悲願(5)
◆ ◆ ◆
当主ネイザーが最後まで頑なに主張し続けた結果、その孫娘は「プリティ」と命名されてしまった。
それでも彼女の両親のとっさの機転と、使用人たちが進退をかけたうっかりミスのおかげで間一髪、公式な書面上にはちゃんと「プリシラ」と明記されることになった。
歴代最強と謳われる当主が溺愛している、プリティへの風当たりは強かった。
生まれながらに魔力が高く、そして無才で、なおかつ病弱。
周囲の者達はエサを与えられた獣のごとく、幼いプリティの境遇へと食ってかかった。
「なるほど、たしかに素晴らしいですな、かわいさだけは」
「魔力だけは高いと言うのに、まさに宝の持ち腐れ……おっと」
「ヒートウェイ家の伝統と未来もここで……嘆かわしいことです」
「いえいえ、過去には養子を取っていた例もございますし、これもまた、ヒートウェイにふさわしいのでしょう」
自称味方や重鎮たちが、ヒートウェイを憂うふりをしながらプリティを非難し続けた。彼らの子供やその周囲の者たちもまた、こぞってプリティへの陰口をたたきあった。
妬みや嫉み、ヒートウェイ家当主への恨みもあったのだろう。
その矛先は弱者に、ヒートウェイ家でもっともか弱いプリティへと向けられたのは必然だった。
そんな事態が当主ネイザーには理解できなかった。
自身へ向けられるあらゆる非難や嫌がらせをまったく気にしたことがなく、歯向かう者達は力でねじ伏せてきた当主には、プリティが一体なにをメソメソしていて、周囲がなぜ不満に思っているのか、まるで理解ができない。
むしろそんな弱々しいプリティの姿が「かわいい」と思ったくらいだった。
当主が孫娘に押し付けた「家宝の杖」。
わしにはそういうのは分からんと言って、孫をあやすのをなんと「杖」に押し付けたのだ。
これにはさすがにプリティの両親も使用人達もネイザーを非難したのだが、やはりネイザーには一体何を怒っているのか──家宝を子供にあずけたことも、問題を根本的に解決する気が無いことも、それを杖に丸投げしようという根性も、そのすべてに対する批判がネイザーには「何が悪いんじゃい?」と理解できないものだった。
自分の不幸の元凶とも言える祖父に、謎のしゃべる杖を渡されて、困惑するプリティ。
それでも優しいプリティは、泣きそうな顔で杖に謝った。
「……ゴメンね。私なんかに渡されても、迷惑でしょ?
ちゃんと主杖さまのところにお返しするから、だいじょうぶだよ?」
その謎の杖が、彼女に語った。
「いいえ、あなたが謝罪する必要などありません」
「…ちがうの、ぜんぶ、私が悪いの」
小さな手にキュッと握りしめられた杖が、彼女に語る。
「あなたは何も間違ってなどいません。
……ですが、その腹立たしさと悔しさを武器へと変えてみせたのが、初代様でした」
「…初代さま?」
「はい。それはもう、今のネイザー様に負けないくらいに問題児……コホン。
…プリティ様は、自分を変えたいと思ったことはございますか?」
「………思わなかった、ことなんて、ない」
後にその杖は、つい教育に熱が入りすぎてしまったと語る。
「では、あなたの変え方を………名の奪い方を、教えて差し上げましょう」
◆ ◆ ◆
そしてついに「歴代最強」を「初代の再来」が打ち倒す日がやってきた。
その両眼に黄金の光をたたえたプリティ。
炎の檻の中にいる『いかにも老魔法使い』っぽいヒゲが立派な小柄な老人、現当主ネイザーことプルート・ヒートウェイ。
そして銀の杖を抱くように持った年かさの女性が、炎の檻の中にいる老人にむけて宣言した。
「…勝負ありです」
「ちょっと待つぞい主杖!? わし、まだ負けてないもん!?」
主杖と呼ばれたその女性は、ヒートウェイ家の一切をとりしきる家宰や家令のような役割の者で、実質的なヒートウェイ家ナンバー2が彼女だった。
「いい加減に認めて下さい。
当主が七日七晩も『投獄』され続けたならば、当主交代して当前です」
「ぐぬぬ……」
「…それにアネット様も『しばらくそこで反省しなさい』とおっしゃってます」
「そんな!? アネットちゃん!!?」
わりと元気な老魔法使いプルート・ヒートウェイに対し、怒りと気力で立ち続けているプリティ……プリシラが、彼に告げた。
「…あなたのようなヒゲもじゃが『ネイザー』では、ケン君がショック死してしまいます」
「プリティちゃんまで!?
