炎上
地上へ続く階段の崩落を、なぜか【回復魔法】で直し始めてしまったケン。
どういう理屈なのかはさっぱり分からないが、直るものだと分かってしまえば元締めの男も叫ばずにはいられなかった。
「おい! もっと早くできねぇのかよ!?」
「黙りなさい」
魔法を行使し続けるケンの代わりに三聖が返した。
「これだけの魔法、一人で成し遂げるには尋常ならざる魔力と集中力が必要です」
「できるだけ、がんばり、ます……!」
だがケンは元締めの言葉に応えた。
その眼光が、黄金色から、白、そして青へと変色し、輝きを増す。
「でも……入り口に誰かいたら……巻き込んで……」
「構わねぇ!! 今はそれどころじゃねぇ!! とにかく、急げ!!」
一人二人を巻き込むことより、地上と地下を繋ぐことの方が最優先だと元締めは急かす。
それに対して三聖が答えた。
「では私が先に人をどけます、ケン君はそのまま続けなさい」
そう告げると、三聖はその眼光を黄金色に輝かせながら詠唱を始めた。
そんなやりとりに後ろにいた残り二人、護衛女がミスティに小声でひそひそと話した。
「ヤバイです、こんなとこに大魔法使いが二人もいやがるなんて、ヤバすぎです……おまえもあれ、できるですか?」
「む、無理です!?」
そのころ地上では、地下環路へと続く出入口へと人々が殺到していた。
だが、肝心のその出入口には入れない。
そこを隠すために建てられた建物ごと爆破されて、瓦礫に埋まってしまっていたからだ。
あきらかに人為的に、地下への入口を「念入りに潰した」ような痕跡だった。
それでも人々はここに集まるしかなかった。
なにせ火の手は四方から囲みつくすように上がってしまっているのだから。
一か八かで火の手の向こうへ走り抜けるか、立ち入り禁止の約束とはいえ確実に避難できる地下へと逃げるかとなれば、より安全であろう後者に賭けるのが必然の流れだったのだが……ここに来た彼らは、賭けに負けてしまった者達だ。
泣き叫ぶ者、無気力にしゃがみ込む者、山のような瓦礫をそれでも手で一つずつどけようとする者。
徐々にこちらに迫って来る火の手と煙に追い詰められ、追いたてられながら、逃げ場のないそこへさらに人が増えつつあった。
そこに突然、ヒュッとつむじ風が起きた。
その風の中心、崩れた出入り口の上に出現した光の玉。
「「は?」」
何ごとかと思う間にも、得体の知れないそれは徐々に光量を増し、大きさを増し、さらなる風を巻き起こしながら周囲の炎に負けない不気味さを主張した。
「…おい、まさか」
「…に、逃げろ!?」
どこに!? だが周囲の炎よりさらに危険な存在が現れたのだから逃げるしか無い。
出口に集結していた者達があわてて駆け出し、そこから逃げる。
さらに点滅しだした謎の光の玉。
急かすように明滅する間隔が短くなり、渦巻く風が吹き下ろし、光の玉が、カッと輝く。
もうだめだ、皆が目を閉じ、その場に伏せた。
爆発する!
「……?」
「……あ、あれっ?」
「…おい! 見ろ!」
消滅した光の玉とともに、そこにはなんと出入り口が。
地下への階段。
瓦礫に埋まっていたはずのそれが、まるで作った直後のような美しさで復活しているではないか。
わけが分からない、だが、そこに逃げ道ができたのは間違いない。
誰かがそこへ歩み寄り、やがて早く走り出せば、それにならって他の者達も我先にと周囲の者をおしのけ、突き飛ばしながら走り出す。
だが、最初に出入口へと飛び込んだ男が、弾き返されるように宙を舞った。
「止まれ、クソどもがッ!!!」
一喝。
それはこの貧民街一画の顔役である、元締めの怒鳴り声だった。
「順番守れ!! 女子供と年寄りが先だッ!! ぶっ殺すぞてめぇら!!!」
元締めの登場によって、その場の混乱はすぐに収まった。
絶望の中で「出入り口をこじ開けて見せてくれた元締め」の姿に、一部の者達は彼を英雄か救世主かと拝み始めるも、渋い顔の元締めに「…いいから、早く行け」と急かされながら、おとなしく従い地下へと降りていった。
元締めの方も、今は余計な混乱を起こさないことの方が優先だったので、居心地の悪い救世主役をそのまま受け入れ続けていた。
時おり後からやってきた者達が避難の列を押しのけ割り込もうとするのを、元締めの護衛女二人が叩きのめすという事故もあったが、それ以外は大きな問題は怒らなかった。
どうにか避難が間に合う目処は立ったようだ。
三聖が周囲を見回す。
「…火の手の上がり方がおかしいですね」
囲むように上がる炎の早さ。放火にしたって、素人の犯行とは思えないくらい手際が良すぎる。
険しい表情の三聖にケンが申し出る。
