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よみがえらなかった邪龍と、その顛末(後編)

 会議室から去って行った男達。

 しばらくして入れ替わりに入って来たのはティーセットを持ち込んで来た侍女達だった。

 ここに残った第一王子アルフレッドのために(のど)(うるお)す手配である。


「ほう、これは季節に合わせた素敵(すてき)な茶葉ですね」


 侍女の作業に自然に割り込み、お茶の準備を代わるヴェノム。

 服装が執事服風のそれなので、遠目に見ればありふれた光景に見えなくもない。


「私はこう見えて、紅茶を()れるのが趣味なのです。

 皆様の分もご用意しますので、ぜひ感想をお聞かせください」


 優しいようで蠱惑的(こわくてき)()みで、親切なようでいて問答無用に、彼女達の仕事を奪おうとする優男(やさおとこ)


 そんな美しく良い匂いのするヴェノムの低い声に、つい勢いに流されそうになる、というかほぼ流されながらも薄皮一枚で必死になって踏みとどまろうとプルプルしている侍女達に、第一王子が「…ヴェノムの好きにさせてやってくれ」と助け舟を出した。


 ちなみにヴェノムが配膳(はいぜん)を代わったのは、彼の言うとおり趣味が半分、もう半分は「お嬢様の毒殺を阻止するために飲食は自分で用意する」ためである。

 実際、お茶の色や匂いで未然に事故を防いだことが何度もあるヴェノムであり、そんな事情は王子もソフィアも知っていた。


 ヴェノムが入れた紅茶に口をつけたアルフレッドが、思わず()らした。


「…うまいな。

 本当に、普通に執事か給仕でもやっておれば良いのにな」


 アルフレッドの素直な感想に、ヴェノムは「普通の執事ですが、何か?」とばかりに首をかしげた。

 おなじく紅茶を飲んでほわんとした顔のソフィアに対して、アルフレッドが声をかけた。


「…さて。

 ここにこうして残ってくれたからには、聞いておこう。

 一聖ソフィア、あの邪龍との戦いの場で一体何があった?」


「っ!?」


 危うく紅茶を吹きそうになりながらも、なんとか淑女としての一線を守ったソフィア。

 ソフィアはこれでも伯爵令嬢である。紅茶をブフーと吹き出して良い身分ではない。


 ソフィアが答えづらいのであろうと判断したアルフレッドが、すっと手で合図をした。

 すると離れた位置に控えていた侍女達が一斉に部屋の外へと歩き出した。人払いだった。


 アルフレッドはそのまま視線を、今度はソフィアの斜め後ろに立つヴェノムへと移す。だが、ヴェノムは立ち去らない。


「お嬢様、何もお答えする必要はありません」


 ソフィアを守るのがヴェノムである。

 いつも頼りになる男の言葉に、安心しかけたソフィアだったが……


「お嬢様のあのご様子から、おそらく会議直前にフィーネ様に何か口止めでもされたのでしょう。

 事前の打ち合わせも何もなく、フィーネ様も何も答える気が無かった。むしろ答えなかったからこの会議だったのでしょう。

 では、フィーネ様が秘密にしたいものとは何か?

 直近では魔王に関わる何かでしょうか? 魔王か、それに関わる()()()の介入?

