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聖女のお仕事~たのしい木登り編

 九聖ミスティと、三聖と、ケン。

 この三人がこの森にやってきた目的のもう一つは、「異形(いぎょう)の森の調査」であった。


 もともと野生の獣や恐ろしい魔物も少なからずいた森だった。

 だがそこにさらに恐ろしい魔物──元「一聖」フレシアが住みついて、それを現一聖ソフィアを加えた勇者パーティーが討伐した。

 フレシアの件については正式には公表されていない。

 ましてそこに魔王が現れ彼女を連れ去ったなんて驚天動地の事実については、一にぎりの者達にしか知らされていない最重要機密(トップシークレット)だ。


 それでも森の異形化については隠しきれるはずもなかった。


 今この森は、過去のそれ以上にずっと不思議で美しく、危険な場所へと生まれ変わってしまった。

 おおざっぱに言ってしまうと、森のレベルが一段上がった。

 木々や花々が瑞々しく生命力にあふれ、森特有の空気や匂いが濃くなったように。


 そこに住みつく獣や魔物も強くなって、希少な薬草や果実やらも勝手に増えた。


 なにより、森のほぼ中央付近に生えた大樹。

 これもまた異形化以降に突然ニョキっとはえたものである。


 厳密には樹木というより巨大な(つた)がからみ合ってできたもの。

 太く育った蔦の数本が互いに(ねじ)れ合い支え合いながら真っ直ぐに天を(つらぬ)いている、というのが王都から派遣された調査隊による関係各所への報告だ。



 そんな森の変化については、冒険者組合を中心として調査が継続されていた。

 そこにわざわざ精霊教会みずからが調査を「聖女に依頼」したのは、やはり聖女フレシアの件があるからだった。


 表向きはその件については解決済みとしているが、実際のところはそうじゃない。

 行方不明のフレシアや、彼女がばらまいたという「呪い」について、すべてが謎のままだった。


 だから精霊教会も率先して状況把握につとめる必要があった。

 後手に回って、問題が起きてから「精霊教会(おまえら)のせいで大変なことになったぞ!」なんて叱責されるわけにはいかない。

 かといって、よそに依頼もできない、身内で片づけるしかない。



 とても慎重に扱うべき(センシティブ)で厄介極まりない案件だった、はずなのに……



 なのに、一体どこで伝達ミスが発生したのか。

 重要機密とか危険な場所とか大事なキーワードを欠落しながら、人から人へと押しつけ合いつつ、厄介ごとという単語だけを色濃くしつつ。


 巡りめぐって、訳もわからず押しつけられた九聖ミスティだったのだが──




 ──右からやってきた何かが、ズルズルと地面を引きずりながら、左へと去って行った。



「「………」」


 何かというのは大きな蛇で、姿かたちもヘビさんだった。

 だが残念ながらミスティも男達も、ヘビがどうこう以前に、あの大きさの生き物を見るのは初めてだった。


 目の前に現れた巨大な何かが、実は細長い何かで、どうやら大蛇らしいと納得(?)するまでにかなりの時間を要してしまっているうちに……それは左へと去って行った。



 右手の人差し指でクルクルと弧を描いていたケンがその指を止めた。


「そろそろ大丈夫っぽいので、行きます」

「「え゛っ」」


 思わず声をそろえたミスティと男達。


 一体どこがどう大丈夫なのか、まだ奥へ進むのか、そもそもアレは一体なんだ!?


 ツッコミどころが渋滞している者達の中、男達のリーダー格なのであろう「降りて来たケンを剣で横薙(よこな)ぎにしようとして顎先(あごさき)を蹴られた男」が、皆を代表してケンに問いかけた。



「倒さない、のか?」



 あるいは「倒せるのか?」と問いたかったのかもしれない。


 空を飛ぶそこそこ大きな鳥を瞬殺した彼らの腕前に対する期待。

 だが、あの大蛇にもそれができるのかという疑問。

 それでも大蛇の目を(だま)してみせた見事な魔法への驚嘆と、やはり戦いを避けたことへの不安。


 そんな彼の色んな思惑に対して、ケンはそのすべてを外した言葉を返した。


「もうお腹が空きましたか?」


「「?」」

「えっ? あ、いやまだ、大丈夫だが?」


「行きましょう、ケン君」

「あ、はい」


 三聖が会話を中断して、ケンを前へと送り出してしまった。


 食べるなら狩りますよ?

