ベテラン村人(3)
それから数日の間、ケンは村のあちらこちらをウロウロした。
村長にしばらくの間そうするように言われたし、ケンの方も村のために自分に何ができるのかを探していた。
それでも結局、何をやれば良いのか分からなかったケンは、村長の家に聞きに行ったのだが……
「ん? お前は何もせんでもええわい」
「……」
戦力外通告に愕然とするケン。
一緒に来ていたリヒトが口をはさんだ。
「村長……」
「ん? ああ、すまん、言い方を間違えた。おぬしはそのまま待機じゃ」
「……」
「村長、何も直っていませんよ。ケン君も、悲しまなくても大丈夫です」
二人の反応に「めんどくさいな」という顔をした村長だったが、気を取り直して、ケンに言った。
「ケン、おぬしは、村の防壁を強化しないのか聞いたリヒトに『このままの方が良い』と答えたそうじゃな?」
「…はい。そんな感じのことを言いましたね?」
ケンが手を加えれば防御術式はもっと強化できる。だが、このままが良いとケンは言った。
その理由は、村人達が自分達で修理できる方が良いと思ったからだ。
むかし、エっちゃんが言っていた。
「一時しのぎのつもりで作った術式でも、それが便利ならずっとそのまま使われ続けて、ある日、急に壊れるぞ」と。
仮で作ったはずの魔法が、そのまま村や街を支えるものになって、それが壊れる。だが、それを直せるものは誰もいない。結果、村や街が滅びてしまう。
作った時には「十日ももてば十分だ」と言われて作ったのに、作ってみればずっと使われ続けた挙句、壊れた後に出た損害まで自分のせいにされてしまう。
そんなことが何度もあったとエっちゃんはケンに警告していた。
「持続可能な社会が大切だって、エっちゃんが」
「…なんじゃい、それは?」
だからケンもこの数日間、村人達に「今の防御術式の仕組み」について解説してきた。
今の術式に興味を持って、自分達で手を加えようという気になったのならば、ぜんぶ教えてあげようと思っていた。
どんどん強力にすることよりも、この先もずっと続けていける仕組みづくりの方が大切なのだとケンは思っていた。
そんなケンの行動については、村長も村人達から聞いて把握していた。
「えすでー何とかは知らぬが、おぬしのやり方はわしも正しいと思っておる。
わしやおぬしが居なくなっても、この村は続いて行くのだからな」
「やっぱり、そうですよねー」
リヒトも無言でうんうんとうなずいた。そして村長は続ける。
「おぬしは、この村にとっての命綱だと思っておる」
「えっ?」
「あの盗賊の件の時のように、おぬしは戦局を一気にひっくり返す切り札じゃ。
おぬしが出れば、だいたいは勝てる。
だが、おぬし頼りの村になっては、いざという時、おぬしがいないなら、村はどうなる?
命綱を使って山を登り降りなどせぬだろう? いざという時に使う、そういうことじゃ」
「……」
想像以上の村長の自分への期待に、ケンは少し驚いたような照れくさいような、ぞわぞわした。
「それにおぬし、やろうと思えば力仕事でも面倒な作業でも、やれてしまうじゃろう?」
「そんなことは……ない、と思いますが」
実際、ケンがやっていたのは魔方陣の改良だけではない。
排水溝のドブさらい、道路の補修、屋根の修理、倉庫の整理、壊れた荷車の移動、等々……魔法を使うものから使わないものまで、色んなことを手伝っていた。手伝えるだけの腕力、体力がケンにはあった。
「銅貨を魔法も使わずに曲げてみせた怪力でよく言うわい。それに加えて、わしやリヒトを超える魔法の使い手じゃ。
おぬしがあれもこれも引き受けてしまえば、他の連中の仕事が無くなる」
「そう……かもしれませんね?」
この数日は手伝うたびに感謝されていたので、いまいちピンと来なかったケンに、村長は説明する。
「最初は良い。だが、そのうち、村の連中の面子が潰れる。面目が保てなくなる。
下らん事だが、他の連中が活躍できる場も守ってやらなければならぬということじゃ」
「……」
くだらなくは無い、大事なことだとケンも納得した。
村のみんなのことを大切にしている村長は優しい人だとあらためて思った。
「だからおぬしは、今まで通りに村をうろうろしておればそれで良い。
何か村人が困っておったら、話を聞いて、わしに報告せい。
ちょっとしたことならおぬしの裁量で解決して良い、わしが許可したと言って構わん」
「…わかりました!」
「当分は、おぬしの仕事は、村の細かいあれこれを色々と解決していく地味な作業じゃ」
「がんばります!」
ヤル気を出すケンとうなずく村長を見ながら、リヒトは苦笑した。
「…それってつまり、村長の仕事ですよね?」
◆ ◆ ◆
それからさらに数日後。
「ケン、おぬし一体なにをやった?」
