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よみがえる邪龍(3)

 家どころか街一つを飲み込みそうな大穴だった。

 そして尋常(じんじょう)ではない深さの、地の果てへと延々と続く縦穴(たてあな)だった。


 うんざりするほど下まで降りれば、光も届かず空気も(よど)む。


 そんな縦穴の終点。

 そこには一人と一匹の影。


 闇にふわりと浮かんだ小さな(ともしび)は【点火(イグナイト)】の魔法。

 少年を包む淡い光は【聖域(サンクチュアリ)】の魔法の応用。


 そして、少年の目の前で巨大な龍がぶつぶつと(つぶや)き続けるそれは、愚痴(ぐち)だった。


「そもそも我は、まだ何もしておらぬのに一方的に(たた)き起こされたのだぞ?

 それでもせっかく起こしてくれたのだと、その礼にわざわざ一戦(まじ)えてやったのだぞ?

 それが、この仕打ちだ。

 まったく、我だったから良かったものを……本当に、滅茶苦茶、痛いのだぞ、その魔法は?

 その辺、分かっておるのか貴様は? ん?」


 そして少年は謝罪と言い訳を返した。


「ご、ごめんなさい…

 なんというか、あの場を(おさ)めるにはこれしか思いつかなかったと言いますか……

 こ、これでも、わりとすぐに魔法を止めたと言いますか…」


 その返答に、邪龍もウっと声を詰まらせる。


「…う、うむ。それは、まぁ、分かっておる。

 その魔法は……あの時はもう、比較になどならぬほどに本当に……もう、ダメかと思った」


 遠い目をした邪龍が、ぶるりと震えた。


 目を閉じれば今でもはっきりと「彼女」の高笑いが聞こえてきそうだ――



  ――ウハハハハッ!! どうだ!!

  これがっ、愚昧(ぐまい)で、矮小(わいしょう)な、我が輩が考えたっ、

  『上の方からちょっと強めに押す魔法』だ!


  …あぁ゛ん?

  なんだと? いま()めれば許してやる、だと?


  フッ!

  …クックック!

  ……アッハッハッハ!

  面白い、いいぞ! お前さては天才だな!?


  ならば我が輩も乗ってやろう……

  ()が高い、(ひか)えろ駄龍(だりゅう)ッ!!


  清々(すがすが)しいほどにスッカラカンなその頭を、

  もっともっと下へと()げろッ!

  この世に住まうありとあらゆる生物よりも、

  もっと、もっとだ! 低く! ()げろッ!


  谷より深く! 海より深く!

  奈落の底より、ずっと深くだッ!

  頭を、その身を、平身低頭(へいしんていとう)果て無き下へと埋めひれ伏して、

  前世、今世、来世の分に至るまで、

  心ゆくまで、今ここで存分に、


  猛省(もうせい)しろッ――



 ――ほろりと目から汗をこぼす邪龍の様子に、少年はなんとなく謝罪した。


「…………エっちゃんが、すみません」


「…なぜ貴様が謝る?

