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悲願(4)


 ◆ ◆ ◆



 丘の上に一人腰掛けた青年は、その手に持った銀の杖につぶやいた。


「【降魔嬢(こうまじょう)アネット】って良くね?

 ほら、(じょう)(じょう)とかけて、魔杖って感じでさ?」


「だから彼女にフラれるんです」

「ちょっと!? アネットさぁあんっ!!?」


 青年の手にある杖が(あき)れたような声を上げた。


 その杖は、魔法使いが詠唱の補助として使う長杖というより、老人が体を支えるのに適したような腰の高さほどの杖であった。

 質素ながらも上品な銀の杖である。しゃべることを除けば、貴族が持つには少し地味でありきたりな杖だった。


 青年はその杖を自分の足に立てかけたまま両手で顔をおおって(なげ)いた。


「そうだよ!? なんでだよ!? わかんねぇよ!?

 なに、アイスロード家を新たに(おこ)すって!? 俺と結婚すればいいじゃん! そんなに俺って嫌われてたの!?」


 当主の情けない姿に、杖はため息を(?)もらす。


「…むしろ逆では?」

「なんで!? わかんない!?」


「あなたが当主である今だからこそ、ということです」


 今の人族の王国は決して安定した治世と呼べるものではなかった。


 頼りない王家と政府。

 北の黄人族と南の緑人族それぞれと同盟を結び公爵という地位を与えるも、その関係性は微妙なままだ。

 そこにヒートウェイ家も加えて三大公爵だなんて呼ばれているが、ヒートウェイ家だって王家と仲が良い訳ではない。


 それなのに勝手に三竦(さんすく)みのように扱われてしまっている現状。

 王家は「うまくやった」と思っているようだが、むしろ、いつ大陸に戦乱が巻き起こってもおかしくない状況だ。


「今のうちに『我々の勢力』をもっと拡大するべきだと思われたのでは?」

「…そうかもしんねぇけどさぁ、俺には人族とか世界とかどうでも……ああっ、もうっ! あのクソマジメ女っ!」


 当主「ネイザー」にも分かっている。

 確かに幼馴染の彼女が心配していたように、このままでは五百年後を待たずに人族は滅ぶのではないかという予測も、あながち外してはいないと思っている。


 魔王など復活するまでもなく、人族の争いはいつだって絶えることは無い。


「…かと言って、俺達ヒートウェイは領地経営だ統治だなんてがらじゃねぇし……それで、アイスロード、なの? いや、だからって……」


 思い悩む当主に、ついアネットも助言してしまう。


「…あなた達が背負う必要は無いのですよ?」


 ヒーウェイだのアイスロードだの、どうでも良い。

 ただ二人で幸せになれば良いのだ。


 …だから、ヒートウェイ家の悲願など、どうだって……


「いや、それは違うぞ、アネット」


 ネイザーが表情を引きしめて、アネットに返す。


「久しぶりに帰ってきた家族を迎えることは使命でも悲願でもなんでも無い、ふつうのことだろ?

 ましてそいつが、千年たったらうっかり闇堕ちしちまった、ってんなら、ケジメをつけてやるのも家族の役目だ。

 どっちにしろ、俺達は『カミィ・ヒートウェイ』を待つ」


 百年だろうが千年だろうが、帰ってきたなら「おかえり」と言ってやる。

 もしもカミィ・ヒートウェイが魔王の配下として世界を滅ぼそうというのなら、魔王ともども叩きのめす。

 それが家族だ。


「ヒートウェイを止められるのはヒートウェイだけ………あっ」


 ネイザーは再び顔をおおった。


「それで、あいつも……あいつまで一緒に……あああ……!」


 ならば、そんなヒートウェイ家の暴走を止められる家は? 

