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襲撃の舞台裏〜ヴェノムと愉快な配下達(後編)


 ◆ ◆ ◆



 中央政庁は王国の中枢(ちゅうすう)にあたる場所なので、それなりに警備は厳重である。


 公的な手続きのために平民たちも訪れる区画ではあるのだが、関係者以外が入れる場所は限られているし、部外者と職員の違いは服装だけでもすぐに分かる。


 にも関わらず、一部の職員がこづかい(かせ)ぎのために、なんと「制服を横流ししている」という(うわさ)があった。

 そんなものは見つかってしまえば、即、厳罰だ。


 それでも中央政庁職員の制服が裏でひそかに流通してしまっているのは、つまり買い手がいるということで、中央政庁に「部外者」が紛れ込んでいる可能性を示唆(しさ)するものであった。



「「………」」


 ヴェノム政策研究所の扉の前に立つ制服姿の三人。男二人と女一人。

 扉をノックをしても返事はない。

 だが、少なくとも今日は確実に、誰かが中にいるはずだ。


 男が他二名に目配せしてから、ドアノブに手をかけてそっと扉を開く。鍵はかかっていなかった。


 どこにでもある事務所の風景だった。


 手前には応接用の区画、奥へと続く左右壁際の本棚と、中央にならぶ事務員用の机とイス。

 本棚の本や資料と思しき書類の量は少し多めの職場だろうか。それでも全体的な整理整頓は行き渡っている室内だ。


 そんな室内の奥、正面の窓。


 窓際には、一段高くした足場のうえにちょこんと正座して座っている人影。

 紅茶を飲んでいた彼が、来客を歓迎するために立ち上がる。


「「……ッ!?」」


 その男は、貴族らしい三つ(ぞろ)いの上下スーツ姿に、頭にちょこんとウサ耳(?)をのせた伯爵家「当主」。


「…レロー伯爵!?」

「いかにも、私がラルフ・レローですな」


 ある意味で、王都で最も有名な貴族とも言える彼。


 (うやうや)しく一礼してみせる伯爵の姿に……変態伯爵がなぜここに!? 心の中で三人が叫んだ。

 どうにか悲鳴を飲み込んで、疑問を問いかける。


「…いや、その、こちらにいるはずの職員の方々は?」


「ああ! いらっしゃいませ!

 お求めの職員は、まさに私のことです!」


「「(聞いてないぞ!?)」」


 ここはヴェノム政策研究所ではなかったのか!?

 思わぬ展開に三人の顔が引きつるも、それでもどうにかすぐに頭を切り替え、部屋の中の様子を目だけで素早く探る。


 いるはずだ。

 …いるはずだった、一聖ソフィアの仲間がここに。

 いないのならば早急にここを離脱して、別の場所を探さなければ、間に合わない──



「──ところで、君たちは見かけない顔ですが、新しい職員の方ですか?」


 制服姿の三人の来客に、ラルフが問いかける。


「え、ああ。

 そうです、まだ中央政庁には配属されたばかりの」


 もちろん、その問いは()()()()だ。

 だからすぐさま、なんの問題も無く答えたのだが……



 ここにはもう、問題しか存在していなかった。



「…そうでしたか!

 では早速、()()()()()()()としてまずは就任のご挨拶(あいさつを!」


「「!!」」


 ラルフ・レローは「変態伯爵」として有名であるが、彼が「情報部・副部長」の肩書を持つことはあまり知られていない。


 そして入ってきた三人が着る制服。

 文官服はどれも似たようなものではあるが、職員たちには自部署と他部署の違いくらいは判別できる程度の違いはある。


 情報部の職員が、こづかい稼ぎのために制服を横流ししているというのは半分は事実。

 もう半分の真相は、侵入者を発見しやすいように「あえて情報部の制服を闇市場に流している」、だ。

 資金も稼げて一石二鳥の「作戦」だった。


「「(…(はか)られた!)」」


 そう(さと)るや(いな)や、覚悟を決める三名の、襲撃者達。


 ラルフが増援を呼ぶ前に始末しなければ、この中央政庁区画から離脱することもできなくなる。

 だが、まだ三対一。

 むしろこのまま彼を殺傷もしくは誘拐できれば、当初の任務通り「一聖の襲撃を今すぐやめさせる」きっかけにできるかもしれない。


 逆転の目はまだある。


「…悪く思うなよ」


 すでに表情が職員から襲撃者のそれに変わった三人に、楽しそうに笑い返すラルフ。


「とんでもない! 大歓迎です!」


 走り出す男二名、短剣を抜き放ちラルフへ突撃。

 そして短杖を手に詠唱を始める女一名。


 対するラルフが、おもむろに抜き放った細剣(レイピア)をそのまま──上に放り投げた。


「さぁ、どうぞ!」

「「!?」」


 両手を上げて突っ込んで来るラルフ。


 その姿に襲撃者二人は驚愕(きょうがく)するも、こうなってはもう、そのガラあきの胴にその短剣を突き立てるしかない。


 だが、速い。

 一気に、変態が、目の前に。


 そのまま二人の間を滑り込むように、すり抜けるラルフ。

 すり抜けざまに、ラルフの広げた上着の両脇(りょうわき)が男二人の手を短剣ごとからめ取り、そのまま床へと引き倒す。


「…腕がッ!」

「な、なんだ……ヒッ!?」


 滑りながらきれいに上着を脱衣したラルフは、上から降ってきた細剣を手に取りながら、そのまま床へと突き刺した。

 男達を上着ごと床へと()い付けてしまった。


 (から)まった上着に腕を取られたまま動けない二人を背に、悠々(ゆうゆう)と歩むラルフ。

 (えり)を正し、ウサ耳の先を曲げ直し、そのまま次は詠唱する女に向かって近づいていく。


「お待たせしました」

「…ッ!!」


 女職員、あらため女魔法使いが優雅に(せま)りくる変態伯爵にむけて短杖(ワンド)をつきつけ詠唱を繰り出す。


  (たけ)戦神(いくさがみ)(きっさき)よ、

  (とどろ)け、(つらぬ)け、()(やぶ)れ!