「消してきましょうか?」
「ここから先は、ケン君はもう、魔法禁止です」
「「えっ」」
ケンと一緒にミスティまで声を上げてしまった。
あれだけスゴイ魔法を使えるのなら、本当にこの炎もケンが一人でどうにかできるのでは? という期待もミスティにはあった。
「ケン君は先程かなり無理をしたでしょう? 少し休みなさい」
「それは……でも、まだ大丈夫です!」
「それに、これ以上は………正体が、バレてしまいますよ?」
「!」
ケンよりも少し背の低い三聖が、年下の子供を労うかのようにそっと抱き寄せた。
「良く頑張りましたね。
話したいことはたくさんありますが、今は先に片付けることがあります。
あとは私がやります。あなたはここで大人しく待っていなさい」
「………はい」
呆然とするケンを残して、三聖は短い詠唱とともにその背に「炎の翼」を生やすと、そのまま飛び去ってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
ハンゾー君が「それは使っちゃダメにゃ」と言った。
たった一つの、私がちゃんと使える術だったのに。
これもやっぱり役に立たないんだって思ったら、「逆だにゃ」って言われた。
長様も私のそれに気づいて。
ハンゾー君の言う通りになって……
ハンゾー君は「もともとこうするつもりだった」って言ってくれたけど……でも……
私の知らないことをいっぱい教えてくれた。
ふつうのことがふつうじゃないこと、特別だと思っていたことが普通だったこと、ハンゾー君だけが教えてくれた。
ハンゾー君の言う通りだった。
姫様やみんな、一緒にいるのがいつも楽しい。
他の世界が、うれしかった。私だけだと見つけられなかった。
ハンゾー君の言うことはいつも正しい。
私のお仕事は「お留守番」。
脱出経路で避難場所。
平民区画と貴族区画の間の「壁に埋まったお家」を守るのが私のお仕事。
でも、お留守番……
…私だけこんなことしてて良いのかなって思ったけど、とても大事で、私だけにしかできないお仕事なんだって。
ここには絶対、知らない人は入れちゃいけないって。
ハンゾー君の言うことはいつも正しい、けど。
べのにゃんにとって、
信頼できる手駒はすごく貴重だにゃ。
わかってる。でも。
もっとハンゾー君や、姫様や、みんなの役に立ちたかった。
だからヴェノム様にお願いして、みんなに内緒でがんばって、「私にもできる」って見せたかった。
それなのに──
「ボス! ボス! 襲撃です!」
「あれは火事場泥棒ではなく、傭兵ですよ!」
「……クソがッ!!
なんで傭兵共まで……誰の差し金で……
そんなに俺達から何もかも奪いたいのかよ……ッ!!」
そんなに簡単じゃないことだって、良く分かった。
ケンさんと三聖さん、支部長さんや警備兵さん、木登りの皆さん、元締めさん、みんなが私に教えてくれた。
「おい、ケモノ耳の聖女!
ぼさっとしてんな! さっさと下に逃げろ!!
てめぇもだ、クソガキ!!」
「えっ、僕もですか?」
「当たり前だ!!
これ以上、よそ者はもう引っ込んでろ!!
これは俺達の問題だっ!!」
みんな必死に生きてることを、教えてくれた。
「僕も手伝いますよ?」
「…ふざ、けるな、よ……!!」
「!」
みんなそれぞれに、事情があって。
「…これまでさんざん俺達は奪われて、奪い返して、それでもずっと、やめなかった……なのに今さら、てめぇらみたいなやつらに横から掻っ攫われるなんて無様な真似、されてたまるか……
俺達の生き様も! 死に様も! ぜんぶ、俺達だけのものなんだよ……!!」
「………」
「……ボス」
「…ボス…ッ!」
…それでもみんなは、ちゃんと戦ってる。
……そして。
「……分かりました。じゃあ、僕が受けて立ちます」
「てめぇ、なに言って……オフッ!? …な、に、しやが……」
「「!?」」
「僕の勝ちです。負けた人は早く、下がってください。
…くやしかったら、次は、僕に勝ってくださいね?」
いざとなったらみんなのために、自分が前に出られる人がいる。
「他のみんなも。
そっちじゃない。ダメです。あなた達の最初の相手は、僕だ」
勇気も、覚悟も、ちゃんとある人。
「「………」」
「みんな、僕を、見ろ。
これ以上、燃やしたいなら、奪いたいなら……
…まずは僕が相手だ」
みんなは戦っている。
それなのに、私は。
私は、みんなの役に立ちたくて、でも、できなくて……みんなの背中が、まぶしくて……
「そう、僕だ。
全員まとめて、かかって来い」
ハンゾー君の言うことはいつも正しい。
でも、私は……私だって……!




