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帰らずのトンネル・シリーズ

喜びと哀しみが交わるトンネル

今年も夏が来ましたね。

また、夏のホラーに参加します。

もっと刺激的で、恐ろしい話が書ければいいのに、……と毎年、思っていますが、なかなか難しいようです。

ただ、『うっすら怖い!』 ……そういう路線を目指して、今年もがんばってみたので、ヨロシクお願いします。


 その町に行くには、一日に二本しかないバスを利用することになる。

 とにかく、山奥にひっそりとあるので、簡単に無関係な人間が出入りできないようになっているからだ。

 そんな浮世離れした場所だから、人々の間では、

『桃源郷だとか、理想郷のようだ! 」 と揶揄されているらしい。

 そしてそこは、政府による肝入りで、老人問題を解決するために人工的に作られた町であり、"エバーグリーン・タウン"と呼ばれていた。


 初夏のある日のことだ。

 深山(みやま)利道(としみち)は、この町に向かう午前のバスを一人で待っていた。

 とりあえずバスに乗れば、町のすぐ近くまでは着くことができるが、エバーグリーン自体に入るには、下車したバス停から少し歩き、わざわざ長いトンネルを抜けねばならないらしい。


 やがて、やって来たバスに乗ると、車上の風景はどんどんと山また山へと変っていった。

 役所の人の話では、町は山々の谷間にひっそりと存在しているため、限られた関係者や業者が通ってくるだけで、あまり外部とは接触することが無いように作られている。とのことだった。

