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聖女と先生、そして魔女(4)


 馬車から降りたソフィアは気合いを入れなおした。


「よし、がんばろう」


 正直、先生のことは今も動揺しているし、信じられない。

 だけど、ここで自分が迷っていたらみんなに迷惑が掛かってしまうし、べのむーにも心配をかけてしまう。


 目の前に広がる森を前に、グッと両手を(にぎ)りしめる。


 他の者達もそれぞれが準備を整え終えて、アルフレッドが号令をかけた。


「では我々は出発する! ここに残る者達、後は任せたぞ!」




  ◆ ◆ ◆


「がんばろうと思ったんだけどな」

「そんな早くにそなたが頑張らねばならぬ事態になっては困る」


 ソフィアの独り言に、アルフレッドが苦笑した。


 ソフィアの役割は後衛から皆の傷を(いや)す回復役だ。無傷であれば出番は来ない。

 あとは切り札である【聖壁(ディバインウォール)】での支援もできるが、今回の盾役はアランカがいるので、ソフィアは力を温存すべきという方針に決まった。


 ヴェノムはソフィアの支援。アルフレッドは中衛から臨機応変に前後に動く。


「…まぁ、ソフィアの言いたいことも、分かるのだがな」


 前衛はアカンカとフィーネの二人。

 その二人の前に、アランカの身長をはるかに超える大きさの熊が、首を失って大の字に倒れた。


 フィーネが一撃で倒したのだ。

 ここまで何度か戦闘はあったが、ほぼ全て、同じ戦い方だった。



  1.敵が現れる。


  2.敵が威嚇、あるいは攻撃してくる。


  3.アランカが防御も兼ねた体当たりで、敵の体勢を崩す。


  4.フィーネが敵の首をすぱーん。


  5.ソフィアが「うぉぉ…」と戦慄(せんりつ)する。



 多少は敵の登場や攻撃方法に違いはあったが、手順3以降は変わらなかった。手順5については、もうそろそろソフィアも慣れてきた。


「…今日はアランカがいるから、楽ちん」

「それがしも、フィーネ殿のおかげで楽ちんですな」


 つまり、二人が超つよい。そして後ろの三人はすることがなかった。


「…なんだか、縮尺が分かんなくなっちゃうよ」

「…そう言われてみれば、遠近感が狂いそうだな」


 大男であるアランカが、ずっと大きな魔物に体当たりをしてよろめかせて、ずっと小柄(こがらな)なフィーネが飛びかかる。

 せめて大きさだけでも(そろ)えてくれたら、気分的に混乱しないのだが……


 二人の変な感想に、ヴェノムふと疑問を述べた。


「そう言われてみれば、この森は大きな魔物ばかりですね?

 ちゃんと魔物が間引きできていないという意味で、別の問題が起きているのでは?」


 魔物や(けもの)はソフィア達の地元であるブルームランド領にもそれなりにいる。

 害獣ならば殲滅(せんめつ)するか駆除(くじょ)するが、それ以外なら定期的に数を間引くだけだ。

 大きく成長したり数が増えすぎたりを防ぐのだが、すべて狩ったら、今度はその獣が捕食していたもの、獣を食べていたはずの生き物が大量に増減してしまいかねないので、適度な数を保つ必要があるのだ。


