聖女のお仕事~みんなでおさんぽ編
「一般的な集落ならば、無法者は即、処刑です」
「なっ!?」
「お、おい待てよ!!」
「助けてくれ!!」
三聖の容赦ない判決に、即座に悲鳴を上げる男達。
このまま座して死を待つよりは、一縷の望みにかけて泣きすがるより他はない。
だが、そんなささやかな抵抗も、すぐさま三聖の詠唱によって奪われる。
「精霊よ、さえずる舌の言の葉の重みを奪え、【沈黙】」
「「───!」」
違和感と共に、口から出せるものが空気だけになった男達。
なぜか「声」にならない。
絶叫すらも音に変わらず、そよ風になってかき消える。
お手本のようにきれいな魔法にケンは「わあ!」と感嘆し、ミスティは目を丸めて、三聖は何事もなかったかのように話を戻した。
「…吊るすか、燃やすか。
十分な戦力があるならば見せしめとして吊るし、警告やけん制に使います。
そうでなければ早急に処分し、発生しうる次の火種に備えるべきです。
次の火種とは、敵への情報漏洩、増援、味方の恐慌、魔物や疫病の発生、など。
いずれにせよ味方を次の襲撃から守るために、迅速に手をこうじる必要があります」
「………」
三聖が、九聖ミスティの目をじっと見つめる。
それに対してミスティは目を丸めたまま沈黙する。
何が起きてるのか、わからない。
しばらく待ってから、三聖は視線を男達の方へと移した。
「やりづらいなら、後は私が──」
「──ダメですっ!!」
即座に叫ぶミスティ。
彼女が「やって」しまう!
だが三聖の視線は恐怖に震える男達へと向けられたまま、離れない。
「…なぜです?」
なぜ?
その問いに対して、ミスティは、
「…そっ、それは……──」
──わりに合わねーからだにゃ。
やっちまったら、向こう百年は恨まれるにゃ。
それに暴力で解決する奴なんて信用できねーし、
頭の悪さを宣伝してるようなもんだにゃ。
それだけ危険を負ってまで、
やったところで、やり返されて、
今度はもう「それ」でも解決できなくなって、
もっと事態が悪化するだけだにゃ。
あいつら何で、そんなことも分からねーにゃ──
──彼女の頭の中の幼馴染みが、彼女に饒舌に語ってみせた。
だが、ミスティにはそれを上手に説明できない。
それでもどうにか何かを言う前に、三聖が先に言ってしまう。
「ここでとり逃がせば、より知恵をつけた彼らは、さらに多くの犠牲者を生むことになるでしょう」
「!」
「「!?」」
三聖の言葉に必死に首を横に振る男達。
生き残るために全力で自分達の無害、無罪を主張するも、三聖の表情は変わらない。。
ミスティも反論しなければと思った。
だが、何も反論が浮かばない。
返す言葉が無い、三聖の言う通りだ。
そしてこのまま何も言わなければ、彼らは……
…じわりと目に涙をためるミスティに対して、静観する三聖。
ミスティを、ケンを、男達を、そのすべての「反応」を三聖はじっと観察している。
長い沈黙のあと、ついに三聖は彼女に言った。
「…九聖ミスティ、宿題です」
「!?」
「では、ケン君はどうすれば良いと思いますか?」
「「!」」
次の審判は、男達を叩きのめしたあの少年。
だが彼は三聖の問いに即答した。
「えっと、手伝ってもらえば良いんじゃないですか?」
これからやる仕事を彼らにも手伝ってもらえば? という提案だった。
「……その心は?」
さらに問いを重ねる三聖。
その声、瞳、緊張感。
問われたケンよりも、横にいるミスティの尻尾のほうがボワッとなった。
三聖の瞳がじっと覗き込む。
彼らを許すのか? 信じるのか?
わざわざ連行する価値が彼らにあるのか?
裏切ったら? やはり始末するのか?
正義を、悪を、「君は」どうとらえるのか?
君は、どう生きて来たのか?
ミスティの時より、男達の時より、より鋭く見つめてくるその視線に対してケンは、
「それは──」
──我が輩に挑んでくるとは大したやつらだ!
そんなに元気と度胸があり余ってるなら、
我が輩が存分に、有効活用してやろう!
