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エっちゃん(1)

 誰かが箱を外から開いた。


 残念ながら、あまり歓迎されない形であることは予想はつく。

 どうやら、どこかの愚か者達が調子に乗ってうっかり箱に手を出したようだ。

 周囲の者達の反応からそれくらいは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


 それでもおよそ千年ぶりの「外界」だった。

 少しはそれっぽく登場して、ひとまずこいつらを黙らせておこうと思った。



「我が輩は今、999年の時を経て再びこの地へと…およ?」



 飛びかかって来た若い男。


 それを見て、決死の覚悟で飛び出した魔法使いの女。


 甘く青く、そしてまばゆい、二人の愛がそこにあった。



 …何が起こったか、分かってしまった。

 そして、思い出した……



 求めていたもの、探していたもの、あきらめたものは何だった?

 触れられないなら、せめてもっと見たかったものは何だった?

 なにも見たくない、聞きたくなかった、千年間。

 それでも目にしてしまえばこんなにもまぶしくて。



 だから、そのまま受けとめてしまった。



「見事だ。お前達の勝ちだ」



 魔王の賛辞(さんじ)を聞いたのは、ネイザー・ヒートウェイただ一人だけだった。



 そして再び、封印の箱は閉じてしまったのだった。





  ◆ ◆ ◆


「ごめんなさい」


「…おい、開口一番、最初のセリフがそれか?」


 いきなり土下座する少年に、彼女はあきれ果ててしまった。

 いまさら謝られてしまったところで、もうどうにかなるものでもない。

 むしろ謝罪は(きょう)ざめだった。


「僕の勝手に巻き込ん……あれっ!? どちら様ですか!?」

「お前が押し戻した張本人(ちょうほんにん)だっ!」


 あまりの言いように彼女は怒鳴り返したが、少年の言い分にも理由があった。


「えっ! でも、あれ? …こう、カッコいい角が無かったですか?」

「これか?」


 どこからともなく取り出した角を、彼女はイヤーマフかヘッドホンみたいにかぽっと取り付けて「カッコイイだろ?」とニヤリと笑った。実は着脱可能な髪飾りだった。


「…あ、あと、身長が」

「見た目は今のお前に合わせたぞ。その方がお前も話しやすいだろ?」


 大人から子供に変わっていた。

 見た目だけでなく声も変わっている。

 威厳(いげん)妖艶(ようえん)さをまとう雰囲気から、エヘンと胸を張ったお子さんのなんだか可愛(かわい)らしい感じになっていた。


「…それに服……は、同じ、ですね…?」

「そうだろ? これはさっきのとおんなじだ」


 くるっとその場で一回転するかわいらしい仕草で、スカートのすそがふわりと舞う。


 さっきと同じと言ったが、共通点はワンピースという点くらいで、実際は異なる服装だった。

 先程(さきほど)刺繍(ししゅう)模様(もよう)がカッコいい大人の(よそお)いで、今は腰にふわりと()めた(おび)で、横で愛らしく大きな蝶結(ちょうむす)びを作った子供っぽい服装だ。


 ちなみにこの服、()い目が一つも無い。

 少年がその不思議に気づくのは三年後、縫い目が無い「異常な服」だと知るのは千年後の話である。


 いろいろと変わってしまった状況に口をぽかんと開けたまま座り込んでいる少年と、ぷんぷんしている少女。


「……」

「これで分かっただろ? 我が輩だ!

 さぁ、何がごめんなさいなのか言ってみろ!」


 彼女は少年の(ほお)を人差し指でうりうりと押し付けた。


 あまりの急展開と、その距離感に少年は戸惑った。

 奴隷時代にその手の情欲の感情は根こそぎ()れ果ててしまっていたはずの少年の、それを再び芽生(めば)えさせてしまうほどに彼女の見た目と良い匂いは格別に、罪深くて……


 …ハッとした少年が、再び謝罪した。


「あっ! えっと…その……

 ………僕の都合に巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「…お前の、都合?」


「だって……魔王様、は……僕に付き合ってくれたんですよね?」


 あの瞬間は必死だったが、後になって少し考えれば彼にもすぐに分かる話だった。


 戦闘訓練のようなものはご主人様(ネイザーちゃん)相手に付き合わされたことがある。

 彼女相手にどんな手を使おうが、不意を突こうが、まるで勝てる気配すらなかった。


 そんな彼が、魔王相手にたかが不意打ち程度で勝てる訳がないのだ。

 再封印? とんでもない。

 それどころか近づいただけで焼け石に水でもかけたように、シュッと蒸発するのがオチである。


 それなのに、今こうして二人一緒に封印の箱の中(?)に、謎の白い空間の中にいる。

 これはきっと彼ではなく彼女がそれを選んだ結果、なのだろう。


「……」

「……」


 そんな少年の言葉に、彼女は少し驚いた。


 勝ったとか負けたとか、油断したとか(だま)したなとか言う奴らはごまんといる。

 絶対強者たる彼女を相手に、勝ち名乗りを上げたり八つ当たりしたい連中は、()えることが無い。


 だが、「付き合ってくれた」と言った者は、この少年が初めてだった。


 ――敵だったのだろうこちらの身まで案じてくれるとは、(あき)れた奴だ……

 …優しすぎた結果、今は二人で箱の中だ――


 ――彼女は優しく微笑(ほほえ)みながら、少年の頬をぐにぐにした。


()めるな小僧。我が輩が好きでやった事だ」

えお(でも)…」


「それでも申し訳ないと思うのなら、今度はお前が我が輩に付き合う番だ。

 一緒に箱に閉じ込められる覚悟はお前にもあったのだろう?」


おいおん(もちろん)


 ぐにぐにされながらも少年はキリっと言いきった。

 本気で覚悟があることは、その強い視線が語っていた。


「フフ、そうか。ならばこれから、よろしくな?

