王都の地下(前編)
なんだかんだで押しつけられたお仕事一覧を着々と片付けていった九聖ミスティ。
ケンや三聖の助力はあったものの、この短期間での仕事量は九人いる聖女の中でも群を抜く結果となっていた。
そもそもミスティを含む「次の聖女」は、まだ叙任式も終わっていない。
まだ聖女になっていない聖女が、元聖女たちのやり残しを押しつけられているこの状況がおかしいのだ。
その上で、仕事を片付けるのが早過ぎた。
東の森の調査や薬草採取も、半年か一年くらいかけてやるようなお仕事だ。数日で終わる話では無い。
その一方で仕事ですら無い、いやがらせもあった。
夜会の件は、九聖ミスティが四聖の陰謀に巻き込まれたようなものだった。そして話が大きくなりすぎた。
着々と仕事を片付けたり増やしたりしているミスティに、冒険者組合の王都支部長であるオランジェははっきりと告げた。
「この最後の『貧民街の訪問』というのは、やめておきなさい」
「?」
なぜなら危険だからだ。
悪党どもの巣窟みたいになっているのが貧民街だ。
うっかり足を踏み入れたなら、全て奪われて帰らぬ人になってしまってもおかしくない。
それに政治的にも面倒だ。
中央政庁でも貧民街の取り扱いについては意見が割れていて、特に最近は何かときな臭い。
先日あった「火事」も、戦争推進派が火種を起こすために「放火した」なんて噂もある。
そんな場所に、九聖を「慰問訪問」させようなんて一体なにを考えているのか?
それが聖女の仕事?
そんな仕事の存在なんて、オランジェは聞いたことも無い。
そんなオランジェの難しい顔を見て、ミスティもはじめて事態の深刻さを理解できた。
それでも、
「でも、あの、私が断ったら、他の人がやることになっちゃうんですよね……?」
「そうなる……のかしら?」
本当にやる必要があるのかどうかは別として、やるとなったら、それなりの聖女を送り込まなければならないだろう。
それこそ「無敵の聖女」を……
「ダメです!」
「えっ!? ど、どうしたのミスティちゃん?」
「私がやります!」
私がやらなくちゃ、私が聖女になった意味がなくなっちゃう!
九聖ミスティの意志は固く、オランジェも彼女を送り出すしかなくなってしまった。
ものすごく心配だけど、仕方がない。
だったらせめて、頼りになる護衛をつけてあげようとオランジェも手配した。
だからミスティの右隣にいるケン。
なぜかミスティの左隣にいる三聖。
「では行きましょう」
「はい!」
「あ、はいっ」
オランジェは「あなたの実家ってそんなにご近所だったっけ?」と疑問の目を向けていたが、もう戻って来ているのだから仕方がない。三聖もしれっと参加してしまった。
そして予想通り、道行く三人に貧民街の住民達がゾロゾロと襲い掛かって来た。
それを予定通り、ケンが次々に迎撃して、途中からは三聖までも参戦した。
ケンが使った魔法は【束縛】。
襲撃者達が光の縄で次々にグルグル巻きにされては地面に転がされていった。
そうなると襲撃者たちも黙っちゃいない。
舐められたままでは終われない。
逆上した男が、ついに弩まで持ち出して狙撃。
風を穿ち肉を貫く勢いで飛来する矢を、なんとケンは【束縛】でつかみ取った。
「あっ」
狙ってやったわけでは無く、「流れでつい」やってしまった。
これには男も、聖女二人も目を丸めた。
「「…!?」」
生き物の動きを止めるだけの魔法が【束縛】のはずなのに。
三聖が本格的に迎撃に参加し出したのはここからだった。
ミスティの護衛よりも、ケンの技法を盗むことをつい優先してしまったのは、魔法使いの血がさわいでしまったからだ。
人に、武器に、果ては罠やら液状の薬物にまでも、二人は次々に【束縛】をかけて叩き落し、ねじ伏せた。
最終的には、貧民街の奥にある元締めの住処までやってきて、出会い頭に三聖が問答無用の【束縛】をかけようとしたのをケンとミスティがあわてて止めて──
「──またお前かよ!? 帰れッ!!」
ケンの姿に、目を見開いた貧民街の元締めの男は悲鳴にも似た叫び声を上げた。
それでもなんだかんだでイスに座らせられたケン。その隣には目も口も閉じた三聖。
その対面に、大きなイスに大股開きでどっかりと座った元締めの男。
