一番ヤバイから一聖(後編)
一聖ソフィアと勇者フィーネの突然の訪問(襲撃)を受けてしまった悪党の事務所。
男達が床に机に倒れ伏している惨状の中を、ハーヴィが素早く歩き回っては彼らの顔にシュッと霧吹きで薬品を吹き付けていく。
トドメではない。ヴェノム特製の麻酔薬だ。
こういう時にいちいち拘束する手間を省くために重宝する薬である。
その一方で、シェリーが事務所の中をまるで自分の部屋のようにトコトコと歩き回って、書類やら帳簿やらをペラペラめくって確認しては、手際よく集めていく。
必要なものは一通り集め終わったのか、そのまま最奥のボスの机に向かったシェリーは、その机にぐったりと倒れている男をよいしょと机の下へと押しのけて、集めた書類を机の上にササッと並べた。
シェリーが取り出した片眼鏡をかけて【映像記録】の魔法を発動。
並べた書類に目を通しながら、耳につけたイヤリングに指をそえて【遠隔通信】の魔法を発動する。
通信相手は、拠点の方で連絡を待っていたヘドラだった。
「お店Aはクロ。予想通り。修正は16、17が赤、23が青──」
『──早いっ、早いわよ!! 一つずつ報告なさいッ!!』
遠隔通信の向こうからのヘドラの叫びも気にせずにシェリーが必要な情報をすべて伝え終えると、証拠の品々を整理し直し、机の上に丁寧に積み上げておく。「次に来る人達」が回収しやすいように──
──王都警備隊の方も大騒ぎの事態になった。
次々にやってくる「謎の聖女関係者からの密告」に対処しきれず非番の者達まで臨時招集して総動員。それでもどうにか秘密裏に一気に摘発するために、王都の裏通りを全警備兵で駆けずり回ることになるのだった───
──とにかく、こうして一件目の襲撃が完了した。
当初の予定では、中央政庁の職員に変装したハーヴィがいい感じに話をつけるつもりだったが、勇者と聖女の「邪龍討伐チーム」の襲撃という形へと作戦内容が変わってしまった。
だが、欲しかった情報が得られたのだからハーヴィとシェリーは気にしない。
でも、ソフィアは気にする。
しかしながら、そんな後悔する時間を与えられる間もなく、地図をじっと見ていたフィーネが、すぐに「二件目」めがけて走り出した。
「はやく、次」
「ちょっと?! フィーネちゃん!?」
今日のこれは、フィーネにとってはちょっとした宝探しゲームみたいな、遊びの感覚なのだ。
久しぶりにソフィア達と一緒に遊べるフィーネは、実はちょっとうれしくて、ヤル気満々だった。
「やべーにゃ、想定の斜め上の早さで事態が進行していきそうにゃ」
ハーヴィは悟った。
走り出した方向から、フィーネが地図を見て覚えたのは「道順」ではなく「方角と距離」。つまり、直線ルートで道なき道をを突っ切る気だ。
どうやら「今日中にすべての場所を回る」つもりらしいが……ハーヴィもあえて、その「とんでもない誤解」をそのままにした。
この四人なら、あながち不可能でも無い気がして。
◆ ◆ ◆
フィーネの背中にソフィアが叫ぶも、フィーネは止まらない。
「フィーネちゃん待って!」
道なき道を、細い路地の壁を、屋根を、軽やかに楽しそうにかけぬけていくフィーネ。
その後ろ姿を追いかけっこのように、【聖壁】で足場を作りながら追走するソフィアと、シェリーを背負って走るハーヴィ。
最初のうちはハーヴィの背で固まっていたシェリーも、5件目ともなると慣れてきたのか、しゃべる余裕も出てきている。
「…こうやって見るまで気づかなかった。ソフィア、実は歴戦の戦士」
「実はそうだにゃー」
「違うよ!?」
ソフィアは否定したものの、一聖としてくぐり抜けてきた修羅場の数はそんじょそこらの戦士には負けないくらいなのもまた事実である。
今のフィーネとの「追いかけっこ」だって、ふつうの聖女はもちろんのこと、一般的な魔法使いではとても真似できないような芸当だった。
詠唱の省略に加えて、走りながらの魔法の発動。あらかじめ必要な経路と位置を見極めて、遠距離に魔法を発動させる早さと精度。
熟練の、単騎で戦える魔法使いの技だ。
しかもこの運動量。
シェリーを背負っているのがハーヴィだからこそ難なくついていけるのであって、そこいらの新兵だったらとっくに脱落していてもおかしくはないくらい、とてもハードな「追いかけっこ」だ。
そんな歴戦の戦士呼ばわりされてしまったソフィアが、ボソリとつぶやく。
「…わたし、そんなに怖いのかな?」
「そんなことは無いにゃー」
心配するソフィアの言葉をハーヴィがすぐに否定する。
どうやら行く先々でソフィアの顔を見た瞬間、ゴロツキ達が悲鳴をあげて襲いかかってくるのを気にしているらしい。
ソフィアとしては話を聞きに来ただけなのに………そんな落ち込むソフィアにシェリーも声をかける。
