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よみがえる邪龍(2)

 あちらで()り広げられている邪龍と勇者の死闘を前に、二人の少年少女がのんきに互いに自己紹介をした。


 黒髪の少年の名前はケン。

 辺境の村に住む「ふつうの魔法使い」で、寝ていたところを村長の娘と勇者のフィーネに叩き起こされて気が付けばここに来ていたという。


 青髪の少女の名はソフィア・ブルームランド。

 王都に住む「聖女」で、フィーネと二人で歩いていたところを助けを求められて、帰還の魔法で飛ばされた先がよりにもよって邪龍の目の前だったという。


 どうやら二人は勇者フィーネという共通の知人を持つらしい。


「勇者ちゃんって、わりと強引なところありますよね?」

「だよね!? …で、でも悪い子じゃないんだよ?」


 そしてフィーネは邪龍と戦っている。戦いながら、何やら邪龍と口論しているようだ。


 その一方で兵士達はようやく陣形を立て直し、少し後方へと下がっている。

 彼らでは邪龍には歯が立たない、足手まといになるくらいなら下がって反撃の機会をうかがった方が良いからだ。


 ふとソフィアが疑問を口にした。


「ところで、なんでフィーネちゃんは、棒で戦っているのかな?」

「…僕はてっきり、人を相手に戦うのだと思っていて」


 だから制圧用の、お手製の魔法の武器をフィーネに貸し出した。


 あの棒の名は「ワリト・ヤ・ワラケイン」。


 古代語で「What it,(なんか知らん) yah,(けど) What a(すごい) cain()!」で、現代語だと「わりと(やわ)らけー」木の(ぼう)である。

 相手の痛覚を揺さぶる幻覚魔法が付与されている棒で、攻撃力はわりと低い。


「…わりとやわらけいん」

「まさか龍が相手だとは思わなかった、けど……でも、もしかしたら、あれで良かったのかも?」


 口にしてみるとわりと良い名前かも、とか思っていたソフィアは聞き返した。


「えっ、良いの? 棒で?」

「あの龍って……なんとなく、剣も魔法も受け付けないような感じがしませんか?」


「……言われてみれば」


 少年の指摘にソフィアはあらためて邪龍をじっと見つめた。


 龍の(うろこ)はどんな刃物も通さないなんて言われているが……あらためて目の前にして見れば、あれにはもっと魔法的な加護の力が働いているようだ。

 並みの攻撃は物理も魔法も、受け付けないような予感がする……聖女ソフィアもそう感じた。


 だからこそ、あの「謎の棒」は邪龍によく効いた。

 なにも寄せ付けぬはず自慢の鱗を貫通してくる謎の攻撃に、邪龍もかなり戸惑っている様子が見てとれた。


「フィーネちゃん、あのまま勝てるかな?」

「うーん……勝つのは、ちょっと……」


 無理だ。あの棒では討伐は不可能なのである。

 なにせ「痛いだけ」の魔法の棒だ、せいぜい撃退か捕縛(ほばく)の為の棒である。


 龍が退()いてくれればいいのだが、戦況は拮抗(きっこう)、あるいは徐々に邪龍が押し返し始めている。


 今度は少年が問い返した。


「…そもそもなんで、(ドラゴン)なんかと戦っているんです?」

「わかんない! 私が知りたいよ!?」


 少年の疑問にソフィアが叫んだ。


 ソフィアの知る限り、邪龍の存在についてはまだ機密事項であり、慎重(しんちょう)に調査が進められるという話のはずだった。

 それがなぜか、今ここでいきなり邪龍と戦っている。こんなのは国の一大事だ。


 これでもソフィアは「序列一位の聖女」である。だから邪龍の(うわさ)についても耳に入っていた。

