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07_前線

前線とは、対立する戦闘部隊が接触・対峙する線のこと。


ここでは日常的に殺し合いが行われている──

わけでも無かった。

「そりゃあ、そうですよ。毎日々々、大量に人が死んでいたら、戦争なんて何十年も続きません。最近は、小競り合いばかりで、大規模な戦闘なんて年に一、ニ回くらいですよ。」

前線でも特に中心となる場所まで案内してくれたオジサンが語る。

……そのうえ、仮に頑張って人間が攻め込んでも、必ず魔王に押し返されると分かっていたら、そりゃやる気無くなるわな。

でも、それも今年まで。

何故なら私が戦争を終わらせるから!

……いや、違うか。

私はあくまで魔王を倒すだけ。

その後の前線の押し上げとか、戦争は相変わらず続けてもらわなくちゃ、なのか?

ま、オットーさんも大丈夫って言ってたし、大丈夫なんでしょ、知らんけど。


お〜〜……。 

なんか壮観。

本当に野っ原だ。

ここで戦争するんだ?

死体とか転がってたりしてないし、穴ぼこだらけにもなっていない。

まあ、良いか。

「じゃあ、行ってきます。」

「えっ?!そ、そんな、お一人でなんて!こちらの皆さんと合流などは……?」

「いいんです。アイツらとは、気まずいし。」

「──っ!………!」

何やら話してるオジサンを無視して、私は戦場を歩いて行く。

しばらく歩くと、魔族側の陣が見えてきた。

それでも私は構わず歩き続ける。

「止まれっ!」

ん?

ああ、敵さんか。

どうやら、戦場を横断して、反対側の敵陣付近まで辿り着いたらしい。

バリケードの向こうには、魔族らしき人達が集まっていた。

その中心に居たオジサンが声を掛けて来る。

「貴様、人間だろう?一人でここへ何をしに来た?!」

そりゃあ警戒するよね。

女一人で正面きって歩いて来るなんて。

「……十、数える内に引き返すなら見逃す!即刻、立ち去れっ!」

お〜、お〜、お優しい事で。

正直、問答無用で矢を射られてもおかしくないと思ってたけど、意外に理性的だね。

……じゃあ、せめて苦しまないように、あの人を中心に撃ってあげようか。


「『瘴気爆発』!!」

「なっ──」


ドオオオオオオオオォォォォォォォォンッ!!!


爆音が辺りに響く。

同時に真っ暗な闇が辺りを覆った。

爆発によって生じた闇が消え去ると、バリケードも魔族も吹き飛んでいた。

「なんだ?!何が起きた?」

「敵襲か?!」

にわかに周りが騒がしくなる。

あれこれ問答するのも面倒臭いな。


「『瘴気の津波』!!」


私は魔術を両側に向けて放った。


「ぐぁぁ……っ!」

「く、苦しぃ……!」


辺りから断末魔の呻き声が聞こえる。

……これ以上、無用な殺生はしたくないな。

さっさと抜けてしまおう。


「待てっ!!」


ええぇ…。

これ以上、私を呼び止めてどうするのさ?

一体誰が……。


ちらっ……。


うげっ?!

「おいっ!待てよ、林!!」

振り返った私が見たのは、よりにもよって一番会いたく無い面子だった。

『聖騎士』ユウスケ、『魔導剣士』タクト、『魔導士』ヒトミ、『治癒術士』マリ。

……逃げよ。

私は足早にこの場を立ち去ろうとする。


「待てよ!聞こえてるんだろ?!」

「うるさいっ!!話す事なんて無いって!!」

あ、つい返事しちゃった。

「やっぱり聞こえてるんじゃないか!そっちに無くても、こっちには聞きたい事があるんだよ!」

……こう言う時のユウスケは本っ当にしつこい!

「……なによ、うっさいなぁ。」

私は立ち止まり、半身でユウスケ達の方を向いた。

「林、訓練組の皆を殺した、って本当か?」

──っ?!

あのオッサンか!

余計な事を言いやがって。

「……そうだとしたら、なに?」

「っ?!やっぱりそうなのか!なんで、どうしてだ?!」

なんでって、そんな事──

「言いたくない。」

私は、踵を返して魔王国側へ歩き出そうとした。


ドシュッ!!


「──っ?!」

足元近くの地面がえぐれる。

これは、ヒトミかタクトの魔術?

