夜勤族の妄想物語3-6.あの日の僕ら2・外伝3~震えた再会~-
夏と言えばやはり祭りと心霊現象だろうか、
守と美麗は毎年この時期になると、
「好美(秀斗)が生きていたら」と感慨にふけっていた
6.「あの日の僕ら2・外伝3~震えた再会~」
佐行 院
夏が終わりかけていたある日の昼休み、偶然松龍で再会した守と桃はその日有休を取得して実家を手伝っていた美麗を誘って昼食を摂る事にした。いつもならランチタイム真只中だった為に客で席が一杯なので自分達の食事は後回しにする事が多いが珍しく空席だらけだったので美麗の父である店主・龍太郎が許したそうだ、正直売り上げの方が心配になってしまうが「娘命」のパパさんには関係ない様だ。
美麗「パパ、私は嬉しいんだけど本当に良いの?」
龍太郎「ああ・・・、折角の有給なんだからゆっくり過ごす時間も必要だろう。今日はサービスだ、何でも作ってやるから好きな物言ってみな。」
赤鉛筆を片耳に挟みながら新聞を広げる龍太郎、最近娘に「パパ」と呼ばれる度に顔がニヤケてしまうからか必死に隠そうとしているのが目に見えてしまう。ただそのニヤケもすぐに解消されてしまう様で・・・。
桃「じゃあ私、パエリヤが良い。」
守「俺は・・・、サーロインステーキかな。」
美麗「じゃあ私は・・・、クリスマスケーキ。」
「何でも作ってやる」という自らの言葉を反省する龍太郎、呆れて物も言えなかった上に数人だが他の客もいたので怒る気にはなれなかった。
龍太郎「お前らな・・・、ここは中華屋だぞ。そんな物があると思うか?それに美麗・・・、冬まで待ってくれるなら・・・。」
桃「何それ、あからさまな照れ隠しじゃん。」
守「と言うか作る気満々かよ。」
学生時代から毎度お馴染みとなった座敷席で笑い合う3人のもとへ王麗があるポスターを片手にやって来た、どうやら事件の捜査や仕事に追われている守達に偶には折角の夏を存分に楽しんで欲しいと願っていた様だ。
王麗「あんた達、今日は定時で上がれそうなのかい?」
桃「私は・・・。今日早上がりだから・・・、3時位・・・。」
守「俺も・・・、一応定時・・・。」
結局美麗が我儘を押し通して父親に作らせたカレーライスを頬張る3人、ただ美麗好みに仕上がっていたのでかなり辛口になっていたが故に口調がおかしくなってしまう守と桃はなかなか飲み込めずにいた。
王麗「2人共、落ち着いて食べなよ。飲み込んでからでもいいからさ。」
2人は至って落ち着いていた、ただ辛すぎて中々飲み込めそうにないだけだ。
数分後、2人がやっとの思いで1口目を飲み込んだ時には既に美麗は半分くらいまで食べてしまっていた。
美麗「パパ、これってお代わりある?」
龍太郎「嘘だろ、お前平気なのかよ。」
王麗「そんなに辛いカレーが好きなのはこの辺でもあんた位なんだから食べ放題に決まっているじゃ無いか。」
娘の止まらない食欲に頭を抱える母親の前で未だに食欲を爆発させる娘が改めて声を聞いた。
美麗「そう言えばママ、何か用なの?」
王麗「あんたね、それ聞く前に口の周りを拭いたらどうなんだい。見てるこっちの唇まで辛くなってきそうじゃ無いか。」
美麗「ごめんごめん。」
慌てて手元のティッシュで口の周りを拭う美麗、それを確認した王麗は持っていたポスターを円卓の上に広げた。
王麗「3人、良かったら今夜皆で近くの神社の夏祭りに行かないかい?折角なんだ、楽しもうじゃ無いか。」
守「俺は別に構わないけど桃ちゃんは?正は大丈夫そう?」
一応念の為、桃の彼氏で友人の正の事を気遣う守。
龍太郎「そう言う守はどうなんだよ、真帆ちゃんは?」
守・桃「ちょっと聞いてみる・・・。」
ただの偶然なのか、台詞もタイミングも合ってしまった2人。もういっその事この2人が付き合っちゃえという冗談を言ってやろうと思ってしまったがぐっと心中で堪えた美麗。
守・桃「真帆(正)、来れるって。」
もういっその事言っちゃおうかと意気込む娘の様子を察したのか、必死に止める母親。何となくだが周りから見ると何とも滑稽な光景、ただそのいい雰囲気は店主の一言で崩れる事になった。
龍太郎「でも母ちゃん、そこの神社ってすぐ横の墓場で「出る」って噂だろ?」
美麗「パパ、「出る」って何が?」
龍太郎「「何が」と聞かれても説明に困るな、俺も人づてに聞いただけなんだが「何が」出たかは人によるらしいんだ。ただ・・・。」
「あの場所」に「こういった幽霊」が出ると言う何とも具体的な内容の噂はよく語られる一般的な怖い話で聞く事が多いが、「人に寄る」とは一体どういう事なのだろうか。
美麗「「ただ・・・」、何?」
龍太郎「ああ・・・、すまん。「それ」を見た人達は何故か全員様々な表情を見せながら帰って来るんだそうだ。」
桃「変なの、皆顔を蒼くさせたり泣き叫んだりしながら帰って来る訳じゃ無いんだ。」
王麗「それなら私も先週お客さんから聞いた事があるよ、確か偶然あの場所に行った友人の方が感動の涙を流しながら帰って来たって。別の人は普通に怖がっていたみたいだけどどう言う事だろうね。」