 そして、そのおかげで、静かで穏やかな環境を保っているらしい。

 実際、バスに乗っていると、かなりの数の監視カメラが、規則正しく道伝いに設置されているのが分かった。

 また、バス停も町の中に作ればよいのに、わざわざ町に入るトンネルの前で下車させるなんて、物資を運び込む車以外は簡単に出入させないのが目的なのだろう。

 つまり、かなり無理矢理な閉鎖空間になっている。

 エバーグリーンは、そんな町のようだ。


 バスから降りると、早速、例のトンネルがあった。

 どうやら、これを通り抜けなければ町に辿り着かないらしい。

 利道は改めて深呼吸をした。

『……まるで、隠れ里のような町だ 』

 そんなふうに思ったのである。



「まぁ、とにかく行ってみて下さい。私が説明するより、よっぽど分かり易いでしょうから、……それに、誰もが、驚くらしいです。

 『トンネルを抜けると、まるで生まれ変わって、()()()()になったような新しい気持ちになれる』 

 そんな噂まであるんですよ! 」


 利道は、実際にトンネルの中を歩きながら、そんな話をした役所の人の言葉を思い出している。

 すると、こんな()()()を聞かされたせいか、本当に変な気分になってくるから不思議だ。

 トンネルの中はオレンジ色の照明のせいで薄暗い。だが、不思議と心地良く、一人で歩いている孤独感や恐怖のようなものは全く湧いてこなかった。

 やがて、出口に近づくにつれ、明るい光が差し込み始める。そして、暗闇から一気に解き放たれた。

 眼前には綺麗に整った、ちょっと見にはファンシーにも思える美しい町並みが広がっている。

 エバーグリーンとは、よく言ったものだ。街の建物や家々の屋根の色は緑色系で統一されており、光を浴びてエメラルドのようにキラキラと輝いて見えた。



 利道のエバーグリーンでの仕事は、介護の仕事だ。

 この町に来るまでは、リストラで失業した後、コツコツと求職活動もしていたが、努力も虚しく仕事にありつけないでいた。

 暫くの間は、貯金を食い潰して生活していたが、それもさすがに限界になり、いよいよ生活保護の世話にならなければならなくなった。

 そんな時に勧められたのが、この町に移住して働くことである。


 利道には家族がない。

 両親は子供の頃に離婚していたし、育ててくれた祖父母を見送った後は、結婚もしないままだった。

「今の生活には何の未練もない。

 ……どうせ、どこに行っても、同じことだろう! 」

 そんなふうに思い、心機一転、この町にやって来たのだ。



 そして今、利道は、ある老婆の車椅子を押している。

 この人は、認知症を患っているので、取り留めのない話を何度も繰り返し話す。

 そこで慣れない間は、結構、(わずら)わしかった。


「ねぇ、お嫁さんは元気なの? 」

「ちゃんと、ご飯は食べてる? 」

「あかんよ、たまには部屋を掃除せんと! 」


 老婆は、利道を自分の子供と勘違いし、()()()()説教をしてくるからだ。

 それでも、時に機嫌が良いと、楽しげに歌うこともある。


 老婆は、……「桜の花が好き」 なのだそうだ。

 そして、……おでんの「味が染み込んだ玉子が大好き」らしい。

 お雑煮は薄味でも、「昆布だしで白味噌に丸餅が一番よ! 」 と主張する。


 こんなふうに慣れるにしたがって、老婆は()()()()()()話をどんどんするようになった。

 だが何度会っていても、毎回、初対面のように丁寧に挨拶をするし、別れの時間になると、まるで自分の子供と勘違しているかのように、悲しそうな表情をするのだ。

 そんな老婆の姿に、時々うんざりしながらも、利通はまるで本当の親と過ごしているような錯覚にとらわれた。



 そして今日の仕事は、町の中央病院に老婆を()()()送迎することである。

 とはいえ、この町の交通機関はコンピューターによって完全に管理されているので、さほど難しい仕事ではない。

 なぜなら、お年寄りや体調に問題がある人が出掛ける際には、居住スペースに一番近い車の発着場まで自動運転のタクシーが迎えに来てくれるし、一人で車に乗り込んだとしても、時間通りに目的地に運んでくれるようになっているからだ。

 そのおかげで町中の車は無人運転でも秩序正しく走っており、事故も殆どない。


 そこで利道の仕事は、老婆の車への乗降を手伝うだけで、病院に送り届け受付けを済ませると、帰るまでの間は待機していてもよいことになっていた。

 また、病院の中では別の者が世話するようになっており、診察内容や検査、それから薬に至るまで、専門的なことが判る人間が面倒を見る。そして細かい連絡事項は、後から居住スペースに常在している専任の介護士らに直接知らされることなっていた。

 つまり、本来なら親族や関係者が最初から終わりまでやることを分業化しているのだ。

 当然、人によっては(こだわ)りがあって、他人に面倒を見られるのが嫌な人もいるかもしれないが、老婆は認知症のせいか、その辺りには抵抗が無かった。

 そこで、利道にとって老婆の通院の日は、時間の余裕がある楽な仕事の日なのである。


 そして、老婆を病院に送り届けた後のことだ。

 利道は、病院のすぐ側にある商業(ショッピング)施設(モール)の屋上で、ベンチに座りながらアイスを食べている。

 ここは本当に長閑な場所で、時間を潰すには丁度良い。

 ベンチの前には大きな噴水があり、今日も未就園児らしき子供たちが、黄色い歓声をあげながら水遊びに興じている。 

 季節は夏だ。

 とはいえ、嬉々として騒ぐ子供達の声は多少(うるさ)いかもしれない。

 だが、誰もその騒ぎを咎めようとはしないのだ。むしろ、皆が羨むような眼差しで見つめていた。

 噴水の周りには、沢山のベンチが置いてあり、そこには子供達が遊ぶ姿を愛でるように老人達が座っている。

 おそらく、こんなふうに屋上で遊ぶ子供達をウォッチングするのが日課になっているのだろう。何組かの老夫婦が菓子を食べながらコーヒーまで啜っていた。

 この近辺には、老世帯が安心して暮らせるように配慮された"見守り付きマンション"が多く建てられている。そのせいか、どこに行っても老齢の人々の姿を見かけた。

 そして彼らにとっては、子供達が遊ぶ姿が、離れて暮らす子や孫との絆を思い出させるものなのかもしれない。

 超高齢化社会を迎えた社会にとっては、子供は宝であり、アイドル的存在なのだ。

 だが、そんな一見、とても平和に映る光景に対して、

『この町は、本当に良く()()()()。……気味が悪いほどに! 』

 利道は時々、そんなふうに思うのであった。


 エバーグリーンでは、固有の電子マネーが流通しているため、外の世界のお金は使用できない。だが、そのおかげで犯罪も起こりにくい。

 それに、個々人の資産状況も把握されているので、管理が難しくなった高齢者でも安心して暮らせるようになっているのだ。

 また、町全体の人口も老人だけに偏らないように考えられており、介護に携わる者同士の夫婦や子供達が存在するので、その生活を支えるための商業施設や学校なども存在している。