ジロリ。

私はもう一度彼らの方を向き、睨みつける。

「……何のつもり?」

「お前が何するか、分からないからだ!ここで洗いざらい話すなら良いが、そうでないなら利敵行為をするかも知れないだろうが!」

タクトが叫ぶ。

足元を撃ったのはあいつか。

「利敵行為って、……こんだけの事をしておいて、今更、魔族側に寝返るとでも思ってんの?!」

私は両手を広げ、周囲の状況をアピールする。

敵前線の要所を決定的に攻撃しておいて、「寝返ります」が通るはずも無いだろうに。

「……だとしても、お前がこの先何をするか、説明も無けりゃ信用できねぇよっ!」

説明なんてサバランさんからちゃんと聞けば良いんだ、バカバカしい。

「私も同感よ。貴女をこのまま行かせるのはリスクがあるし、これほどの攻撃力があるなら、私達と共闘した方が賢明じゃない?」

ヒトミだ。

まっとうに考えればヒトミの言う通りなのだろう。

頭では分かっちゃいるが、どうしても気持ちが応と言えない。

「いや!これ以上、あんたらと顔を合わせて過ごしたく無いから。だから、私は一人で行く。」

「そんなの──」

ヒトミが反論しかけたその時──

「待って、サトコ!なんで?どうしてそんなに頑ななの?せめて私にだけは訳を話してよ!」

マリが大声で私を呼び止めた。

……珍しい。

大声なんて滅多に上げない、あの大人しいマリが……。


……。


「いやよ。どうせマリも、私を裏切るでしょ?」

こちらに転移してくる直前の光景が頭をよぎる。

「そんな?!そんな事──」

「──もう良い。」

今度はユウスケが、マリの言葉を遮った。

「こいつは力を手に入れておかしくなったんだよ。話が通じないなら、もうこうするしか……。」

ユウスケは剣を抜き、私を向いて構えた。

「……はぁっ?本気?」

「冗談でこんな事、……しないだろ。」

ユウスケが静かに答える。

「ふぅん、……あいつらは、私にあんな事をして黙ってたのにお咎め無しで居られたのに?対して私は、ちょっと話すのを嫌がったら殺されるんだ?」

……あはっ。


「アハハハハハハハハハハハハハッ!!」


「……サ、サトコ?」

マリが心配そうに声を掛けて来る。

…ふぅっ。

「あ〜〜あ、……バカバカしい。」

私の言葉に、皆は黙って次の言葉を待った。

「……いいよ、話すよ。あいつらは、コウジ達は、私をレイプしようとしたの!そして逃げようとした私はダンジョンの深部に落とされて、災害級?とかいう大蛇に噛み殺されそうになった!それでも、命からがら逃げ出したら、あいつらは何の罰も受けずにのうのうと暮らしてたのよ?」

「──っ?!」

全員が息を飲むのが分かる。

しかし、私は続ける。

……と言うか、止まらなかった。

「それでも、私は腹を立てちゃいけないの?私を犯そうとした奴や、それを見て見ぬ振りして見殺しにしようとした奴らなんか、苦しめて殺して何が悪いのよ?!」

「は、林、待てって。ごめん、落ち着──」

ユウスケが慌てて何か言ってきたけど、何も聞こえない。

ただ、雑音としか理解出来なかった。

「うるさいっ!!どうせ、あんたらも私が、私だけが悪いと思ってるんだろ?!」

「サトコ、待って!聞い──」

「クラスでも、異世界に来ても、家に帰ったとしても、いっつも悪いのは私なんだ!いつも、いつだって!これから先もずっと!!」

「林っ!落ち着け!聞けって!!」

「うるさいうるさいうるさいっ!!!!」


「『瘴気弾』!!!」


私の放った『瘴気弾』を、ユウスケはマリを庇って避けた。

ヒトミとタクトは魔術で壁を作って防ごうとしたみたいだ。


バリンッ!!

