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魔王狂奏曲(5)


「えっと、そうだな。これで気兼(きが)ねなく話せるようになった」

「どうしたの、エっちゃん?」


 どうにか気を取り直したE・Eが、ケンに伝えた。


「…もうしばらくしたらまた、箱に戻ろうと思うんだ」


「「えっ!?」」


 三人が驚きの声を上げた。

 ちなみに事情を知らないエリナの「えっ」は、「せっかく仲直りできたのに!」という驚きである。


 三人の中で一番驚いていたのはケンだった。

 なにせ一緒に千年箱の中にいたのだ。

 E・Eはその倍、二千年間も箱の中だ。

 ようやく外に出て来れたのに……驚きのあまり、理由も聞けないケンにE・Eが語り出した。


「…花を、たくさん育てたかったんだ」


 (ひざ)(かか)えなおして、少し(さみ)しそうに笑うE・E。


「土を選んで、耕して、水をあげて、時間をかけて育てるんだ。

 何かを育てるのは誰だって、我が輩だって大変なんだ。

 やっと育って、もうすぐ花が咲くころになると、やって来るんだ。

 『私達は花を持っていないのに、お前は持ってる、だからよこせ』って」


「「……」」


 あんまりな話だった。


 エリナはそのまま「ひどい!」と怒った。

 ケンは、それが何を意味する話なのか……なんとなく分かって来た。


 そしてフィーネは……


 …今まではずっと奪われるだけだったフィーネ。

 だけど、最近は別の方法も少しずつ覚え始めている。

 そのきっかけをくれたのはE・Eとケンだ。

 そんな二人が、すごく強くて物知りなのは知っている。


 奪いに来るのなら、それが誰であろうと――フィーネが出そうとした答えに対してE・Eが応じた。


「疑問に思っただろ?

 そう、我が輩ならそれができる。

 …だから我が輩は、魔王になってしまった」


「…っ!」


 全員倒した。

 その行き着く先は魔王だった。

 理解して、そして驚いたフィーネにE・Eは優しく微笑(ほほえ)みながら語りかける。


「だがそれで終わりにはならないぞ?

 今度は『魔王を奪いに来るんだ』。

 我が輩の力とか、地位とか、我が輩が持っていることになっている、色んなものを。

 本当に持っているかどうかなんて関係ない。あいつらが勝手にそう思って、我が輩からなら奪って良いと思っているんだ」


「……」


 オフトゥンの上で、目の前に回ってきたフィーネの目をじっと見て、E・Eが警告した。


「お前もこちら側だ。力の果ては必ずこうなる。忘れるな」


 E・Eの力強い目に、フィーネはこくこくとうなずいた。


「我が輩は負けない。でも、勝ち負けじゃないんだ。世界が敵なのは……さみしいというか、(むな)しいんだ」


「「……」」


 さっきまで「ひどい!」と怒っていたエリナは、想定外の話のスケールの大きさに理解が追いつかなくなっていた。

 E・Eは続ける。


「色々と見て回ったよ。

 特に、むかし我が輩が作るのを手伝ったやつが、どうなったのか気になっていた」


「それって、エっちゃんが前に話してたやつだよね? 浄水場とか、再生施設とか?」

「そう、それだ」


 大きな施設だった。それこそ施設自体が都市一つ分みたいな大きさのものもあった。

 工業地帯とか、研究都市とか、それくらいの規模の場所も作った。

 それくらいの規模が必要だった。


 土地が腐り果てて生き物が住めなくなった場所。

 過去から現在に至るまで()め込まれてしまったゴミで危険地帯と化してしまった大地。

 ()れた荒野、氾濫(はんらん)した沼地、極寒灼熱、いろんな場所を直したり調整したり共存したりする方法を考えた。


「探し回って、今も残っている場所を三つほど見つけたよ」

「そうなんだ! 良かったね!」


 そういう場所を制御するなら、それなりの力も必要だ。

 使い方を間違えると危険なものも沢山ある。

 それは単純な荷車だって、大きくなれば人を()き殺す可能性があるというだけの話だ。

 そういう危ない場所だからこそ、それをしっかりと制御・管理するためにも、そこそこ大きな施設になってしまった。


「それが三つとも、魔物の巣窟(そうくつ)になってたよ」

「………」


 なんだかひどい話のオチだった。


 …だが、何があったのかはケンにも想像はついてしまった。

 例えば、魔力の満ちあふれた場所にネズミ一匹入ってしまえば、それが巨大化して人を襲うことだって……無くはない。

 もちろん、そんな危険性を見逃すはずのエっちゃんでは無い、のだが……


「我が輩の忠告は、守ってもらえなかったようだ……

 …(ゆず)った以上は、それをどう使おうが我が輩が口を出すべきではないことも分かっているんだ。

 でも……結果だけ言えば、我が輩が魔物の巣を三つも作った」


「それは違うでしょ!?」


 それはエっちゃんが悪いわけじゃない!