 もうその答えで十分だろうという判断だった。



 三聖もまた、ケンが一体どこを目指してズンズンと森の奥へと進んでいるのかは分かっていない。


 だけど、分からないからこその期待がある。

 楽しみだった。

 どうせ森の調査は必要なのだから、奥に進むこと自体は間違っていない。

 このままケンを止めない方が、事態は早く進展するだろうという予感があった。


 それに、問題事(トラブル)の一つや二つ起きた方が、それに対処するケンやミスティについてより深く知る機会になって良い。

 むしろ来い、トラブル。


 そんな風にポジティブに──男達とミスティにとっては果てしなくネガティブなことを考えている彼女は、最初にオランジェが指摘したとおり、かなり「やんちゃな聖女」だった。




 とはいえ、三聖はすべて人任せにするつもりは無い。

 それどころか、この中ではこの森について最もちゃんと予習をしてきていたくらいだ。


 ミスティ達と話したその日のうちに、精霊教会本部へと行って、必要な情報の開示を要求した三聖。

 一番最初に一番偉い老人を締め上げに行って、洗いざらい全てはかせ──情報共有を、つつがなく行った。


 三聖が総主様(エラい人)の顔を(わし)づかみにした件については当事者以外は誰も知らない。



 さておき、事前情報を得ていた三聖はそろそろ震源地も近いことを知っていた。


 森の木々がまばらになり、足下の感触も少しずつ変わって来たところで、その地面の「土」を三聖は歩きながらすくい取る。


「「?」」


 その仕草に、ミスティと男達もなんとなく真似をする。


 それは土というより砂に近い感じがした。

 水っぽさや土っぽさが少ないさらっとした質感の細かい粒。

 どうやら奥へと進むにつれて徐々に砂の割合が多くなってきているようだ。


 そんな砂を観察しながら三聖が言った。


「どうやら石化の呪いは浄化されているようですが、あまり長くは触らない方が賢明かもしれません」


 その言葉に男達はあわてて砂を投げ捨てた。


 三聖の隣で砂をしげしげとながめながらミスティがたずねる。


「あの、これは、毒ですか?」


「毒というより、魔力の結晶に近いです。

 より正確には、鉱物を魔力が浸食したものなのでしょう。

 おそらくは時間の経過とともに消滅するか、砂礫(されき)に戻るか」


 砂に混じる透明なつぶつぶが、どうやらその「結晶」らしい。

 やや黒ずんだものから、ほぼ透明なものまで、色がそれぞれ異なっている。


「そして、その変化の原因は、きっと」

「「………」」


 この距離になれば、もう目の前のそれを無視はできない。


 巨大な大樹。

 歩くにつれてだんだんとこちらに(せま)って来ていたそれも、今はもう、見上げる高さだ。


 不気味な森から、不思議な広場に。

 足元には小さな草花と、(こけ)絨毯(じゅうたん)

 瑞々(みずみず)しい緑のそよ風にまじる陽だまりの匂い。

 言うなれば美しい庭園。その中心には天を支えるような大樹。


 これが自然にできたというのが、なんとも神秘的だった。



 ついに足を止めたケン。

 その左右にミスティと三聖も並ぶ。


 大樹を見上げて、ケンがようやく口を開いた。



「えっと、たぶんこの木です。

 この木が、この森の……呪い? それを全部吸い上げて、上の方で陽射しや星の光で、天に(かえ)そうとしているんです」


「…なるほど、この木が」

「………」


 何かを理解した三聖と、ただただ呆然(ぼうぜん)とするミスティ。


 ケンがまっすぐにここに来た理由は、「ケンが」この森を確認したかったからだった。

 大樹を見上げて、目を細めながらケンがつぶやく。


「…大丈夫そうだよ、エっちゃん、フレシアさん」

「…」



 その言葉に思わず開きかけた口を、三聖がグッと、のみこむ。



 そして振り向いたケンが、他のみんなに告げた。



「この木には、森にある全部の植物が生えてるはずです!

 だから薬草の採取は()()()やると良いですよ!」


「「えっ?」」


 ここで。


 ケンがまっすぐに「みんなを」ここに連れて来た理由。

 それは薬草採取のためだった。




  ◆ ◆ ◆



 まだその大樹の半分も登っていない位置。

 それでも他の木々と比較すれば、すでに一本と半分くらいの高さをゆうに超えてしまっている。


 もう十分に、天にも登るような世界。

 うっかりすれば、天に召されるに十分な高さ。


 もはや「眼下に」広がる森。


 ずっと西の方に見える王都と、さらに奥には地平線。

 ああ、そういえば王都って四方を山脈に囲まれているんだっけ?

