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救世の九聖

 大規模な放火事件のあった王都貧民街で、復旧作業がすすめられていた。


 もともと廃墟同然で、いつ崩れてもおかしくなかった建物もすべて撤去された。

 仮の住居が用意され、上下水道が整備され直し、新しい集合住居が建てられた。



 これらを主導したのは四大公爵家の一つであるヒートウェイ家。



 もともと現地にこっそりと魔法使いを派遣していたという「ヒートウェイ家ならではの知見」がここにある上に、この騒動をおさめた者の一人である三聖もまた、ヒートウェイ家の者だ。


 なにより、権力的なバランス。

 貧民街の再建に影響力を及ぼしたい二つの勢力、中央政庁と精霊教会。

 その双方に深いつながりのあるヒートウェイ家が穏便に両方の顔を立てた、というのが表向きの話だった。



 だが、その真相は。



 現地の状況や被害者の実情もろくに把握せぬまま、ただ再建事業という金銭や権力の綱引(つなひ)きに(いそ)しんでいた権力者達。


 そこに颯爽(さっそう)と現れたヒーウェイ家の新当主にして三聖。


 双方の責任者に対して「私がやりますが何か?」と問答無用で割って入って、反対する者達を片っ端から()め上げて、主導権を奪い去ったというのが真実だった。

 騒動をおさめたのではない、もっと騒動を大きくした上でねじ伏せたのが「三十三代目ネイザー・ヒートウェイ」だった。


 そんな傍若無人なやりようだったが、それでも実務担当者や現地調査員らがそれを望んだというのもあって、ネイザーの意見が通ってしまった。

 本気で現地の者達を気にかけていた者達からしてみれば、ネイザーの所業には、せいせいした、ホッとした、というのが率直な感想だったのだ。



 本来は莫大な予算が必要で、あるいは住民達に長期的に返済させるか? という意見すら出ていた復旧・再建事業。

 利権を手に入れそこねた者達、貸しを作りそこねた者達が再びこの計画に入り込もうとするものの……ことごとく排除される結果に終わった。



 ヒートウェイ家はこの事業を、名目上は復旧・再建としてではなく、実験・実地検証という形で請け負った。

 自分らが場所を借りて「やらせてもらう側」なのだから、報酬など無用、検証に必要な資材もこちらで持つという形にして、部外者達を排除した。


 だが、問題がまったく無かったわけでない。

 むしろ、色々あった。


 普段はあまり表に出てこない「魔法の奇人・変人達」が集結した。

 貧民街の住人しか見てないのを良いことに、門外不出のやべぇ魔法をバンバン使いまくっていった。


 端的にいえば、他の「普通の魔法使い」の立場がなくなる状況だった。

 半年かけて行うはずの工程がわずか七日で終わった上に、貴族街よりも強固で便利な住居を乱立されてしまうと、困るのだ、いろいろと。

 たまに失敗して建築途中の建物が爆発したりする方が、いっそ安心するくらいだ。


 もともと請け負う予定だった工事関係者や魔法使い達が、ケチをつけてやろうと現場を視察し……その全員が血相を変えて逃げ出した。


 あまりに高度すぎたり、危険すぎたり、奇抜すぎたり、とにかく関わってはいけない、と。

 もしも現場監督や責任者も同じヒートウェイ家出身者でなかったならば、きっと発狂していたに違いない。


 現場監督がどうにかこうにか機転を利かせて計画のつじつまを合わせて、調整した。

 工期を三ヶ月へ短縮(実際は延長)した上で、魔法の奇人・変人達に「魔力を一切使わずとも便利に生活できる住居をつくれ!」という難題を無茶振りをすることで、ようやく、「それでもかなり快適な住居」を作る方向に、強引に軌道修正することに成功した。



「ヤバイ、ヤバイです! あいつら頭おかしいです!」という現地住民からの感想はさておき、どうにか貧民街の再建への目処(めど)は立っていったのだった。




 ◆ ◆ ◆



 目の前の、ずっと向こうを、獣耳の女の子が荷物を持って小走りで横切っていく。

 壁際にぐったり座っていたやつれた男が、それをぼんやりと見つめていた。


 焼け崩れていた街が恐ろしい早さで塗り替わっていく。


 かつて建物だった瓦礫(がれき)や誰かの私物だったのであろうゴミの山の撤去が追いつかない。

 あるいは建設していたはずの魔法使い達が起こした爆発事故の、その残骸。


 それらの荷物を、あの白い法衣の獣人娘がせっせと運んでいた。

 男には、その姿が苦痛だった。



 勝手に燃やして、勝手に再建して、だからお前の「残りもよこせ」と?



 …裏切られ、奪われ続けて、それでもせめて、最後に残ったものを抱きしめるためにここにやって来た。

 せめて最後は自分で選んだ、選べたのだと、思いたくてここまで来た。


 やっと終わる、はずだった。


 …死は、怖い。

 だが、それ以上にこの人生が続くことがもっと、(おぞ)ましい。

 だけど、やっと終わる。

 先は無い、終わりが見えた、救いの夜がやってくると信じていた、はずだった。



 …なのに、また。

 目の前に。


 正義を名乗る者が、偽善者面のクソ共が、また、こんな場所にまで……

 正論という名の暴力で追い立てながら、逃げ道を(ふさ)ぎ、残りカスも何もかも全て燃やし尽くして、奪い去るために……



 …聖女? 