…ん?
ちょっと待つぞい。誰じゃい、ケン君って?
プリティちゃんは嫁にはやらんぞ!? 誰にもやらんぞ!!」
「「………」」
元気な老害こと現当主をジト目で見つめる女性二人。
そしてプリシラは……炎の檻へと近づいて、プルートの目をじっと見つめて、彼の「問いへの答え」で、問いかける。
「K、E、N」
「?」
「……!!」
ヒートウェイゆえに分かることがある。
「…ん? なんじゃらほい?」
「「………」」
だが、ヒートウェイでも分からない人だっている。
それでも。
今の魔王に、今のカミィにふさわしい「ネイザー」はどちらなのか。
その決着がついた瞬間だった。
スッと片膝をついた主杖が両手で捧げ上げた家宝の杖を、プリシラが手に取って、歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って、待つんじゃよ、プリティちゃん!! アネットちゃー──……」
そのまま立ち去る、新たな「当主」。
「行きますよ、アネット」
「はい、ご主人様」
ここに次代のネイザー・ヒートウェイが誕生したのだった。
「……行く前にせめて、牢獄を消してあげて下さい、プリシ……ネイザー様」
◆ ◆ ◆
そして時は戻り、王都。
三聖はかつてない危機に直面していた。
「来なさい、【降魔杖】!」
銀の光と共に三聖の右手に召喚されたその杖が、発したのは不満の言葉だった。
「……カミィの前では呼ばない約束では?」
「言っている場合ではありません!」
銀の杖を手に、目の前の戦場をにらみつけて叫ぶ三聖。
彼女がかけつけた時にはすでに、ケンと「王都の怪人」フェローマの戦いは始まっていた。
目を閉じて意識を失ったままのケンと、妖艶な裸体に赤い霧のみを纏ったフェローマ。
向かい合う二人が、互いの手のひらを合わせて押し合い、力比べでもしているような……ちょっと、よく意味の分からない光景。
だが、それよりも。
周囲に撒き散らされた赤い霧。あるいは魔力。
その正体は、フェローマが放った最凶最悪の、魔法の媚毒。
周囲にちらばる桃色に染まった白骨は、霧に触れて溶かされた者達の成れの果てだ。
その赤い霧がケンと、その周囲を包み呑み込み、みるみる侵食し続けている。
このままではケンはもちろん、王都のすべての住民までもが【魅了】され、溶解し、白骨化するのも時間の問題だった。
こちらに漂ってくる赤い霧を炎の翼でバッサバッサと焼き払いながら、ネイザーとアネットが決断する。
「援護しなさい、アネット」
「いかように?」
「解呪していては間に合いません……殺ります」
「承知しました」
狙いはフェローマ。
たとえ伝説の怪人が相手であろうと、こちらは『ネイザー』だ。
かつての無念を晴らすため、千年、魔法を練ってきた。
あの細首を刎ねるための詠唱を紡ぎながら、翼をたたんで腰をかがめ、今まさに、三聖が飛びかかろうとしたその時、
「「!」」
ポッと宙に灯った、小さな炎。
「……【点火】?」
それは一つ、また一つと増えていき、
「……ではない、まさか【原初の炎】!?」
「…カミィが?」
さらに一つ、もう一つ。
それはケンとフェローマを取り囲むように、真円を描きながら、増えていく。
「「………」」
周囲に満ち溢れていたはずの赤い霧を焼き削りながら、増えていった炎はやがて──
──ついに一つの円となり、完成する。
【百火燎乱】
「「ッ!!?」」
「あ、アアアアアア゛ーー!!!」
炎の化身となったケン。
そのままフェローマを、すべてを、焼き尽くす。
ケンを中心に吹き荒れる熱波が周囲を巻き込みながら、旋風となって、霧も何もかも燃やし巻き上げ、吸い上げながら、やがて熱風の竜巻となって全てを飲み込む。
断末魔の悲鳴を上げ続けるフェローマ。
彼女はケンに掴まれたままの両手を振りほどくこともできずに、全身を炎に包まれながらも、その場から逃げられない。
王都を侵食する勢いだったフェローマの媚毒はもちろんのこと、並の魔法など受け付けないはずのフェローマをも容赦なく焼き削る。
その炎は、すべてを燃やす。
炎の中に灯る不気味な青の眼光が、地の底から這い出してくるような声で、彼の「敵」に宣告する。
「…エッちゃんをー……
……いじめる奴はぁー……
………ゆる、さな、いぃーー……」
「ちょっとまって、ケン!!」
旋風の中、突然、現れたのは小さな子供──の姿をした精霊。
それを契機に、小さな小人がつぎつぎに風の中に出現するも、ケンの炎に巻き上げられたり逃げ惑ったり、ケンにはぜんぜん近づけない。
それでもどうにか「本体」の子供に小人たちが合流し、その子供は、徐々に少年から青年になって、吟遊詩人のような姿に変化する。
「まってよケン! …ちょっと、落ち着いて ……冷静になるんだケン君!!
