襲撃の舞台裏〜ヴェノムと愉快な配下達(前編)
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貴族街は、王都でも中央政庁の外側、平民街より内側に位置する区画で、名前のとおり王都で勤める貴族とその関係者が住んでいる。
高位の貴族は短い距離でも移動には馬車や獣車を使うものなので、徒歩で移動するのは男爵などの低位の貴族や使用人がほとんどだ。
道が広めにとってある上に人の往来が少ないこともあって、歩いているだけでもそれなりに目立つ。
執事っぽい服装のヴェノムが歩いていることは、ある意味でごく普通の光景で、別の意味では異常事態だった。
高位貴族の屋敷を守る役割の兵達のなかで、あの涼しげというか薄ら寒いほど整った微笑みの青年が、一体誰の従者で、どれだけの危険人物かを知らないようでは、門番失格の烙印をおされるのは間違いない。
こちらにやって来てしまう執事服の青年に、二人の門番の一方が声をかける。
「……そちらの方。当家にはどのようなご要件で?」
「ああ、これは失礼しました。
少し急いでおりましたところ、あまりにも美しいお庭が見えましたもので、つい」
「…少々お待ちを」
年かさの門番がなぜか屋敷の方へと何かを伝えに行ってしまい、もう一人の若い門番は「えっ、なんで!?」と心の中で狼狽した。
その若者にはいま目の前で繰り広げられた、「用が無いならあっちいけ!」「急ぎの話があります」「ゲェッ……ちょっとそこで待ってろ!」という高度な会話(?)は理解できていなかった。
引きつった笑顔と鉄仮面の微笑みの二人が笑顔だけのぎこちない無言の会話を繰り広げているうちに、屋敷の方から二人の従者を引き連れてやってきたのは、ここの女主人だった。
「あら、ヴェノム卿。お久しぶりね。
当家の庭を褒めて頂いたそうで、うれしいわ」
(ご要件は何かしら?)
「ええ。こうして見るとやはり美しい花は昼はもちろん、夜も、自然なものが一番です」
(夜の、特別な一件について──)
──なお、貴族がこんな胡乱な会話をするのは、言質をとられないようにするためだ。
私は何も言ってない、向こうが勝手に忖度してやったことだ、と後で言えるように。
あるいは、それくらい忖度してみせろとか、あなたが私に気を利かせる機会を与えて差し上げましょうとか、なんにせよ面倒くさい話である──
「──そうね。 …でも、中には造花を好む方達もいらっしゃるようね?」
(…先日の夜会の、奴隷売買のことを言っているのかしら?)
「造花といえば、今、王都で造花を生業としている者達が、一斉に閉店に追い込まれる事態になっているのだとか」
(いま奴隷売買に関わる者達を根こそぎ掃討中です)
「そっ。 …コホン、まぁ、そんな、噂が。
…でも、一斉にというのは少し、言い過ぎではなくて?」
(嘘でしょ!? …でも、いくら何でも全てというのは)
「どうでしょう? そこは麗しの二輪の花の、香りのむくままに」
(お二人の気分次第なので、分かりかねます)
「んんッ!? …少し、お待ちになって」
(まさか一聖と、勇者ッ!?)