 存在しない。

 だからこそのアイスロード家だ。


 …と気づいてしまったネイザーに、アネットは再び(あき)れる。


「中途半端に察しが良いからこじれるんです」

「アネットさぁあんっ!!?」


 ヒートウェイ家だけでは支えきれない、それゆえのアイスロード家。


 …なんて言ってはいるものの、あちらはあちらで「負けず嫌い」で、素直になれない。そういうことだ。

 アネットから見れば「どっちもどっち」。犬も食わない話だった。



 そして三大公爵家が四大公爵家となり、大陸が荒れたりマシになったりするのは、もうしばらく先の話である。




「そんなことより」

「そんなこと、って!?」


「この人形はなんですか?」


 銀の杖に勝手にくくりつけられて、ストラップみたいになっている女の子のお人形さん。


「ああ、これか?

 これは、あの村で買った『イーイーちゃん人形』だ」


 口をイーっとしている黒い服の女の子の小さな人形。


 あの村というのは、目の前にそびえ立つ『遠近感をまるで無視した巨大樹』のふもとにある村のことである。


「かわいいだろ?」

「…なぜ3つも?」


 そんなイーイーちゃん人形が3つ。

 わざわざ旅の途中で増やすような荷物ではない、というアネットの質問にネイザーは答える。


「そりゃあ、だって、保存用と観賞用と布教用で、3つ必要だろ?」

「…布教」


 …布教して良いのだろうか……その「魔王」を。


「まぁ、あの村のやつらは秘密にしたいみたいだったけどな」


 あの遠近感の無い大樹。

 それは神話とも呼べる古き時代に、大地を浄化するために植えられた神聖な木なのだという。

 あの木が育つ前のこの土地は、とても生き物など住めないほどに(けが)れていたのだとか。


 その木を植えたのは「偉大な魔女さま」で、村の子供が「ひみつだよ?」と言って教えてくれた。

 そしてイーイーちゃんは村のマスコット。大人達の話ではその人形は、魔女とか魔王とかとは一切、まったく、これっぽっちも、ぜんぜん関係ないそうだ。


 だが大陸各地を旅して巡ったネイザーには分かる。


 今の魔法使いには再現できない術式、魔法、その形跡。

 偉大な魔女と、その足跡。

 あの大樹もまた、その中の一つであると確信している。


 むしろ「イーイーちゃん」に誰よりも詳しいネイザー・ヒートウェイだからこそ分かるというものだ。


「イーイーちゃん、マジやべぇよ。

 この前の、完全浄化術式跡地とか、あれってなんなの? 天才かよ?

 それがなんで、今は魔物巣窟になってんの? ある意味、天才だよ? あの土地の連中は」


 浄化に成功したこの地とは真逆に、先日おとずれた領地では、「この魔物の巣は魔王がつくったのだ!」と領主がつばを飛ばして主張していた。


「なぜそれを放置したので?」


 その領主から解呪依頼があったものの、偉大な魔法使いネイザー・ヒートウェイ公爵は「俺には無理」と結論づけた。


「…下手に元通りに戻したところで、あの調子じゃ二の舞いになるだけだろ?」


 術式自体は完璧だった。

 なのに、あえてその術を曲げて「別の目的」に流用しようとした結果が、あの魔物の巣窟化だ。


 それを「魔王のせい」だと主張して、過去に何があったのか隠そうとしているのは見え見えだった。

 完璧に隠したつもりだろうが、イーイーちゃんマニアのネイザーの目を(あざむ)くことなどできやしない。


 だからネイザーも「(お前たちに付き合うのは)無理」と言い捨ててさっさと退散したのである。


 それにしても、とネイザーはため息をつく。


「………どんな気持ち、なんだろうな?」

「…どんな、とは?」


 目の前のあの大樹の村は特殊な例。

 あの貴族達の「魔王のせい」という主張のほうが、多数派だ。


「………うまく言えねぇけど………(むく)われたのかな、とか?」


 人々を救おうとして作った数々の施設や術式が、今となっては悪用されて、魔物の巣窟や人の住めない危険地帯となっている。


 そもそもなぜ、彼女は魔王になったのか?


