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 やっぱり、諦めたくない。

 今日を逃したら、昴に本当の気持ちを聞けなくなるかもしれない。

 私は、住宅の間を照らす光を浴びることも厭わずに、必死に走って「奄美」の表札を探した。早く見つけなければ、夜が更けてしまう。


 そうしてどれくらい走っただろうか。時々休みながら、最後は疲れた身体を引きずるようにして、夜の住宅街を駆け回っていた。身体はかなり冷え込んでいるはずなのに、ずっと走っているせいか寒さは感じなかった。ふとスマホの時計を見ると、なんと午前三時を回っていた。どうりで身も心も痺れるように疲れたわけだ。

 息が切れて、横腹が痛くなり、住宅の塀に身体をもたせかけて息を整えた。

 吸っても吸っても、いらない空気ばかり身体に流れ込んでくるような気がして、吐く息の白ささえ、気にならなくなった。

 酸素が欲しいと、全身が叫んでいる。ゆっくりと大きく息を吐いて、吸うのを何度か繰り返してようやく呼吸が整ってきたころ、私の耳に、金属音のような奇怪な音が滑り込んできた。

 その音は、カンカンカンと釘を打ち付けるような音にも聞こえるし、鉄の棒で硬いものを叩いているような音にも聞こえた。とにかく耳に障る音だ。私は咄嗟に顔を歪めて耳を抑える。なんだ、この音……。嫌な想像が頭の中を駆け巡る。いつも、煌めく星のようなピアノの音ばかり聴いていた耳が、聞きなれない金属音に、悲鳴をあげているようだった。

「……やめて!」

 そう叫んだのは、私ではなかった。

 家の中から、聞こえてきた誰かのくぐもった声。耳を澄まさなければ聞こえてこないほど、遠くから響いてきた声。音に敏感になっている私にしか、捉えられないような切実な声。

「昴……?」

 その声は間違いなく、昴のものだった。

 彼の叫び声が、どこからともなく響いた。あの家だ。今なお、カンカンと嫌な金属音を響かせている家。私は音に引っ張られるようにして、音の発せられている家に向かった。私の今いるところから、3軒先の2階建ての家だった。見た目は他の家と変わらない、それなりに大きな家で、白い塀が聳え立っている。玄関の表札を見ると、毛筆で「奄美」と記されていた。

 なぜ昴が叫んでいるのか分からない。昴はおばあさんと二人暮らしだと言っていた。そのおばあさんと何かあったのだと思い、ごくりと生唾を飲み込んだ瞬間、家の中から女の人の怒号が聞こえてきた。

「昴、待ちなさいっ! お前だけは、お前だけは……今日こそ家に閉じ込めてやるんだからっ!!」

 おばあさんの声なんかじゃない。若い女の人の声だ。

 もしかして、お母さん……?

 私ははっとして、胸の辺りを抑える。苦しい。昴が私に嘘をついていたのではないかという疑念を抱いて、口の中で苦虫を噛み潰したかのように気持ち悪く感じた。

 その間も、昴の母親のものと思われる叫び声は止まない。周りの家の人たちは防音設備がしっかりしているせいか、誰も外の様子を窺う人はいなかった。確かに、外から聞けば奄美家の人間の声ははっきりきこえるものの、家の中にいたらあまり聞こえないのかもしれない。そもそも住人たちはぐっすり眠っている時間だ。だとすれば、今この瞬間、昴の危機的状況を察知しているのは、私だけだ。

 どんどんどん、と玄関を拳で叩くような音がして、私はひっと小さな悲鳴を上げた。でも、「やめろっ」と叫んでいる昴の声を聴いて、ごくりと息を呑む。

 助けなきゃ。

 昴が、母親らしき人から逃げようとしている。

 頭の中で昴の身体から覗く紫や赤黒い痣がフラッシュバックした。

 私は、昴の家の門にそっと触れてみた。取っ手を持って体重をかけると、ギギ、という音がして、扉は開かれた。外の門には鍵がかけられていなかった。


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