べのむーと愉快な配下達(2)
新しい職員の紹介があるからとヴェノムの事務所にやってきた聖女ソフィア。
そこにいたのはお人形さんみたいな公爵家の令嬢で、現在失踪中だから内緒だよ? と紹介された。
悲鳴を上げたソフィアにシェリーが返した。
「いいの。ヴェノム様がいないと、わたし死んでた」
ちなみにシェリーが拾われたのも、深夜の王都の裏通りだ。
一体ヴェノムは夜な夜な王都で何をやっているのか、問い詰めたいソフィアである。
そこにヘドラとラルフが説明を加えた。
「…グランディオ家は一族から分家まで身内争いが激しいことで有名よ。
その子は本家の十七番目の令嬢だけど、才女として有名だから、当主になりたい連中から命を狙われてんでしょ」
「権謀術数の一族ですからな。表でも裏でも容赦なく人を消すのが彼らの生業なのです。
このままほとぼりが冷めるまでシェリー嬢が権力争いから脱落していれば、彼らもそのうち満足するでしょう」
そしてヴェノムが話をまとめた。
「ですから彼女の実家も、失踪した彼女を本気では探してはいないようですよ?
今はラルフが彼女の身柄を隠しておりますので、ご心配なく」
三人の説明に、複雑な心境でソフィアは納得した。
「…そうなんだ」
「レロー家のみんな、やさしい。ごはんもおいしい。好き。でもラルフは変態」
「ありがとうございます」
「そこは感謝じゃねーよ、反省しろ」
ラルフに即座に訂正を求めるヘドラ。
実はこの中ではヘドラの言うことを最も信頼しているソフィアである。
「…あれ? そういえば、オーシックさんは?」
あと一人、オーシック。
元中央政庁職員で、ヴェノムとソフィアに半ば強引にスカウトされた男である。
「彼なら、おそらく地下室では?」
「いつの間に地下室なんて作っちゃったんだ。 …なんで地下なの?」
ソフィアの言葉にヘドラとラルフが同じように答えた。
「漏らすからよ」
「漏らしますね」
それがオーシックの致命的な弱点だった。
緊張したり驚いたり、感情が激しく揺さぶられると大なり小なり漏らしてしまう彼。
幼少期から続いてきたトラウマによって、彼はそういう風になってしまった。
文官としての能力は極めて高い男なのだが……その能力の高さがかえって心無い者達の嫉妬や反感を買い、執拗な迫害を受けて、彼の病状が悪化していた。
公然と行われていた暴行現場に、偶然そこに居合わせたソフィアとヴェノムが、わりと強引にオーシックを奪い去った。
彼だけは、王都の深夜の裏通り以外での採用枠だった。
ヘドラとラルフの軽い返答に、ソフィアが目をすがめた。
「…みんな、オーシックさんをいじめて無いよね?」
すぐさま釈明する四名。
「そんなことしないわよ!? あんたに会ったらたぶん漏らすって、自主的に地下に引っ込んだんだから!」
「私は漏らすのもまた歓迎ですが……ソフィア嬢もご一緒にいかがです?」
「死にたいですか、ラルフ?」
「オーシックはやさしい。好き。でも臭いはだめ」
ヴェノムに薬を吹き付けられて再びのたうち回るラルフは皆が無視して、ヴェノムが続けた。
「シェリーは匂いだけで人物を言い当てることができます」
「そうなの!?」
「人物鑑定ですね。一度見聞きした人物は忘れないのがシェリーの才能です。
しゃべり方のクセや足音でも、誰が近づいて来たか言い当てることができるのだとか」
「すごいね!」
素直に驚くソフィアに、シェリーは少し顔を赤らめた。
その上で、さらにソフィアは続ける。
「…でも、地下なんかにいたら……かえってオーシックさんの、その……臭いがこもっちゃうんじゃないのかな?」
「「……」」
言われみれば、風通しの悪い地下に閉じこもるのは良くないのでは?