「きゃあっ!」

「うわっ?!」


しかし、その壁は私の『瘴気弾』に侵食され、砕け散った。

「人が黙って耐えてるものを、無遠慮で踏み荒らして!そんなにあんたらは偉いのか?!人のプライバシーを掻き回しておいて、自分達だけは正義の味方気分かよっ!ヘドが出るわっ!!」

「やめろっ、林ぃ!!」


「『瘴気の渦』!!」


タクトを中心に、私の作った『瘴気』が渦巻く。


「……っぁぁあああがっ!!」

「山崎君っ?!…きゃあっ!!」

タクトは闇の渦が消えた時には、姿も残っていなかった。

タクトの近くにいたヒトミも、渦の余波を浴びて倒れ込んだ。

「タクトっ?!……このぉっ!」

私の引き起こした結果を目の当たりにして、ユウスケが突っ込んで来た。


ギンッ!!カンッ!


くっ!

流石に『聖騎士』のスキルを持つだけのことはある。

咄嗟に剣で応対するが、自分の身を辛うじて守るのでやっとだ。

私はユウスケに圧されて、どんどん後退する。

このままでは、いずれ守り切れなくなるのは明白だ。


──このまま、なら。


ギィンッ!!

「キャッ?!」


ドサッ!


ユウスケに剣を弾かれた私は、思わず尻餅をついてしまった、

ユウスケからしたら勝負を決める絶好の機会だ。


「……くっ?!」


──しかし、ユウスケの追撃は無かった。

ユウスケの猛攻は止んだ。

それどころか、ユウスケは剣を構えたまま、片膝をついた。

「けほっ!……な、何でだ?!ゲボッ!」

さらには、苦しそうに咳き込み出す。

「……私が無策で剣を受け続けてたと思った?」

「な、なにっ?!」

「『瘴気の壁』。気付き難いかもだけど、ちゃんと防御してたの。そして、ただ突っ込んで来たあんたは、その『瘴気』を浴びてしまった……。」

「なっ?!」

「そうなればもう、さっきまでの様には剣は振れないし、私の攻撃も避けられないでしょ?」


「『瘴気弾』!」


ダムッ!

「カハァ……ッ!!」

辛うじて直撃は避けたユウスケだったが、衝撃で転がり、起き上がる事も難しいようだ。

調子に乗って突っ込んで来ただけに、『治癒術士』であるマリの魔術も届きそうに無い。

「……な、なんで、こんな、…こと、するんだっ?」

近付こうとする私に、それでも眼光鋭くユウスケが問い掛ける。

「……どうせ、元の世界に戻れば記憶は無くなるんじゃん?なら、やりたい事やったって良いっしょ。」

そんなユウスケに、私は抑揚無く答えた。

「……っ?!そん、なの、……クズの言う言葉、だろっ!」

息も絶え絶えにユウスケが吐き捨てた。

「……うん。私もそう思う。」

「──は?」

「ちな、これ私を襲おうとした時に、コウジが言ったセリフね。」

「……っ?!」

私の言葉に、ユウスケは目を剥いて息を呑んだ。

「別に信じなくても良いけど。でも、安心したよ。やっぱり、あんたから見てもコウジはクズだったんだ?じゃあ、そんなクズを殺しても、心を痛める必要なんて無いよねぇ?」

「……い、いや、…それは。」

「そ・し・て、そんなコウジが殺された事で、怒って剣を向けてきたあんた達も、コウジと同類って事で良いよねぇ?」

「ち、違っ……!や、やめ──」


ザクッ!!


「ぎあぁぁぁっ!!」

私が倒れたユウスケの背に剣を突き立てると、ユウスケは大声で悲鳴をあげた。


ザクッ!ザクッ!……


私は繰り返し、何度もユウスケの背中を突き刺した。

その度にユウスケの悲鳴は短く、弱いものになっていく。

「私が突き落とされたダンジョンで、大蛇に噛み殺されてたら、調度こんな風に苦しんだのかなぁ?ねぇ、どう思う?ほらっ!ほらぁっ!!」


「止めてっ!サトコっ!」


──っ?!

マリ……。

……ふぅん、彼氏の危機に居ても立っても居られなくなったって感じ?