 一聖(いちせい)ソフィアが事情も知らずに危険地帯に連行されて戦っていることもまた、国としては大問題だったのだが。


 そんなソフィアの回答に、同じく勇者に連行されてしまっていた少年が遠い目をしてつぶやいた。


「…むかし、帰還魔法誘拐(ゆうかい)っていうのが流行(はや)ったことがありまして。

 連れ去った先で魔法を使えなくして、置き去りにしちゃうんです」


「なにそれ!?」


 帰還魔法は基本的に、どこに行くかは飛んでみるまで分からない。

 飛んだ先が帰って来られる場所だとも限らない。実は恐ろしい帰還魔法である。

 ソフィアも少年も、いまの状況がまさにそれだった。


「だから僕、まだ帰還魔法って苦手なんですよね……それに飛んでる途中で撃ち落とされそうで、なんか怖いし」

「できるの!?」


 移動や飛翔と違って、帰還魔法は途中で進路を変更できない。

 空飛ぶ(まと)は、かつては撃墜(げきつい)し放題だった。


 だから()()()()、帰還・転移系の魔法が使われることは少なかった。

 ふつうに徒歩(とほ)や乗物を使った方が、手間ひまかけて移動魔法に安全確保の術式まで組み込むよりも、ずっと割安で確実に移動できたからである。


 …そんな感じで、わりと重要な国家機密やら歴史的な裏話やらを「へー」「そうだったんだー」などと雑談交じりに二人で話している間にも、邪龍と勇者の戦いは続いていた。


 大地を揺るがす轟音。

 それは怒りに任せて邪龍がその尾を振り下ろした衝撃音だった。


 音に続けて、邪龍が叫ぶ。


「ぬるいッ!!」


 しんと静まり返った戦場に、邪龍の低い声が(とどろ)いた。


「ようやく骨のある者が現れたかと思えば、ぬるい、ぬる過ぎる!

 我を本気で退()かせたくば、その背の剣を抜き、決死の覚悟でかかって来い!」


 にらみつける邪龍の眼光を正面から受け止める勇者フィーネ。

 並み戦士であれば失神してしまうであろう龍の恫喝(どうかつ)にも、彼女は(ひる)まない。


 彼女は背中の剣へと手をのばし……


 …その手を途中で、グッと(にぎ)った。

 そして再び、木の棒を構えなおした。


 邪龍の眼光が鋭くなり、その両者の姿に聖女ソフィアは悟った。


 フィーネが目指していたものは、討伐では無かった。

 これは龍を倒す英雄譚(えいゆうたん)では無かったのだ。

 フィーネにとっては、あくまで邪龍を説得するための戦いだった。


 そしてその行為は、邪龍の怒りを買ってしまった。

 邪龍にとっては本気の戦いこそが望みであった。

 邪龍にとって、フィーネの戦い方は侮辱(ぶじょく)ですらあったのだ。


 決裂した両者の戦いは、いよいよ苛烈(かれつ)になっていく。

 兵士達は「もっと下がれ!」と戦場からさらに距離を取り、砂塵(さじん)と暴風が周囲を襲った。


「怒っちゃったよ!? どうしよう!?」


 もうソフィアにも手を出せる次元の戦いではない。


 動きが早すぎて【聖壁(ディバインウォール)】で割り込めそうな余地は無い。

 あの爪や牙がフィーネに当たれば、きっと即死だ。治癒魔法なんて意味が無い。

 そして邪龍はなりふり構わず、棒で殴られようが突かれようが、攻撃の手をゆるめなくなってきた。


 フィーネが危ない。何か他に手は無いのか?


 (すが)る気持ちで隣の少年へと視線を移せば、苦しそうに戦いを見守っていた彼はこう答えた。


「あとはもう……必殺技、くらいしか」

「必殺技!?」


 なにそれカッコいい! フィーネちゃんの? 君の? とにかくカッコイイ!