ソフィアの指摘に、皆が顔を合わせた。
「…逆効果じゃないのよ」
「…人は誰しも自分の臭いは認識できないものですからね」
「…やはり臭いを消す薬も用意した方が良いでしょうか? 他にも有用そうですし」
「ひぃえええええ!!」
その地下から、悲鳴が上がった。
オーシックの声である。
「え、どうしたの!?」
「お嬢様はお下がりください」
「おや? 襲撃ですか?」
「なんでよ!? 地下室の入り口は一ケ所しかないはずでしょ!?」
「…人の気配。いつの間に二人いる」
「「!?」」
ヘドラが目を丸めて、残り四人が身構える……襲撃慣れしている人数が多すぎる事務所である。
そして、
「…オーシックにゃんには悪いことしちまったにゃー」
「ハーヴィ君!?」
地下の階段から、気怠そうに上って来た少年。
ソフィアよりも背が低く、獣のようなフサフサな毛の生えた耳と、ネコのような尻尾。
ネコのようにゆるく眠そうな顔。
彼の名はハーフガッツ。愛称はハーヴィ。獣人や亜人と呼ばれる種族である。
「…あんた、いつの間に下にいたの?」
「ずっといたにゃ。お昼寝……じゃなくて、現場待機にゃ。
シェリーにゃんは初めまして、ハーヴィだにゃ。
姫様のとこの飼い猫くらいに思って欲しいにゃ」
「お嬢様と私の護衛です。
あと彼と同郷のミストストームがいますが、シェリーには後日あらためて紹介します」
大きな目をぱちくりしながら、シェリーが言った。
「護衛? …認識阻害の魔法と、ヴェノム様と同じ危ないお薬のにおい。 …シノビ?」
「そんな時代もあったにゃー。でも、おシノビだからナイショにしておいて欲しいにゃ」
「危ないお薬ってなに、べのむー?」
「…やはり消臭剤は必要ですね」
ハーヴィの姿を見て、ソフィアがハッと思い出した。
「ハーヴィ君に聞きたかったこと! あの時! 魔王──じゃなくって、グレニア侯爵領のあれ!」
「?」
あれというのは、魔王BBQがグレニア侯爵領をまるごと魔法で灰に変えてしまった事件のことだ。
対外的には「謎の魔物を、偶然いあわせた勇者と一聖が軍に協力して、撃退した」ことになっている。
魔王なんていなかったというのが表向きの事実である。
「あの時ハーヴィ君も近くにいたんだよね!? 大丈夫だったの!?」
あの日、護衛としてハーヴィも来ていたと後になってからヴェノムから知らされたソフィア。
それならばBBQの作った結界内にいたソフィア達と違って、彼は「あの魔法」をまともに浴びたはずだ。
ソフィアの疑問にヴェノムが答えた。
「あの後、お嬢様には近くで発見された女の子の面倒を見て頂いたのを覚えていますか?」
「覚えてるよ?」
「あれがハーヴィです」
「!?」
「あれはちょっと恥ずかしかったにゃー」
「女の子だったよね!?」
「そういう風に、がんばったにゃ」
BBQが去った後、近くにいるはずのハーヴィを探したヴェノム。
「やるせねーにゃー」とうつ伏せで倒れていたハーヴィを回収し、布と最低限の道具を手渡し、そのままソフィアの護衛を続行するように命じたヴェノム。鬼上司である。
そしてしれっとソフィアに一番近い位置でもじもじしながら、護衛を続けていた男の娘ハーヴィ。こっちもこっちで、どうかしていた。
衝撃の答え合わせに驚くソフィアの姿に、ヘドラが呆れつつ心配した。
「…あんた、そんなので大丈夫なわけ?
変装した刺客にでもあっさり暗殺されるんじゃないの?」
「で、でも、ずっとふつうにお話してたし……ふつうに女の子だったし……?」
「そこはおれっちを褒めてほしいにゃ」
そんな話をしながら、掃除用具一式を持って、再び地下へと戻ろうとするハーヴィ。
「あ。私も行くよ、ハーヴィ君」
「待ちなさい、あんたが行ったら逆効果だから」
仕事を中断して、代わりにハーヴィとともに地下へと降りていくヘドラ。
そして、
「ひぃやああああ!!」
「なんで私に驚くのよ!? あんた、いい加減、慣れなさいよ!?」
「落ち着くにゃ、逆効果だにゃヘドラにゃん」
今日もヴェノム政策研究室はにぎやかだった。




