言っていた事は合ってたのか?
ま、まあ、アイツの態度もアレだったし?
しゃあなし、ってことで。
「今の魔王国は、戦争が続き、軍務系の貴族が幅を利かせています。当然、汚職も大小無数に見受けられる。そのトップに居るのが魔王様です。それなのに、あの方は戦争を本気で終わらせようとしていない。」
「……終わらせようとしていない?」
「貴女も、魔王様の手腕は伝え聞いているでしょう?人族の侵攻を一人で押し戻した、とかの武勇伝は幾つもあります。その力を活用なされば、逆に人族の国へ攻め込み、落とす事も可能なはず。しかし、今も魔王様は積極的に戦争参加しようとはされず、それどころか王城にも居らず、避暑地で休暇中とのことで。」
えっ?!魔王の奴、今は魔王城に居ないの?
危っぶな!無駄足になる所だったじゃん。
「魔王様が居なくなれば、軍務も魔王様頼りの現状から脱却せざるをえません。そうなれば、戦略を変えて積極的に打って出るか、逆に和平案に移行するかも知れない。だから、協力して欲しいのです。」
う〜ん……。
そんなに上手く事が運ぶものかなぁ?
今も休暇中という魔王様一人が居なくなったくらいで、軍全体がとうこうなるものだろうか。
……いや、それより。
「私としては、協力者が出来るのはありがたいけど、貴方は良いの?失敗すればただでは済まないと思うのだけど。」
「はい。私の身はどうなっても構いません。そうやって命懸けで訴える者が居た、と少しでも記憶に残ってもらえたなら、それで何かが変わるかも知れない。……まぁ、家族には迷惑を掛けてしまいますけど。」
命懸けの訴えかぁ、元の世界、私の居た国では、普通なら考えられない発想かもな。
「分かった。そこまで覚悟が決まっているなら、私も協力します。」
「……っ!そうですか、良かった。」
「とは言え、どういう作戦で行くつもりです?」
「はい。私が運んでいる献上品は、魔王様お気に入りの果物なんですよ。なので、魔王様の御用邸まではご案内出来ると思います。その先も、魔王様の状況を知り得る限りお伝えしますので、それでサトコさんの目的を遂げて貰えればと。」
うん、魔王の居場所まで案内してもらえるのは助かる。
……ん?
つまり、それまでサイラス君と一緒に行動出来る、ってこと?
ほうほう、なんとも魅力的なお話だねぇ。
「分かりました。お願いします!」
こうして、私はサイラス君という同行者兼道案内を得たのだった。
**********
その後、目的地となる魔王の御用邸まではスムーズに辿り着く事が出来た。
……本当に、道中に何も危険は無かった。
どうやら、魔王の果物好きは有名な話らしい。
途中、検問のような所もあったが、サイラス君が対応してくれたお陰か、疑われる事も無かった。
私に関しては、サイラス君が早々にメイド服を用意してくれて、それを着て従者と言い訳する事で乗り切った。
途中、宿にも泊まったんだけど、貴族家の従者なら同じ部屋に泊まるのも普通にあるとかで、私はサイラス君と同じ部屋で寝てた。
まあ、御者をしていてクローバー家の執事でもあると言うセシルさんも一緒の部屋だったんだけどね。
……流石に、メイドとしてのお仕事とかはしなかった。
他者の目が無く、欺く対象が居ない場所でそんな事をする理由は無い、と言われて。
いや、私としては正直、出来る範囲での作業とか、その……、ちょっとあやしい事までしても良かったんだけどね。
ただ、貴族家の子息って自由恋愛とか無理だったりするんだよね、確か?
家で決めた許嫁さんと結婚する事が決まってたりとか。
それに、勝っても負けても、どうせサイラス君と一緒に居られるのは数日だけだ。
なら、余計な未練は無い方が良い。
……私なんかが、サイラス君の未練になるかも、なんて思い上がりも甚だしいな。
私の方は、負けてこの世界を去れば忘れてしまう事だし、勝ったとしても結局は元の世界に帰っちゃうし……。
そんな事をグダグダ考えてられるほど、平和な道程だった。
そして、もう馬車は魔王の御用邸の傍らにある町に到着している。
セシルさんが先触れとして御用邸に使いに行ってるので、後はサイラス君は荷物を納めればお使いは完了だ。
「サイラス様、魔王様がお会い下さるそうです。」
「うん、分かった。」
そして私も、どうやら魔王と会うという最終目標が達成できそうだ。
さて、魔王と呼ばれる奴に、どれだけ私のスキルが通用するものか──
その答えは、もうすぐ分かる。