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最後のニンジャ


 ◆ ◆ ◆



 それは、とある隠れ里の話。


 山奥にあるその里が隠れていた理由は、彼らが後ろ暗い仕事を生業(なりわい)とする一族だったから。

 その仕事というのは、伝令、諜報、護衛に暗殺……知る人ぞ知るニンジャという職業だった。


 数百年前はそれほど珍しい職業では無かった。

 貴族同士が争い合う中、互いにスパイを送り合い出し抜き合い、時に命を狙い合うことなど日常茶飯事だった。



  「ニンジャ自体は必要だったにゃ」



「彼」はそう言った。

 古き時代、相手を暗殺し合う貴族と、その尖兵(せんぺい)たるニンジャはとても「礼儀正しい悪」だったと。


 なぜなら互いの領民をぶつけ合う総力戦よりも、貴族同士の代表戦の方がよほど被害が少ないからだ。

 相手の領地を奪っても、その土地を支えるはずの民がいなくなったり、(うら)まれ(うと)まれていたりでは、領主は成り立たないからだ。


 だから貴族達は暗黙の了解で、貴族同士で殺し合っていたのだという。



 その上で、彼は「だけど、もうそんな時代は終わったにゃ」とも言った。



 もう終わった時代。

 王国が大陸をほぼ統一して、表立った争いごとは無くなった。

 そんな時代にうっかり暗殺など発覚しようものなら、王国と大陸中の貴族を敵に回しかねない。

 表向きは皆、ルールを守り、仲良しなふりをせざるを得なくなった。



 伝令や諜報は今も必要な仕事に変わりはない。

 それでも昔ながらの「危険なニンジャ」は姿を消していった。

 危険な者達とのつながりは、いらぬ疑惑や不信感を招きかねない。

 だから各地の領主達もニンジャを無かったことにしようとした。



 そして「彼」、古い時代の最後のニンジャは。


 父親からその片腕、片足と、里長の座を奪い取った。

 彼らニンジャが大好きな「実力」を行使して。



「もうこんなくだらねーことはやめて、ちゃんとした仕事に転職するにゃ」



 そんな「最初で最後の命令」を皆へ残して、彼は里から姿を消したのだった。




 ◆ ◆ ◆



「…そして、そんな俺達はいまや、ニンジャから立派な放火魔へと転職、と」

「言うな」


 燃え盛る貧民街の中、三階建ての細長い廃墟の屋根の上から二人は下を見下ろしていた。


 背の低い、隠密向けの暗い色の装束に身を包んだ、二人の獣人。

 二人は同じ里の出身の「ニンジャ」だった。


 王都の貴族に金で雇われ、計画通りに「貧民街を全焼させる」仕事を終えた二人が、あとは無事に燃え尽きるのを見守っていた。


「…俺、ハンゾウ様に(あこが)れてたんだけどなぁ」

「俺達の世代でハンゾウ様に(あこが)れてない奴なんていねぇよ」


 実戦形式だ、見て盗めなどと言いながら、ろくに働きもせずに里の若者をいたぶることを仕事にしていた大人達。

 それらを叩きのめしたのは天才児である「最後のハンゾウ」だった。


 結局、里の今の世代の大半を育てたのも、同世代であるはずの彼だった。


 そんな彼に「将来は配達屋さんになるとイイにゃ」なんて言われた時には、つい「バカにするな!」と(いきどお)ってしまったのだが……


「…放火魔よりは、まだ配達屋の方がマシだったぜ……」

「あの人どんだけ先のことまで考えてたんだよ、マジで……」


 配達業とか斥候業とか、里全体に転職を強く勧めていた、あの人。

 ニンジャの仕事はやめておけ、金払いが良い分だけ裏があるんだ、なんて次代の里長とは思えぬような発言を繰り返していた。


 それでも里の者達の多くが、いまだにニンジャを続けたいと思ってしまうのは、まさにハンゾウが原因だった。


 強い。その単純かつ困難な理想を、自ら体現してみせた男。

 (あこが)れの存在。

 彼になりたい、近づきたい、本物のニンジャになりたいと皆が思うのも無理はなかった。


 先代ハンゾウを支持していた者達からの「抜け忍を始末しろ!」という無茶な命令に従ったふりをして、多くの者達が隠れ里から旅立った。

 実際のところ、先代ハンゾウにはなんの実力も実権も無く、命令に従う必要もない。