 そういう数や量の管理は領軍や地元の冒険者組合、森林組合などが連携して行っている。


 そんな組合に所属しない流れの冒険者や旅人、密猟者などが好き勝手にやってしまって毎年のように問題が発生するのは、ブルームランド領に限らず各地の領が持つ悩みである。


 ヴェノムの疑問に、アルフレッドが答えた。


「王都の周辺を囲む山脈は、霊峰(れいほう)と呼ばれるくらいに魔力が濃い。その影響で魔物が育ちやすいなどとは言われているのだが……

 …実際のところ、原因は良く分かっていない。

 昨年は、王都のどこぞの研究所が廃棄した薬の影響で魔物が巨大化し、暴走したなんて事件もあった。

 王都のように大量に人が集まってしまうと、正直、何が起こるか管理しきれんという悩みがあるのだ」


 かと言って監視や規制を強め過ぎれば、今度は住民が暮らし(づら)い街になる。

 悩ましい話だ、とため息をついたアルフレッドに、今度はソフィアが質問した。


「殿下、それは何です?」

「ああ、これか?」


 アルフレッドが小瓶(こびん)から()まみ出して、地面に置いていた青い石。


「これは信号石と言って、この大きさで三日間ほど特殊な魔力を放出する。

 その魔力を遠隔から受信する道具があって、その位置を地図に反映し、調査隊の経路や安否を確認するのだ」


 そう言いながら、アルフレッドが残りの二瓶、赤い石と黄色い石の小瓶も取り出して見せた。

 石の種類と数で状態を伝えるのだという。


「…私、はじめて知りました」

「そうであろうな。本来、聖女は兵士と一緒に行軍するものでは無いからな」


 そこにヴェノムも補足する。


「お嬢様、それに加えて、その信号石にはいくつか問題もあるのです」

「問題?」


「一つは、敵にも位置が知られる点。魔物が相手ならばまだしも、対人戦ではまず使えません。

 もう一つは、金額。人工魔石ですので、製造にそれなりの費用がかかります。冒険者でも中堅以上でなければ手が出せません」


「どこに行ってもお金の問題があるんだねー」

「一聖が世知辛(せちがら)いセリフを言うでない」

「それより、お二人とも」


 二人に話しかけながら、ヴェノムが前方、はるか先を指さした。


「置いて行かれますよ?」


「「!?」」


 視界を木々に(はば)まれて見失う寸前くらいの位置で、フィーネが大きな蛇の頭を()ねていた。


「ちょっと!? 二人とも!?」

「おい!? 前衛が後衛を置いて行ってどうする!!」


 急いで走って追いかける三人であった。




  ◆ ◆ ◆


 この遠征、一日で到達できない場所であれば一旦引き返す予定であるとアルフレッドは皆に告げていた。


 人には寝食が必要なのだが、安全にそれを行える場所を確保するのはかなり難しい。

 それが魔物の領域内ともなると、ほぼ不可能と思った方が良い。


 もともと人が住むための場所だったとか、侵入者を奥まで誘い込むつくりになっているとか、そういう理由で遺跡や迷宮が宿泊可能になっている場合もある。

 だが、それ以外の理由で魔物の領域化した場所はもう、宿泊以前の問題だ。

 常にこちらの場所が視られているいるとか、うっすら毒がかかっているとか、敵がほぼ無尽蔵に湧いて来るとか、一秒も早く立ち去りりたい場所であるのが魔物の領域である。


 安全確保の魔法結界を構築できない事もないのだが、それは中級や上級、場合によっては大魔法くらいの難易度や労力がかかってしまう。

 同じ労力で敵を攻撃する術式を構築すれば、大抵の敵は一撃で倒せる、それくらいに「宿泊場所の確保」の難易度は高いのである。


「…最悪、一聖ソフィアに徹夜でがんばってもらうことになる」

「嫌ですよ!?」


 みんながスヤスヤ眠っている間、ソフィアだけ四方に【聖壁(ディバインウォール)】を張り続けるという悲しい作戦になってしまう。

 誰が聞いても冗談と分かる話でも、ソフィアの場合は「実現可能」な範囲なので、まさかと思ってわりと必死に断った。



 そんなアルフレッドやソフィアが心配していた状況も、回避できそうな目途(めど)が立って来た。

 目的地は近い。

 前衛二人がずんずん前に進んで行ったせいでもあるが。


 森に徐々に霧がかかって来た。

 アルフレッドにも、これが魔力を()びたものであることが感じ取れた。


 そして、目の前に現れた人影が、複数。



 元騎士、現在は動く死体(アンデッド)



「…待て待て、一旦落ち着け前衛二人!

 何事もないように普通に進もうとするな、警戒しろ!

 ソフィアも、前に出るな! 落ち着け!

 徹夜で城壁になってもらう件は俺が悪かったから、冷静になれ!」


 敵よりも味方の様子に大忙しのアルフレッドに、ヴェノムが言った。


「いえ、ここはお嬢様に任せてしまってよろしいかと」

「なぜ!?」


 アルフレッドは知っていた。

 ソフィアが使える魔法は【治癒】、【解毒】、【聖壁】の3つだけだ。

 無敵の一聖なので誤解されているが、実はたったの3つである。


 その3つが破格の威力で、魔法薬づくりでも達人という強みはあるが、彼女の才能は(とが)り過ぎていて使いどころが難しい。


 彼女の弱点の一つとして、攻撃魔法が無い。

 防御一辺倒、のはずなのだが……


「【解毒(キュア)】」

「……は?」


 一聖ソフィアの手の平から、同心円状に解き放たれた優しい光が、動く死体(アンデッド)達を一掃(いっそう)する。


「…いや、待て。

 おかしい、おかしいぞ!?

 なぜ解毒魔法で……おい!?

 そんなに前に出るなソフィア!」


 落ち着かないアルフレッドを再びヴェノムが制止する。


「大丈夫です殿下。お嬢様はむしろ、ここからです」


 ソフィアの周りに集まってくる()れの()て。

 光り崩れ落ちていく死体や、ほんのり明滅する球体、(かすみ)のような幽霊(ゴースト)、等々。


 その一つ一つに、ソフィアは声をかけ、手を触れ、話しかけた。

 それらが彼女に接するたびに、土に還り、宙に溶けて、空へと昇り、次々にその姿を消していく。


 魔物の領域から、そこが森へと戻って行く。

 重く禍々(まがまが)しかった霧もだんだんと晴れ渡っていき、空から陽射しが差し込んだ。

 少し寂しい、でも優しい、風に木々が揺れるさわさわとした音とともに、温かな世界がソフィアを包み込むように帰って来た。


 木漏れ日に照らされて、一人立つ聖女。

 どこからともなく舞い降りた小鳥が、その肩に止まる。

 少し驚いた彼女は、小さな友人にフッと目を細めた。

 その美しい光景は、一枚の名画のようだった。


 誰にともなく、アルフレッドはつぶやいたのだった。


「俺はまだ、一聖という存在を(あなど)っていたようだ……」



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