このままじゃ王都が壊れる!! 大変なことになるよ!?」
吟遊詩人が必死にケンに呼びかけるも、その声は届かない。
「ああ、もう! こうなったらE・E様を呼ぶしか……いや、呼んだら余計に収集がつかなくなる……!?」
そもそも【百火燎乱】の発動条件は2つだけ。
ロウソクか、「E・Eの敵」を燃やすため、そのどちらかだ。
周囲も巻きぞえになって焦げたりはするが、それでも基本的にはこの2つのみ。
その「敵」には、ケン自身やE・Eすらも含む場合があることは、ケンはもちろんE・Eだって知っている。
その上で、いま燃えているのはフェローマ。
こんな状況をE・Eが見れば、彼女は一体どうなるか……さすがに、呼べない!
かといって、王都はフェローマが作ったようなもので、フェローマの魔法や術が王都中に張り巡らされていて、王都の民の生活を支えているのも事実である。
その術もろとも、ケンの炎がいま、すべてを焼き尽くそうとしている。
その余波で、下手をすれば王都にまで大勢の死者が出かねない。
なんとかケンを正気に戻さなくては……
「…だめだ、考えても仕方ない、やはり一か八かでE・E様を──」
『いい加減にしなさいっ、カミィ!!』
その怒鳴り声に、シュッと鎮火したケン。
目を丸めた吟遊詩人だったが、すぐに動いた。
「…!! やったか!?
あー、えっと、そこの君達?
…私から聖女にこれを言っちゃうのは申し訳ないけど……あとは頼むよ!」
吟遊詩人が炎に包まれたままのフェローマをケンの手から奪い取ると、すぐさま風の中へと、溶け込むように消え去っていった。
突然、怒鳴り声をあげたアネットと、無茶振りをして去ってしまった高位の精霊(?)に、戸惑う三聖。
「…えっと、アネット……──っ!?」
同じく姿を消した【降魔杖】。
あとはお願いします、という意思表示だった。
あまりの急展開からの無茶振りに、一人取り残され、顔を引きつらせる三聖。
ここまで来たらもう会えば良いじゃない、アネット! と思ってしまう。
小さくため息をついて、徐々におさまりつつある強風の中を、残り火をその身にまとったケンへと近づく。
「……ごめん、なさい、アネットさん………」
「?」
「…裏切って、ごめんなさい」
「いいえ! あなたは誰も裏切ってなどいません」
何かを懺悔するケンに、三聖は近づいていく。
「だけど僕は……それでも、エッちゃんを、守りたく、て……」
一歩、また一歩、ケンの方へと。
「……たとえ、世界が敵になっても。
僕には、ネイザーちゃんがいてくれて……」
「………」
…魔王は復活した。
魔王の動向をヒートウェイは追い続けていた。
アイスロードも注視し続けていた。
だから分かる。
それでも世界は滅んでいない。
それが、すべてだ。
「……だから、僕だけは、エッちゃんを……」
それは誰のおかげなのか?
この千年で、誰が魔王を変えたのか。
ケンの目の前に立つ三聖が、
「だから、僕は、それでも……」
「ケン君」
三聖の両手がケンの頬をぎゅっと包み、その目を、合わせる。
「あなたはやり遂げました。誰にも文句は言わせません。
でも! そんなことよりも!」
「………」
少し背の高い彼を、彼女がぎゅっと懐へと抱き寄せる。
「三十三代目ネイザーが、
すべてのヒートウェイを代表し、
今、あなたに告げます」
彼の頭を優しく撫でながら、聖女は彼にこう告げた。
「おかえりなさい、カミィ。
私は、私達はずっと、あなたの帰りを待ってましたよ?」
強く温かい抱擁の中で、カミィから、言葉がこぼれる。
「……………ただいま、ネイザーちゃん」
ヒートウェイ千年の悲願が今ここに、ついに、成し遂げられたのだった。