「ごめんなさい!?」
そんな二人にリヒトがそれぞれ注意する。
「ケン君、とりあえず謝っておくのは良くありません。
村長も、とりあえず威嚇するのはやめてください」
「「……」」
今日は村長とリヒトに加えてデッサーもいた。
なんだかんだでいつも集まる4人である……それはここ最近いつも問題が起きているからだ、と言えなくも無かった。
「別に威嚇はしとらんわい」とつぶやく村長をおいて、リヒトがケンに説明し始めた。
「さて。
この村は辺境にあって、半ば自治領みたい放置されている場所でもあります。
隣接する敵軍も無く、特産品や税収も見込めない、放っておいたところで問題も無ければ旨味も無い場所、という訳です」
通常は、各地の領から税収を得ながら、国は各地を守っている。
端的に言えば、お金をもらって兵を派遣し、敵や災害から領を守るという訳だ。
だが、敵がいない税収も少ないような土地ならば国もわざわざ守らない。
慈善活動として貧しい村を守ってやっても良いのだが、村の方から「放っておいてくれ」と言っているなら、国も守る気が萎えてしまうし、お互いに交流しなくなっていく。
そんな流れで、訳あり達が集まっているこの村は、中央から放置されているような村だった。
「ですが辺境とは言っても、村長の元にはそれなりに外からの情報が集まります。
近くに出没した獣や盗賊、村や街道を襲う災害についての情報は、近隣同士や商人達で共有する必要があるからです」
行き止まりみたいな場所にある村ではあるが、それならそれで、まだ行き止まりのままだよね? 行き止まりの向こうから幸運やら不運やらが降って来てたりはしてないよね? と確認しに来る者達もいるのである。
例えば、森にある鉱床の採掘を再開しようものならば、商人達は他の者達に先んじて交渉を始めなければならない。
「それに加えて、村長はもともと所属していた軍では、それなりの地位にありました。
そんな村長の知恵や人脈を求めて、相談が来たり、情報が集まったりするのです」
「迷惑な話じゃわい」
その辺りの事情や気配は、ケンもほんのりとは感じていた。
ふつうの村がどんなものなのか知らないケンだが、ここの村人が、ふつうの人とそうじゃない人(?)の差が大きすぎるような気がしていた。
村長、リヒト、デッサー以外にも、身のこなしやら魔力やらが一般の人とは違う人達が数人いて、それを隠しているっぽいことはケンも気が付いていた。
なるほど、これが「訳ありの村」なのかと、秘密っぽい雰囲気を楽しんでいたことも無くは無かった。
「そんな訳で……あ、立ち話もなんですから、どうぞ、ご着席ください」
「あ、はい」
リヒトに椅子をすすめられるケン。なんだか妙な予感がした。
座るようには言われたものの、座っているのはケンとテーブルをはさんだ対面で眉間にしわを寄せている村長の二人だけだった。
リヒトとデッサーは村長の左右に立ったまま。
三人並ぶと圧が……あれー? おかしいなー? さっきリヒトさん「威嚇するな」って言ってなかったっけー? とケンは一人、縮こまった。
テーブルの上に、地図が広げられた。
その地図上の、いくつかある村らしき目印のうちの一つを指さして「ここが我々の村、エンディオです」とケンに教えた。
それから、その指をスッと地図の右端、東の方へと移動してから、説明を始める。
「およそ20日ほど前、この街で大型の魔物による襲撃事件が発生しました。
とある商人が違法に持ち込んでしまった魔物が数匹、ちょうど成体へと羽化してしまったとのことです」
「へー」
「あわや街の崩壊の危機というところで、その魔物達を『通りすがりのふつうの魔法使い』が全て撃ち落としたそうです」
「……」
「使った魔法は【催眠】。
空を飛ぶ狂乱した魔物を相手に、ありえない距離を異常な速度で、あっという間に撃ち落としたとか。
そして『たまたま魔法が効きやすい相手で良かったです』と言い残して、去って行ったそうです」
「「……」」
みんなにじっと見つめられるケン。
コホン、とせき払いしたリヒトが続ける。
今度はその隣にある村での出来事だった。
「およそ18日ほど前、この街で脱走した囚人による襲撃事件が発生しました。
王都から逃げ出して長く潜伏していた殺人鬼が、実質的に村を支配してしまっていた状態だったそうです」
「へー」
「誰の助けも呼べない、もはや限界にあった村を救ったのは、『通りすがりの戦士の少年』だったそうです」
「……」
「素手で人の首すらをも引きちぎるという殺人鬼を前に、少年の左拳の横殴りが脇腹に一撃。あっという間にその巨体を沈めてしまったのだとか。
そして『たまたま脇腹が弱点の人で良かったです』と言い残して、去って行ったそうです」
「「……」」