 それならば兵士達の説明が要領を得なかったというのも理解できます、つまり、彼らの理解を超えた事象が――」


「ちょ、ちょっとべのむー!? 私よりも(くわ)しいってどういうことかなっ!?」


 白状しても黙っていてもソフィアの事は何でも言い当ててくるヴェノムである。


 それに加えて今回は特に、一連の事件について詳しい調査も行ったヴェノムであった。

 だから邪龍の件についても、いくつかの推測が立っていた。


 このまま聞いたら色々と……聞きたくない話も出てきそうだ。アルフレッドはヴェノムを止めた。


「わ、分かったヴェノム。ま、魔王……ならば、詳しい話は報告書を待とう」

「……」


「む。どうしたヴェノム?」


 謎の沈黙にソフィアも振り向けば、ヴェノムは微笑んでいる。

 悪い意味で、いつもの、笑みである。


「え、何を怒ってるのかな、べのむー…?」


 それに対して、思い当たる(ふし)があるようで、アルフレッドが先に頭を下げた。


「…そうか。そうだな。

 此度(こたび)の件、()の配慮が足りなかった、すまない」


「なんで謝るんですか、殿下!?」


「ヴェノムとは、約束を交わしているのだ」

「約束?」


 ソフィアは後ろから謎の圧を感じて、ビクッとした。

 その「後ろの彼」にアルフレッドはにらみ返した。


「ヴェノム、威嚇(いかく)してくるな。これはお前達のためでもある。

 この際、ソフィアも知っておくべきだ。

 護衛対象自身にも守られている自覚がなければ、危ういぞ?」


「「……」」


 …後ろを振り向こうとしたソフィアの顔を、ヴェノムは両手で優しく前に戻した。

 そんな二人にアルフレッドは続けた。


「ヴェノムは俺に助力する。その代わり、ヴェノムの身に何かあった時にはソフィアの安全を俺が保障する。そういう約束を交わしている」


「…そんな話、聞いてないよ、べのむー?」

「あくまで保険、という話でございます」


 ヴェノムの両手で(はさ)まれたまま不機嫌な表情のソフィアに、アルフレッドが擁護(ようご)した。


「そう怒ってやるな、あくまで俺の都合で、ヴェノムには協力してもらっているのだ。

 王族と言っても、何の力も無い王子達のうちの一人にすぎないからな、俺は」


 第一王子ともなれば「俺の言うことが聞けないのかー」くらい言えそうな偉い身分にあるようだが、実際のところはそうはいかない。


 王国の権威はあくまで「王のもの」であって、その子供達は何の実権も持っていない。

 将来の権力をあてに口約束して財や力を前借りしたり、自力で支援者(パトロン)や側近を集めたりと、わりと世知辛い立ち位置にいるのが王子に限らぬ、貴族子弟達のあり方であった。

 親がそれらを用意したとしても、それを維持するのはやはり子供達本人だ。決して油断できる地位には無い。


 後先考えずに「俺の言うことが聞けないのかー」をやると、そう遠くないうちに破滅する。醜聞(しゅうぶん)()み消されるのが(つね)だから、その話題があまり表に出て来ないだけである。廃嫡(はいちゃく)される者達はひっそりと表舞台から消えている。


