悲願(3)
◆ ◆ ◆
他者への魔力の譲渡ならびに他者からの奪取の禁止。
これを破る者、加担する者は厳罰に処す。
こんな法ができてしまったのは、魔力をもつ弱者を守るためなのだという。
金持ちや権力者達が人々を「魔力という資源」として搾取できなくするためだ。
かつては古の王が自分の国民を生贄にする魔法儀式を行ったという記録も残っている。
理不尽に奪われて絶命する者達を無くすための法である。
わざわざ法ができるというは、法にしなければ犠牲者が絶えないことも意味している。
それは良いことなのだろう。
きっと多くの弱者を救うことだ。
だがそれは。
生まれつき魔力が無い弱者であり、「他者からの譲渡」も許されず、それが理由で今まさに死に瀕している少女アネットには、なんの救いにもならなかった。
救いは無い。
なかった。
彼女がここに現れるまでは。
「ならば私がこの娘はもらっていく!
厳罰? 私にか!? やれるものならやってみろ!」
彼女は言った。
私の魔力なしでは生きられないなら、私に従うしか無いだろう? むしろ好都合だ、と。
極悪な理由だ。まさに悪の権化である。
それでもその極悪人こそが、唯一の救い手だったのは間違いなかった。
その不器用な善人に、生涯をかけて付き従うことを心に誓った。
そんな彼女のおかげで、私はこうして──
「──これは寿命です。
むしろ少々長すぎたくらいで、あなたが気に病むことなど何もありません。
そんなことより。
私との約束は覚えていますね?
…何を言っているのです!
支えを失ったあなたほど危険な存在など、この世にいないでしょう!?
いいですか!? 必ず!
私の遺灰を込めた杖を肌身はなさず持ち続けなさい!
…約束ですからね? ご主人様」
ネイザー・ヒートウェイを知り尽くし、支え続け、そして最もネイザーに逆らった者こそが、使用人アネットだった。
◆ ◆ ◆
ままならない人生だった。
生まれながらの膨大な魔力は祝福ではなく呪いだった。
自分の魔力に食われないように、命がけで己を鍛え続けなければならなかった。
何が天才だ、そんな安っぽい言葉で私を語る連中が許せなかった。
どうやら私は、人が許せるはずのものが許せない、ささいなことが耐えられない人でなしで、性格破綻者だったらしい。
かつて私を助けなかったどころか、弱った私からさらに奪おうとしていた連中をなぜ、私が助けてやらねばならない?
強者だから奪っていい? 弱者だから強請っていい?
上等だ。私が貴様らから、すべてを奪い返してやる。
千年に一度の魔王というのは、きっと私のことだと思っていた。
いつか私が世界を滅ぼすのだろうと、思っていた。
だが、それはできなかった。できなくなった。
アネットとカミィ。
それは枷であり、命綱。
二人にとって恥となるものに、私が成り果てるわけにはいかなかった。
人のふりを、し続けなければならなかった。
柄にもないこそばゆい日々を送ってしまった罰なのか。
我が人生のなかの幸せの日々は、ほんの一瞬のうちに過ぎ去った。
望みと絶望を知ってしまった、本物の魔王が現れた、あの日──
ありがとう。
大好きだよ、ネイザーちゃん。
自分の同類を見つけてしまった、その確信を得てしまったあの瞬間──
見事だ。お前達の勝ちだ。
──もちろん手を伸ばした。足掻いてみせた。それが私だ。
だがそれは追えば追うほど遠いものであることを、カミィとともに挑んだあの日々以上に、痛感してしまう結果に終わった。
やってやれないことはないんだ。
負け惜しみじゃない。
…だが、それには少なくともあと三百年、すべて試すにはあと千年は必要だ。
そんなことなら、おとなしく千年待ったほうがはるかにマシで確実だった。
カミィはまだ生きている。
