10_秘密
「カンパ〜〜イッ!」
カチンッ。
魔王の掛け声で、魔王とニアちゃんが、私の目の前でカップを合わせた。
場所は私が最初にニアちゃんと会った部屋。
私は拘束されたまま魔王に運ばれ、良い感じのテーブルに着いていた。
「……えっ、本当になに?」
「まあまあ、サトコちゃんだって何もなく、ただ元の世界に還されるのもつまらないでしょ?ちょっと話して行こ〜や。」
「てか、何そのノリ?さっきまでの口調と全然違うんですけど?!」
「あんなの余所行き用に決まってるじゃん。んな堅苦しい言い回しなんて、普段から使ってたりしないっての。勇者が私の下までわざわさ来てくれたのだから、私なりのサービスしてあげた、ってわけよ。」
マジか、じゃあ今の口調が魔王の素、って事か。
「ま、そんな事いいじゃん?ほら、いろいろと用意してもらったから、たんとお食べ。どうせこっちで食べた分は、元の世界の身体には反映されないんだから、カロリーなんか気にしなくて良いからね。」
目の前には食べ物が並んでいる。
流石に凝った料理等は無く、フルーツやら豆、パン等が主だ。
特にフルーツの種類が多く、確かに食欲をそそられる。
「……そりゃ、食べれるのなら、毒入りのだって食べたるけど、『拘束』されたままじゃ手も足も出ないわよ。」
「あ、そっか。そうねぇ、……ニアちゃん、もう呼んで来てくれる?」
「はい、かしこまりました。」
そう言うと、ニアちゃんは奥へ行ってしまった。
呼ぶ?誰を?……って、なんとなく予想は出来るけど。
「じゃあ、忘れないように今の内にやっとこうかな。」
「へっ?!な、なに?」
「大丈夫、大丈夫。どうせなら、ちゃんと説明してから還してあげるから。そうじゃなくてコレね。」
そう言うと、魔王は右手の掌を上に向け、そこに光る宝石を生み出した。
いや、生み出したと言うより、体内から取り出したような感じか?
宝石は複雑で形容し難い形状をしている。
「ひょっとして、それ……。」
「そう、ヤッテンネ国の奴らが「賢者の石」と呼んでる物よ。まあ、実際はそれほど万能な願望器とかじゃなく、せいぜい「異世界転移者」のスキルをある程度弄る、くらいの事しか出来ない代物だけどね。」
その「賢者の石」を、魔王は私にかざす。
そのまま「賢者の石」は一瞬だけ光り、私を照らした。
それだけすると、魔王は「賢者の石」をまた体内にしまい込んだ。
「……?今、何かしたの?」
「ちょっとスキルを一つ付与したのよ。ほれ。」
そう言うと今度は、この世界で何度か見た「鑑定の宝玉」を持ち出し、私に見せてきた。
『闇使い』、『瘴気使い』、『混沌の導き手』ともう一つ。
ん〜〜?
『@#%$&』
なんと書いてあるのか読めないスキルが私に追加されていた。
「……このスキル、なに?読めないんですけど?」
「んっ?ああ、そうか。今の子達って、そうだったわよね。忘れてたわ。」
「……?それって、どう言う……?」
「ま、気にしなくて良いわよ。あ、ほら!来たみたいよ。」
へっ?誰が?
私は魔王の向いていた方に首を向けた。
「……ど、とうも。」
「サイラスく〜〜んっ!!うえ〜〜んっ!」
かしこまった表情で部屋に入って来たのは、ニアちゃんとサイラス君だった。
そりゃ、あれだけ情報が筒抜けだったのだ、伝えてたのはサイラス君だろうさ。
いや、サイラス君だけでなく、セシルさんや他にも動向を監視してた人も居たのだろうけど。
「え〜〜ん!負けちゃったよぉ、ばか〜!」
「ええっと、すみません……?」
「いいからいいから。サトコちゃんは拗ねてるだけだから。この娘、今は動けないから、口に果物やお茶を放り込んでやって。」
「は、はいっ!」
ムグッ。
サイラス君が手身近なフルーツを私の口に詰め込む。
ムグムグ……、旨ぁ〜い!