 アルフレッドは兄弟仲は良い。

 だが、頼りない第一王子と聡明な第二皇子という風評が出来上がってしまっているので、優秀な人材は第二王子の方へと流れてしまう傾向があった。


 そんな諸々(もろもろ)の事情ゆえに、少々毒が強くとも極めて優秀なヴェノムとその配下の者達は、アルフレッドにとって(のど)から手が出るほどに欲しい手札であった。


「…殿下もいろいろ大変なんですねー」

「…君もいろいろ大変なはずなんだぞ、ソフィア?」


 その一方で、ソフィア・ブルームランド。


 伯爵家とはいえ、長閑(のどか)田舎(いなか)なブルームランド家は中央との接点はほとんどなかった。

 そこに、つい最近うっかり序列一位の聖女になってしまって、王都デビューを果たしてしまったのがソフィアである。


 他の聖女達のように公爵家やら大商人やらの後ろ盾の無いソフィアにとって、第一王子が後ろ盾になることは決して悪い話では無かった。

 …実際、つい先程の会議でも一部の貴族達からかなり風当たりの強かったソフィアである。やはり風よけは必要だ。


「わ、わたしも大変だったんですね!?」

「君というか、ヴェノムが、な」


 ちなみにヴェノムはブラックウィード家の養子である。

 そしてブラックウィード家は、地元の「後ろ暗い組織」から成り上がりで、ブルームランド家を代々、表からも裏からも支え続けている子爵家である。


 後ろを向いてお礼を言おうとしたソフィアであったが、顔に添えられたままの手に阻止されてしまった。


「お嬢様は何も、お気になさらず。

 ……それに殿下はそういった慈善活動は、熱心に行われていらっしゃるので」


「「?」」


 まだ若干(じゃっかん)、「微笑み」が残っているヴェノムがアルフレッドにやり返した。


「先程のフィーネ嬢との一件も、他の権力者達からフィーネ様を守るために、あのような話を公言しているのです」

「そうだったんですね!」


「えっ、いや、あれは本気で……」


 それを言ったら、では、どれが本気でどれが方便かという話になってしまうから、答え(づら)くなる王子である。


 実際、アルフレッドは「悪意のある権力者に狙われた娘達」に婚約やら側室やらの話を持ち出して、緊急避難先の役目を買って出ることが多くあった。

 とは言え、それも介入できる条件が揃った相手のみであり、誰でも無差別に助けられるという訳ではない。


 結局、アルフレッドの自己満足に過ぎないことは、彼自身も自覚していた。


 その上で、彼女達の問題が解決した時には「アルフレッドが振られる」という決着で後始末してきた。

 そのせいで、いつもアルフレッドの名声が地に落ちるという諸刃の剣なのであり……ほどほどにしないと、アルフレッドもそろそろ社会的に死んでしまうのである。


 ふと思いついたソフィアが言った。


「あれっ? じゃぁ、私も殿下にプロポーズされちゃうんですか?」


「良いのか? そなたが望むのであれば遠慮はせぬぞ……っておい、ヴェノム! 俺に殺気を向けて来るなっ!?」


「殿下がお望みであれば丁寧に八等分して差し上げますよ?」

「そうか、八つ裂きにしてやるぞ、か」

「ちょっと、べのむー! あれだよ! ふけい罪!」


「冗談でございます、お嬢様。ふふふ」

「そうだ、俺達は仲良しだぞ、はっはっは」

「…ぜんぜん笑えないよ二人とも」


 アルフレッドは剣の達人だ。そう簡単に八つ裂け無いのはここにいる三人とも知っている。

 ただし、もしもヴェノムが「毒殺しますよ」と言ったなら、アルフレッドも笑え無かった。



  ◆ ◆ ◆


「…さて。

 話を戻してしまうが、此度(こたび)の邪龍の一件。

 これはフィーネとソフィアで撃退したという話に()()()()()?」


 何があったか知らないが、二人が事件を解決したという形で事実を「作る」ということである。


「えっ、それは、その…」

「はい。問題ございません」


 ソフィアが目を泳がせる後ろで、ヴェノムは即答し、アルフレッドがため息まじりに続けた。


「…それが嫌ならば、他に何か案はあるか、ソフィア?

 詳しい事情は話せないのであろう?

 それならばせめて、君達二人で主導権は(にぎ)っておいた方が良い」


「これでまた聖女伝説も(はかど)りますね、お嬢様」

「そうだな、おめでとうソフィア」

「ちっともうれしくないよ!?」


 まるで他人の手柄を横取りしたような気分のソフィアは悲鳴を上げたが、撃退はともかく、全員無事に帰って来れたことは間違いなくソフィアあっての戦果であった。


 勇者フィーネと聖女ソフィア。

 どんな敵でも倒すフィーネと、どんな敵からも守るソフィア。二人が交友を持ったことも、二人がそれぞれに活躍しだしたのも、まだ最近の出来事だった。

 それもあって、周囲には二人セットで敵視されることも多かった。


 まさに英雄として華々しい活躍をみせる勇者フィーネであるが、悪事を働く者達にとっての天敵は、実は勇者フィーネよりもソフィア(とヴェノム)の方であった。

 最悪、部下達を何人フィーネに殺されようが問題ないが、人でも土地でもしっかり守り切ってしまうソフィアの存在は厄介だった。

 悪い連中にとっては「ソフィアの登場(イコール)任務失敗」が確定してしまうのだ……あと、必ずヴェノムが(とど)めを刺しやって来る。


 そんな自覚の無い二人が「一聖に続いて、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)ですね」「あぁ、また変に有名になっちゃう…」と言い合う前で、アルフレッドがため息をついた。