…って、エっちゃんなら言う。
そのまま半年くらいこき使ってやれば、
だいたいのやつらはまともになる。
良くも悪くも単純なのが、
ああいうやつらの長所だ、って。
…村長さんだって、同じように言ってた。
新兵は元気なくらいがちょうど良い、って──
「──元気があれば、なんでもできる、から?」
「………」
「………」
「「………」」
ケンから見たら、どう考えても勝ち目のない「三聖さん」に命がけのケンカを売るくらいの人達だ。
見込みがある。
きっと薬草採取だって、彼らが手伝ってくれたならさぞかし捗ることだろう──という結論を、いまいち言語化に失敗したケンが述べた。
予想外の言葉にきょとんとした者達。
そんなケンからの反論に、三聖はスッと顔を横にそらして肩を震わせた。
「…ッ、そ、そうですね……ぜひ手伝って頂きましょう」
「「!?」」
良く分からないが首の皮一枚つながったらしい。
息づまる空気から男達は解放されて、中には膝から崩れ落ちる者もいた。
そしてミスティは……自分には出せなかった模範解答に、ケンと三聖の方をぼんやりと見つめていたのだった。
◆ ◆ ◆
最初に三聖は警告した。
一手で全員倒しきるか、十秒以内に地平線をこえる自信が無ければ、おとなしくついて来た方が良い、と。
幸か不幸か、その理由はすぐに実演された。
ちょうど空を横切ろうとした鳥を、ケンが撃ち落としたからである。
その落下する鳥を三聖が【風刃】で細切れにして、
それを見たケンが、さらに魔法で【こんがり焼いて】、
魔法で作った大皿でそれらを受け止めて、
着地と同時に鳥だったものは、昼食になっていた。
わからない。
血ぬき、羽毟り、内臓処理。あったはずの工程が、あの流れのどこに入っていたのか。
ただ結果だけが、目の前の皿の上に乗っていた。
「ちゃんと調味料も持ってきておいて良かったです!」
味付けだけは無かったらしい。
最後にケンが塩を振る。
「人によっては解毒も兼ねて薬草や香草を使う者もいます。遠征時には忘れずに用意しましょう」
「は、はい! わかりました!」
どうやら聖女は噂以上にヤバかった。
そして男達の中でも察しが良い者は気が付いた。
あの腕前なら、最初から問答無用で彼らを仕留めることは容易だし、いつでもどうとでもできるのだろう。
あの三聖が、あえて彼らを生かしたのは後輩聖女の「教材」として使うためだ。
そしてまだ「授業」はきっと終わってない。
彼らの命運をにぎっているのはきっと……あの九聖と呼ばれる獣人の娘なのだ。
やがて一行は「異形の森」へと到着した。
「では、私達は五日以内に戻ります」
そう言いながら乗ってきた白馬をなでる三聖と、理解したかのように鼻を鳴らす白馬。
あとはこの子に任せて先を急ぎますと言われてしまえば、男達も馬を置いてついて行くことしかできなかった。
ケンを先頭に、森の中をズンズン進んでいく一行。
不安そうな顔の男達に九聖ミスティが説明した。
今日はこの森の調査と、薬草採取のためにやってきたのだと。
この森は昔からいろんな素材が取れることで有名らしい。
特に人の手で栽培できないような希少な薬草の大半は、ここで調達するというのがオランジェからの話だった。
もちろん希少であるのには理由がある。
採れる数が少ないとか、危険な場所に生えているからとか。
だから一緒にがんばりましょう! と男達にミスティが言った。
それに対して、彼らの一人がミスティに返す。
「…それで? いつになったら薬草を採るんだ?」
「えっ? ……もう少し奥で、ですかね?」
ズンスンと奥へと進んでいくケンと、止める気配がない三聖。
ここで勝手に採取を始めようものなら、そのまま置いて行かれそうだ。
危険な森を警戒しつつ進んでいるとは思えない早さでさっさと歩く二人の後を、とにかくついて行くしかない。
…本当に、どこまで行く気だ?
「…お、おい」
「黙ってろ!」
「余計なことを言うな!」
前の二人に声をかけようとした男に、他の者達が小声で叫ぶ。
機嫌を損ねるな。
どんなに叫んでもそよ風しか出せなくなるあの恐怖は、二度と味わいたくはない。
それでも進むのをやめないケン。
木々にさえぎられた薄い陽射しと時折ふきぬける風が、森の静けさとあいまって、進む者達の心を冷やす。
この森は狩りや採取に利用される場所だけあって、それなりに人の手が入っている。
間引きや間伐、そこからうまれる素材はそのまま王都を潤すので、この森に仕事として通いつめる者達だって少なくない。
だが、それも森の浅い部分までの話だ。
それこそ希少な薬草が採れるような深部にまで分け入っていく者達は冒険者でもそうはいない。
希少な薬草を見つける前に、希少で危険な魔物にでも見つかったのなら一巻の終わりだ。
ここが異形の森だなんて呼ばれる前からそうだったし、呼ばれた後ならなおさらだ。
森の気配が変わった。
木漏れ日のむこうからこちらを見つめる小動物や、木々のざわめきに混じり羽休めしていた小鳥たちの姿が、今はもう無い。
まだまだ日は高いはずが、周囲が一段暗くなったような感覚。
足音が大きく、足取りが重い。
静けさが、怖い。
何かを見落としているような気がしてならない、胸にわきたつ焦燥感。
それでもズンズン進んでいくケン。
さすがにこれはマズいんじゃないか? 【沈黙】の魔法以上に、永遠に物言わぬ姿にされる恐怖の方が上回りかけた、その時。
「………」
足を止めた前の二人。
「「!」」
無言で三聖が振り返り、後ろの者達に向けて、口の前に人差し指を立てる仕草を見せる。
そしてさらに向こう、森の奥、彼らの視界の右の隅から、
「「!?」」
三聖の「警告」が無ければ、叫んでいたに違いない。
大蛇。
人の一人くらいは軽く丸呑みするであろう大きさの蛇。
彼ら(ミスティも含む)の苦難は、まだ始まってもいなかったのだった。