  【雷撃(ライトニング)】!!


 雷鳴とともに(ほとばし)る光がラルフを貫き、


「フオオォオオ!!」



 (よろこ)ぶラルフッ──



 ──それはともかくとして。

 高位貴族家の当主ともなれば、常にその身になんらかの防御用の護符(アミュレット)くらいは身につけているのが常識であり(たしな)みだ。

 たとえ当主本人が善人であっても、派閥の政争や闘争に巻き込まれて自身の行いとは無関係に、命を狙われることも少なくないのが貴族社会だ。


 ましてここは王都。各領地から選りすぐりの貴族が集まる場所であり、貴族であれば武芸や魔法の一つや二つ修めておくのが当たり前。

 つまり、彼らに貴族にとって最も危険な者達とは、皮肉なことに貴族である──


 ──そんな危険きわまりない貴族であり変態でもあるウサ耳紳士が、おそらくは護符の力で(?)耐えきったのであろう雷撃をその身にパチパチと()びながら、再び静かにその両腕をスッと広げつつ、一歩ずつ、一歩ずつ、女のもとへと(せま)りくる。


「さあ、この想い、熱々(あつあつ)のうちに共有(シェア)しましょう」


「く、く、来るなァぁ! 変態ィッ!!」

「ありがとうございます!」


 渾身(こんしん)罵倒(ばとう)への、感謝と共に。

 熱烈な抱擁(ハグ)


「ぎぃやあぁぁぁぁああ!!?」


 そして二人に(はじ)ける愛と電撃……というより、電気よりも耐え(がた)きその恐怖によって彼女の脳は一瞬でショートしてしまった。


 断末魔の叫びとともに失神してしまった女魔法使いを、そっとその場に横たえるラルフ。

 貴方(あなた)にもご堪能(たんのう)いただけただろうか? 満足そうにニッコリする。



 再び襟を正してウサ耳の先を曲げ直してから……

 …バッと両腕を広げながら振り返る。


「ヒィッ!!」


「…おや? オーシック君」


 悲鳴を上げたのは、地下から頭と短杖を出したオーシック。


 ラルフが最初に転倒させた二人は、オーシックの【気絶(スタン)】の魔法ですでに無力化された後だった。


 青ざめて震えるオーシックに、ラルフは声をかける。


「…あなたにまで無理をさせてしまいましたか?」


 オーシックはとにかく臆病(おくびょう)だ。初対面の者にはほぼ確実に恐怖で粗相(そそう)してしまうくらいに。

 いまだにヘドラ相手にも、距離をとって恐る恐る会話をしているのが実情だ。


 ちなみにそのヘドラの方は、やってくる襲撃者のことなどは、すべてラルフ任せと割り切っていた。

 そんなことより、次々にやってくるシェリーからの情報を整理しつつ、ヴェノムがあらかじめ用意していた通信手段で必要な情報を関係各所に密告する作業でもう手一杯で、(おび)えている余裕などない状況だった。


 ラルフの気づかいに返事をするオーシック。


「そ、その、ヘドラさんは、とても忙しそうなので」

「あなたの活躍もお見事ですよ、オーシック君」


 オーシックが使った【気絶】の魔法は、初心者が最初に習う攻撃魔法だ。

 どちらかといえば気絶というより(ひる)ませる目的で使う魔法で、こちらに気づいている相手に正面からかけても抵抗されてまずかからない、使い方を選ぶ魔法だ。


 それを、荒事を専門とする者達に使ってみせたオーシック。

 不意打ちとはいえ、おそらくは護符くらい装備していたであろう襲撃者相手に、それを突き抜けるだけの威力か工夫を加えたであろう【気絶】の魔法をオーシックは放ったのだ。


 オーシックは極めて優秀な文官だった。


「そ、そ、それに……」

「?」


 誰よりも臆病、そう自覚しているオーシックではあるが、


「…この下にはもう、ヘドラさんしかいないので……も、もちろん! ラルフさんを信用してなかったわけじゃ!」


 ここを死守しなければならない。

 だったら自分も戦わなければと、攻撃の(すき)をうかがっていた。


「…すばらしい」


 目を丸めるラルフ。

 オーシックが、よりにもよって襲撃者を相手に立ち向かってみせたその勇気。


 今日もまた、ここでしか味わえない(たの)しさと(よろこ)びを発見できた。

 だからこそ、ここに入り(びた)ることをやめられない。


 心の底からの(うれ)しさをにじませながらラルフが笑った。


「それぞまさしく男子の本懐(ほんかい)というものです、オーシック!」


「あっ……

 …ありがとう、ございます、ラルフさん……!」


 伯爵からの()け値のない称賛の声に、少し涙目で、だけど照れくさそうに顔をほころばせたオーシックだった。



余談:

剣の達人であるはずのラルフが

(42話:べのむーと愉快な配下達(3)より)

気がつけば、まっさきに剣を投げ捨てているという不思議

(変態 ≧ 剣士)


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