 …いや、良いのだ。あの時の我は、ちょっと強めに上から押される程度には、ちょっと調子に乗ってしまったのだ」


 そして邪龍が、はっと思い出したように声を荒げた。


「そうだ! 貴様、あの魔法だ!」

「?」


「あの魔法、一体どこで手に入れた!」

「エっちゃんに教わりました」


「だから何者だ、そいつは!」

「え、ちょっと、一旦落ち着きましょう?」


 怒りとも(あせ)りともいえない、そわそわした様子で邪龍が少年にまくし立てる。


「他の魔法、他の者ならばどう名乗ろうが何も言うまい。

 だが、あのお方だけは(いつわ)ることは決して許さぬ。

 さぁ、言え! 返答次第では貴様を今度こそ――」


「【全存在(Exit )を逸脱せし者(Existence)】」


『――不敬であるぞ!!!』


 正直に言ったのに、怒鳴られた。


 しかもそれは、ただの怒鳴り声では無い。龍咆哮(ドラゴンロア)だ。

 至近距離からそれをくらって、無事でいられる生物などいない。



 ケンは絶命した。










 残り2機。


「ひどいっ!! 僕だからまだ良かったものを!!」


「……………すまん」


 驚きに大きな目をぱちくりさせながら、冷静になった邪龍が続けた。


「…だが、うむ、それは駄目だ。不敬であるぞ。

 せめて【E・E様】、あるいは【魔王様】とお呼びするのだ」


「でも、本人が『エっちゃんが良い』って言ったので」

「本人……」


 邪龍にとっては信じがたい話ではあったが、【天空失墜】に続き【復活】までも見せられてしまったならば、信じざるをえなかった。


 やはりこの少年、「彼女」の関係者だ。


 こうなってくるとこの少年は、見た目通りの少年ではない。人かどうかも疑わしい。


「…E・E様は、ご壮健であらせられるか? 一体どこで何をなさっておられた?」


「元気ですよ? エっちゃんとはずっと一緒に……封印されていました」


 少年は言葉を選んで「封印」と答えた。

 言い方によっては、千年のあいだ「二人で同棲(どうせい)してました」になるわけだが、また怒鳴られてはかなわない。

 それに対して邪龍が(うめ)いた。


「……あぁ、あのまま、あの箱に、ずっと……」


 邪龍もまた「引きこもっておったのか」という言葉を飲み込んだ。

 あれからずっと? 何百、いや何千年か? ちょっと長すぎやしないか? とか思ったあれこれは口にはしなかった。


「えっと、その……」


「ん? 我か?

 我の名はダリュ……おっほん、邪龍でよいぞ。カッコいいだろ? 邪龍」


「あ、はい」


 確かにちょっとカッコイイが、(よこしま)(ドラゴン)なんて名前でも良いのだろうか?

 だが、名前や呼び方には色々とこだわりがありそうな気がしたので、少年はそのまま邪龍と呼ぶ事にした。


「邪龍さんは、ここで何をしていたんですか?」

「我は……他にすることも無いから、眠っておった」


「……そうでしたか」


 たぶん一日二日の話では無い、百年単位の話だろう。

 えっ、それで良いの? とは聞けないので……二人の会話はここで途切(とぎ)れてしまった。


 それに対して寝起きの邪龍のほうは少し考え込むと、なにやらやる気を出し始めた。


「……そうか、E・E様もついに舞い戻られたか……よし! さっそく我もE・E様の元へと()せ参じねば!」

「え!? だめですよ! ちょっと待って!」


 (あわ)てて止めた少年を邪龍が(にら)む。


「なんだ?」

「今はまだ外に出たばっかりなので、しばらくの間はそっとしておいてあげて下さい! でないと……」


「でないと、なんだ?」


 不服そうな邪龍に、少年が何が起こるかを推測した。


「…いま行ったら、きっと……

 …待ちに待った二千年ぶりの一人旅が、あっという間に中断されてしまった悲しみをグッと飲み込んだエっちゃんに、『よくぞ我が輩に会いに来てくれたな、うれしいぞ』って少し困ったように微笑(ほほえ)み返されちゃうことになりますよ? たぶん」


「具体的すぎるし嫌すぎるわ」


 そして悲しすぎる。

 高笑いされながら【天空失墜】で地中深くに叩き伏せられたあの時の反応の方が、よほどマシだ。

 邪龍だって、なにも彼女を悲しませたいわけでは無いのだ。


「…そうか。

 だが、きっとおぬしの言う通り、そうであろうな。

 E・E様にとっては久方ぶりの大地なのだ……

 …ならばまた、三百年程眠った後に拝謁(はいえつ)しよう」


 こっちはこっちで、悲しすぎた。ふて寝の期間が三日ではなく三百年だ。


 エっちゃんも邪龍さんも、百年千年単位でしか生活できないものなのだろうか?