 里の(おきて)だなんだと言ったところで、その(おきて)を無くしたのが「最後のハンゾウ」だ。

 そもそも本気でハンゾウを倒せると思っている者など一体、何人いることか──



 ──ハンゾウと同時に姿を消した「落ちこぼれ」も一人いたようだが、ハンゾウの件で頭がいっぱいだった者達の記憶からは早々に忘れ去られてしまっていた──



 ──ともかく、ハンゾウとニンジャ。

 その「強さの果て」。


 彼ら二人は、今まさにそれに直面する事態に(おちい)っていた。


「…おい、また戻って来たぞ」

「隠れろ」


 二人はサッと布をかぶりなおして、息を殺しながら屋根の一部と化した。


 迷彩布を用意しておいて正解だった。

 これが【幻術】とかの魔法だったら、高位の魔法使いの目はごまかせなかったに違いない。



 その高位の魔法使い……おそらく「噂の聖女」とおぼしき魔女が、炎の翼を背中にはやして、彼らの上を(たか)のように飛び去った。



 その魔女が、燃え盛る空の上で鋭い角度の孤を描きながら、急降下。

 狙う獲物は、彼らとは別の放火魔達。


 金色の眼光と共に急襲してきた魔女が、登場と同時に男達の目の前で燃える翼をひと(あお)ぎ。

 放たれる熱波。

 その熱風をまともに浴びた男達が、目や(のど)を熱にやられて、むせ返り()き込みながら吹き飛ばされて地面に転がる。


 まるで戦いにすらならなかった。


 炎翼の魔女が火傷の痛みにのたうち回る男達を、近くの建物に一人残らず放り込んだ。

 華奢(きゃしゃ)な少女とは思えない腕力、あるいは翼のひと(あお)ぎで次々に強引に、建物の中へと吹き飛ばした。


 さらに彼女が魔法を詠唱。

 地面からせり上がってきた土が建物の四方の壁を補強して、あっという間に頑丈な石の収容所を形成する。

 出口の消えた石箱に、彼女が人差し指と中指の二本をさっと走らせる。

 壁に焼き付けられたのは「四人」の文字。それは石箱の中身についてメモだった



 それだけ終えると、彼女は再び飛び去った。次の獲物を探すために。



「…なんだよ、あれ」

「…聖女? あれが聖女? ウソだろ、王都」



 噂には聞いていた。上位三席には決して近づくな、と。

 だがあれは、あんなのはあまりに予想外というか、予想の斜め上だった。



 あの手際(てぎわ)の良さ。

 こういう荒事に滅茶苦茶慣れているようだ。

 一つでも、一匹でも多く、効率よく手早く。

 襲撃犯の一人ひとりよりも、もっと決定的な手がかりを、その元凶につながる何かを探し求めて。


 彼女は探し続けていた。


 消火も救助もそっちのけで、ただただ獲物を狩るその姿は、聖女と言うより狩人だ。

 むしろ同業の襲撃者というか、いっそ魔物に近いというべきか、ずっと深くて恐ろしい何かに見えてしまって……


 そんな彼女が、ついに「当たり」を引いたらしい。

 炎翼の聖女に()め上げられた覆面男が、全身から(しぼ)り出すように必死に何かを叫んでいた。


 長いようで短い「尋問」もすぐに終わった。

 覆面男の末路も他の者達と同じ石の箱の中だ。

 ただし箱には、怒りをぶつけるかのような力強い炎の爪痕(つめあと)のみ、ほかとは別の目印が分かりやすく(?)刻まれた。


 そして魔女は、次の獲物を求めて再び空へと飛び去って行った。



「「………」」



 二人の獣人は、屋根の一部になろうと努力した。



 彼ら二人の任務はあくまで放火と監視まで。

 放火任務はすでに終えて、その結果を監視して、依頼主へ報告するのみ。



 監視しているのは、彼ら二人が断った「本命の依頼」。

 貧民街にいる使えそうな女子供を誘拐、確保し、それ以外は皆殺しにしろという依頼だ。



 そんな依頼を請け負っていたはずの「主力部隊」。

 地下通路への逃げ道を封鎖し、火事にまぎれて人狩りに(いそ)しむはずだった傭兵達。

 火事場泥棒なんて簡単で、おいしい仕事だと喜んでいたはずの彼らだったが……


 …彼らはずっと、手をこまねいていた。

 逃げ惑い避難を続ける住民達と、それを狙おうとしていた彼ら。


 その両者を分かつ、一人の少年。


