手にあまる事後処理(1)
「えっと、その後のことは、私も分からなくて」
まだ先ほど目覚めたばかりのミスティは、徹夜明けで疲れた頭を抱えたオランジェに説明を終えた。
夜会に行って、ケンの魔法で気絶する直前までの話である。
「…ええ、そうね。
その後は大混乱の夜会から抜け出したケン君が、そのまま組合までミスティちゃんを運んで避難してきたのよ。
そこから先は、私の方からお話するわ」
深夜の冒険者組合にミスティを抱えて戻って来たケン。
その姿に異常事態発生と判断した組合職員は、オランジェに緊急連絡した。
すぐにやって来たオランジェはそのままケンから事情聴取。
ケンとミスティはここには来ていないということにして、職員達にも何も見なかったことにするように厳命。
事態の急変に備えてそのまま冒険者組合の建物に待機して、朝を迎えたという状況だった。
「そのあとすぐに、ミスティちゃん達と入れ替わりに警備隊が夜会の会場に突入したそうよ?」
「えっ」
会場全域に睡眠魔法(?)をかけたケンがミスティを抱えて建物から脱出すると、向こうから警備隊の一団が門を突破してきたところだった。
一瞬、目を合わせた両者。
だが先頭にいた隊員が「協力者だ」みたいなことを他の隊員に告げて、そのまま素通りさせてもらえたらしい。
もちろんケンには協力者になった覚えはない。
強いて言えば、初めて王都に来た時には色々と警備兵にもお世話になっているが、さすがにこの件は関係ないというのがケンとオランジェの見解だ。
「何かミスティちゃん、夜会について他の誰かに相談した?」
「えっ、それは、その……」
ケンでなければミスティの方が協力者だ。
それにミスティはあの夜会で唯一の獣人族だったらしいので、ひと目でそれと分かりやすい。
加えて夜会用の衣装。
ケンを手伝ったのはオランジェだが、ミスティのドレスは彼女の「居候先」の人が用意してくれたという話だ。
情報が漏れるとしたらそちらからではないかとオランジェは睨んでいる。
即座に否定できなかったミスティの反応を見て、そのままオランジェは話題を変えた。
「とにかく、ミスティちゃんはしばらくの間、どこかでおとなしくしてなさい。
そうね、表向きは『薬草採取で王都の外に出かけている』ってことにしようかしら」
幸いなことに、東の森で採取した薬草はまだ精霊教会に提出してない。
薬草の加工や保管の処理まですべてケンがやってしまったので急いで提出する必要もない。
だからそのまま、あの仕事は継続中ということにして、しばらく行方をくらませてしまえば良い。
だいたいあの量の薬草を五日やそこらでかき集めるというのはやり過ぎだ。
今回は特に、無茶な仕事を何も知らないミスティへ押しつけてきたという経緯がある。このまま素直に報告すれば「簡単にできてしまう」と勘違いされかねない、なんて懸念もオランジェにはあった。
「三聖ちゃんにも手伝ってもらったんだし、どう報告するかは三聖ちゃんと相談なさい。あの子もそのうち戻って来るでしょう」
「わ、わかりました!」
今頃は急用とやらの最中なのか。
なんなら半年くらい待っても問題ないと思っているオランジェだ。
夜会の件が、いっそ半年くらい様子見した方が良いかもしれない、なんて思ってしまう。
「…さすがにね、話が大きくなりすぎだわ」
「?」
ケンから聞いた内容から、やはりミスティを害する目的で夜会に招待したことは疑いようもない。
そもそも「九聖」ミスティはまだ叙任式前で、正式には聖女になってないはずだ。なのに、九聖のことを知っているなんて……精霊教会の内部の者が関わっている可能性が高い。
精霊教会の中でも一体誰が味方か分からない。
ならば三聖が戻るのを待つのが最良。
二聖を呼ぶという手もあるが、彼女は政治や策謀は得意ではないから今回は不向きだ。
いっそ一聖という手もあるが……彼女はともかく、あの従者の方にはあまりミスティを関わらせたくはない。
やっぱり自分が守っておこうとオランジェは考え直した。
「…ミスティちゃん、居候なんだっけ? 大丈夫? しばらく組合で匿う?」
「だ、大丈夫です!」
ちなみにケンは今、別の職員と会議中だ。
万が一ケンが取り調べを受けることになった時に備えて、対策指導と口裏合わせの真っ最中である。
組合としては「依頼者である九聖の安全を確保するために護衛のことはまだ明かせない」というスタンスで押し切る方針である。
「ミスティちゃんは、今どちらにお住まいなのかしら?」
「えっと、6の4区です」
「南の区画なのね。ちょっと待ってね」
オランジェが王都の地図を持って来て、テーブルの上に広げる。
有事の際には冒険者組合も防衛の役割を担うこともある。
それもあって、かなり正確で最新の地図を所持していた。
「どのあたりかしら?」
「えっと、ここです」
指し示した場所。
そこは住民街ではなく倉庫街だった。
「………」
「な、何も、ないです!」
何かあるらしい。
あまりにも隠し事には不向きなミスティに、ついオランジェの方が気まずそうにそっと目をそらす。
ミスティの居候先。
彼女の夜会用のドレスを用意してあげられるくらい裕福な家。
そして王都内壁、貴族街と平民街を分ける壁に接するような位置にある怪しい家。
中央政庁側ならともかく、貴族街側との内壁ならば……ネズミが通る抜け道くらいはある可能性も、無くはない……なんて考えすぎだと思いたい……
「…うん、そうね。
でも万が一なにかあったらすぐに、私のところに来るのよ?」
場合によってはミスティの下宿先の主人とはじっくりとお話しなければならないだろう。
ミスティの現住所の位置をしっかりと頭に叩き込んだオランジェだった。
◆ ◆ ◆
その後、しばらくミスティは下宿先と冒険者組合を往復する日々となった。
冒険者組合にこもりつつ、ケンが薬草の加工や保管の方法について指導した。
そして夜会の方。
こちらはオランジェの想定の斜め上の事態になってしまっていた。
「…大魔法、って」
あの場から逃走するためにケンが放った魔法は、高位の魔法使いが数人がかりでかける規模の恐ろしいものだった……らしい。
詳細は不明。
眠りの世界にいざなう魔法?