「ソフィアは悪くない。違う。来られたら困る理由があって、勝手にあいつらが自滅してるだけ」
「むしろ姫様がガツンとやってやった方が、あいつらも報われるにゃ」
「えっ」
「むしろ贅沢」
いつか裁かれる日が来るのなら、とハーヴィとシェリーが独自の理論を展開する。
「姫様自身がどう思っても、姫様とフィーネにゃんは正義の象徴みたいなもんだにゃ。
あいつらだって、いつかはこうなるってうすうす分かってて、やってるにゃ。
だったら有象無象の、自称正義な連中の手でいたぶられるより、最強の敵に立ち向かって派手に散ったほうが、冥土の土産の自慢話になるはずにゃ」
戦う相手で自分の価値が決まるのならば、一聖ソフィアはまさに、みんなのアイドルだ。
「貴族連中にとってあいつらは使い捨てのコマ。もう戻れない。目処がたったら証拠隠滅のために消されるのは時間の問題。
死ぬのが怖いから、悪の美学みたいなのに酔ってごまかしたいだけ。虫唾がはしる……けど、だったらソフィアとフィーネで、ちゃんと引導をわたしてやるべき」
救いは無い。ならばこそ、誰が最期をしめくくるのか? それがせめてもの手向けである。
二人からの思わぬ言葉に、ちょっと戸惑うソフィア。
「…そ、そう、なのかな……」
ソフィアはあまり意識していないが、実はハーヴィとシェリー、この二人の来歴はわりと真っ黒。なにせニンジャと悪徳貴族様だ。
そんな二人の言葉に、ソフィアはなんとなく納得し、そして気付いた。
ソフィアよりもこの二人のほうがずっと、あの人達の心により深く寄り添っているように思えて……
「…うん。私も、ちゃんと向き合うよ」
「……そうすべき」
あらためて覚悟を決めるソフィアの姿に、ハーヴィの背中でシェリーの口元が、そっと緩んだのだった。
「…なんか、シェリーにゃんも苦労が多そうだにゃ。
……ちょっ!? いま耳はさわっちゃダメだにゃ!?」
◆ ◆ ◆
最短ルートを突っ切って、次の目標地点にやって来た四人。
「「………」」
裏通りの奥にひっそりと建つ、いかにも怪しげな建物……の隣りにある、一階が小綺麗な雑貨店になっている三階建ての建物の方へと、視線を移したフィーネとソフィア。
「たぶんこっち」
「…そうだね、たぶん」
そしてズンズンと入店していく二人と、それを止めないハーヴィとシェリー。
おそらく二人のそれは直感だろうが……よくよく観察してみれば、ぴったり隣接した建物と、客も店員もいない店とその立地条件に、品揃えの不自然さ。ハーヴィとシェリーも「自分だったらこっちに隠れる」と納得できた。
店の中から勝手に酒瓶を一つ拝借したシェリーが、ハーヴィに手渡す。
「はい」
「襲撃慣れしすぎだにゃ」
三階の窓めがけて酒瓶を放り投げるハーヴィ。
すぐさま返ってくる怒鳴り声は「てめぇぶっ殺してやるからそこ動くな!!」。
つまりは陽動作戦だ。
こちらに注意と怒りを向けた、ほんの数秒が命取り。
階下から一気に駆け上がってくる勇者と聖女の足音に、はたして怒り狂った彼らは気がつくことができるかどうか。
「ほんとに、ちょっと、同情しちゃうにゃ」
「同感」
さすがに、これはひどい。
やがて建物の奥から聞こえてくる悲鳴と喧騒に、シェリーもハーヴィに同意せざるを得ない──
──ふつうは王都警備隊であれ軍であれ、動かすならば相応の計画とか手続きとかが必要になってくる。
貴族達なら主要な部署さえ抑えておけば、申請書類や事前連絡などがやってくる。
つまり、いつどこを取り締まるかの情報は多少なりとも漏れてしまうのは避けられないのだ。
情報を得た貴族たちは当然、自分の子飼いの組織にはそれを伝える。
全部は無理でも、もっとも重要なところを確実に逃して……逃げられてしまうのが実情だ。
もちろん水面下で秘密裏に摘発すること自体はできる。
だが、それはせいぜい一度に1、2箇所が限界で、人数と時間に制約がある。
その規模が大きくなればなるほど、人の動員や綿密な計画を隠し通すのが困難になるはずで──
──そんな理屈がまったく通用しないのが、一聖ソフィアと勇者フィーネの「邪龍討伐チーム」である。
思いつきだけで突然始まり、気づいた頃には終わっている。
まるで空からなんの前触れもなく、いきなり龍が襲ってくるかのごとく。
青天の霹靂とは、きっとこういう状況を言うのだろう。
「…そろそろ終わるころ」
「そうだにゃー」
続いて入店する二人。
きっとまた、【遠隔通信】の向こうでヘドラが「だから早いって言ってんのよ! 情報を整理する暇がないッ!!」と叫び声をあげるに違いない。
結局、四人は脅威の早さで、日が沈む前には王都中にあるすべての拠点を襲撃し、制圧し終えてしまうのだった。