 少年を無視して、迂回(うかい)して住民を襲おうとした男の(くつ)の爪先が、また、ボッと燃えた。

 空飛ぶ聖女と同様に、少年の方も魔法使いだった。


 燃えた靴先。

 あわてて男が靴を脱ぎ捨てるも、地面に放り出された靴はなおも燃え続けて炎は消えずに、そのまま靴は灰になってしまった。


 別の男が同じように住民の方を狙おうとすれば、やはり、すぐさま燃える靴。

 少年の詠唱は(すさ)まじく早い。


 点火されてしまった靴にぎょっとして、水袋を取り出し、燃える靴先に水をジャバジャバとかけるも……恐ろしいことに決して消えない炎。

 武器で叩こうが、地面に(こす)りつけようが、何をやっても火が消えず……靴は必ず灰になって………



 …すでに裸足の者達は、襲撃を二度、阻止された者。


 三度目はない。少年が無言で彼らの足元を指差す。

 消えない炎が次に狙うのはもう、靴ではない。


 いよいよ彼を無視できなくなった。

 いつしか襲撃者の全員が、一人の少年を(にら)みつけて、取り囲んだ。



 そしてついに、一斉に襲い掛かる襲撃者達。

 迎え撃つ少年が拳を構える。

 そう、拳だ。

 魔法使いだったはずの彼が、まさかの、泥臭い肉弾戦を選んだ。



 振り下ろされる剣の軌道を肩で無理やり()し潰すように、少年は前へと踏み込み、男の右脇腹に左拳を突き上げた


 斬りつけられて、殴り返す。

 異様な光景。

 斬撃殴打をその身に受けて、返す(こぶし)で一撃必殺。

 それはまるで、森の奥でたまに遭遇する「毛皮の丈夫な魔物」みたいな戦法だった。



 だがそれだけでは終わらない。

 彼らの戦いを屋根の上で見守る二人の獣人は、目を見開いた──



 ──見るからに動きが違う、手練(てだれ)の剣士の縦への一閃(いっせん)

 その鋭い斬撃を、少年は受け止めるのではなく、吸い込んだ。

 振り下ろされた剣を、引きつけるようにスルリと(かわ)し、すれ違うように剣士の手首を、巻き込むように奪い取り、剣の軌跡と勢いをさらに手伝うように流れるように、ブン投げた──



 ──あれ、知ってる。

 ハンゾウに何度も投げられながら教えてもらった、それでも難しすぎて実戦ではまず使えないと思ったはずの妙技、「不思議投げ(仮)」だ。


 二人の背筋がゾッとした。


「……まさか、ハンゾウ様?」

「さっき魔法見たろ? 別人だ……たぶん」


 いくら変装の名人であるハンゾウでも、それはさすがに……と、思いたい……


「………」

「………」


 そんな二人の脳裏に、そのハンゾウが語りかける。

 だから言ったにゃ、とでも言わんばかりに……



  …わりに合わねーにゃ。

  殺せば殺すほど、殺しで解決できない問題が増えて、

  深みにはまっていくだけにゃ……



「「………」」


 …そう、深み。

 まさに今、この状況。


 一面に立ち昇る炎と煙、じわじわと延焼していく火事。


 それを起こした元凶はもう、石の箱の中に閉じ込められたか、殴られ投げられ、その(ことごと)くが地に()した。


 天には空飛ぶ魔女、地には変な少年。

 あとはもう、自分たち二人だけ。


 逃げ遅れた。

 …逃げ遅れた?


 ハンゾウが言っていた「わりに合わない世界」。

 一体、いつから、逃げ遅れた?



 それは、火をつけ終えた直後か、この依頼を受ける直前か、それとも、あの時ハンゾウが──



「「──…ッ!?」」



 少年が、じっとこちらを見ている。

 …目が合った?

 …この距離なのに、隠れている、はずなのに……



 逃げ遅れた彼ら二人はもう、ただ息を殺し続けることしかできなかった……






「…やっぱり、僕が炎を消さなくちゃ……」


 その一方で、「燃え上がる街を」見上げてつぶやくケン。

 だが、その時、


「……あれっ?」


 どこからか聞こえる、聞いたことのある声によって、



  のぞむ……もの、みな……(まえ)にあれ……ッ



 霧が、さらなる嵐が、巻き起ころうとしていたのだった。


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