そんな三人の横の位置に、別のイスを用意されてちょこんと座る九聖ミスティと、彼女の後ろで彼女の頭をなでなでワシャワシャしている護衛の女二名。
「ヤバイです、ヤバイです! おまえみたいなカワイイ子がこんなところに来ちゃダメです!」
「それに獣人の子というのも良くありませんね」
「??」
良くない、と言いつつ一生懸命愛でている二人と、良く分からない状況に見開いた目を瞬きをするミスティ。
そんなミスティを元締めがギロリとにらんで警告した。
「てめぇみてぇなのが、真っ先に人さらいに襲われて売り払われるってことだよ」
「!?」
「それに、てめぇらもだ」
「「?」」
三聖とケン。
三聖の外見はかなりの美人で、まさに見目麗しき公爵令嬢といった顔立ちと、立ち振る舞いだ。
ケンの方も、外見だけなら強さよりも穏やかさや可愛らしさの方を感じる顔立ちで、それこそケンカを売られやすそうな少年だ。
見た目に「問題」がある二人……だが元締めが言っているのは、そんな容貌のことよりももっと単純な「服装」の話だった。
「そんなキレイなカッコで、ましてや聖女の法衣だぁ? 襲って奪えと言ってるようなもんだろうがっ!」
ちなみに聖女の服は一点もの。類似品など畏れ多くて誰も作らないし、作れない。
これを奪って、好事家にでも売りつけることができたならば、何人分何食分、何年分の食い扶持になるだろうか?
いっそ服とその中身もセットで売りつけてやれば……
「で? さんざんエサをチラつかせておいて、おあずけか?
撒き餌をまいて、寄って来たところを一網打尽って話か!?
イイ趣味してんな、てめぇらは、おい!!」
「「!」」
わざわざそんな格好でうろつくな、場所を考えろ。
調理場に汚れた姿であらわれるとか、往来の中を裸で歩くとか、わざわざ問題を起こすような真似をするなという話だ。
それは礼節の問題と言っても良い。
元締めのわりとまともな抗議に対して、ケンが謝罪し、三聖もそれにならった。
「すみませんでした!」
「…少々、軽率だったようです、謝罪します」
「…チッ!」
「「次からは隠れて移動します」」
「「ちがう、ちがう!」」
思わず元締めと、護衛二名も同時にツッコむ。
目立つ危険人物が、姿の見えない危険人物になったら、ますます危険だ。
あと「もう来るな」と言っているのであって「もっと慎重に来い」なんて言ってない。
だが、九聖の仕事の内容をふまえてケンが質問する。
「でも、聖女さんがいつもここに来ているんじゃ無いんですか?」
「あ゛? なんの話だ、そりゃ?」
「昔から聖女さんがここに『慰問訪問』に来ているんですよね?」
だからケン達もここに来た。
だが元締めは予想外の言葉を返した。
「……いつの話してんだ、てめぇら?」
「「あれっ?」」
ケンとミスティが声を上げるのに対して、三聖はそっと嘆息をもらした。
「…かつて聖女フレシアが貧民街を訪れて『略奪』以外の職を齎したと言われています。
とはいえ、それも今となってはもう、昔のことのようですね」
「ハッ! そんな昔話なんざ知らねぇよ!」
なんとなく三聖にはこの結果は予想がついていた。元締めの言う通り、もうずっと昔に終わった話なのだろう、と。
それなのに九聖に仕事として押しつけた。
きっと当時からずっと、形骸化したまま未だ残ってしまっている仕事なのだろう。
誰もそれを成し遂げることもできないまま、それでもあきらめきれないままに。
「きっと彼らの求めるものが、ここにあるからなのでしょうね」
それに、精霊教会やその関係者達の裏事情にも察しがつく。
「あ゛? なんだそりゃ?
ゴミか? 死体か? 悪趣味だなぁ、おい」
「ここだけに自生する特殊な薬草など」
「!? …何の話だ、てめぇ……!」
警戒をあらわにした元締めに、目を閉じたまま三聖が答える。
「ここに調薬指導に来ているのが我が家門のものなので」
「関係者かよ!?」
その言葉に護衛の二人が「いつもお世話になってます」と三聖の方にペコリとお辞儀した。
いまいち話について行けてない九聖ミスティが質問する。
「えっと、それなら、今は皆さんはどんなお仕事をしているんですか?」
さっき三聖が言った、職を齎したという話。
だったら、その特別な薬草を売っていたりするのだろうか?