そんなこんなでやっと激辛カレーを食べ終えた守と桃は職場へと戻り残っていた仕事を片付ける事に、ただその時美麗が1人で5杯も完食していたのは店主夫婦だけの秘密だ。
数時間後、松龍で正や真帆と合流した守は店の前で瓶ビールをラッパ飲みしていた。本当は一言言ってやりたかったが、折角の祭り気分が壊れる上に店の前なので王麗は見ないフリをしていた様だ。
真帆「守、真帆もビール貰って良い?」
一仕事を終えて疲労が溜まっていた真帆は恋人から受け取った瓶ビールを体内に流し込んだ、命の水が五臓六腑に染み渡った真帆の表情が恍惚に満ちている中、少し遠くから聞き覚えのある声がした、桃から連絡を受けた正だ。
正「おーい、久しぶりじゃねぇか。安正も後で合流するって言ってたぞ。」
大学卒業以来だったか何年振りかは覚えていないが正の様子は全くもって変わっていなかった。
守「久しぶりじゃねぇか、元気にしてたか?」
正「そっちこそ、それにしてもお前ら店の前で堂々と間接キスしてんじゃねぇよ。」
真帆「良いじゃん、真帆がしたかったの。」
夕暮れ時で少し涼しくなり始めた店の前で楽しそうに談笑する3人の所に先に松龍に来ていた桃と店の手伝いを終えた美麗が出て来た、ただいつもとは雰囲気が違う。
美麗「どう?ママに着付けて貰ったの。」
数年に一度着るか着ないかとなっていた浴衣を自慢する美麗、この場に安正(いや秀斗)がいたらどんな反応をするのだろうか。
正「桃が浴衣だ・・・、可愛い・・・。」
桃「何、もう赤くなってんの?じゃあもっと赤くしちゃお。」
そう言うと守達に先駆けた様に正と口づけた、少しだけだが未だに残る夏の暑さなのかそれとも恥ずかしさからか正の顔はより一層赤くなった。
王麗「あんた達、相変わらずだね。」
ため息をつく王麗の横で至って冷静だった美麗。
美麗「ねぇ、そういえば安正は?」
桃「もうすぐ・・・、来るんじゃない?直接神社に・・・、来てって連絡入れといたら?」
素面のはずなのに何故かヘロヘロになっていた桃、正直どうでも良い話だがまさか正とご無沙汰だったのだろうか。
そんな中、松龍で集合した5人は先に神社へと向かう事にした。
王麗「先に楽しんでいなね、私達も店の片づけをして花火の始まる8時までに行くからね。」
5人がゆっくりと到着した時、祭りの会場となっていた神社には既に多くの人々が来ていた。空では星達が瞬き、すっかり真っ暗になっていたが並んでいた沢山の屋台の周辺を中心に漏れていた電灯の光が夏祭りの雰囲気をより一層醸し出していた、ただ先程龍太郎の話に上がっていた例の墓場は打って変わったかの様に静かで真っ暗になっていたので肝試しにはピッタリだと言う人達がチラホラいたという。
美麗からの連絡通り神社へと直接やって来た安正と合流したので、5人は一先ず松戸夫婦が来るまでの間の時間を使って例の噂を試してみる事に。と言っても時刻は既に7時45分、場所取りをするべきだと考える人も少なくも無いし正直幽霊が出るには早すぎるのでは無いだろうか。そもそも何が出るか分からないので何とも言えないが。
美麗「ねぇ、あの人達嬉しそうに泣いてない?」
桃「別の人達は楽しそうに笑っているね、何でだろ。」
例の墓場から出てくる数名の集団の様子を観察する女子2人、本当に何が出るのだろうか。というより本当に何かが出るのだろうか。
先程の集団を見送りながら6人は墓場へと入って行った、王麗に手渡されたメモの通りに墓場を進んで行く。
美麗「少し奥まった所に3つある一番大きなお墓の前で集合写真を撮る・・・、だって。」
指示された場所へと到着した6人が横に並んだ後、美麗は同様に噂を試そうとしていた集団にいた女性にスマホを手渡して写真を撮る様にお願いした。
女性「撮りますよ、はい!!」
数枚ほど撮影した後、女性にお礼を言ってその場を去る6人。墓場の入り口まで戻った後、皆で美麗のスマホを確認してみる事に、美麗が撮って貰った写真をスクロールしていったが5枚目までは何も無かった様だ。
桃「なーんだ、ただの噂だったんじゃん。」
ただ花火が上がったとほぼ同時に6枚目の写真を見た瞬間、桃や正には先程までの5枚と同様にやはり何も映ってはいない様に見えたがその横で嬉し涙が零れたのが2名。空で咲き乱れ、煌めく大きな花火の光が2人の涙を輝かせていた。
正「やっぱり何も無い・・・、ってお前達どうしちゃったんだよ。」
互いにうれし泣きをする事に気付いた守と美麗は小さな声で言葉を交わした。
守「美麗もか・・・。」
美麗「うん、守君も・・・?」
守「会えた、俺の隣で好美が笑ってた・・・。」
美麗「私も・・・、秀斗が・・・。」
2人の会話をやっとの思いで聞き取った桃が改めて写真を確認したがやはり6人以外は誰も映っていなかった、どうやら噂は本当だったらしい。
守と美麗の2人だけには「決して忘れることが出来ない心から会いたかった人」が出た様だ。
噂は「嬉しい噂」だった、そのお陰で思い出が蘇るようだった。
2人はとにかく噂に感謝したかった、そして・・・。
「あの日の僕ら」に・・・。
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