 …その目の前にギラつくゾッとする光に……その象徴たる、あの獣耳の娘に。

 すでに何も感じぬはずの心の傷が再び(うず)くような痛みに……胸うちから嘔吐(えず)くように……自然と呪詛(じゅそ)()れてしまった。



「……これ以上……まだ、奪う気か……」



 ピクリと、獣耳が動いた。



 まさか……と思ったときにはもう手遅れ。


 九聖だとかいう女が、こちらに振り向く。

 小走りに、こちらに、向かって近寄ってくる……!



 …ヤメロ、モウ……コレ以上……!!



 こちらに向かってくる、正義に、権力に、暴力に。

 拒絶することが許されない、彼の「残ったもの」を奪いに来たそれらに、彼の卑屈で意地汚い生存本能がそれでも無意識に、自分の顔と視界を腕でおおって──



「──……

 ……? ………??」



 すでに獣人の少女は尻尾を見せてあちらへと走り去っていた。


 彼の手には、なぜか干し(いも)

 九聖ミスティが手渡したそれが、彼の手の上に残っていた──


 ──ちなみに、なぜ干し芋なのかというと。

 落ち込んだミスティが一人、誰の目にもつかない場所でしゃがみ込んでいると、いつも、いつの間にか隣に座っている幼馴染の少年が彼女に無言で差し出してくれていたのが、干し(いも)だったからで──


 ──そんな事情など知るよしもない男は、芋を見て、ふりふりと尻尾をふって遠ざかっていく獣人の少女の背中に、困惑する。


 そんな彼の隣には、いつの間にか貧民街の元締めの男が立っていた。


「ムカつくよな、あのケモ耳娘」

「…あっ、はい……」


 何はともあれ条件反射で同意しておく彼に対して、元締めの男は、そのケモ耳娘の方をじっと見つめながらも……その先の誰かに向けて、悪態をつくかのように続けた。


「…クソババア。

 ……あのケモ耳娘も、あのクソババアと同類だ。

 きっと最後まで……」


「………」


 勝手にここに居座って、頼んでもないのにあれやこれやと世話を焼き、悪ガキどもを叱り飛ばして従えてみせたあの女……


 …その「元締め」の座を自分が継いでるなんて、口が裂けても言えやしない。

 うっかり染み出すイヤな思い出を、無理やり舌打ちで打ち切った元締めの男。


「…チッ!

 …これと、干芋(ソレ)とは関係ねぇ。

 誰にもらおうがイモはイモだ。

 他のやつらに()られる前に、さっさと(はら)んナカにしまっとけ」


「あっ、はい…」


 元締めにそう言われてしまったから、という言い訳で、手のうちにあった干し芋をかじるやつれた男。


 口でほころび、胃のなかにそっと落ちる芋の感触。

 それは甘くて、重たくて……腹の奥で、ずしりと溶けて……


 …腹のうちにある彼の残りカスを………みじめさだとか、悲しさだとかを、一緒に消化してしまいそうなのが、心もとなくて……


 …そんな彼の複雑な表情を、横目で確認する元締め。


 そして元締めは、何かを予言するように誰へともなくつぶやきながら、立ち去ったのだった。



「……まぁ、(あきら)めるんだな」



 その後。

 目が合うたびに、あるいは目を()らそうと、こちらにやって来てしまう干し芋のケモ耳娘。



 ある日、彼女が伸ばした小さな両手が、彼の手をきゅっとつかんで引っ張って──



 ──彼はそのまま次の職場と、新たな人生へと連行されて。

 もう一度だけ、前へと(あゆ)まざるを得なくなってしまったのだった。




 ◆ ◆ ◆



 街の再建作業の現場を毎日のようにちょこまか、うろちょろと走り回っていたミスティ。

 彼女は多くの者達から温かく見守られたり、怒鳴られたりする日々をおくっていた。


 皆が彼女を見守っていたのは、ミスティが立場の弱い獣人で、女の子という弱者で、見るからに無害そうだったから。かわいらしい女の子が一生懸命お手伝いする姿は微笑ましく見えたのだろう。


 怒鳴っていたのは、そうは言っても邪魔だったから。

 そっちじゃねぇコッチだ! そんなところで立ち止まるなどけ! みたいに。

 言い方は悪いがそれは指示や警告でもあり、一度にわずかな荷物しか運べないミスティが体を張ってまで合わない仕事を続ける必要はないという、気遣いの裏返しみたいな言葉でもあった。