それとも……聖女フレシアが来なくなってから職を失った者達が、また……
そんなミスティに、元締めは下卑た笑みを返す。
「略奪に決まってんだろ」
「!」
お前らだって、ここに来る途中でさんざん見ただろ?
なんて元締めが嗤おうとするも──この三人がどうやってここまで来たのか思い出して、やっぱり微妙な顔になる元締めの男。
そんな彼に三聖が警告する。
「あまり彼女を脅かすと、ここに怖い聖女がやって来ますよ?」
「……だからどうした」
「ボス、ボス! 目の前! ヤバイやつがもう目の前です!?」
「『三聖』ですよ、彼女!!」
警告もなにも今まさに危険な聖女は目の前にいるのだが、彼女はさらに警告する。
「……次はきっと、一聖が来ますよ?」
「「ッ!?」」
ガタっとイスごと跳ねる元締めと、ヒィッと身をすくませる護衛達と、ドキッとする九聖ミスティ。
弱冠一名、流れ矢に当たったようだ。
そんなやりとりに、いまいち分かってないケンが聖女二人に素朴な疑問を口にする。
「来たら困るんですか?」
「そ、そ、そんなこと、ない……と思い、ますよ?」
「………」
ちょっと色々な事情から答えづらい九聖は言葉をにごし、ついうっかり友達を脅し文句に使ってしまった三聖もまたスッと顔をそむけたのだった。
◆ ◆ ◆
四人は地下へと続く階段を下りていた。
元締め達の住処からは少し歩いた、貧民街には場違いな、地下へと続く大きく立派な入り口からここにやって来た。
せっかくだから今の「彼ら」の仕事を知っておくと良いと三聖が提案し、貧民街の元締めもそれに追従した形だ。
本当に彼らが略奪しかしていないと勘違いさせたまま、彼女らを帰宅させたらもう、次は本当に一聖がやって来かねないからである。
「「わぁ……」」
階段を降りきった場所。
その光景に思わず声を上げたミスティとケンに、元締めの男はニヤリと笑った。
「王都地下帝国へようこそ」
そこにあったものは、高さは二階か三階分はあるのだろう巨大なトンネル、あるいは大通りか大回廊とでも呼べる通路。
地上にある環状道路の地下版、それが王都の「地下環路」だった。
点々と照明が薄暗く照らす地下の大通りには彼ら四人以外の人影もあった。
通路が広いせいでまばらな数に見えてしまうが、それなりの人数が大通りを絶えず移動している。
移動手段は地上でも見た「宙に浮く舟」。
だが、こちらの大通りには店や屋台は一切なく、ただ広くゆるく曲がった道が遠くの方まで続くのみ。
ほぼ何もない薄暗く広い空間に目をキラキラさせて興味津々なミスティとケンに、三聖が説明した。
「この『地下環路』は王都の社会基盤を支える活動に利用されています。
具体的には、物資の輸送やゴミの収集、それら移動した物の処理をはじめとした特殊な作業が行われています。
それらの作業に従事する職人以外は地下環路は原則、立ち入り禁止となっているので、ここの存在自体を知らない者達もそう珍しくはありません」
「「へー」」
そんな説明に、三聖さんは物知りだなー、みたいな目で見つめる二人。
その一方で、三聖にセリフを全部持っていかれて少し渋い顔をした元締め。
それでもついてきた以上、彼も一応は案内をすることにした。
「…こっちだ、ついて来い」
広い地下道の端を歩く四人。
歩き続けてもほとんど景色に変わりがなく、道の大きさのせいであまり前に進んでいないような感覚だった。
ぼんやりと照らされた控えめな照明も広めの間隔で設置されていて、通路の距離感が分かりづらい。
そんな通りの真ん中を、宙をすべる舟が何度も通り過ぎていく。
どうやら三聖の説明通り、物の運搬がそれなりの量で行われているようだ。
やがて道の向こうに、広い通路よりもさらに開けた空間が見えて来た。
どうやら道の外周側で何かの作業をしているらしい。
それらが見える距離になってきたところで、元締めの男が足を止めた。
「ここでいいだろ。
見ろ。あれは解体現場だ。あそこでうちのやつらも働いてる」