あの女の目を見て、確信した。
…アネットはうすうす感づいてしまったようだが、私のこの秘密に、私の思いには触れることなく、黙って墓まで……この杖の中にしまってくれた。
そうだ。
もう、誰にも渡さない。
今度こそ、奪わせない。
これは私の無念で後悔で、せめてこれを抱きしめたまま、私は……
……私は。
「……フフッ、
…なんて我儘なんだ、ハハハ……
…自らの失敗で、自らの絶望の果てに自ら滅ぶ、この上ない贅沢じゃないか。
…私のような悪党でも、ちゃんと寝台の上で、人らしい……最期を──」
──その時、扉の封印を蹴破って、中に入って来た者達。
彼らが目撃したのは、メラメラと燃えるネイザー・ヒートウェイの姿で──
「こんなこったろうと思ったぜ、クソババア!」
「──決して入るな、と言ったはずだが?」
彼らはネイザー・ヒートウェイが拾った者達。
書類上は彼女の養子達、あるいはその孫にあたる者達で、ネイザーの義理の家族らだった。
寝台の上で、銀色の杖を胸に抱きながら、魔法の炎で自らの身を燃やし尽くさんとしていたネイザー。
そんな彼女に、彼女の孫である青年が悪態をついた。
「封印があれば解呪し、開けるなと言われたなら開ける! それがあんたの孫である俺の──」
「──時間が無い、あとは私が話します」
青年の言葉をさえぎったのはヒートウェイ家の「長女」である貴婦人。
彼女のその言葉に、他の者達がすぐさま彼女を中心に、ネイザーの前に一堂に並び立つ。
「……一体何だい、騒がしい」
このまま静かに(?)大往生するはずだった、怒りよりも気まずさが勝ってしまったネイザーの問いかけに、その長女が答える。
「母上」
「………」
ヒートウェイの子供達。
彼女ら彼らが一斉に、片手を胸に、ネイザーを前に誓いを立てる。
二代目当主となる女が、彼ら彼女らの筆頭として、ここに宣誓する。
「カミィ兄上のこと、万事、我らヒートウェイにお任せを」
「!?」
まさかの言葉に目を見開いたネイザー。
そんなネイザーが口を開く間もなく、先んじて二代目当主が言い放つ──
「──いいえ、譲れません!! 絶対に!!
なぜなら私は、私たちこそがヒートウェイだからだ!!
誰がなんと言おうと、それはあなたのものであり、そして我ら、家族のものだっ!!」
あなたのがいたから、私達がいる。
ゆえにあなたの願いは、我らのものだ。
その言葉に他の皆も無言で同意の意思を示し、ネイザーをじっと見つめる。
「………」
そんな彼女ら、彼らの居並ぶ勇姿を前に、ネイザーの視界が揺れる。
よもや、欲しくもないのに押し付けられたその家名が、いつの間にか、こうも眩しく見えるとは。
「………クソガキどもめ」
その姿に、最後の最後で……燻る未練……
…たとえ我が手が届かずとも、あるいは、我が名だけでも……
寝台の上の、天蓋の、天井のそのさらに上にあるはずのはるか彼方を見つめるネイザー。
これは呪いか、祝福か。
だが、引かぬのならば、それを背負うと言うのなら、くれてやる。
ネイザーはつぶやくように彼らに告げる。
「…良いだろう。
ならば我が名を託す。
…好きなように、やってみろ………」
そっと目を閉じ、言葉を贈る。
照れくさい笑顔も最初で最後だ。
「……我が子らよ」
「「…はい!!」」
………フフ、
…クハハハ、
ハッハッハッハ──…………
──……哄笑しながら燃え逝くその姿。
まさに魔王。
なにも母上、そんな終わり方をしなくったって……
一族はドン引きしつつ、彼女らしさに涙をにじませ、苦笑いで見送ったという。
初代ヒートウェイの最期であり、歴代ネイザーの悲願の始まり。
彼女が最後まで手放さなかったという銀の杖とともに、それは語り継がれて行くのだった。




