09_魔王スタージュン
「では、これでお別れですね。サトコ。」
「うん、色々とありがとう。サイラス。」
セシルさんの手前、私はここでサイラス君と別れるという芝居をする事になった。
実際には、サイラス君が御用邸へ赴くのに合わせて、私も裏から侵入する事になっている。
「そうすれば、確実にそこに魔王様がいらっしゃる事になりますから。」
とは、サイラス君の談。
「でもそれだと、最悪、サイラス君を巻き込んじゃうかも知れないよ?」
「構いません。魔王国のために犠牲となるなら本望です。」
う〜ん、覚悟決まってるな〜、サイラス君。
でも、流石の私でも、サイラス君を巻き添えにするくらいなら、逃げちゃうかなぁ……。
まあ、どうなるか分らないし、やるだけやったれ!
**********
「サイラス・クローバー様ですね?ようこそいらっしゃいました。只今、魔王様にお伝えして参ります。」
御用邸入口でサイラス君が迎えられているのを横目に、私は庭から御用邸の奥へと忍び込んだ。
魔王となれば魔王国の最重要人物だろうに、意外と警備は手薄だ。
これなら私でもサクサク奥まで回れる。
うん、流石に広い!
……でも一応、庭園みたいに明らかに鑑賞用の手入れがされた場所は見付けた。
この庭園を鑑賞出来るようになってる部屋が、居間のように使われている部屋のはず。
……ここかな?
私は、そ〜っと部屋を覗き込んでみる。
「……サトコ様ですね?」
ドキッ?!
えっ、誰?!てか、どこ?!
聞こえた声は、聞き覚えの無い女性の声だった。
「失礼しました。わたくし、魔王様付きのメイドをしております、ニアと申します。魔王様から、サトコ様がいらっしゃいましたら案内するよう、申しつかっております。」
覗き込んだ部屋の奥から姿を現したのは、銀髪の絶世の美少女メイドさんだった。
歳は私より幼く見える。
中学生くらいかな?
「な、なんで私の名前を?」
「さあ?わたくしは魔王様よりお聞きしただけですので。」
「はあ……。」
素っ気ない返しに、私は気の抜けた返事をしてしまった。
な、なんなんだ、一体?
「……魔王様の下にご案内してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします。」
とりあえず、この子に害意は無さそうだし、従っておく。
ニアちゃんは部屋から外に出て、庭を歩いて行く。
「どうぞ、こちらです。」
少し歩いた先で立ち止まり、振り返り私に声を掛けてきた。
「あれ?屋内じゃないの?」
「はい。古い建物なので、壊れる事を心配されたのか、魔王様はこの先の拓けた場所でお待ちです。」
「……ソウデスカ。」
完全にこちらの意図も動向も筒抜けだったってことね。
怖いな〜、ストーカーでも張り付いてたのかなぁ。
でも、この子もそうだけど、私の邪魔をしようって感じじゃないんだよなー。
しばらく御用邸の庭から続く小道を歩くと、本当に拓けた場所に着いた。
「魔王様、お連れ致しました。」
ニアちゃんが呼び掛けるその先には、一人の女性が居た。
なかなかの美女で、服装もちゃんと格好良い。
しかも動き易そうでもある。
この女性が魔王なのか?
でもなんか……、シュールな絵面になってるんだけど?
彼女は林の中の拓けた場所の奥で椅子に腰掛け、カップでお茶を飲んでいた。
「うむ。御苦労。」
あ、返事した。
じゃあ、本当にこの人が魔王なんだ?
「さて、よくここまで来たな、勇者よ。その褒美として、この私自らが相手をしてやろう。」
う、なんかそれっぽく語り掛けてきた。
……あ、カップをニアちゃんに渡してる。
「だが、その前に一つ頼みがある。」
「……なに?命乞い?」
「それが通じる相手ならするがな。そうではない。決着をつけるのは構わないが、このニアがこの場から去るまで、しばし待ってもらいたい。」
ああ、なるほど。
別にそれくらい構わないけど……。
なんか私、無差別殺人犯の様に思われてない?
……ちょっとだけ心当たりがあるのが嫌だな。
「あ、うん。分かったわ。その子が下がるまで待ってあげる。」
「ん、感謝する。さあ、お前は行け。」
後半はニアちゃんに向けて言う魔王。
「承知致しました。……御武運を。」
そんな魔王に一礼し、ニアちゃんは御用邸の方に帰って行った。
「……待たせたな。では始めようか。礼としてそちらから攻めて来るが良い。」
なんか調子狂うな。
……まあ、来いと言ってるのだし、良いか。
「おう!ではまず『闇槍』!」
スキルが『闇使い』だけの頃から使えた魔術を放つ。
パンッ!