 ここまでくれば、良く分かる。

 視界を(さえぎ)るものは、なにも無い。


 下は見れない。見てはいけない。

 見てしまったらもう足も心も(すく)んでしまって、ぜんぶ下へと吸い込まれる。


 そっと()でつけてくる風に、ゾッとする。


 そよ風が運んでくるものは、(さわ)やかさよりも悪寒と恐怖。

 ここは高所だよ? なんてわざわざ思い出させる。

 あるいは、いつか襲ってくる突風の、その前ぶれのようで。



 ──そして、



「お、落ちそうです……」

「「落ちるなぁあ!!」」


 ふらっとしたミスティに、青ざめた男達が一斉に手を伸ばす。

 男達の寿命がゴリっと縮む。


 そんな彼らの足もと近くで、大樹の周囲を時計回りで巡回しているケンは、謎の白いエイの上に仰向けで寝そべっている。


 うっかり誰かが落下した場合に、謎の光の帯で──【束縛(バインド)】の魔法で回収するのがケンの仕事だ。

 あと、採取するべき薬草の位置を知らせる役割もケンが請け負っている。


 命がけの薬草採取。

 まさか、こんなことになろうとは。


 分かっていたならいっそ命がけで抵抗した方がマシだったなんてボヤく男に、他の男が「あの魔法から逃げられんのかよ?」なんて現実に引き戻す。

 ほぼ無詠唱でヤバイ魔法を乱発してくるケンは、近くにいる時間が長くなればなるほど、その恐ろしさがじわじわと身にしみてくる。



 そしてもう一人のヤバイやつ、三聖。

 落下した者達の回収はケンに任せて、万が一に備えて下に残っているらしい。


 その万が一が起きた時。

 彼女は助けてくれるのか? 治療してくれるのか? はたまた骨を拾ってくれるのか?

 どれが正解なのか、その答えはまだ誰も知らない。



 謎の白エイに寝そべったケンから、眠そうな声で指示が飛んでくる。



「そこのー、赤いやつもー、大事なやつですー」


 腹立たしい。


 だが、ケンの実力を知ってしまった今なら分かる。

 あの空飛ぶ謎の生き物だって絶対に「危険種」だ。

 なにかの物語に登場するような、英雄を瞬殺する系のヤバイ使い魔に違いない。

 下手に関わらない方がいいに決まってる。


 そんな彼らの一方で、まじめなミスティが元気に返す。


「わ、わかりました!」


「待て!! 俺達がやる!!」

「おまえじゃ届かねぇよ!!」

「頼むから、大人しくしてくれ!!」


 彼女を阻止した男達が、命がけで率先して薬草へと手を伸ばす。


 彼らは知ってしまった。あるいは思い出してしまった。

 思った以上に、自分よりもか弱いものの死は怖い。地面目がけてグシャッといくのは耐えられない。



 窮地の中、彼らのまだ心の奥底に隠されていた本音のような何かが、試される事態になったのだった。




 ◆ ◆ ◆



 そんな感じでやがて日も暮れる時間となった。


 不思議なもので、落ちる落ちると言っていたミスティは意外としぶとく、他の男達はリーダー格の男以外の全員が一回以上はケンに救助されるという結果に終わった。


 大樹の根元でぐったりする者達にケンが言う。


「明日はもっと上手くできると思いますよ!」

「「明日は!?」」


 男達が悲鳴を上げた。

 この仕打ちは明日以降も続くと聞いて、彼らは猛抗議する。


「ふ、ふざけんな! それにこんな所で野宿だなんて、てめぇ、正気か!?」

「?」


「昼間の魔物! あれがここに来たらどうするつもりだ!!」


「…ごはんに?」

「「どっちが!?」」


「それに! 半日ずっと登ってたんだぞ!? 明日はもうまともに動けやしねぇよ!」

「そうだ! もう無理だ! 今でさえ手足が震えちまってるんだ!」

「こっちの嬢ちゃんだってそうだろう、なぁ!?」


「え、あっ、はい」


「ちゃんと今日とった薬草で回復薬をつくるから、大丈夫ですよ?」

「「マジかよ」」


「それに、心配だったら薬草で魔物避けも作りますよ?」

「「………」」


「あと、晩ごはんも薬草で──」

「「使い()くす気かよ!?」」


 採取した薬草をすべて使って次の採取に備えて、そして採取した薬草でまた次の採取に──という無限ループ。

 ここに永住する気か? きっとさぞかし薬草採取が上達するに違いない。生き残れば。


 ところが、言い出したケンだけならまだしも、聖女「二人」もなぜか乗り気だ。

 見かけによらず寝床の確保や()き火の準備などキャンプ慣れしているようで手際が良い。



 男達は愕然(がくぜん)とするも、そもそも彼らは口答えできるような立場でもなくて……



 結局、そのまま三日間の薬草採取合宿が決行されるのだった。


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