……。


「ふんっ!!」

私はトドメとばかりに、力の限りユウスケの背を剣で貫いた。

「カハ……ッ!マ、マリ……。」


ポワッ。


ユウスケの体が淡く光り、霧散した。

「ユウスケ君?!……ひどい、なんで……?」

マリはまるで自分が悲劇のヒロインにでもなったかのように、さめざめと泣いてみせた。


……あざとっ。


私はマリに向き直り、ゆっくり歩き出す。

「あ……、待って、来ないで!」

私の意図に気付いたのか、マリが拒絶するように後ずさる。

「……マリ、あんたは二度も私を裏切ってる。教室で、そして今回またコウジ達の肩を持った。」

「そんな、それはだって──」

「だったらさぁ、……この場は生かしても、きっとまたこの先何回も私の事を裏切るに決まってる。」

「そんな!そんな事──」

「……そもそも、私もマリの事、気に入らなかったんだよね。」

「──えっ?!」

「いつだって、周りから良く思われて、要領良く楽して、私の欲しいものは全部持ってる。」

「……え、違──」

「私だって頑張ってるのに、いつだって味方してもらえるのはマリの方。対して私は悪役扱いされてばっかり……。もう、いい加減ウンザリしてるんだよね。」

「──ぁ……。」

私の怒気に気圧されてか、マリはへたり込んでしまった。

4、5メートルまで近付いていた私は、自然とマリを見下ろす形となる。

「さよなら、マリ……。」

私はマリに向けて手をかざす──


がばっ!!

「「──っ?!」」


私が最後の一撃を放とうというタイミングで、ヒトミがマリに後から抱き付いた。

突然の事に、私もマリも困惑する。

「……ヒトミ?」

私は思わず呟いた。

しかし、ヒトミは私には構わずマリに語り掛ける。

「──大丈夫。大丈夫だから。」

なんのつもり?

私が腕を下げたのと同時に──


パァッ!


──マリの体が淡く光って消えた。

「えっ……?!」

私は事の成り行きが分からず、呆然と立ち尽くした。

残ったヒトミは、支えのマリが無くなったせいで、四つん這いになったまま話し出した。

「……私達の今の身体は、魔力で造られている。だから、この身体を構成する魔術を『解呪』してしまえば、魔力は霧散し、魂は開放されて元の身体に、あっちの世界に還る。……苦痛無くね。」

そっか、マリを逃がしたんだ。

『魔道士』のヒトミなら、それが可能だった訳か。

……。


「それで?あんた自身はどうするの?自分を『解呪』して、元の世界に還る?」

私は、興が削がれたような、冷めた気持ちでヒトミに問い掛けた。

「……いいえ。私はまだ、やりたい事があるから……、ケホッ!」

やはり『瘴気』は、ちゃんとヒトミを蝕んでいた。

「やりたい事?」

私の言葉に、ヒトミは顔を上げる。

真っ直ぐ私を見つめてくる。

「ねぇ、サトコ。私は、あんたが体験したような事みたいな経験は無いから、貴女の気持ちは理解してあげられ無いのかも知れない。でも、貴女の言う通りなら、コウジ君もその他の子達も酷いと思う。報いを受けても仕方無いと思うよ。」

「……。」

「──けど、それでも、人殺しなんて、私怨で人を殺めるなんて、しちゃいけない。他の誰のためでもなく、サトコのために、やっちゃいけないのよ。それには、異世界がどうとか、世界の倫理観が違うとかは関係ない。」

「……やりたい事って、お説教の事だった?」

頭の中では、ヒトミが本当に私の事を思って言ってくれているのだと感じ取っていた。

それでも、抉れてしまった私の口からは、そんな皮肉めいた、台詞が吐かれた。

「……ううん、違う。……ねぇ、こっちで起こった事なんて、あっちに還ったら忘れちゃうんだから、苦しみ続ける事なんて無いって。」

「……それは、私を『解呪』するって事?」

ヒトミの意図を悟り、私は身構えた。

「それは、無理かな。『解呪』しなきゃいけない魔術が複雑だから、せめて身体に触れられる距離でないと難しいの。……こんな状態では、サトコを捕まえるなんて無理だし。」

「……?じゃあ、どうするのさ?」

ヒトミの意図が分からない。

もはや、ヒトミがどうこうする手段なんて、無いように思える。

「ん……。だから、こうする。」


「『魔力臨界爆発』。」


ヒトミの言葉と共に、ヒトミの体が発光し出す。

しかもこれは、転移者が消える際のいつもの光り方じゃない。

「自爆する気?!」

ここに来てやっと、私はヒトミの意図を理解した。

「サトコがおかしくなったのは、この世界に来て、「スキル」なんて変なものを手にしちゃったからだよ。だから、……一緒に還ろう?」

ヒトミの全身の輝きが強くなる。

もう、逃げられない。


──その瞬間、世界が真っ白に染まった。

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