村人無双(2)
【点火追尾】。
早歩きか小走りくらいの速さで追いかけて来る小さな種火に、キャッキャしながら逃げ回るエリナ。
そんな様子を前にリヒトがケンに「追跡範囲は? 持続時間は? 威力は?」と矢継ぎ早に質問していた。
ケンの答えは「しばらくの間」追いかけ続けて、鉄をも溶かす。
血相を変えたヘリングが「今すぐ消せっ!!」と慌ててエリナを抱き上げたのだった。
そしてあの時に言っていた「しばらくの間」は、まだ続いていた。
ああ、そういえば、【七十七迷層陣】とやらも十年くらいは保つという話だった。あいつの言う「しばらく」は、まぁ、そんなものなのだろう……
ヘリングが遠い目をしている間にも、縛られた男が叫び、軍団長が「ここで焦らすとは、さすが将軍」とウンウンとうなずいていた。
そんな男と軍団長の後ろの少し離れた位置で、リヒトと副官が情報交換していた。
男は盗賊組合に所属しているらしい。
組合といっても非合法の、闇の組織である。
現役時代のヘリングが叩き潰した組織の一つに盗賊組合もあったのだが、彼らはその後継を名乗っているのだとか。
本当に後継者達であろうが、無かろうが、その手の輩は力のある個人や組織の威を借りるために勝手に関係者を名乗るものなので、新しい盗賊組合とやらもまた、そうなのだろう。
だが、そんな盗賊団もつい最近、壊滅した。
この男が言う「謎の鬼火」のせいである。
盗賊達が潜伏していた、あらゆる場所にある隠し拠点を、その鬼火が片っ端から燃やして回ったからである。
どうやら鬼火は「盗賊組合の構成員」を無差別に襲っていたらしい。
盗賊組合側もそれは分かって、迎え撃ったり、逃げ回ったりしたらしいのだが、無駄に終わった。
水をかけようが、盾でふせごうが、止まらぬ鬼火がゆっくりとどこまでも追いかけ続けてくるらしい……恐ろしい怪談である。
結局、騒ぎを隠しきれなくなった盗賊達は、王国の警備兵団に捕まった。
捕まったのか、助けてくれと泣きつかれたのかは、半々だった。
副官からの説明に、リヒトは「しまった……追跡対象の設定方法も細かく聞いておくべきだった…!」と口惜しがった。
「あ、あの、リヒター様?」
「…コホン。あー、それで、参考までに。
その鬼火はまだ生きているんですよね? どう処理したんですか?」
「実はまだ、処理できていません。
盗賊達は広めの平野のど真ん中に野営させて、休むと逃げるを延々と繰り返させている所です」
「……なんだか、軍の特殊訓練みたいですね」
訓練と言っても、体力づくりの為というより、特殊部隊の選抜とか自軍の限界を見極めるとかが目的のヤバイ特訓の方だ。
…追いかけられながら眠る訓練……それこそアイスロード家あたりが採用していまいそうな内容だった。
リヒトが「一番採用しそうな男」の方を見ると、彼もリヒトの方へと視線を返した。
副官からの情報を踏まえて、参謀リヒトは将軍ヘリングに「もう少し泳がせてみましょう」と視線で返した。
無言で小さくうなずいたヘリングは、ようやく目の前の縛られた男に返答らしい言葉を返してやった。
「…そうは言ってものぉ、そいつはちょっと虫が良すぎる話じゃないのか?」
「反省してるっつってんだろうがっ!! 俺達はもう、限界なんだよ!!」
男を物理で黙らせようとした軍団長に「動くな」と視線で制したヘリング。
そして、邪悪そうにニヤニヤしながらヘリングが続けた。
「なーにが反省じゃ。おぬし一人がこんがり上手に焼けてみせたところで、今さら何も変わらんじゃろ」
「はぁ!? お前、分かってて言ってるだろ!?」
荒ぶる男の言葉に今度は、ヘリングの横に戻って来たリヒトが返した。
「おや? お気づきでしたか?」
「当たり前だ! あの鬼火は俺だけじゃねぇ、俺と同じ匂いのする奴らを片っ端から燃やすだろうがっ!!」
リヒトの誘導に、男が魔法の効果範囲を教えてくれた。
そしてリヒトは考えた……やはり【点火追尾】の性質を、彼らなりに分析している。村の襲撃時にもヘリング対策なのか「魔封じの鎖」を持参してきた程度には、魔法に詳しい者達がいるようだ、と。
そしてリヒトとヘリングが、二人でさらに情報を引き出そうとする。
「…そうは申されましても。あなた方もご存知の通り、魔法の標的設定は繊細なものでして……ねぇ、将軍?」
「そうじゃのー、貴様らの全貌を把握せんことには、おそらく解呪も失敗するのー」
「お前らっ!? そんな雑な術式で、あんな魔法を放ったのか…!?」
「「それが、なにか?」」
「て……てめぇ、らぁ……!!」
ヘリングとリヒトの極悪コンビが、鎌をかけつつ、煽りまくった。
それなりに盗賊組合のことを知ってそうなこの男から、根こそぎ情報を絞り出してやろうという魂胆だった。
そんな二人の腹の黒さなど分からぬ男は徹底的に叩かれた。
二人の思惑通りに、怒りに怒り、やがて疲労困憊になり果てて、最後は折れた。
そもそも、男にしてみれば選択肢など無かったのだ。
あの鬼火の魔法は王国警備兵でも止められず、その使い手(だと思っている)ヘリングが目の前にいて、彼を説得せねば止まらないのだ。
結局のところはヘリング次第。彼が納得しない事にはあの鬼火地獄は終わらない(と思い込んでいた)。
しまいにはボロボロと泣き出してしまった男。
そんな「鞭役」のヘリングに叩きのめされた彼に、「アメ役」のリヒトが優しく声をかける。
「…えぇ、えぇ。分かります。分かります。
あなたも苦労なさったんですね。
そんなあなたの努力にも報いず、助けにすら来ない薄情な支援者達は一体どこのどなたでしょう?」
「そ…それは……」
「いえいえ! 言わなくとも大丈夫、もう知っています|!