「…なんのために? どうやって戦った? とか?」


 俺でさえ、なんて思ってしまう。

 同じ魔法使いとして、なんて考えてしまう。


 …たとえば三年前。


 王族に命令されてネイザーがイヤイヤ作った「最強の防御術式」。

 納品した一年後に、こんな欠陥品を納品してどういうつもりだ! と文句を言われて、調べてみれば──


 ──思いつきだけで無茶を言う王族、無責任に引き受けた宰相(さいしょう)、上から丸投げされたそれをさらに下に丸投げする大臣、結局なにを作れば良いのか分からぬままに外部に依頼する宮廷魔法使いと、いい加減な設計図を描く魔法使いと、さらに輪をかけて雑に製造する見習い魔法使いと、確認もせずに納品した管理者と……

 …結局、莫大(ばくだい)な金と人員をかけてつくった粗大ごみを受け取った宰相が、もうヒートウェイ家にやらせればいいんじゃね? と再び無駄な税金をかけてネイザーに全力のしわ寄せ。

 お願いという名の命令に、ネイザーは注文通りの「高度かつ難解すぎて理解できないであろう完璧な防御術式」を納品。

 その一年後、見るも無残に「改悪された」それをネイザーにつきつけて責任転嫁しようとしてきた宮廷魔法使い達に、ネイザーは……


 …そんな一連の経緯は、ネイザー自らがちゃんと()()()お話を聞いてまわって(つまび)らかに判明した。


 それぞれが青ざめながらネイザーに、「だが私よりもあいつらが!」の部分を強調しながら、洗いざらい白状してくれて……


 …人生においていつも失敗だらけのネイザー自身が、あまり他者の失敗を責め立てたくはないのだが……これは、あまりにも、と思ってしまって……それをきっかけに、こうやって「自分探しの旅に出ます、探さないで下さい」と言って行方をくらました当主ネイザーで──



 ──ネイザーでさえ、これなのだ。

 ならば、魔法の天才である魔王には、どんな景色が見えていたのか?

 こうして数々の偉業を残したはずが、改悪されて、悪名ばかりを残している彼女は……


「…なんで、魔王になっちまったんだろうな?」


 イーイーちゃん人形に話しかけるネイザーに、アネットが静かに告げる。


「…入れ込み過ぎでは?」


 …魔王に。


「知り足りないくらいさ」


「………」

「………」


 あまり魔王を追いかけすぎて、あなたまで魔王になる必要など無い。

 そういう意図のアネットからの警告であったのだが……


 …両手で顔をおおったネイザーが、アネットに反論した。


「……分かってる! 『言うべき相手が違うのでは?』ってのは、分かってるの! アネットさん!」


「…」


 たしかに、魔王よりも先に彼女でしょう、というのもアネットも否定はしないが。


「分かってるけど!? どうすりゃ良いのか、わかんないのよ!?」

「………」


 本当に、どうしてヒートウェイはいつも、こうなのか……


 …血はつながって無いはずなのに。ヒートウェイもネイザーも、まるで似ていないはずが、どこかいつも、アネットには同じように見えてしまって……



 ヒートウェイはいつも、熱くて、濃くて、危なっかしい。



 …そっと見守り、いつしか消えるはずだったのに……あまりに見ていられなくてつい、うっかり「口を出して」しまって以来、アネットはずっとヒートウェイを支え続けている。



 本当に、仕方がない……私が支えてあげるしかない当主(ネイザー)たちだ……



「…いつまでも旅をしている場合では無いのでは?」

「よし! 帰ろう! あいつに、おみやげ買って!」



 そして四体目のイーイーちゃん人形(おみやげ用)を買って帰るネイザーに、「そうじゃない」とアネットがツッコミを入れたのは……ネイザーが幼馴染の女に笑顔で(ほお)をギリギリとつねり上げられた後のことだった。


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