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エっちゃん(2)


「思ったよりも普通だったな」

「そうだねー」


「なんだか、進化よりも退化してるような気もしたな」

「そうなの? …二千年前よりも?」


「二千年と、千年、両方だな」

「ふーん?」


 街を離れて歩く二人。


 事前に遠見の魔法で念入りに調べて入ったつもりだったが、思ったよりも上手く()()()()


 服装の細部が「普通の服」からまだズレてしまっていたが、「個性」でごまかせる程度の差で済んだようだ。


 言葉づかいも微調整で済む範囲のものだった。

 作法(マナー)規則(ルール)も想定内。

 貨幣はエっちゃんがその場で作って……「こんな作りで良いのか? 偽造し放題では無いか…?」と心配する程度の出来の貨幣しか存在しない世界だった。


 食事も軽めに済ませておいた。水が合わない可能性もあるので、最初は味見(あじみ)くらいにしておいた。


 思ったよりもおいしかったから、食材や調味料も買っておいた。

 そのまま買い続けると明らかに不審者になってしまうので――収納魔法がどの程度一般的なのか分からないので――途中で()()がエっちゃんを止めておいた。


 ケンという名前も、何があるか分からないからとエっちゃんが改名させた名前である。

 自分の意思とは関係無しに、千年後に有名になったり汚名になったりしている可能性があるからだ。

 経験者の教訓を素直にうけとり、カミィは自分で新しい名前を考えた。


「宿を取るのは、あの場所からもう少し離れてからだな」

「そうだねー……って、僕、あんまり宿の取り方とか分かんないよ?」


 あの場所とは【封印神殿】のことだ。

 その名称は知らずとも、あれが自分達がいた箱のために用意された建物であることは二人にも分かった。

 だからこそ、まずはその場を離れることが急務だった。


「それは我が輩が教えてやる。それより――」

「それより?」


「――もうじき接敵するぞ?」

「接敵!? ……それで道からどんどん()れて歩いてたんだ…?」


 どんどん進む二人の行く先は森の奥、行けば行くほど木々と闇が深まっていくような場所だった。


 まだ夕暮れには少し早いが、陽光が木陰(こかげ)(さえぎ)られると暗さもぐっと増してくる。

 それでも足下がそれほど悪くない場所なのは、野放しの森というよりも、多少は人の手が入った場所だからなのだろう。


 いずれにせよケンは、初めての森を楽しんでいた。千年前も森を歩き回るようなことは無かった。

 これが噂の森林浴かとウキウキしながら歩いていた。

 先程の街の(にぎ)わいにも興味はあったが、楽しさよりも人目を気にしたドキドキ感の方が強かったので、木々の中での散策の方が落ち着いて楽しめた。


 そんな楽しい散策の終了を告げる声。


「見つけた」


 それは幼い、女の子の声だった。


 振り返りながら、E・Eが返した。


「よくぞ見つけた、褒めてつかわす。

 それで……褒美には何を望む?」


 挑発的な物言いは、背後の彼女が既に臨戦態勢だったからだ。


 背丈(せたけ)に似合わぬ大きな剣の切っ先をこちらに向けて、腰を沈めて、いまにも飛び出す体勢の彼女が告げた。


「ごめんなさい。死んで」

「却下だ。返り討ちにあいたくなくば引き返せ」

「ちょっと!? 二人ともまずは落ち着こうよ!?」


 ()ル気まんまんの二人の間に、ケンは割って入って、即座に唱えた。


「【束縛(バインド)】!」


 すでに矢のように飛び出していた少女が光の糸で縛られた。


「っ!」


 少女の瞳孔に赤が灯り、光の糸を引きちぎった。だが、


「【二重束縛(ダブルバインド)】」

「!?」


 再び襲う、即座の追撃。少女の身体を二本の光の鎖があっという間にからめ取る。


「…ぅ、あぁ゛ッ!!」


 (けもの)のような咆哮(ほうこう)と共に抵抗(レジスト)、吐き出した魔力によって強引に鎖を引きちぎった彼女に、恐るべき詠唱速度で三度(みたび)の追撃が襲い掛かかる。


「【束縛三重奏(トリプルバインド)】」

「!?!?」


 これにはさすがに少女も驚愕(きょうがく)に目を見開いた。見たことも聞いたことも無い魔法だった。


 二重魔法までは高位の魔法使いが使って来る可能性も無くは無い。

 だが三重は「理論上は可能」と呼ばれる領域だった。


 古い書物に挿絵付きで、魔法使い達が集団で唱えているような儀式魔法で、魔法使いや学者の中でも趣味人(マニア)だけが知る領域が三重魔法である。


 少なくとも、目の前の少年が次々に繰り出して来るはずの魔法では無かった。

 成功させるのも困難だが、そこまでするなら基礎を三倍するよりも、中級や上級と呼ばれる種類の魔法に挑戦した方が現実的だ。


 だが、現に彼女の身体を捕らえているのは、三本の光の鎖。

 そしてそれは、ただの三倍では無かった。


「? ?? !?」


 柔らかい、温かい、伸び縮みする、優しい、いっそ気持ちが良い肌触り……!?