無言のみんなにじっと見つめられるケン。
ちなみに、【催眠】は範囲や対象の指定が難しく、射程距離も短い魔法だ。偶然でも空を飛ぶ相手に届いたりはしない。
その一方で、脇腹はすべての人が弱点である。肝臓打ちをまともに食らえば鍛えたところで耐えられない。
いずれにしても、「たまたま効いた」という話ではない。
ンンッ、とせき払いしたリヒトが続ける。
今度は街道での出来事だった。
「およそ16日ほど前、この街道で盗賊達に襲われていた商人の親子を、突然横から現れた謎の白い幽霊が――」
「――あっ、それ、僕です!」
「続けろ、リヒト」
自己申告してみたけど、ダメだった。
ちなみにこの話、謎の幽霊が謎の魔法で全ての盗賊を縛り上げて、「もう悪いことしちゃダメだよ?」と言って去って行ったそうである。
…残念ながら後日、再び悪いことをした盗賊達が、「幽霊の中の人」に懲らしめられることになったのだが。
その後も、リヒトが地図を指しながら、謎の不可解な事件についての説明と確認を続けていった。
そして一連の事件の要点は、事件が起きた場所と時間だった。
まるでカウントダウンでもするかのように、
だんだんと東から西へ、
この村へと近づいて行っていた。
そして……
「…そして10日ほど前、我々の村でもちょっとした出来事がありました。ケン君がやって来た日ですね」
「「……」」
もう、ケンは顔を両手で覆っていた。
みんなの視線に耐えられなかった。
苦笑するリヒトとデッサーの間に座る村長が、苦々しい顔でケンに言った。
「……人助けは良いことだ。
きっとおぬしの力でなくば救えなかった者達が大勢おった。
その点については、よくやった。その活躍は称賛に価するとわしは思う」
指の間からチラッとこちらを見たケンに、村長が目を細めた。
「だが。おぬし、もうちょっと上手くやれんのか?」
「…ごめんなさい」
「謝る必要はありませんよ、ケン君」
「そうだ、誇れ」
ケンの謝罪を、すぐさまリヒトとデッサーは取り下げさせる。
そんな二人に村長はため息をついた。
一応はケン自身も身元を隠そうと、騒ぎを大きくしないように立ち去っていたようではあるが……ちょっと隠し方が雑過ぎる。
じゃぁ、どうやるのが正解なのか? と言われると、難しい話ではあるのだが……雑過ぎるのだ。
「…さっきリヒトが説明した通り、順につなげれば犯人がどんな人物で、どこに向かったかがバレバレではないか。
まったく、おぬし……それをごまかす方の身にもなれ……ハァ」
ケンを擁護する意思は変わらない村長。
魔王の件で、中央から軍がケンを捕まえに来ようとも、何のことだととぼけ倒す腹づもりだった。
だが、とぼけようにも……証拠のようなものがここまで揃えば、村長だってやりづらい。
村長だって、愚痴のひとつくらいはこぼしたかった。
おぬしは、なんかすごい魔法とか使えるんだろ? もっとこう……がんばれ! と言いたいのだ。
色々言ってやりたい気持ちを飲み込んで、村長は言った。
「こういう時にどうするべきか、次(?)に備えて、リヒトに助言をもらっておけ」
「そこで私に振ります、村長? …ケン君、ちょっと向こうでお話しましょう?」
家の外へと歩いて行く二人の背を見送りながら、デッサーが村長に聞いた。
「…来るのか?」
「ああ。何しに来るのかは知らんが、人が派遣されて来るそうだ」
王都から、人が来る。
その先触れが村長の元へと届いていた。
通常はいち村長にわざわざ事前連絡など来ないのだが……それはヘリングの実家経由で来た連絡で、元当主への配慮であった。
いきなりケンを捕まえに来るわけでは無いのだろうが、心当たりはありすぎる。
だから今日、村長もケンに「うまくやれ」と警告しておいたのだ。
かといって、ケン以外は大丈夫なのかと言われたら、そうではない。
事情を抱えてこんな辺境まで逃げて来た者達は、ケン以外にもこの村には何人もいる。
そしてヘリング自身も元将軍。彼のところへ相談だの何だのでやってくる者達だって未だにいる。
つまり、何の目的でわざわざ人が派遣されて来るのか、心当たりはあれど、見当がつかない。
正直、人がやって来るのは迷惑だ。観光地では無い。何も無いから引き返せ!
ひっそり余生を暮らそうとしているのだから、いちいち邪魔をしに来るな!
不機嫌そうに舌打ちをして、村長が言った。
「…ちょっとケンの奴に布でも被らせて、追い返させて来るか?」
「フッ、ケンならやれそうだな」
堅物のデッサーにまで、止めるでもなく笑い飛ばされてしまった村長は眉間にしわを寄せたのだった。
そして、リヒトの方はというと、助言どころか「それはどんな魔法なんです? 仕組みはっ!?」とすっかり役立たずになってしまっていたのだった。




