11_教室
──はっ!!
……あ、あれ?
私、教室に居る……。
私の知ってるいつもの教室だ。
戻って来たんだ……。
……………んん??
「戻って来たぁっ?!」
ざわっ!
思わず声を上げてしまった私に、クラスの視線が集まる。
「……ん?どうした、林?」
「あ、すみません!何でも無いです!」
「……。」
先生の言葉に素直に謝った私は、机の上の教科書に視線を落とした。
先生も、何事も無かったように授業を再開した。
……なんであっちの記憶が残ってるの?!
え、こっちに還って来たら記憶は無くなるんじゃないの?
……もしかして、みんな記憶が残ってんの?
だとしたらヤバいんだけど。
(……なに急に騒いでんの、あいつ。)
(……ったく、まだ懲りねぇのかよ。)
えっ?
な、なんかヒソヒソ聞こえて来るんですけど。
しかも、割と当たりがキツイ感じに。
やっぱり、みんな記憶が……?
チラッ!
私は思わず委員長のヒトミの方を見た。
彼女も私を見ていたが、すぐに視線を逸らされてしまった。
一瞬見た彼女の表情は何と言うか、軽蔑?の眼差しに見えた。
……なんか違和感。
皆に記憶が残っていて、私を軽蔑していると言うなら、まぁ分かる。
納得は出来ないが、そう思うのも理解出来る。
ただ、ヒトミに関してだけは、そうなるだろうかと疑問に感じる。
あっちの世界でのヒトミの最後を思うと、軽蔑の前に、気恥ずかしさが来るような気がするのだ。
なんだろう?
何か引っ掛かってる事が──
「──ちょっとスキルを一つ付与したのよ。ほれ。」
──?!
思い出した!
あの時、魔王に付与されたスキル!
あの時は文字化けしてるようにしか見えなかったが、今なら分かる。
『記憶保持』
それが、あの時付与されたスキルだ。
あちらでは、私達の身体は魔力で出来ていて、その中に『言語翻訳』の魔術も組み込まれていた。
だから、こちらの世界の文字で表示された『記憶保持』の語句を理解する事が出来なかったのだ。
「──ああ、そうか。今の子達って、そうだったわよね。」
魔王のあのセリフは、始めから私達の身体に『言語翻訳』が組み込まれている事を忘れていたからこそ、出た言葉だったのだろう。
それにしても、『記憶保持』か……。
字面から推測するに、記憶を持ったままこちらの世界に還って来れるスキルなんだと思う。
つまり、私があっちの世界の記憶を覚えているのは、魔王に付与されたこのスキルのおかげ、と言う事になる。
じゃあ、皆は?
……うん、当然そんなスキルは与えられていないだろう。
だとしたら、皆はあちらの世界の事など覚えていないはずだ。
じゃあ、なんで急に当たりがキツくなったんだ?
ペカッ。
私は一瞬だけ携帯を見る。
日時的に、今はたぶん異世界に集団召喚された日の翌々日の1限目だ。
あの1ヶ月が、こちらではたった2日足らずの事だったのか……?
昨日、一昨日は、こっちの私は何をしていた事になってるんだ?
……な、なんかすごい怖く感じてきた。
私はこっそりと教室を見回してみる。
……えっっっ?!?!?!
ソレを見付けた私は、急ぎ、また机の教科書に目を落とした。
えっ、えっ、なんで?!
……なんで花瓶が置いてあるの?!?!?!
いや……、「花瓶が置かれている意味」は分かる。
嫌がらせ、では無いだろう、流石に。
それなら先生だって咎めるはずだ。
つまり本当に……。
あの席に座っていたのは、確か──
……コウジだ!!
たぶん間違いは無い。
でも、なんでアイツが?!
「──こちらに居る間も、寿命だけは削られるの。だから、こっちに長居し過ぎた人間は、もうそっちでは生きられないのよ。」
あ……。
思い出した。
こちらに還してくれる直前に、魔王が私だけに語った言葉。
確かコウジは、あちらの世界で綺麗どころを充てがわれて、何不自由なく長生きしたはずだ。
きっと何十年も……。
その間も寿命は削れてゆき、あちらでの人生を終える頃には、こちらでの寿命も残っていなかった、という事か。
怖っわ!!
あ、でも、と言うことは魔王はその間、他の召喚者が呼ばれるのは防げた、って事か。
これに関しては、そもそも私らを無理矢理召喚してるヤッテンネ国の奴らも悪いから、魔王だけ責めるのはおかしいよな。
コウジも、還ろうと思ったら、いつでも還れたはずなんだ、きっと。
それなのに、あちらで何不自由すること無い生活を選んだのだから、本望だろう。
さて、でもそうなると、皆の私への態度の理由は分からないのだけど?
ひょっとして、コウジの件と関係があるのだろうか……?
──本当ハ、今日ハ学校ニ来タク無カッタ……。
ズキッ!!
はぁっ?なに?
これは、私の声?
……な、なにこれ?!
これは……、知らなかった昨日の記憶が、流れ込んで来る!!
──一昨日、コウジが自殺した。
──それを私が知ったのは、昨日の朝。
──ホームルームに先生から聞いた。
──その後、私は別室に呼び出され、話を聞かれた。
な、なんで私が……?
──一昨日、昼にコウジと揉め事を起こしたのは私だ。
──それだけじゃない、それまでずっと、コウジにイジメの様な事をしていた。
は、はぁ?
あんな事で?!
──それを決めるのは、私じゃなくて周りの人達だった。
──何より、コウジ自身がそう感じていた。
そんな……。
──学校としては、今回、おそらく処分を出したりはしないだろう、と教頭先生は言った。
……そ、そりゃそうでしょ?
──でも、戻って来た私に対する皆の目は、厳しかった。
あ……。
思い出してきた……。
情景まで、くっきりと。
──皆、言葉では何も言わなかった。
でも誰も彼も、私を蔑んだような目で見てきた。
ユウスケも、タクトも、ヒトミも、キョウコも……。
──そして……。
「あ……。」
──マリが私に向けて最後に言った言葉は……。
「あああ……。」
(……なにアイツ、またブツブツ言ってんだけど。)
(……コウジがあんな事になったのに、反省してねぇんだろうな、あいつ。)
周囲のヒソヒソ声は、もう私には届かなかった。
「──だから言ったのに……。」
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
「……っ?!おいっ、どうした、林?!」
慌てたような先生の声も、もう私には聞こえていなかった。