「美味しい!もっと!」
「はい。」
ムグムグ、ムニャムニャ……。
私はしばし、出された品を堪能した。
「サイラス君の事、責めないであげてよ。だいたい、多少騙してたとしても、サトコちゃんの邪魔はしてないでしょ?」
「ムグ……。」
確かに。
言われてみれば、サイラス君はここに連れて来てくれただけなんだよな。
しかも、魔王とのアポまで取り付けてくれたし。
サイラス君が居なかったら、私は事情も知らずに、見当違いに魔王城まで行っていたかも知れない。
「……でも、なんでわざわざ案内なんかさせたの?」
「そりゃあ、その方がこちらにとって有利だからよ。動向も分かるし、私の詳しい話を聞いて怖気付かないようにできるし、そこらの貴族や軍や魔物とやり合って被害が出たり、余計なスキル取られたりしたら面倒だし。」
うわ〜、納得しか出来ん。
そっか、そこまでコイツの掌の上だったんだな……。
「でも、そしたらなんでこんなにもてなしてくれるの?貴女の事を倒そうとした敵なのに。」
「それは、サトコちゃんが最高の働きをしてくれたからよ。お陰で今回の勇者一行はほぼ無力化できたからね。しかも、こちらの被害もほとんど無かったし。」
あ……。
そっか、私いろいろとやらかしてたな。
「でも、サイラス君を捕えようとしてた憲兵とか……。」
「あんなの、何処にでもよく居る汚職兵士よ。いつ切り捨てたって、痛くも痒くも無いわ。」
「んでも、前線の兵士さんとか……。」
「ああ……。ま、無傷とはいかないわよ。それだって、勇者達に暴れられるよりは、よっぽど被害は少ないし。」
「そんなもん?」
「そんなものよ。……ほらっ。」
魔王は机に乗り出して、私の口にフルーツを詰め込んだ。
……美味しい。
「美味しいでしょ?サイラス君が運んでくれたやつよ。こっちも世界でしか見たことなくて、私の好物なの。」
ああ、魔王がフルーツ好き、ってのは本当なんだ。
「それにしても、これほど好都合に動いてくれるとは、正直思わなかったわよ。サトコちゃんを『闇使い』に選んで本当に正解だったわ。」
……は?
「『闇使い』に、した?」
「……そうよ。勇者達のスキルは私がある程度決められるの。」
「はあ〜〜っ?!」
え、私の、いや私達のスキル割り振りを魔王が決めた、ってこと?!
「私の持ってる「賢者の石」ね。「異世界転移者」のスキルをある程度操作出来る、って言ったじゃない?これ、元々は「召喚」とセットになってる装置みたいな物なのよ。それを、初回の召喚者が持ち出し、魔族側に寝返ってしまったのが、先代魔王ね。そっからこの世界の勇者と魔王の戦いが始まったの。」
「何してくれてんねん?!先代魔王!」
「いやいや、先代はそれで勇者召喚が出来なくなると思ったのよ。それなのに、ゴチャゴチャ魔術を捏ねくり回して、勇者召喚を続けてるのが、今のヤッテンネ国よ。」
「やってんねぇっ?!」
「そう思うでしょ?そして、先代を倒すためにやって来て、先代に説き伏せられちゃった元勇者が、今代の私。」
「「──っ?!」」
私とサイラス君が、声も無く驚く。
「話してて違和感あったけど、やっぱりアンタ、私と同じ「異世界転移者」だったの?!」
「そうよ?3回目の召喚の時にこっちに来て、サトコちゃんのようにスキルが派生して、メチャクチャやってたわよ、当時の私は。」
「3回目って……、貴女いったい幾つなの?」
「はは、乙女に歳なんて聞くもんじゃないわよ?まあ、「賢者の石」で『不老』のスキルも取ったから、外見は若いままだけどね。」
くっ、ちょっと羨ましい。
「そうそう、私達を召喚した国を潰してみたこともあったわね。結局、あいつら国が変わっても、やる事変わんなかったけど。」
「……前々から気になってたけど、あの国名ってまさか……。」
「ああ、私が手を回した結果よ。奴らにはお似合いの国名でしょう?」
確かにそうだけど、なんてーか、容赦無いな。
「話を戻すけど、勇者が召喚された際、誰に何のスキルを振り分けるのか、は「賢者の石」を持ってる者が決められるの。そしてスキルを決めるにあたって、召喚された者達の現状をちょっと過去まで知る事も出来るのよ。」
召喚される直前の状況……。
アレを知られてるの?!
「なので、共闘されるとこちらとしても厳しい事になるようなスキルは、なるべく仲が悪い者同士に振るようにしてるのよ。特に『光使い』と『闇使い』は、制約上、誰かしら割り当てないといけないから、一番悩むのよね。」
「……ちょっと聞き捨てならねーんだけど、『光使い』ってヤバいの?」
「そうね。派生して『光輝使い』になると、『瘴気』も無効化されちゃうのよね。だから割と私の天敵に成り得るのよ。」
えっ、ヤバ!
