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村人無双(3)

(前回までのあらすじ:壁ドン中)



「どういうつもりだか知らないがなぁ、あれは……あの女は、俺達のもんだ」


 白衣の男がケンに(すご)む。


 よくよく考えてみれば、この状況はさっき勇者ちゃんが来た直後の、あの続きなのだろうとケンは気付いた。

 つまり、あの女とは勇者ちゃんのことなのだろう……あれ? 勇者ちゃん、どこ行ったの?


 そんな心ここにあらずなケンに、白衣の男はいやらしい表情で話を続けた。


「あれは、薬無しでは生きていけない。

 分かるか? 俺達の言うことを聞かなきゃ、死ぬんだよ?」

「っ!?」


 聞き逃せない言葉に、一瞬、ケンの意識が戻る。

 無意識にケンの左手が(こぶし)(にぎ)るが……


 …ふと、思い出した。そうだ、初めて「二人で」勇者ちゃんと会ったあの日――



  ――我が輩たちも久しぶりの外だからな、しばらくは胃に優しいものを作るつもりだったんだ。


  ――それがおいしいだ。あわてなくて良い、ゆっくり味わえ。



 ――そうだ。

 あの後、勇者ちゃんは解毒魔法も覚えて帰った。

 僕よりもずっと早く使いこなせるようになってたんだよなぁ……


 握っていたケンの拳がほどけた。

 その話の流れなら、彼が「怒っている」のは、勇者ちゃんが「うまくやれている」証拠(しょうこ)ではないだろうか?


 そんなケンの考えも知らず、男の顔と口調が勝手に熱をおびていく。


「今は魔王を狩って調子に乗ってるが、すぐに折れる!

 …ヒッヒッヒ、そういう意味では、お前には感謝しなくちゃぁなぁ…」


「……」


「生意気だった女が折れる瞬間が最高なんだ。

 楽しみだぜ……ヒッヒッヒ…」


 ……気持ちが悪いのは息が臭いからでは無かった。

 そうだ、彼らの匂いは知っている。

 ケンは、思い出してしまった。


 思い出したいものではないが、骨の(ずい)まで(きざ)み込まれて、()()()()を、悪夢に見るほど知っていた。



 エっちゃんにも、ネイザーちゃんにも会う前に、この世に救いなど無いと思っていたあの頃。



 見上げれば石壁、見下ろしても石壁、目の前は牢。

 牢の外には、恐ろしい、(みにく)い、人という名の生き物がいる。

 想像を超える悪行を創造(はきだ)し、常に新しい娯楽(エサ)を求めている、とても高貴で賢い(しねばいい)生き物たち。


 奴隷には、自分より下の者には、何をやっても良いと思っている。

 むしろ「自分は(ゴミ)では無い!」と、抵抗する奴隷でなければつまらないと()えている。



 人は悪。

 傷つき泣き叫ぶ姿は、楽しい。



 楽しい――



  ――そうだとしても、関係ない!

  お前はお前だ! もっと好きにやればいい!

  怒れ、叫べ、お前は自由だっ! もっと「お前を」好きになれ!

  我が輩が、お前を、

  もっとわがままな奴に変えてやる!