 思わず叫んだソフィアに向けて、彼は言い(よど)んだ。


「でも、それは…」

「それはっ!?」



 …(かなら)ず、(ころ)してしまう……(わざ)なので。



「っ!? ……必ず、殺す、技……ッ!?」


 ゆえに必殺技である。

 その答えにはさすがのソフィアも戸惑(とまど)った。


 さすがに殺すことが確定した技など、歓迎できない。

 聖女かどうかは関係なしに、そんな技は認めたくないソフィアだった。

 なにより、フィーネだってそれは望んでいないはずだ……


 ……が、むこうの兵士達ならば「良いからやれっ!!」と叫んだはずだ。


 そんな技があるくらいなら、むしろ頼むから一番最初に使ってくれと叫ぶだろう。

 なにせ相手は邪龍。この世界で最強の、(ドラゴン)である。

 必ず殺せる、訳が無い。

 あれが到底(かな)わぬ存在であることは、(いや)と言うほど味わったし、今もなおその窮地(きゅうち)は続いているのだ。


 そして、その邪龍。

 そんな躊躇(ちゅうちょ)も叫びも、吹き飛ばす一撃がついに炸裂(さくれつ)した。


 一直線に地面へと叩きつけられたのは勇者だった。


「フィーネちゃん!?」

「…へいき」


 ソフィアの治癒魔法を受けながらフィーネが立ち上がる。

 そんな彼女に、邪龍が語る。


「ここより先は死地である」


 ぶわりと広げた翼が、天を(おお)った。


 誰も逃がさぬとばかりに視界を埋めてみせた邪龍が、目の前の勇者に、兵士達に、語り聞かせた。


「今この時より、この場より、この世界は死地へと至る!

 やがて飲み込む戦火の渦に、生者も死者も狂喜乱舞することだろう!


 祝え! この時を、この始まりの今を、さぁ、喝采(かっさい)せよ!


 この我が、愚昧(ぐまい)矮小(わいしょう)な貴様ら人の子らに!

 戦いの何たるかを、その肉に、骨に、魂に!

 (きざ)()くしてくれようぞっ!」


 その宣言に、兵士達は皆、(ひざ)をついた。

 龍の宣戦布告を前に立ち続けることなどできなかった。

 それでも卒倒しなかったのは彼らが一流の戦士達だったからだ。

 だが、そこまでだった。


 これまでだって戦いにすらなっていない、そんな龍の雄叫(おたけ)びを前に震え上がる彼らにできることはもう、絶望しかなかった。


 聖女ソフィアもまた、立ち上がれなかった。

 体力も魔力もすでに使い果たしていた。

 意志の力だけではどうにもならない状況を、ぐっと()みしめた。


 …でも、このまま邪龍を人里や王都へ向けて飛び立たせてしまうのは……(しゃく)(さわ)る!

 せめて何か一矢報(いっしむく)いることはできないだろうか?

 ソフィアは(あきら)めが悪かった。


 …仕掛ける前に、戦友フィーネと呼吸を合わせようと視線を移したソフィアは………ゾッとした。


 フィーネの髪が、やわらかな桃色から禍禍(まがまが)しい赤へとじわじわ変色し始めていた。

 その右手は棒ではなく、背中の剣の(つか)(にぎ)っている。

 瞳の奥に宿る赤い眼光。それは(みなぎ)る魔力と、殺意で――


 ――フィーネが、フィーネでなくなろうとしている。

 その姿にソフィアが(あせ)り、邪龍が(よろこ)び、そして――



「――ダメだよ、勇者ちゃん。

 本当はそれは、イヤなんでしょ?」



 荷車の少年がフィーネの隣に立ち、肩にそっと手を置いた。


「大丈夫、あとは僕がどうにかするから、ね?」


 その言葉に、フィーネは柄から手を離し、無言で彼の手をキュッと握り返した。


 フィーネの髪が元の淡い色を取り戻し、邪龍が不満そうに眼を細める。


「…むぅ。なんだ?

 ならば小僧、次は貴様が我の……相手………か…?」


 そして、目を見開いた。



「…待てっ!?

 貴様、その詠唱は、一体なんだッ!!」



 白い眼光の少年が詠唱を始める。

 狩る側と狩られる側、入れ替わった瞬間だった。


 まるで別の生き物になったかのように威厳(いげん)の消えた邪龍が早口でまくし立てる。


「待て待て貴様、その詠唱を一体どこで、いやどうして!?