 つまり、全てが高齢化社会に適応するように人工的に造られているのが、モデル都市 = エバーグリーン・タウンなのだ。

『……本当に、紹介でもされなければ、この町に来ることはなかっただろうな 』

 利道はそう思った。



「今なら、深山さんにピッタリな仕事があるのですが、どうですか? 」

 役所の男にそう言われた時には、利道はビクリとした。

 もう打つべき手もないだろうから、いっそのこと生活保護の申請でもしようかと思っていたからだ。

『フン! もう、この年になって()()()()()()でゴザル 』

 利道は、心の中で舌をペロリと出す。

 だが、そんな思いも、アッという間に挫かれてしまった。

「深山さんには、面倒を見なければならない御家族や身内の方々がいらっしゃらないのでしょ! それなら、このままずっと一人で暮らされるのは、お勧めできません」

 もう数年経てば、定年を迎える年齢に見える男がこんなふうに言った。

「だって、……寂し過ぎるじゃないですか? 」


 もちろん、利道にとっては余計なお世話である。

『好きな時間に起き、眠り、たいした食事でなくても喰えれば良い。

 そして、ある日、この世から眠るように旅立てるなら本望だ 』

 そんなことを考えていたからだ。


『寂しいだと!? 』

 利道は、久しぶりに聞いた人の暖かさを感じる言葉に動揺した。

 そして結局、押し切られるように、国が推進しているプロジェクトに参加することになったのである。

 "誰一人として孤独死を迎えない社会を実現すること!"

 それが、このプロジェクトのスローガンだった。

『思えば、あの時を境に、孤独ではあるが自由な人生を手放してしまったのかもしれない』

 利道は、そんなことを考えたのである。



 噴水の側で楽しげに飛び跳ねる子供達の声を聴きながら物思いに耽っていると、利道のスマホが急に振動した。

『……おや、今日は随分と呼び出しが早いな』

 そう思って出ると、緊急連絡である。

「あっ、すみません、深山さん! 小百合(さゆり)ちゃんがいなくなったのですが、知りませんか? 」

 この一報で、利道の平穏な一日は崩れ去ってしまった。

 利道の本日の業務は、老婆・中本(なかもと)小百合(さゆり)を病院に送迎すること()()だったはずだが、肝心の小百合が病院内から失踪してしまったので、捜索に加わることになったのである。



 その後、思い当たる場所を全て探して回ったが、どうしても小百合は見つからなかった。

 この町に住む高齢者らは、誰もが何らかの形で居場所が把握できるようになっている。それにもかかわらず、見事に居場所がつかめないのだ。

 例えば、徘徊することがある人には、GPS付のリストバンドを装着してもらうなど、それなりに配慮しているのだが、老婆は、病院の待合室のソファーの下にそれを捨てていた。おそらく、尋常ではない力で引き千切ったのだろう。


『まさか! とは思うが、町の外に出てしまったのでは? 』

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 もちろん、最も可能性の低いことではあるが、それでも老婆の身体は極めて健康で、認知症であっても行動的なので、ワンチャンそういうことがあり得るかもしれないと思えた。