魔王は避けもせず、手を払って消し去った。
「魔力の無駄遣いは感心しないな。もっと本気を出して欲しいものだ。」
ありゃ、お気に召さなかったようで。
「なら、『瘴気弾』!」
「ふむ。」
魔王は片手をかざし、魔力の盾を生み出した。
ボシュッ!
「……こんなものではあるまい?」
え、全く効いてない?!
『魔道士』のヒトミですら防ぎきれなかった魔術なのに!
なら……。
「『瘴気の渦』!!」
魔王の周囲に闇が渦巻く。
「はあっ!!」
サア……。
はっ?消えた?!
魔王が気合いを発すると、周囲の闇は何事も無かったかのように霧散した。
……あれ、これ相当ヤバい?
「これが限界か?」
魔王は相変わらず、余裕そうな表情で煽って来る。
くっそ、ならば奥の手!
「『瘴気爆発』ぅっ!!」
──ッドガアァァァァァンッ!!
私はなりふり構わず、最大火力の魔術を放った。
……これでダメなら、もう魔術の手札は──
──えっ?
爆発する暗闇が晴れた跡には、悠然と佇む魔王の姿があった。
「ふん。流石に痛いな……。次からは確実に防御するとするか。」
いや、全然効いてないだろアンタ?!
……そっか、魔術は駄目か。
だったら!
私は魔王に向かって駆け出す。
「……ほう。」
魔王も私の意図を察したようだ。
キィンッ!
私が全力で振るった剣を、魔王も剣で迎え弾く。
「ん、思い切りの良い振りだ。」
なっ、コイツ!
私に残された最後の手段は、『混沌の導き手』で強化された身体能力を使っての接近戦だ。
けれど──
キィンッ!キンッ!…カッ!ギィンッ!!
──いくら剣を振り回しても、全て魔王の剣で防がれ、弾かれてしまう。
てか、この手応えは『聖騎士』ユウスケと打ち合った時と同じくらいスキが無く思える。
コイツまさか、剣士系のスキルまで持ってるの?!
ガギンッ!!
強く剣が弾かれたタイミングで、私は後方に飛び退く。
「『瘴気の津波』!」
それに合わせるように魔術を放っておく。
しかし──
「『瘴気の竜巻』!」
バンッッ!!
──えっ?
「きゃあっ?!」
私の放った魔術は、魔王の放った魔術とぶつかり合った。
そして、その衝撃波は私の方に向かい、私は尻餅を突いてしまった。。
「サトコの魔術は『瘴気』属性のみだからな。対してこちらは『風』属性も加えている。単純に相殺など出来んぞ?」
はあぁっ?!?!
コイツも『瘴気』使えるのかよっ?!
そら私の魔術も効かない訳だ。
……てか、この状況まっずい!
魔術でも剣でも、私の上を行かれている!
「そらっ、『電撃瘴気』!」
「わわっ?!」
追撃の魔術を放つ魔王に、私は慌てて『瘴気』の壁を作る。
しかし──
バチッ!
「んぎっ?!」
魔王の魔術を防ぎきれず、衝撃が全身を駆け巡る。
「……想像してみよ。『闇』で『電撃』が防げると思うか?」
もはや私には、魔王の煽りもよく聞こえなくなってる。
気付いた時には私は膝立ちになっていた。
そんな私の様子を見てか、魔王は目前まで歩み寄って来る。
……ダメだ、もう打つ手が無い。
「──どうした?観念したか?」
「……うん。私の負けよ。いっそ一思いに殺して。」
「そうか……。」
そう言うと、魔王は私に向けて手をかざす。
観念した私は、ギュッと目をつぶった。
「『束縛』!!」
ギッ!!
全身を締め付ける感覚があり、未動きが出来なくなった。
「な、なに?別に拘束なんてしなくとも、抵抗なんて、もうしないわよ?」
「そうか……、ならば。」
そう、これで本当に──
「しゅ〜〜うりょ〜〜う!!」
「へぁっ?!」
えっ、なに?
てか、変な声出ちゃったよ。
「ニア〜〜。居る〜〜?終わったよ〜〜。」
「……はい、聞こえております。お疲れさまです。」
魔王の呼び掛けに、ニアちゃんが岩陰からひょこっと顔を出して答えた。
あれ、ずっと居たの?
……いや、さっき魔王から預かったはずのカップは持ってないから、一旦戻ってもう一回来たのかな?
「うん。これから戻るから、お茶の用意をお願い。四人分。」
「承知致しました。」
そう言ってニアちゃんはまた引っ込んでしまった。
「よしっ。私らも戻ろっか。」
ひょいっ。
魔王が拘束された私を軽々と持ち上げ、歩き出す。
私は、ただされるがままで、全然思考が追い付いていない。
「ちょ、ちょっと?!何するつもり?!」
「んんっ?……サトコちゃんの慰労会かな。」
「はあ〜〜っ?!」