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 クライマックスへと突入した彼女の『月の光』はもう、星や波では言い表せないほど、僕たちの胸に差し迫って響いた。流れるようなメロディーに、鼻を啜る音が聞こえる。光莉の両親が、ハンカチを当てて涙する声も。

 僕は、いちばん綺麗な彼女の姿を、必死に目に焼き付けようと、赤い目をしたまま舞台を見上げていた。綺麗だ。ああ、綺麗だよ。叶うならきみと、この先も一生そばにいて、結婚して、子供をつくって、できなくても二人で幸せな日々を送りたかった。そう、言ってあげればよかった。

 本番前に、舞台裏で彼女が僕の耳元で囁いた言葉が、頭の中でフラッシュバックする。


 私ね、昴のことが、本当に好きだよ。

 好き、大好き。死ぬほど好き。きみは私の、『月の光』だ。

 だからね、幸せになって。

 ずっとずっと、幸せでいて。好きなことをして輝いていて。

 そうすれば私は、空の上から、きみのことをずっと見つけられるから。


 彼女の腕が、苦しさに何度も止まりかけた。頑張って、と僕も心の中で叫ぶ。でも、彼女は息が苦しいのか、演奏を途中でやめてしまう。たまらなくなって、僕は本当に叫んだ。

「光莉! 僕にとってはきみが、『月の光』だ! だから、だからどうか——最後までどうか、幸せでいて! みんなにきみの音楽を届けて」

 好きだ。

 きみのことを、世界で一番好きなのは僕だ。

 きっとこの気持ちは、今隣できみを愛していると叫ぶご両親にだって勝っている。なんて言ったら、きみはむくれるだろうか。

 僕の声を聞いた光莉が、はっとして客席を見た。僕と目が合うと、すっと目元を綻ばせ、それから再び鍵盤に指を置いた。

 いってきます。

 彼女の心の声が響いた気がする。

 僕にはそれが、彼女の決意にも聞こえて、涙をのんだ。

 ああ、曲が終わる。繊細な高音を響かせて、長い長い余韻に浸らせて、この世界からきみの音が、消えた。


 ピアノの前でスポットライトに大量の汗を流すきみを、僕はいつまでも眺め続ける。

 夜にしか咲けないきみは、その圧倒的なまでのピアノへの想いで、夢を叶えたんだ。

 よかった。きみの心は、みんなに届いているよ。

 まばらな拍手が耳に響いて、だんだんと大きな賞賛の音へと変わる。

 光莉、ありがとう。

 希望をくれてありがとう。

 僕を夜の闇から救ってくれて、ありがとう。

 拍手喝采を浴びる彼女は、ピアノの前で立ちあがり、恭しく頭を下げる。彼女の命が、ゆっくりと消えていく。それでも彼女は、ずっと遠くの光を探し求めるかのように顔を上げ、ご両親と、それから僕の顔を見つめて。

 だいすき。

 彼女の口がそう動いた瞬間、彼女の命の灯火は、この世界から失われた。

 僕は散りゆく彼女の姿を眺めながら、全身全霊で叫び続ける。


 どうか夜の世界を、きみの笑顔で明るく照らしてほしい。

 光莉、僕も、きみのことが大好きだ。


 

【終わり】

 


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