 そこで利道は、町から外に出るためには通らなければならない例のトンネルの方に向かったのである。



 いよいよ、トンネルを前に佇むと、思わず大きな溜息が漏れた。

『本当に、小百合はトンネルを抜けたりするだろうか? 』

 どう考えても、無謀すぎる。

 それに、無事にトンネルを抜けられたとしても、外に出ると山の斜面に沿って険しい車道が延々と続く。老婆が一人で行くにはあまりにも危険過ぎる道だ。

 だが、それでも外を探すなら今しかない。

 時間が経って夜になると、暗闇の中では探せないと、今日の捜索自体が打ち切られる可能性があるからである。


 この町は、新しく入って来る者に対しては好意的だが、出て行く者には不親切なのだ。

 また、実際に出て行こうとする者など殆どいないらしい。

 ここに住んでしまうと、外の世界が余りに無秩序で危険な場所に思えてくるからだろうか。


 利道は心を決めると、いよいよ老婆を見つけ出すためにトンネルの中に足を踏み入れた。

 本当のところは、純粋に老婆のことだけが心配なのではなく、もし彼女が不幸に見舞われていたら、自分の心の中に湧き上がる自責の念で生き辛くなりそうな気がしたからだ。



 暗いトンネルの中を歩いていると、どこからか水の流れる音が聞こえる。

「……小百合ちゃん! いるかい、聞こえるかい? 」

 とりあえず、大声で呼んでみた。

 だが、特に返事はない。

 オレンジ色の光に満ちたトンネルの中を歩きながら、利道は、この町に来る前のことを思い出していた。

「トンネルを抜けると、……別の人間になったような新しい気持ちになれる。

 ……そんな噂まであるのですよ! 」

 役所の男の言葉を思い出し、利道は苦笑する。

『では、トンネルを逆行して町から出て行くと、また、以前のような人間に戻るということなのか? 』

 何だか急に笑いが込み上げてきた。

 すると不思議なことに、トンネルの出口に近づくにつれ、ボロボロと余計な思い出が溢れ出す。


 じいさん、ばあさんの笑い顔や、年老いて()()()()()父の姿が浮かび上がる。

 そして、トンネルの外にもうすぐ出てしまうという時には、完全に昔のことを思い出した。


 就職祝いで、父と一緒にしゃぶしゃぶを食べに行ったこと、

 ……その父も、それから五年後には他界したが、

 ……その後は、人と付き合うことが億劫になったこと、

 そんな、今となっては、どうでもいいことが一斉に押し寄せてくる。

『もしかして、この町で得られた安らぎは、俺のつまらない過去の代償として得られたものなのか? 』


 だが、どんなに記憶を手繰り寄せても、肝心の母親との思い出がない。

『まさか木の股から生まれたわけでもあるまいし、そういう記憶は元から改竄(かいざん)されているのか? 』


 トンネルを逆行するにつれ鮮明になっていく思い出に、利道は、このトンネルが記憶を奪う目的で作られたものではないか? とさえ思えてきたのである。


『では母は、……俺の母親はどんな人だったのだろう? 』

 必死になって、記憶の奥底を探ってみた。

 すると、何故か老婆の顔が浮かんでくる。

『はぁ? 今さら何だよ! 』

 利道は思わず絶句した。


 それは、幼い頃、他の男と一緒になるために家を出て行った母親の顔と重なったからである。


「いい子だね。暫く静かに遊んでいるんだよ。

 ……後で父さんに、これでお菓子でも買ってもらいな! 」


 そう言うと、母は当時四歳だった利道のポケットに札を捻じ込んで消えてしまった。

 結局、それだけしか思い出せない。

 そして、その程度の印象しかないのだ。

「……なんだ、こんなイカレた巡り合わせ、嫌がらせかよ! 」

 そう叫ぶと、利道は全力でトンネルの外へ駆けて行った。


 (まばゆ)い光が目を()す。

 よく目を凝らすと、バス停のベンチに一人で鎮座している老婆の姿が見えた。

 まるで何もなかったかのように、惚けた顔をして微動だにしない。

 利道は声をかけた。

「あんた、もしかして母さんなのか? 」

「はぁ!? 」

 老婆は相変わらず、突拍子もない、()()()()()()()言葉を返しただけであった。

 それでも少し、それなりに考えたのかもしれない。

「えっ、あんたがカズちゃんだっけ? 」

 と、逆に質問してきたのである。

 確か、老婆の亡くなった息子さんの名前が和彦さんだったはずだ。


 老婆は急に声を掛けられ、暫く自分を取り巻く状況が理解できずに戸惑っている様子だったが、次第に落ち着きを取り戻した。

 そして、もう、いつものように利道の声掛けにニコニコと微笑んでいる。


「いいよ、いいよ、……それなら、これからは俺なりの親孝行をしてやるから!」


 そう言うと、利道は老婆の手をしっかりと握りしめた。


 そして、その日を境に、エバーグリーン・タウンから二人の姿は消えたのである。


 ――――――――――――――――――――――――― 完 ―――――







今年も、お盆が過ぎましたが、相変わらず暑いですね。

毎年、この時期になれば必ずといってもいいほど、お年寄りの話や戦争の話などを聞かされたものですが、いよいよ昭和が遠くなって、その機会も減ってきています。

いつまでも同じ時間が流れるわけではないですが、これからも、平和な時代が続けばいいと思っている今日この頃です。

お読みいただいて有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、トンネルって地味に怖いですよね。私はリアルで避けてしまいます。 管理社会ってのもなにげに怖いですね。お気に入りの「SF」のフォルダに入れました。 久しぶりに御作品を拝読でき、うれしかっ…
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