 弱か極大しかない、中間がない。

 悲しすぎる彼らについて、少年はどうにかならないものかと考えた。


「…邪龍さんは、変身魔法は使えますか?」

「変身? そんな魔法は無用だ」


 最強種である龍が、わざわざ他の生き物に化ける必要性など感じない。

 そう考えていた邪龍に少年は答えた。


「いきなり目の前に龍が現れたら大騒ぎになっちゃいますけど、人の姿だったらたぶん、大丈夫ですよ?」


 空から龍が舞い降りて来れば災害だが、むこうから誰かが手を振って歩いて来るのは日常だ。

 エっちゃんの旅が台無しになってしまう心配も無いだろうと説明する少年に、邪龍も納得した。


「なるほど、それも一理(いちり)あるな。

 …よし。いま覚える。やってみせろ」


「えっ」


「え、ではない。おぬしも使えるのであろう、変身魔法とやらを?」


 なにせあの【天空失墜】の使い手だ、変身魔法くらい使えたところで不思議ではない。

 それに、変身すれば良いんじゃないですか? 僕はできませんが、では提案が(ざつ)すぎる。


「「……」」


 見つめ合う二人。


 しばらく無言だった二人だが、少年の方がついに、スッと目をそらした。


「…できれば一回で覚えて下さい。()ずかしいので」

「恥ずかしい?」


 邪龍の要望に(こた)えて、少年は変身魔法を披露(ひろう)した。


 それは振り付けつきだった。


 …片手を上に上げたり、腰に手を当てて横に振ったり、くるっと一回転したり、なんとも愉快(ゆかい)(せわ)しない詠唱だった。



  ルンルン・ラ・ルーン♪

  ルンルン・ラ・ルーン♪

  なりたい、自分(じぶん)に、

  なーぁ、れっ!



 ピカっと光って、詠唱が終わった。


「…確かに、そんな一面もあるお方であった」

「冷静に言わないで下さい、恥ずかしいです」


 魔法を終えた感想を述べて、邪龍が続ける。


「……いや、何も変わっておらぬではないかっ!」

「変わってます変わってます、ほら、ここ」


 少年が自分の頭の上を指さした。

 そこには可愛らしい獣耳がぴょこっと生えていた。


 ちなみに、尻尾も生えている。

 服の下でもぞもぞしていて居心地が悪かった。


「それならばわざわざ変身せずとも、耳だけどうにかすれば良いのではないか?」

「僕はそうですが、邪龍さんはそうはいきませんよね?」


 別に耳をはやす魔法ではない、人に変身するのが目的の魔法なのである。


「む……うむ…」


「では、やってみましょう」

「は?」


「は、ではありません。覚えるんですよね、変身魔法?」

「今のを、我が、か?」


 なりたい、自分に、なーぁ、れっ。


 …やるのか? それをやるのか、我が?

 ちょっとかわいらしすぎないか、それ?


「……もう少しこう、なんとか、ならんのか…?」

「詠唱は省略できますが、踊りは省略できません」



「………E・E様」




 巨大な大穴、その果てしなく深き闇の底。


 二つの大小の影は、巨大な龍と一人の少年。


 そして、陽気で不思議な踊り。


 この世界を死で満たしかけた邪龍は、人知れず、何日もの間、地の底で奇妙な特訓を繰り広げることになってしまったのだった。




「そこっ、キレが足りません! こうっ!」

「…我は一体、何をやっておるのか」



初めましての皆さま、お久しぶりの皆さま、よろしくお願いいたします。


本作はだいたいこんな雰囲気です。

文章かため、中身はコメディー、一部シリアス、メインではないですが一部暴力もあってR15です。

あと2話、後日譚をいれて、プロローグの続きに戻ります。


楽しんでもらえるとうれしいです!


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