女主人が右手をスッと差し出すと、従者の一人がすかさず、用意していた小さな台をその目の前に差し出した。台の上には便箋と筆。
女主人が流れるようにそこに何かを書いて、折りたたみ、もう一方の従者から差し出された指輪をはめると、折り重ねた上に指輪を押し当てた。簡易の封印と身分証明のための魔法だ。
その折りたたまれて封をされた便箋を従者がヴェノムへと恭しく差し出し、女主人が口添えする。
「ヴェノム卿。よろしければここから3つ先の、青いお花の庭園も見ていかれるのはいかがかしら?」
(この手紙を持って、同じ話を伝えなさい)
「えぇ。喜んで」
「またいつでも好きな時にいらっしゃいな。 …私は、あなた方の味方よ?」
ヴェノムがこうしてわざわざ貴族街の各所を歩き回っているのは、アルフレッッド王子をはじめとした色んな者達から「少しくらいは事前にちゃんと根回ししろ! その方がソフィアの為にもなる!」としつこく言われ続けたからだ。
正直、敵は片っ端から根絶やしにすれば良いと思っているヴェノムであるが、ソフィアのためだと言われてしまえば多少面倒なことでもやるしかない。
伝える相手が各家の女主人なのは、その方が話が早いからである。
つまらない見栄やら体裁やらを気にしてヴェノムを軽んじてくる当主達よりも、女主人達の方が家や派閥を守るためになりふり構わず迅速に動く。
つまり、こういうときの交渉相手として優秀なのだ。
一方で、貴婦人達から見たヴェノム。
鑑賞するだけなら一級品の美青年であるヴェノムとの談笑ならば、そう悪くは無い。
……あまり笑えない話を持ってくることは多々あれど、それでも、うまくいかない時は恫喝すれば解決できると思っている能無し共よりははるかに、ヴェノムの方が上品な駆け引きをわきまえている。
少しくらい毒のある美男子との交流もたまには、わりと、いくらあっても良いもので………ただしイケメンに限る、というやつだ。
そして今回の件、組織的な奴隷売買の犯行について。
たとえ違法な組織といえども、王都を出入りする以上は、表向きは正しい組織に化ける必要がある。
彼らは「特別な荷物」を運ぶ時以外は、普段はまともな商品を流通している商会だったりするのである。
そんな商会が、摘発されて潰れた場合にどうなるか?
より大きな被害にあうのは貴族よりも庶民の方だ。一時的な品不足や価格上昇は確実に人々の負担となるし、何も知らずに商会で働いていた者や取引していた者達が、いきなり職や利益を失ってしまう。
悪人が捕まって良かったね、では終わらない。
被害は甚大だ。
それを貴族は防がねばならない。
高貴な者の義務というより、もっと泥臭い、見栄と意地だ。
一族や派閥の管轄内での大事故は恥になる。いち早く立て直して見せなければ無能の証明になる。
見栄、信頼、名声。
それらは積み重ねるものであり、一瞬で瓦解し、そして命に直結する。それが貴族の生き様なのだ。
そんな事情もあって、ヴェノムの「ちょっとした根回し」は、水面下で多くの者達の命運を左右しているのである。
なお、ソフィアとヴェノムもそれぞれ伯爵・子爵家の子息令嬢ではあるのだが……
何かあったら実家にかえって引きこもる気でまんまんである二人にとっては貴族のメンツなどどうでも良い。
自領だけで完結している、王都との交流がほとんどない田舎貴族ならではの強みであり、たちの悪さである。
そんなたちの悪い貴族子息であるヴェノムの対面に、憤怒の顔で座っている壮年の男は宰相。
実質的に、この国で二番目に権力があるはずの男である。
「で?
なんで、ここに来るのが、最後なんだ?」
「まさか宰相閣下に即日でお目通りできる機会を頂けるとは、思ってもおりませんでした」
「それだけ貴様らの行動に問題があるということを自覚しろ!」
そして始まる宰相閣下、直々の教育的指導、あるいは説教。
これだけ事を大きくするならせめて事前に一報いれろだの、ちゃんと一聖の手綱をにぎっておけだの、動き出す前に落とし所を考えろだの、くどくど長々と止まることなくヴェノムに言葉を浴びせ続ける宰相。
それでもヴェノムにとってはかなり希少な「ちゃんと正しいことをしゃべる貴族」だ。
特に反論もない。
ヴェノムも黙ってそれを受け入れて、というより、笑顔をはりつけながら観察していて……
「(…貴族というのは大変なものですね)」
「おい! 他人事ではない、貴様の話だ!」
ヴェノムの心を読むかのごとく、また宰相の怒鳴り声が飛ぶのだった。