 我が輩の名は――」



 ここから千年、二人の長い、長い、日々が始まった。


 とても語りつくせる話では無いが、一つ言うなら、二人は仲良く暮らしたのだった。

 ……どんなに性格が良かろうとも、千年である。ふつうは一緒にいられない。

 そこはもう奇跡的な二人だったことだけはここに記しておく。



「…エっちゃん」


「もう少しがんばって覚える努力を見せろ。

 …いや、待て! やっぱりそれで良い、むしろこれからは『エっちゃん』と呼べ!」




  ◆ ◆ ◆


 そして千年後。



 燃え(さか)り、今まさに焼け落ちようとしている【封印神殿】の、その最奥の間。

 青い光があふれ出す【封印の箱】。


 封印を開いたその男は恍惚(こうこつ)の表情でその光景を目に焼き付けていた。


 自称、真なる救いの教団。その教主。

 救世主を名乗るその男と団員達は神殿を襲撃し、ついにその目的の宝具へとたどり着いた。

 明朝行われるはずだった再封印の儀式を前に、どうにかギリギリ、この襲撃が間に合った。


 封印解除の光と共に、来たるべき「我らの時代」の到来を前に、()き立つ愉悦(ゆえつ)の感情に、教団員達は不気味に顔を(ゆが)め合った。


 …秘密のはずの儀式の情報が漏洩(ろうえい)していたことも、秘密とはいえ備えが不十分だったことも、後から言えば問題は山ほどあったのだが……まるでそれは千年前をなぞるかのように……



 青の光。

 高位の魔法使い達が力を合わせても、この禍禍(まがまが)しくも鮮烈な青は作り出せない。

 それが小さな箱から、これでもかと言うほどに()()なく(あふ)れ出している。

 襲撃者達は目的も忘れて息を飲んでうっとりと見惚(みと)れてしまった。



 やがて光の底より、それは「伝承通りに」現れた。


 漆黒(しっこく)の髪、立派な巻き角、薄絹(うすぎぬ)の黒のドレスからのぞく(つや)やかな肌。

 そのしなやかな両腕で自らの(あや)しい曲線美を抱きしめながら、彼女は現れた。

 まるで女神のように美しい、悪の権化(ごんげ)



 おぉ…! おぉっ!! 感動に打ち震えながら、拝謁(はいえつ)するように(ひざまず)いていく男達。



 ついに、ついに魔王が、

 ここに復活した。


 そんな彼らに彼女は応じた。


 その(よろこ)ぶ者達を一瞥(いちべつ)し、彼女は高笑いで彼らに(こた)えた……結局、高笑いで登場してしまうところが彼女だった。


「フフフフ……

 …フッハッハッハ……!

 ……アーハッハッハッハ!!


 いま、千年の時を経て、ついに……


 ついにっ、我がひゃ()い――」


 そしてその魔王の(ほお)をむにーと引っ張る、すぐ(つなり)の少年。


「――にゃ()にをひゅ()る!

 我輩、いま、大事なセリフを言うところっ!?」


「それやったら、また魔王になっちゃうよ? エっちゃん?」


 黒の女神のエスコート役は、あまりにもひどかった。


 それは普通の少年だった。

 街で見かけそうな背格好の、どこにでもいそうな普通の男。

 これほど不釣り合いで罪深い「普通」は他に無かった。

 それが女神の頬をつねっていた。


 そんな光景に、跪いていた男達が目を見開いた。


 一体なんだ、あの小僧は!?

 せめて伝承通りなら、四柱の御使いとか、もっと他にいるはずだろう!?

 せめて、アレよりは、俺の方がまだマシだ!

 女神の顔に触れるな! 引っ張るな! そこを俺に代われ!


 男達は少年に激しく嫉妬(しっと)した。


 だが、周りの者達が驚いたり怒ったりしているうちにも、もう二人は並んで歩き始めてしまっている。

 あろうことかそのまま立ち去ろうとしてしまっているではないか。


 ハッと我に返った男達は、(あわ)てて二人を引き留めた。


「おっ、お待ちください!! 我らが偉大なりし女神とその従者殿――」


「――あっ、そういうの良いんで、他の人にお願いします」

「うむ。人違いだ。そのまま待て」



「「……は?」」


 思わぬ返しに、言葉を失う団員達。



 人違い?



 …なんだ? どういうことだ? 一体なにが起きている?

 だが、だが我らが女神が「待て」と言うのならば、そのまま待つしか無いということ……なのか?

 いや、仮に女神ではなく、本当に次に現れるのがまさに本物というのならば! …やはり待つしか無い、ということ、なの、か……?

 ……何人も次々に、箱から出てくるものなのか?


 混乱する団員達の前で、封印の箱から漏れ出していた青い光。

 煌々(こうこう)()らめいたいたはずのそれは、やがて………静かに収まり、(ふた)がパタンと勝手に閉じて、沈黙してしまったのだった。


 その機を待っていたかのように、入り口からなだれ込んで来た兵士達。

 神殿の襲撃者を捕縛するためにやってきた増援の部隊だった。


 あっという間に男達は確保され、封印の箱は回収され、その悲劇(?)の舞台となった【封印神殿】は焼け落ちて、崩れ去ってしまったのだった。



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