ただ……もしあなたに、晴らせぬ思いがあいつらに……やり残したことがあるのならば……
…コホン。
もしも彼らに伝言があるならば、私が代わりに伝えておいて差し上げますよ?」
もちろんリヒトは「あいつら」を「知らない」。
だが、男の口を開かせることができれば十分だ。
男の口から出て来た言葉をすべてを繋げば答えは出るし、出てきた答えで次を引き出す。
リヒトにかかればこれくらいは朝飯前だった。
そんな教本みたいな尋問の様子に、ついさっきまでリヒトと話していた副官は思わず口を押さえてゾッとした。
俺、さっきリヒターさんに何か余計なことしゃべってなかったよな……と、先ほどの会話の内容を青ざめながら思い返した。
もう、どちらが悪党か分からない。
だが、どちらにしても彼は、盗賊達は負けたのだ。
悪意を満たすために、暴力で襲った。
善意を揺さぶるために、同情を誘った。
持てる力の全てを以て殴りかかった。
それでも相手に、勝てなかった。
それが善であろうが悪であろうが、結局のところ盗賊組合よりもヘリング達の方が上手だった、それだけだった。
彼の意思とは関係なしに、関係者から余罪や疑惑に至るまで全ての情報がずるずると、彼の口から引っ張り出されてしまうのは時間の問題であった。
…そんな様子に、やっぱりヘリング将軍はすごいなー、とニコニコご機嫌な軍団長。
そんな彼女から一歩引いた位置には、うちの団長もいつかああなっちゃうのかなー、とハラハラ心配している副官が立っていたのだった。
そしてヘリングは、
「…さて、こっちの方は片付いたようだな。だが……」
無事に問題が一つ消化されて、すぐに一つ増えた。
勇者だ。
「あいつはなんで、勇者なんぞと仲良しなんじゃ…?」
どうせまた魔王がらみだとは予想はつくが……また後で確認しない訳にはいかない、ヘリングは大きなため息をついたのだった。
◆ ◆ ◆
そんなことが村長宅であった頃。
ケンは宿屋の裏庭で、白衣の男に壁際まで追い詰められていた。
この白衣の男以外の兵士達、軍関係者達は宿屋の「表の庭」で休憩していた。
この村で大勢が一度に飲食できる場所といえば村の中央広場か、この宿屋前と決まっていたので、ここになった。
村人達が「遠い所、お疲れ様でしたね」と食事を運んで労っていた。
村人達が温かいのはもともとの気性に加えて、彼ら軍人達が村長やデッサーの古い知り合いだからということもあった。
そんな和やかな表庭から、さほど離れていない裏庭だが、誰も助けは来ない。
これがもし「大男ヘッシャに他の誰かが絡まれている」だったなら、目撃した村人は慌て村長かデッサーを呼びに行っただろう。
だが、ケンの強さをすでに知っている村人達は、絡まれているケンの姿を見ても「お、やってるね」くらいで通り過ぎるだけだった。
それどころか「あらあら、モテモテねぇ、ケン君、うふふ」と何か勘違いしながら通り過ぎていくおばちゃん達もいるくらいだ。
そしてケン自身にもその自覚はあった。
ここで村長を呼んでもらったら、なんとなく、僕の方が怒られるような予感がするのはなぜだろう? …なんて考えているくらいで、つまり、余裕だった。
「おい! 貴様、聞いてるのかッ!?」
壁に、男の拳が叩きつけられる。
つまり、壁ドンである――
――これがあの、エっちゃんが言っていた伝統芸能「壁ドン」!?
…でも、エっちゃんが言ってたようにはドキドキしないな?
むしろムカムカ……お腹から何かこみあげてくる感じがして気持ちが悪いのなぜだろう?
あっ、この人の息、臭いから――
――やっぱりケンは、動じなかった。
向こうの方では、別のおばちゃんが「あらあら、ケン君は罪な男ねぇ、うふふ」と言いながら通り過ぎていった。