新人村人(1)
最果ての村、エンディオ。
ここより西の森と山を越えた先にあるのは海だと言われており、人の営みはこの村の向こうには存在しない。
長閑、とは言えない村である。
何もない、そしてもう後が無い村だ。
さびれた村という訳ではないが、ぎりぎりやっている村である。
衣食住に大工に鍛冶屋、医者。元魔法使いに、元冒険者や元戦士達。
自給自足や自衛ができるだけの人員は揃っているが、一人でも欠ければ足りなくなりそうな、紙一重にある村だった。
「…そんな辺境に、子供が一人でやって来ようとは」
「えっと……すみません?」
なんだか良く分からないが、森に向かう途中で呼び止められて、何だか色々怒られたり慰めたりされながら連行されて、この家までやって来たケンがいた。
目の前でご立腹っぽい老人はこの村の村長だ。
ケンよりも背の高い、がっしりとした老人だった。
…むかしエっちゃんに言われたことを思い出しながら、さっと老人の姿を見る。
ある程度までは初見で見分けるくらいできなければ、いきなり戦闘に入った時に絶命するぞ? …なんて、いつも脅されて鍛えられていた。
そして老人。よくよく見れば只者では無い。
がっしりした首は、きっと学問の人よりも武門の人みたいだ。
…だけど、戦士でも無い。少なくともここにいた村人達よりダントツに強い魔力があるから、きっと魔法使い…?
「おい、聞いているのか坊主?」
「はい!? ごめんなさい!」
「聞いとらんかったのか、こら」
あと、顔が怖い。なんだか眼光も口調も、ちょっと堅気の人とは思えなかった。
そんな強面じいさんがため息をつきながらケンに言った。
「お前、おおかた辺境で悠々人生でも、くらいの気持ちでここまで流れて来たのだろう?」
「あ、はい」
あれ? 良く分かりましたね? という反応のケンに村長は返した。
「だが、スローにやっとりゃライフは終わる、油断した瞬間にな。ここはそういう場所だ」
「ぅお……そんな場所だったんですか、ここ?」
そうは言われても、別にケンにはそこまで殺伐とした村には見えなかった。
…村の周辺に魔除けの術式が張り巡らされてはいたが、エっちゃんなら片手間で作れて、指先で壊せる程度の気休めの術だった。
恐ろしい何かと戦っているようには思えなかったが……エっちゃんが恐ろしい魔物って意味じゃないからね?
心の中で誰かに謝る少年に、村長は続けた。
「たしかに食料には困らっておらん。土地は豊かで獲物も狩れる。
だが、わしらを食料だと思っておる輩もいっぱいおる。
西には森、獣や魔物がうじゃうじゃおる。
東には街道、こっちはこっちで盗賊共が手ぐすね引いて待っておる」
「…そ、そうだったんですね」
「森の魔物が自分から出てくることはそれほどは無い、森の中だけで十分に食っていけるからな。
だが、冒険者や探索者くずれ共が森を荒らして、魔物に追われて一緒に出てくる。この村もその巻き添えに遭う」
「……」
「そんな森に、年若い男がたった一人で、村も素通りで行こうとしておる。
これがどういうことなのか、分かるか?」
「分かりま……せん」
「正直でよろしい。ぶっ飛ばすぞ、おい」
ドスの聞いた声でうなった後に、村長が深いため息をついた。
「…ハァ。
一体なにがあってこんな辺境まで来たのか知らぬが……
…まだ生きたいのならばわしらが手を貸す。いくらでもな。
だが、もう生きたくないなら、西には行かずに東に引き返せ。迷惑じゃ」
優しく、そして辛辣な言葉だった。
…迷惑なんて言い方はひどいが、村の長としては当然の言い分だろう。村を守らなければならない。
その一方で、いくらでも手を貸す。それはこの村が、辺境の果てのどういう場所なのかを示す言葉だった。
あと、死にに来たのだと村人達に誤解されて、引き止められていたことにケンはようやく気が付いた。
どうやらここの村人達も村長も、とても優しい人達のようだ。
敵か味方か分からぬ子供に、言葉を飾らずこの村の事情をはっきりと伝えてくれた村長は、顔は怖いが誠実だった。
ならば……
…ケンは、自分の事情をすべて、ぶっちゃけた。
◆ ◆ ◆
「えっと……ごめんなさい?」
「謝るな。だが、少し、もう少し待て……まだお前の事情を呑み込めるだけの、余裕が無い」
「…E・E……伝説の…」
「…魔王と……一緒に封印、だと…?」
頭を抱える男達は、三人に増えていた。
話している途中で「待て!」と止められ、村長が呼んで戻って来た男達。
一人は眼鏡をかけた学者のような男性。村長よりはずっと若いが、賢者という言葉が浮かんでくる理知的そうな男であった。
もう一人は大男。まさに戦士。ケンくらい片手で摘まみ上げられそうな太い腕の、物語にでも出て来そうな英傑っぽい男だった。
「…将軍」
「リヒト、ここでは村長と呼べて言っておるだろう」
そして村長。元将軍らしい彼が、賢者っぽいリヒトという男を注意した。
そしてケンにも少し事情を話す。
「…わしらは元軍人でな、魔王について少しは知っておる。リヒト」
「はい。改めまして、私はリヒトと申します、ケン様」
「ケンです。僕の方が年下なので、様はつけないで下さい」
「年下…? あ、ああ、はい。承知しました。
オホン。私達とヘリング将軍…コホン、村長は軍に所属しておりましたが、今は引退して、なりゆきでこの村を治めています。
そして軍属ゆえに、有事に備える目的で、封印から解き放たれると言われていた魔王についての情報もある程度は共有していたのです」