「……あと、この件はぜひ君達に預かって欲しいという、俺の事情もある」

「…ど、どうしたんですか、殿下?」


「君は、魔王の件についてはどこまで知っている?」


「魔王……

 …フィーネちゃんが倒したんですよね…?」


「そう。勇者フィーネが魔王の首を持ち帰った」

「くび!?」


 倒したというからには証拠があるはずだが、あらためて言葉にすれば怖い話だ。

 アルフレッドの表情が暗くなる。


「…だが、あれは『想定していた魔王の首』では無い……という可能性が高くなった」

「?」

「…どういうことでしょうか?」


 アルフレッドは二人に語った。


 勇者フィーネが持ち帰った首は、確かに「並みの魔物では無い首」だった。

 魔物の研究者、有力な魔法使い達、魔王討伐を担当していた貴族達は「魔王の首で間違いない」と断定した。


 ところが、四大公爵はすべて、それが魔王であることを「否定」した。

 特にヒートウェイ家に至っては「見るまでもない」と一蹴した。


 では、あれが魔王で無いならば? 首だけとはいえ、魔王が一人「増えた」ことになってしまう。

 いっそ魔王であって欲しいというのが本音だが……分析すればするほど謎が増えていくばかりで、結論は(いま)だに出せていない。


 ちなみに、その「魔王の首」はまだ生きている。


 勇者フィーネが持ち帰った謎の箱の中で謝罪し続けているという……

 …その箱、「首が収納されている透明な筒」をフィーネが持ち帰ったという不可解な点で、ある意味、一つの結論は出てしまっているわけなのだが――つまり首を()ねた誰か、箱を作った誰か、そしてそれをフィーネに手渡した何者かが()るというわけで……


「…そんなわけでな、魔王とフィーネの一件は未だ解決していないのだ」


「「……」」


「そこに加えて、邪龍の件まで増えた。

 あれほど慎重に調査を進めよという話をしていたのに、どこぞの愚か者達の暴走で、問題がまた増えてしまった」


 邪龍跡地については調査が難航している。ただ「穴が果てしなく深い」ということしか分かっていない。

 アルフレッドは力なく首を振った。


「…俺は、フィーネを信じている。

 だが、フィーネを取り巻く環境については信じていない。

 だから、ソフィア。

 この件について、これ以上厄介ごとが増えないように、君も俺に協力して欲しいのだ」


「ちょ、ちょ、ちょっと殿下!? それは私には荷が重すぎますよ!?」


 思った以上に大きくなってしまった話に戸惑うソフィアに、ヴェノムが口をはさむ。


「落ち着いて下さい、お嬢様。これはつまり、フィーネ様を守ってあげて下さいということです。

 ですよね、殿下?」


「そうだ。フィーネのことを頼む」

「それなら、任せて下さい!」


 頼もしいソフィアの返事に、アルフレッドは安堵(あんど)の息をついた。


「それはそうと、先日フィーネと二人でお茶会を開いたそうだな?」

「はい、よくご存じですね?」

「………」


 背中のヴェノムの何か言いたげな顔はソフィアには見えない。


「……フィーネは、どんな食べ物が好みなのだろうか?」


「フィーネちゃんは……どれもおいしそうに食べてましたよ?

 うちの料理長とべのむーのお手製ですからね! どれもすっごくおいしいんです!」


「……そうか。良かった」

「?」


 実はさっきの会議でも、ヴェノムが差し出したアメ玉は「2つあった」。

 目にもとまらぬ早業(はやわざ)だったが、アルフレッドは見破った。


 だからこそアルフレッドは、いまソフィアにこの質問をしたである。


 後ろからほんの少し、ソフィアにしか分からないくらいわずかに緊張した声で、ヴェノムが声をかけた。


「…お嬢様、そのお茶会の件はしばらくの間、ご内密に。理由は後でお話します」

「うん? べのむーがそう言うなら…?」


「…あぁ、あとでちゃんとソフィアにも説明してやってくれ」


 こうしてこの場での三人の密談は終了した。




 その日の夜、ヴェノムの話を聞いたソフィアは激怒した。


 勇者フィーネが研究施設で飼われている兵器であること、水と薬物以外をフィーネは口にできなかったことをソフィアは初めて知ったのだった。



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