 …魔力の鎖じゃない!? 生き物? 3つの光の鎖……鎖でもない? 3つぜんぶ、種類が違う!?


 理解できない鎖のような何かが、彼女の身体と心をがっちりと束縛した。

 力任せに引きちぎろうにも、手ごたえも無い、力が入らない、意味が分からない、どうすれば良いか……わからない。


 …そして、この異質さの「先」にあるものに、彼女はもっと不安を覚えた。

 なにせここまで三連続の【省略詠唱】。彼は全然、本気ではない。

 これを破ったならば次にくるであろう四つ目が……それはまずいと、彼女の本能が警鐘を鳴らしていた。


 その結果……縛られた彼女はグデーンとなった。


 (あきら)めた。

 ()(そこ)ねた洗濯物(せんたくもの)干物(ひもの)みたいに、グデーンであり、ブラーンになった。


「ひどいことするなよ、ケン」

「エっちゃんの方がもっとひどい目に合わせようとしてたよね!?」


 目の前で言い合う二人を前に、すっかり命を(あきら)めて宙に吊り上げられた勇者は、軟体動物のようにグンニャリとしていた。




  ◆ ◆ ◆


 見るに忍びないブラーン状態から解放し、今度は雑に手だけ縛って解放された少女。

 彼女は二人に「勇者フィーネ」と名乗った。


「たしかに勇者だな」

「…僕、鑑定魔法は苦手なんだよね、気分的に」


「どうせこいつも我が輩たちを看破か鑑定でもしたんだろ」

「そっか、それでエっちゃんに襲い掛かって……あれっ? エっちゃん、ちゃんと情報隠蔽(いんぺい)したって言ってなかったっけ?」


「したぞ、完璧だ。それでもこいつの看破の方が上回ったんだろ?」


 のんきに会話する二人を(いぶか)し気な目で見る少女が、E・Eに言った。


「…エっちゃんは、変」

「なにッ!?」


 その言葉に、ケンはエっちゃんを【鑑定】すると……



   名前:エっちゃん

   職業:不明(アンノウン)

   体力:不明(アンノウン)

   魔力:不明(アンノウン)

   趣味:自分探しの旅に出たい



不明(アンノウン)って!?」

「なんだよ!? バレなきゃなんでも良いだろ、もうっ!」


 鑑定から隠すの自体が難しい技術で、隠している時点で後ろめたいのである。

 それに、並みの隠蔽は効かないはずの勇者が鑑定しても「不明」になっちゃう時点でもう、危険人物で確定だった。


 あと「エっちゃん」は名前ではなくあだ名だし、趣味(しゅみ)(らん)なんて蛇足(だそく)である。


 だが、そんなエっちゃんよりも勇者フィーネにとって異常だったのは、むしろケンの方だった。


「ケンはもっと変」

「えっ!?」


 その言葉に、今度はE・Eがケンを【鑑定】すると……



   名前:K・E・N

   職業:ふつうの魔法使い

   体力:999

   魔力:999

   趣味:寝たり食べたりして暮らしたい



「ケンだって人のこと言えないだろ!」

「それっぽい内容でごまかしたつもりだったんだけど!?」


 だが、その内容はちっともそれっぽくなかった。


 成人男性の普通の「体力」は数値にして「15から30」くらい。魔力はもっと上下幅が広いが、平均すれば同じくらい。

 戦士や魔法使いの専門職でも100も超えれば一人前で、200や300は一流以上の領域だ……


 つまりケンは勇者より強い。圧倒的に強い。強すぎた。

 そのくせ、見た目はどこにでもいそうな少年だ。

 フィーネでなくても「まともでは無い」と判断するに違いない。


 ケンが言い訳し、エっちゃんが言い返し、勇者がツッコむ。


「あんまり数値をいじると、かえって怪しくなる気がして」

「そっちは良い、それよりお前、ふつうの魔法使いって、じゃぁ何だ? お前以外の奴は『異常な魔法使い』になっちゃうぞ?」

「ちがう、ぜんぶ変」


 二人の感覚は世間一般とはズレていた。


 …あと、二人の「趣味」は、趣味というより「願望」だった。やりたいようにやれば良い。

 そっちの方には違和感を感じなかったフィーネの「趣味」は「無し」である。こっちはこっちで、悲しかった。



 先程まで殺し合おうとしていた、ふつうを知らない三人。

 そんな彼らが「じゃぁ、ふつうとは何か?」を話し始めているうちに、とうとう日が暮れてしまったのだった。


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