「へー」
「少々、頭の痛い話ではありますが、正直に全てお話しいただけたのは幸運でした。
我々にはまだ互いを信頼し合う材料が少ないとは言え、誤った情報で行き違う可能性はこれで大幅に減ったでしょう」
リヒトの言葉に、腕組みをした大男も無言でうなずいた。
そして村長は眉をひそめてケンに聞いた。
「おぬし、ことの重大さが分かっておらぬだろう?」
「分かってま……せん。ごめんなさい」
「謝るでない。別におぬしが悪い訳ではない……ハァ」
「そんなことよりっ!」
先程のまじめな様子から一転して、興味津々な顔でグッとケンに迫ってくるリヒト。
「ケン殿の、得意な魔法は、なんですかっ!?」
「「……」」
村長と大男は無言で呆れた。またか、という顔だった。
「え、えっと、【点火】です」
「ほう、ほう!」
食いつくように続きを求めるリヒトに対して、村長の反応は冷めていたが、
「【点火】? そんなものは初歩の初歩じゃ、ろう……に…?」
本当は他にあるだろうと言おうとした村長の目の前で、小さな灯が浮かんでいた。
「……おい。なんだ、それは?」
「【点火】ですよ?」
「………なぜ消えぬ?」
「…? …燃えてるから、ですよね?」
「何も無い所で、一体何を燃やしておる!?」
「エーテルですよ?」
「「エーテルっ!?」」
村長とリヒトが同時に叫んだが、大男は分からないまま首をかしげた。
リヒトが続けて問いかける。
「え、エーテルというのは、イシリアル……【世界を満たす魔力】とも言われる、あれ、ですか…!?」
「えっと……はい。たぶん、それ、ですね?」
その言葉に、リヒトは顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。
「うぉお……存在、したっ!? …やっぱり本当に、あった…! …否定派に回らなくてっ、本当に、良かったぁ……!!」
「えっと、良かったですね?」
話せば話すほど興奮していくリヒトの一方で、村長はどんどん不機嫌になっていく。
「ちっとも良くないわい。まったく。
おい、おぬし、その話はわしらの前以外では絶対に言うな。信用を失うぞ」
「そうなんですか?」
その言葉に、今度は大男が説明した。
「あぁ。詐欺師だと思われるな」
「さぎし!?」
これまで無口だった男は、詳しくケンに語り出した。
「魔法に詳しくない者達を騙す常套句の一つがそれだ。
不思議な力が宿る武器や護符。説明不能な力があると騙って、買わせるんだ。
中には験担ぎにあえて買う連中もいるが、大半の奴らはそんな商人は……袋叩きだな」
「僕はウソは言ってませんよ!?」
「見れば分かるわい。 …だが、見ても信じられん者達だっているのだ。だから余計なことは言うな、覚えておけ」
「と、ところで、ケン君」
「後にしろ、リヒト」
もう目が爛々としてしまっているリヒトは使い物にならないと判断した村長は、今度は大男の方に意見を求めた。
「どう思う、デッサー」
「…特に問題ないのでは?」
「問題ないって、お前……」
問題だらけである。だが戦士デッサーの「害はないのでは?」という意味も理解している村長は、そのまま彼にうなずくと、今度はデッサーがケンに握手を求めた。
その手の大きさは、まるで大人と赤子のような差があった。
「デッサーだ」
「…ケンです。よろしくお願いします」
「よろしくな」
互いに軽く手を握りあった後、デッサーは必要事項を一気にしゃべった。
「さて。いますぐ入れるのは村外れにある小さな家……というより、倉庫に近い建物だけだ。
作りはしっかりしている。水回りと暖炉はある。だが寝具は何も置いてない。
公衆浴場があるが今日はまだ待て。村の者達にお前の顔を通すのが先だ」
「あ、は、はい。分かり、ました!
…まず、寝具はこっちで用意するから、大丈夫です」
「…用意?」
そうは言っても、腰鞄以外はほぼ手ぶらの少年を前にデッサーと村長が首をかしげた。
リヒトは「収納魔法ですか!?」とうれしそうな顔をしたのだが……使われた魔法は【召喚魔法】だった。
呼ばれて飛び出た生き物は、白くてフカフカのエイだった。
海で、たまに近海でも釣れることがあるあのエイである。
「「……」」
「オフトゥンさんです」
宙に浮いている。布団サイズのエイである。
「それと、お風呂はみんながいない時間に入りたいのですが……」
「…どうしてだ?」
「刺青があるんです」
「それくらいなら気にしないが……いや、どの程度のものだ? 見せてみ……ろ…?」
今度はズボンの片方のすそを脛までまくったケン。
三人が思った以上に、筋肉のついた足だった。
そして、くるぶしの上あたりにある小さな猫の刺青。
眠る姿がかわいらしいが……問題は、尻尾がゆらゆらと揺れ動いていることだった。
「お湯が苦手なので、たぶん顔まで上がって来ちゃいます。他の人が気になっちゃうと思うので」
「「……」」
……なんだかまた三人を怒らせたのだろうか?
ケンはとりあえず弁明した。
「…えっと。本当は僕も刺青とか苦手なんですよ? でも、エっちゃんが『いざという時のために飼っておけ』って――」
代表して、村長が感想を述べた。
「――いや! 別に文句は言っておらん!
文句は無い、が……ちょっと待て! 次から次へと、妙なものを出してくれるな!
……理解が、追いつかん…ッ!」
そして、そんな頭を抱える村長達に、さらなる悲報が割り込んできたのだった。
この村を、盗賊達が襲ってきたのだ。