 それでもミスティはやめなかった。


 そして増えた。


 カモやニワトリの群れのように、ミスティの後ろを、ちょこちょこと子供達がついて歩くようになってしまった。

 その理由は、「きゅうせいちゃんをイジメるな」であり、「そいつにできるならおれだってできる」という、優しさとか見栄とか、そんな小さなものの集まりだった。


 とはいえ、たとえ小さなものでも、数が増えれば(あなど)れない。


 とにかく人手が足りない作業場で、自分から仕事をしにやって来る集団を見かけた者達が、だんだんと声をかけるようになった。

 こっちに5人ほど連れて来いとか、あっちに座ってるやつは実は手先が器用だから連れていけ、とか。


 要するに、良いように使いっ走りにされていた、とも言えるミスティ。

 だがそれはミスティにとっても望むところで、彼女は一生懸命走り回ることになった。



 決して安全とは言えない場面もあった。

 明らかに怪しい男達の集団に「なぁ、俺達のこともあっちでオテツダイしてくれよ」と声をかけられ、疑いもせずについていこうとするミスティの姿に、周囲の者達はギョッとした。


 大慌(おおあわ)てで元締めのもとに通報し、元締めやその護衛女二人がすっ飛んできて怪しい男達をボコボコにして、元締めがミスティに「てめぇ、いい加減に学習しろ!!」と怒鳴るところまでが「いつものやつ」になってしまった。



 ミスティが無事なのも、ちゃんとお手伝いの日々が続けられたのも、半分は運みたいなものがあった。

 偶然、ミスティはうまくやれていた………実は、変装した彼女の幼馴染の姿が近くにあったり無かったりしたとしても、ミスティに多少の運も味方していたのは間違いない。



 そして、少しずつ変わっていった。



 少しずつ、そして確実に変化していってしまう街並みの中で、いつもと同じ姿で同じようにちょこまか、うろちょろし続けている九聖ミスティ。


 誰かが肩を落として座っているのが目撃されようものなら、いつの間にか目の前にやって来たミスティに干し芋とかアメ玉とかを差し出されてしまう。うっかり落ち込んでいる(すき)もない。

 子供達も、アメ玉をくれたり、お手伝いごっこに連れ回したりしてくれる「きゅうせいちゃん」の名前(?)を覚えてしまった。


 少しずつ、きゅうせいちゃんが連れ歩く者達が増えては減って入れ替わり、少しずつ、道端で座り込んでいた者達が九聖ミスティによって運び出されて、次の場所へと歩みだしていく。



 少しずつ、人々の表情が、変わっていく。


 助けられたり、手伝ったり。

 まだがんばることが、許される。

 (あきら)めなくても、失敗しても。

 ああやって、まだ、もう一度だけ。


 動かなかったものが、小さな歯車によって、徐々に大きく、やがてゆっくりと動き出し、変わっていく。

 ここには無かった、当たり前のものが、ほんの少しだけ芽吹(めぶ)いていく。




 もちろん、決して変わらぬものもある。



 この貧民街に彼らを追いやり押し込めて、燃やし襲撃し、再建してやったなどと言い張る連中を、彼らは決して認めないし、忘れないし、許さない。


 ましてそんな「善と正義」の象徴。聖女なんて名乗る奴らは……ここから無事に帰れるなんて思うなよ、と(つぶや)かずにはいられない……




 それでも。あるいは、だからこそ。

 彼らは「本物」を知っていて、感謝と畏怖を忘れていない。


 かつて、この地獄へと単身乗り込んで来た、あの女。


 愛とか善とか、その泥臭さを。

 意地と、怒りと、根性で。

 それを偶然ではなく必然と確信し。

 自分の理想と我儘(わがまま)を、押しつけ殴りつけにやって来た、あの女を。


 ここを「地獄」から「貧民街」に塗り変えて、ほんの少しだけマシにしてみせた、本物の聖なる者の姿を。

 ここで育った者も、巣立った者も、かつての古巣にささやかな恩返しに来た者も、今も彼女を鮮烈に覚えている。



 一聖とか九聖とかの序列など知ったことか。

 あとにも先にも、彼らにとって、本物の聖女はただ一人だ。



 でも、だからこそ。

 こうやって目の前で、あの時と同じように。


 この街が「少しだけ」変わってしまったのを目撃すると。


 あの獣人の、白い法衣の娘。

 その愚直さと、それが引き連れていく変化の必然を。


 それはもう誰もが、認めざるを得なくって……



 そんな「きゅうせい」ちゃんの姿が、子供達の目にもまた、焼き付いてしまって………




「…おい、ケモ耳娘。

 てめぇ、いつまでここをうろちょろしてやがる。

 もう、いい加減、帰れ! 二度と来るな!


 あぁ゛!? なにキョトンとしてやがる!

 もう十分だろ!

 見りゃ分かんだろ、てめぇがやることなんてここにはもう、()ぇんだよ!


 ……もう十分なんだよ。

 …あとはまた……今度こそ、俺がちゃんと引き継いでみせるから……


 ……?

 …って、オイッ!? 誰も干し芋なんざ強請(ねだ)ってねぇよ!!」



「もらっておけば良いのでは、ボス?」

「そうだそうだ! 干し芋に罪はねーです、ボス!」



 救聖のミスティ。


 それが、この新しい街にやがて語り継がれることになる、二人目の聖女の名であった。


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