じゃあ私の『瘴気』も、コウジに効かなかったかもしれないんだ?!
「ちなみに、サトコちゃんは知らないと思うけど、コウジ君まだ生きてたから、魔族側で確保させてもらってるわよ。」
「えっ?!なんで生きてるの?!」
「『光使い』だから、ギリギリ中和が効いて、一人だけ生き残ったのね。」
ゴキブリか、アイツは!
「……それで、コウジなんか確保してどうするの?」
「どうもしないわよ?適度に食事と運動をさせて、綺麗どころを充てがって、少しでもこちらの世界で長生きしてもらうわ。」
「な、なんでそんな至れり尽くせりなのよ?!」
「そりゃあ、同じ組で召喚された勇者が一人でも生きている間は、次の組の召喚は出来ないからよ。」
──っ?!
「驚いた?ま、そういうルールがあるから、ヤッテンネ国は勇者を管理下に置いてるって事よ。今後、前線組も訓練組も抜けて、もう目が無いと分かったら、後方待機組も殺しに掛かるからね、あいつら。」
後方待機組も……?!
「……いや、4年後の再召喚までは生かされるかもだけど、その間、あんまり口に出せない事もされるかもね。最初に着ていた服を着替えさせられたはずだけど、それにも理由があってね。その服は名前が分かるように管理されてて、誰が生き残ってるかな分かるようにしてあるのよ。本人が死んだら、その時の服も同時に消えるからね。」
「やってんねぇ?!」
マジか……、いや、魔王がそんな嘘言っても何もメリットなんて無いから、本当の事なんだろうけどさ。
「ま、そんな連中に召喚された被害者よ、貴女達は。だから、還れるならさっさと還った方が良いのよ。……私は、この世界でハメを外しすぎちゃったから、もう還れないけどね。」
そう言うと、魔王は寂しそうに笑った。
還れない?どういう事?
でも、なんか聞ける雰囲気では無いな……。
「……貴女、本名はなんて言うの?」
「星井ジュンコ、「星」と「ジュン」から取って「スタージュン」よ。中学の頃の黒歴史なアダ名なんだけどね。」
「そうなんだ……。」
別に恥ずかしい名前とは思わないけどね。
なんか、しんみりしちゃったな……。
「魔王様はちゃんとやるべき事をなさってますよ。お茶のお代わりはいかがですか?」
そんな空気を察してか、ニアちゃんが魔王に話し掛ける。
「うん、お願い。ついでに抱きしめて、よしよししてぇ。」
「えっ、嫌ですよ。気持ち悪いこと言うなです。」
………えっ?
あ、あれ?ニアちゃん、今なんて……?
従順なメイドさんだと思ってたのに、急に魔王のこと罵倒しなかった?
……あ、私の横でサイラス君も固まっちゃってる。
「あ、あの。勘違いなさらないで下さいね。こう言うように常日頃からお願いされているので、そうしているだけですからね?」
「くぅ〜〜、やっぱ美少女の罵倒の言葉は沁みるわ〜〜。癒やされる〜〜。」
へ、変態だ〜〜!!
「いやぁ、城だとなんだかんだ人が居るから、ニアちゃんが悪く思われちゃうんで、なかなか出来ないのよね。御用邸に居る間は気兼ねなく罵倒して貰えるから、最高よね〜。」
う〜ん、趣味に生きてるなぁ。
コイツは大丈夫そうだな。
「さて、じゃあもうそろそろ良いでしょ。元の世界に還してあげるわよ。痛かったり、苦しいとかは無いから、安心してね。」
えっ、もう?
「と言うか、私はこの世界に残そうとしないの?」
「う〜ん、サトコちゃんは気性がね……。そのうえ下手に強いから、残すには危なっかし過ぎるのよ。」
そっか、駄目かぁ。
せっかく魔王とも話せたのになぁ。
「サトコちゃんにとっては、あっちが現実なんだから、ちゃんと立ち向かわなきゃ駄目よ?……まぁ、これから大変な事になると思うんだけど。」
……ん?
大変な事になる、ってなんの事だ?
ギュッ!
私が疑問に思っていると、魔王が突然抱き付いてきた。
あ、そっか。
解呪する為には近付かないと、なんだっけ──
「……最後に、アイツらが言わなかった事を教えてあげるね。」
魔王が私だけに聞こえる声で囁く。
「───。」
「……えっ?!」
私は囁かれた言葉に驚き、思わず魔王の顔の方を向いた。
「……さよなら。」
その時見た彼女の表情が、今でも忘れられない。
寂しそうな、自嘲するような笑み。
それが私が、魔王スタージュンこと星井ジュンコを見た最後であった。