 ケンが強く否定するも、E・Eは首を小さく横に振る。


「…どちらでも良いんだ。いつもの事だ。

 またか、と思っただけだよ。

 …それでも、この先のことだってもう、分かっちゃうんだ」


 いつもの事だ。また、繰り返す。


 それにうんざりして、箱の中に引きこもったのだ。

 一人でずっと、引きこもっていた。


「我が輩も、それが分かっていて……」


 あのまま千年経っていたなら、自分から外に出ていたかどうかは分からない。

 外から箱を開けられて、じゃあ仕方ない…と開き直って外に出た。


 だけど……


「…期待、してしまった」

「……」


 千年、いや、もっとずっと前から待ち望んでいた光景を()の当たりにした。

 自分が何を望んでいたのか、あの二人の姿を見て思い出してしまったのだ。


 その後も、一人よりも二人の方が楽しいこともあると、知ってしまった。

 …もう一度、素敵なものが見れるのではないのか?

 外の世界にまでも期待してしまった。


 だが、二千年経っても世界はさほど変わってなかった。

 世界は彼女に冷たかった。


「……大丈夫、今度はもっと上手くやるさ」


 人々の人生は短いが、自分にはまだまだ時間がある。

 互いの道がぶつかったなら、(ゆず)ってやるのは力の大きな自分の方であるべきだ、と思っている。


「我が輩もわざわざ千年後に出て来ちゃったのが悪かったんだ。

 あいつらだって我が輩に、魔王であって欲しいと期待もするさ。

 それでも……そこに巻き込まれてひどい目にあうのは我が輩達よりも、無関係で力の無い者達だ」


 自分のせいで大勢が死ぬのは……つまらない。

 また繰り返すなんて、本当に、つまらない。


「…だからさ。次はもっと、誰にも知られないようにゆっくり静かに――」


「――エっちゃん」


 彼女の言葉を止めて、彼が言った。



「エっちゃんは僕が守るよ」



 言ったタイミングが悪かったのか、彼の乗るオフトゥンは彼女の背後を回っていた時だった。

 その時に正面からE・Eの顔を見たのはフィーネだった。


 それからなぜかエリナは「ひゃー」と顔を隠して小さく悲鳴を上げていた。


 そして、E・Eの正面にケンが回り込んで来た時には……彼女は優しい笑顔に戻ってしまっていた。


「ありがとう、ケン。

 でも、大丈夫だ。なにも今日、明日の話じゃ無いんだ。

 …それに、今のお前なら我が輩のところにはいつでも来れるさ」


 話はここで一旦、終わってしまった。



 それからその後、フィーネがE・Eに例の棒を見せたり、フィーネがE・Eみたいなカッコイイ名前が欲しいとねだったりしている内に、もう帰る時間になってしまった。


 E・Eはフレシアの様子を見てからそのまま帰ると言って立ち上がった。



 元聖女フレシアの住居兼礼拝施設はまだ建設中である。

 精霊教会では一般的な、各地にあるものと同じ様式の建物になる予定である……内装がなぜか黒一色で統一されているという、初めて訪れた者達をドン引きさせる点を除けば、普通の見た目の礼拝施設だ。


 まだ住居完成前のフレシアは、村人数人と一緒に村の外周を回るように点々と野宿を続けていた。

 これは村八分とかではなくフレシア自身の要望だった。村の防御術式を学ぶフレシアに、ちょっとしたキャンプ感覚で村人達が付き合っている結果だった。

 それに加えてかつて世界中を旅していたフレシアの思い出話は村人達にも好評だった。

 これには日夜、フレシアと魔法談議に花を咲かせるリヒトも一緒に参加していた。



 そんなフレシアの所へ連れて行ってあげると言って、エリナは元気にE・Eの手を引いて歩いて行った。


 沈み始めた夕日に照らされながら、遠ざかっていく二人の背中をケンとフィーネは並んで見送った。


「…勇者ちゃんはまだ帰らなくて大丈夫?

 それとも今日は(とま)っていく?」


 ケンの言葉に首を横に振ったフィーネ。

 フィーネもそろそろ帰還用の魔法道具――お給料から王都の冒険者組合で買ったもので研究所にはひみつにしている――を使って王都まで引き返さなければならない時間だ。


 …だが、フィーネは何となく、このまま帰ってはいけないような気がしていた。

 そう、なんとなく……


 …そうだ。フレシアだ。


 あの時、あの森で、カッコよく現れてそして去って行ったE・Eではなく、今にも消えてしまいそうな姿だったフレシアの方を思い出した。

 あの姿と、さっきのエっちゃんが重なって見えてしまったのだ。


 だから………でも、どうすれば良いのかは分からない。

 ただ、それでもまだ帰ったらいけないと思っていて……


 ついに向こうへと歩き去った二人の影を、なおもじっと見続けて見ているケン。

 彼の横顔をフィーネもじっと見つめていると……


「…エっちゃんは、分かってない」


 ケンは小さく、だがはっきりと口にした。

 力のこもった言葉だった。



「僕は本気で言ったんだよ?」



 それを聞いた直後、走り出したフィーネは、そのまま王都へと向けて飛び立った。

 その口元はうれしそうに(ゆる)んでいたのだった。


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