うかつに外には明かせないような事故現場、とのこと。
ただ、そのくらい派手にやったのが良い方向に転がった。
なにせ貴族街での醜聞だ。関わった貴族達も必死に隠ぺいを試みようとしたのだが、大事故すぎて隠し通せなくなってしまったのである。
ケンの魔法で事件現場がそのままの状態で保管され、しかも解呪ができなかった。
中途半端な魔法使いが現場に入れば、そのまま一緒に「取り込まれて」しまうくらいの呪いだという。
容疑側がもたもたしているうちに、話は王都警備隊から軍にまで上ってしまった。
軍属の高位の魔法使いが現場を検証した結果、解呪するには最低でも数日かかるという見解を出した。
「おい、オーラブレード、その魔法使いに会わせろ!」
軍時代の知り合いがやって来てケンとの面会と求めたのは、ケンを捕まえるためではなくて、軍へとスカウトするためだった。
とりあえず笑顔で「帰れ」と言ってオランジェは追い返した。
そんなオランジェの知人からの話によると、あの規模の大魔法なのに「放置しても無害」と判断されたらしい。
一体ケンは、どんな魔法をかけたのか?
死傷者が出てもおかしくない夜会と、大魔法からの、警備隊の突撃だったが、むしろその魔法のおかげで全員無事という不思議な事態。
当局の面々も眉間にしわを寄せながら、犯人の方も「ひとまず無害」という形で後回しにすることにしたそうだ。
そちらよりもケンじゃない方の犯人達、夜会主催者達の方が問題だった。
本来であれば、警備隊がきたところでごまかす手段くらいは用意しているであろう主催者達も、ケンのせいで今回ばかりはそれもできなかった。
証拠も隠せず、口止めも始末もできず、逃走にも失敗したまま現場がそのままの形で残ってしまった。
そして始まる政治闘争。
違法な薬物や嗜好品、さらには奴隷売買まで発覚した。
それに関わった貴族とその派閥が、王都警備隊に対抗するための「独自の調査隊」を結成し、事故現場を奪い取る作戦に出た。
そこに精霊教会をも巻き込んだ。
多額の寄付によって組織を支える貴族達が解決に「協力」を要請したとなれば、精霊教会側も断れない。
しかも事故を起こした側、解決した側の両方に聖女が入ってしまっている。
ここはなんとしても解決側として貢献しなければならなかった。
その結果、軍からの魔法使いではなく、精霊教会からの人員によって事故現場の解呪にあたることになった。
軍や警備隊も、精霊教会という一大勢力からの「協力」という形での介入を、阻止することができなかったわけだが……
「…ひと昔前だったら、それで貴族側の勝ちに持っていけたんでしょうけれど。
その考え方は、ちょっと古いのよねー」
今の精霊教会には「上位三席」がいる。
なにせ精霊教会自体にも彼女らは制御できていない。
まして大魔法の解呪ができる人員となれば……
「…いま三聖ちゃんはいないから、一番ヤバイ子が出てきちゃうのが確定じゃない。ご愁傷様」
いずれにしても、ミスティとケンが良い感じに自然退場できるのならば、ちょうど良い。
無事に手を引くことができそうで、ちょっと安心できたオランジェだった。
そこにケンがミスティを引き連れてやって来た。
「あら? 二人ともどうしたの?
お勉強は順調?」
するとケンが申し出た。
「ちょっと薬草を採って来ます」
「行ってきます!」
「待ちなさい」
どうやら二人で色々と実験しているうちに、足りない素材が出て来たらしい。
だが、オランジェが二人に命じたお勉強はあくまで暇つぶしみたいなものであり、本来の目的は潜伏あるいは謹慎である。
ほとぼりが冷めるまで大人しくしていろと言ったのだ。
ちょっと森まで行ってきて、薬草やらゴロツキやらを採ってくるなと言っている。
「やっぱり良いです」
「だから待ちなさい」
なんとなくすぐに撤回して回れ右したケンの肩にオランジェの手ががっしりと食い込む。
支部長となった今もちゃんと訓練を続けているオランジェの握力ならば、リンゴくらいはクシャっといける。
「あなた達が今、どういう状況にあるのか、もう一度、ちゃんと、一から説明してあげるから、ね?」
「「あ、はい」」
ケンはともかく、ミスティの方も「九聖」なんて名乗っているが……どちらかと言えばこの子も「上の三人」に近いんじゃないか? と思ってしまうオランジェだった。