「おい、そんなところで何をしている」


 ついに、助けが現れた。

 ハッとしたケンは、壁ドン男の向こうに現れた人影を見た。



 そこに現れた二人の影は―――ヘッシャとヘッシォ。



 …よりにもよって、ケンの入村翌日から因縁(いんねん)を吹っかけてきた二人組の登場に「…んんん?」と思うケン。

 そして妙な村人二人組の登場に、白衣の男は強気ににらみ返したが、


「ああ゛!? なんだ、きさ……ま、ら…」


 ヘッシャを前に絶句した。


 身長だけならデッサーと並ぶ大男のヘッシャを目の前にすれば、それは当然の反応だった。

 まるで(ひる)まなかったケンの方がおかしかった。


 そんな白衣の男にヘッシャが言い返す。


「ああ゛ん!? てめぇこそなんだぁ!」


 ほぼ同じセリフを返したヘッシャに対して、白衣の男はニヤリと笑った。


「フ、フフ……私は! 王都対魔王研究所、研究主任のジーニァスだ!」

「俺は村一番の怪力ヘッシャだ」


「んっ?」

「あ゛?」


 見つめ合う二人。

 にらみ返して来たヘッシャに、一瞬きょとんとした白衣の男は、もう一度よく言って聞かせるように繰り返した。


「私は、王都の、対魔王研究所の主任である、ジーニァスだ!」

「俺は、村で、最強の、ヘッシャだ!」


「「……」」


 やはり見つめ合う二人。


 おや? と思ってケンは、ヘッシャの保護者(?)であるところのヘッシォの方へと目を向けると、彼はケンに両手をあげて肩をすくめながら、一言。


「お(えら)いさん、らしい」

「…ああ!」


 理解した。


 つまり、白衣の男が「俺は偉いんだぞ!」と牽制(けんせい)したら、「俺は強いんだぞ!」とヘッシャが返した。


 権威はその価値を知るものにしか通じない。

 そしてここは辺境の村である。研究所どころか王都の位置すら知らないような村人達も大勢いる。

 彼の権威は、この村では価値が無かった。


 膠着(こうちゃく)してしまった状況下で、今度はヘッシォの方が(ひと)り言のようにしゃべり出した。


「そうか、王都の……対魔王研究所、か」

「!? そ、そうだ! そこの主任だぞ、私は!」


 話の通じる相手はこっちだったか! と白衣の男はヘッシォの方へと向き直り、ヘッシォの方はそのまま続ける。


「…今となっては、すべてが(なつ)かしい。

 あのお方は……今も元気でやっておられるだろうか?」


 この村に住んでしばらく()つケンは、もう知っていた。

 リヒトさんと違って、ヘッシォさんは「普通のおじさん」である。


 なんとなく、今も適当なことを言ってるだけなんだろうなと、ケンにも察しはついたのだが…


「……は?

 …いや待て!? あのお方って、まさか貴様!?」


 白衣の男は勝手に何かを想像して、


「おい! お前は一体誰だ! 名を名乗れ!」

「……」


 男は怒鳴りつけるが、ヘッシォはただ王都の方角なのであろう東の空を(なが)めるだけ。

 その様子にヘッシャは「兄貴、すげぇ!」と何がすごいのか分からないが感動していた。


 そんな三人の不思議なやりとりに、ケンもじわじわと感動し始めていた。


 ……これだ! これがいつか村長が言っていた「厄介な奴に、もっと厄介な奴をぶつけて様子を見る」ってやつだ!

 すごい! 本当に厄介だ! みんなそろって、まるで話に中身が無い!?

 きっとこんなのエっちゃんが見たら、腹を抱えて笑い転げる! すごい、見せたい!


 まるで解決しそうにない状況を前に、ケンが目をキラキラさせていると……


「こ、こうなったら…」

「ヘッシャ下がれ! そいつのその剣は…!」


 白衣の男が取り出したのは、刀身の赤い剣だった。


 別に何色の剣だろうが、刃物は危ない。

 念の為に、二人の前に割って入れる位置へとケンは移動する。


「お、おい、どうする兄貴!」

「落ち着けヘッシャ、あの剣はな……危ない」

「そうだ! この剣は勇者の剣だっ!」


 あれ? 勇者の剣? …勇者ちゃんが持ってた剣はあれじゃ無かったよね?

 ケンの疑問の答えは、「彼が勇者に渡していなかった」だった。


「あの女に、こんな剣はもったいねぇ……これはもう、俺の剣だ!

 そんじょそこいらの魔剣じゃぁないぜェ、ヒヒヒ……痛いぜぇ、熱いぜぇ…熱くて死ぬぜぇ…!」


 放っておいたら、なんだか収拾がつかなくなってきた。


 ケンは思った。今後の展開がなんとなく読めてきた。


 これはきっと……なんだかんだあった後に、僕が村長に怒られるやつだ!

 すっごい怒られるわけではないけど、地味にクドクド言われちゃうやつだ!

 あれだ、もうちょっと上手くやれんのか? だ! その通りだ! 僕だって、そう思います!


 どうしかしなければ、でもどうすれば良いのか分からないケン。

 (あせ)った時こそ、まず一旦、落ち着こうとを考えた。

 そして次に、やることは……


 …エっちゃん語録を思い出す、だった。



  ――敵が強い武器を見せびらかして来たら、

  その自慢(じまん)の武器を奪ってやれ!

  その方が……ものすごく悔しがるからなぁ! クックック!



 ――わりと邪悪な場面を思い出してしまいつつも、ケンは即座に詠唱した。


「……【増強(エンハンス)】」

「…()っつ!?」


 急に魔剣が火を()いて、白衣の男は手放してしまった。

 ケンが強引に魔剣の威力を()ね上げたせいで、持てないくらいに熱くなったのである。



 四人が見守る中、赤熱した剣が、くるくると回りながら、地面へと飛び込んでいく。



 そう、落ちたではなく、飛び込んだ。

 地面に刺さった魔剣は、そのまま地面を真っ赤に染めながら焼き溶かし、しゅうしゅうジュワジュワと音と煙を立てて、マグマのように周囲一帯を()えたぎらせながら……地面の下へと沈み消えてしまったのだった……