 それは、その魔法は全然まったく洒落(シャレ)にならんぞ!!

 待てっ! 待てと言っているだろう、おのれェ――」


 ――息を吸い込む邪龍。


 空気が、魔力が、龍の(あぎと)の奥へと収束する。

 それはまさしく必殺の、龍息吹(ドラゴンブレス)が放たれようとする瞬間で――


「――ドゥッ、フゥウウ!?」


 再びの勇者の一撃が、(のど)へと入った。


 臨戦態勢の龍であっても、謎の呪具ワリト・ヤ・ワラケインの突撃はやはり、(はじ)き返すことはできなかった。

 その一撃は(ねら)ったものか偶然か、龍の急所である逆鱗(げきりん)へと力いっぱい叩き込まれてしまった。


 周囲の気温がグッと上がったのは、龍の鼻と口からブフーと()れ出た炎息吹(ブレス)になり損ねたものの残滓(ざんし)の熱だ。


 その熱が兵士達にも移ったように、倒れ伏す龍に対して(とき)の声を上げようとしたその時、それをフィーネがかき消した。


「逃げてっ!!!」


 この状況下の勇者の叫びに、兵士達も即座に応じた。


 怪我や疲労で立てない者は動ける者達が助け起こし、すぐさま撤退へと移行した。

 武具や陣地も回収せずにそのまま捨てて、とにかく走る。

 帰還の魔法や道具を使って、すべての兵士が一斉に空へと飛び立つ。


 そんな中で、ソフィアはまだ呆然(ぼうぜん)と座り込んでいた。


 今日は散々だ。

 もう、色々とあり過ぎた。


 フィーネと二人でお散歩していたところで、強制連行。

 邪龍を目の前に、決死の防戦。

 そしてフィーネが帰ってきて、邪龍が怒った。

 再びの危機。


 そして今、極めつけのドッキリ。


 耳では無い、心に(ひび)くざわめき声が、逃げろ、逃げろと騒いでいる。

 こうもはっきりと精霊の声が聞こえてしまったのは初めてだ。

 グッと上がった気温の中で、スッと(こご)えるようなその気配は、まさに精霊達が逃げ出しているのだろう。


 その原因。

 元凶は、この自称「ふつうの魔法使い」の少年。


 聞いたことの無い詠唱だった。


 神も精霊の名もはさまない、不思議な呪文を(つむ)いでいく。

 部分、部分ではどこかで聞いた雰囲気のある一節だが。

 どこで……読んだ、いや、見たのか? …古い本、あるいは絵本か…


 …そう、思い出すのは昔話の、

 千年、あるいは二千年前だという、

 神代の魔法の物語で――



 ――視界がぐるっとひっくり返った。

 勇者フィーネが、聖女ソフィアを荷車に収納した早業(はやわざ)だった。



 フィーネと魔法に押されるままに、

 そのままぐんぐん加速して、空へと飛び立つ。



 見下ろす視界の先では、

 仰向(あおむ)けの巨大な龍がじたばたしている。



 …じたばたしていた龍が、口をあんぐり開けたまま、動きを止めた。



 そんな龍の視線の先には(そら)

 今まさに、天に()いた大穴が、龍へと、襲い掛かかる瞬間だった。



 【天空失墜(スカイフォール)】。

 その魔法の名を知らずとも、その光景はまさに、それだった。



 こぼれ落ちる夜は黒い光の柱となって、無数の星々の(またた)きを巻き込みながら降り注ぎ、容赦なく絶え間なく、まるで甘い甘い砂糖菓子の上から黒蜜が焼き溶かしていくかのように、濃密な魔力の(にお)いと共に大地へ大穴を穿(うが)ちながら、それはあまりにも非現実的で幻想的に――



 ――(はる)か離れ行く遠景にソフィアが目撃できたのは、そこまでだった。



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