「「……」」


 地面を見つめる三人と、三人を見つめるケン。


「………」


 白衣の男は混乱した。いや、むしろ冷静だったのかもしれない。一瞬のうちに脳を思考が駆け巡った。

 長い年月と莫大(ばくだい)な予算をかけてついに完成した魔剣、その剣がいま想像をはるかに超える性能を発揮(はっき)して、そして地面の底へと沈んでいった……沈んだ? 地面に? 何だ!? すごいぞ!? メルトダウンを起こすほどの高火力!! そんな魔剣がついに今……いま……失われ……


 失われた。白衣の男は、じっと真っ赤な地面を見つめていた。


 そして彼は茫然自失(ぼうぜんじしつ)のまま、その手を地面へと伸ばしかけて、引っ込めて……ついに、よろよろと歩き出した。


 (うつ)ろな目で、(あや)うい足取りで、兵士達の駐屯地へとふらふらと帰って行ってしまったのだった……


 そんな彼の小さな背中を見送った三人が言った。


「…ひでぇことしやがるぜ」

「ひでぇ」

「そんな!? ………そんなこと、ありま……す、ね……」


 助けたはずの二人に責められるケンだったが、あの様子を見れば、ちょっとやり過ぎなような気がしないでもない。

 エっちゃんが言ってたように悔しがるどころか、斜め上の落ち込みっぷりだった。


 そして、あんまりすごい武器を持ってしまうと、無くした時が大変だという教訓になった。

 そういう意味では、勇者ちゃんがあの剣を持っていなくて良かった気がするケンだった。

 大事な剣が無くなったり折れたりしてしまえば、あれほどではないにしても、勇者ちゃんもがっかりするんじゃないだろうか……というよりも他の誰かがうっかり拾った時に危ない。

 


 ちなみにこれが、(のち)の「ワリト・ヤ・ワラケイン」、その構想(コンセプト)の元となった。

 ただの木の棒に魔法をかけただけならば、万が一無くしても落ち込まないし、魔力が切れたらただの安全な棒に戻る。

 そんな棒を作ることも、その棒で勇者が(ドラゴン)と戦うことも、この時のケンは想像だにしなかったのだが……



 その後、魔剣は三人で掘り起こした。


 危険物を地面に沈めたままでは間違いなく村長に怒られるので、掘り起こすのは当然の流れだった。

 熱の方はケンの魔法で簡単に冷ますことができたものの、思ったよりも下の方まで沈んでしまっていて探すのが地味に大変だった。


 掘るのと探すのにヘッシャがとても活躍した。

 こういう時に背が高いと便利である。ヘッシャがうらやましいとケンが言ったら、ヘッシャはとても(ほこ)らしげに喜んで、ヘッシォも一緒にヘッシャを()めた。


 魔剣の方は、軍団長に返却しておいた。

「何をやっとるんじゃ、おぬしは」という村長の目が痛かった。


 だが、ケンに渡された魔剣を受け取った軍団長の方は「あいつムカつくからしばらく黙っておきましょう」とごきげんな様子でニヤリと笑った。

 その後ろで副官が「もう手遅れだったか…」とつぶやきながら頭を押さえていた。



 そんなやりとりがあった一方で。


 フィーネと手をつないだエリナが村中を歩き回りながら、村人達に紹介して回っていた。


「ケン(にぃ)の、勇者ちゃん!」


 若者が少ないこの村で、勝手にケンの妹分みたいになりつつあるエリナが、なぜか「ケンの」と紹介する勇者ちゃん。


 そんなわけでこの村では、フィーネもケンの妹みたいに思われてしまっていた。

 いきなり紹介された「勇者」が何者なのか、本物なのか偽物なのかも村人達には分からない。

 それでもここの村人達は一切気にせず、フィーネの名前は「勇者ちゃん」のままで定着した。


 そしてフィーネも、エリナからの紹介を否定することもなく、ただ()すがままに村中を連れ歩かれた。


 やたら元気で体力のあるエリナと、一騎当千の勇者の二人は、ほぼ村の全域を歩き回った。

 行く先々で、「これもおいしいからお食べ」と餌付(えづ)けされたフィーネは、小さな口に次々に果物やおやつを吸い込んでいた。


 …食べ物とは違う、新しい「温かい」を見つけたフィーネ。

 なぜか、エリナとつないだ手も不思議なくらいにしっくりとして、気持ちよかった。


 白衣の男が、「薬以外は摂取出来ないはずのフィーネ」のそんな姿を見たならば、卒倒したに違いない。

 だが彼はその頃、別の理由で倒れていたので、フィーネの件には気が付かないままだった。


 さらに言えば、この日、フィーネが自分の帰還魔法の登録先を「研究所」から「この村」へと勝手に変更してしまっていた。

 これもまた、白衣の男から軍関係者まで誰一人として気が付かずに……後日、この村の者達だけが気が付くのだった。


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