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プロローグ

 カミィ・ヒートウェイの半生は波乱に満ちていた。


 今でこそネイザー・ヒートウェイ教授の養子ということになっているが、ヒートウェイは教授の出身地で、カミィの方は村の名前だ。

 つまり、場所と地名を重ねただけの、名前すら無かった何者かが、彼だった。



 彼には一つの才能があった。一つだけあった。

 だが、それがきっかけで彼は人並みの人生を踏み外した。



 とある小さな村での日常。

 その日は数え年が七歳の子供が集められた成人式。

 村人の一員としてついに存在を認められ、大切な労働力の一人として正式に扱われるのが七歳からであり、無事にそこまで生き残れたことを祝う式典がその日、行われていた。


 例年行われるその式の中で、一人の少年に「才能」が鑑定された。

 その才能の名は【魔力看破】。

 あらゆる魔力・魔法を見破(みやぶ)ることができるという珍しい才能であった。


 その才能を欲した貴族に、少年は買い取られた。


 非道な話にも聞こえるが、彼に限らず才能のある子供達は権力者達に買われてしまうのがこの世界の、この時代のあり方であった。

 何も無い村の片隅で才ある若者が埋もれていくよりは、よりその才能を伸ばすことができる環境に移った方が幸せであるという名目であり、村にとっては口減らしという現実もあった。


 村人達は彼を祝い、送り出した。

 やがては立身出世して再びこの地に凱旋(がいせん)するのであろうことを夢見て、村人達は遠ざかる馬車を見送った。


 だが現実は違った。

 少年はわずか一年も経たないうちに、その貴族の家から放逐(ほうちく)されて、()なかった者とされてしまった。


 少年は、その貴重な【魔力看破】という才能を()かせなかった。

 あらゆる魔法を見破ることができても、それはつまり何なのか、どうすればいいのか、少年には分からなかったのだ。


 見た魔法を他の人達に伝えるだけの言葉が、話術や語彙力(ごいりょく)が、少年には無かった。

 ただ見れるだけの無能が彼であり、むしろ自分の魔力を(のぞ)き見できる薄気味悪(うすきみわる)い子供、と貴族達に認識された。


 …もちろん、それが平民か貴族かなど関係なく、わずか七歳の少年がそんな(とが)った才能を自力で活かす(すべ)など無い。他者からの助力があればこそ伸ばせるはずの才能だった。

 むしろそれを開花させるために黙認されているのが権力者達による身受け制度であった、はずだった。

 そんな制度は形骸化(けいがいか)して、ただ金脈を掘り当てるための事業か余興と化していたというのが現実だった。



 とにかく、奴隷として売られた少年。

 場所も名も全てを失い、人ではなくなった。



 ここで一度、彼の記憶は、人生は、欠落した。

 忘れなければ生きていけなかった。






 そんな彼の地獄がある日、燃えた。

 ごうごうと灼熱が視界と(のど)を焼く中で、ただ漠然(ばくぜん)と、ここでやっと終わるのだなと彼は思っていた。


 そんな炎の向こうから、もっと明るい、まぶしいくらいの誰かが来た。


 美しい女だった。

 初めて見た、目もくらむほどに気高(けだか)い人だった。

 彼の(あご)をむぎゅッとつかんだその魔女が、美しい瞳が薄汚れた彼の顔をじっと見つめて言い放った。



「お前、(みが)けば光るぞ! ついて来い!」



 彼女の名はネイザー・ヒートウェイ。

 彼はこの瞬間から、彼女の養子となった。




  ◆ ◆ ◆


 そして、一年後。



「カミィ、お前学園でいじめられているんじゃないのか?」

「…そんなことありません、ご主人様」


 カミィの無気力な返事にネイザーは声を上げた。


「ご主人様では無い!

 私のことはお姉ちゃんか、ネイザーちゃんと呼べと言っただろう!

 いや、今はそっち良いとして……」


 学園でカミィはいわゆる落ちこぼれだった。

 落第すれすれの元平民で、ネイザーの七光りだけで入学してきた男が彼だった。


 そんなカミィが他の貴族子弟のストレスのはけ口となるまでにそう時間はかからなかった。


 カミィは無能ではなく、平凡(へいぼん)だった。

 だが、幼少期より英才教育を施されてきた貴族や商家の子供に()じって、周回遅れのカミィが学んで行くには普通の才能では全然足り無かったのだ。


 天才ネイザー教授に目をかけられている、目障(めざわ)りな無能。

 叩かれても仕方が無い奴、叩いても良い奴、それがカミィに対する周囲の目だった。

 そんな評価をはね退()けるには、それこそ主席くらいの実力や成績を見せつけなければならないが、平凡なカミィにはそれはできない。


「……」


 黙り込む彼の(あご)をむぎゅッとつかんでネイザーは言った。


「目を()らすな、カミィ。

 …ははーん、さてはお前、私に話したところで無駄……どころか、むしろ悪化するとでも思っているな?」


 カミィは元奴隷だ。

 余計な行動は寿命を縮める、耐えられるものは耐え(しの)いだ方が最も被害が少なくて済む、それが彼なりの処世術だった。


 そんなカミィの心境を察して、ネイザーが不敵に笑う。


「…フッ。そうか。そういうことか」


 ネイザーは良かれと思って、カミィを学園へとねじ込んだ。

 たとえ(あやま)ちや失敗があったとしても、そこから学べることがあるのなら、それでも良いと思っていた。


 だが学園といえど、所詮(しょせん)は組織で、社会の縮図だ。

 権力者の子が(はば)()かせ、数が正義となる場所だ。

 過半数が黒なら黒が正義、それだけの話だ。

 …それも含めての社会勉強、ということだ。


 ……なるほど。そうか。



 ………私が最も気に入らない話だな。



「誰かッ! ネイザー教授を止めてェ!!」



 そんな学園の最強最悪の不良は、ネイザー・ヒートウェイ。その人だった。


 カミィをいじめる生徒達を()め上げて、それに加担する教授達を()め上げて、大人げないからやめなさいと制止しようとする者達までも片っ端から()め上げて、駆けつけた警備兵まで問答無用で()め上げていくネイザー。無敵である。


 そもそも、その魔法の才能ゆえに学園に招聘(しょうへい)されたのが彼女であり、猛獣に鎖をつけるために国から彼女を押し付けられたのが学園長であり、いっそすぐにでも退職したいのがネイザーだ。組み合わせが最悪だった。


 上級生や年配教師は「あー、もうそんな季節かー」と慣れたものだ。

 ネイザーの粛清はこの学園の風物詩と化していたのだった。




「いい加減にして下さいご主人様! 大人げない!」


 そして使用人のアネットに、ネイザーと一緒にカミィも並んで怒られるところまでが「いつもの」やつだった。


「だって」

「だってじゃありません! またですか! 何度やったら()りるんですか!」


「でも」

「でもじゃありません! 子供ですか! よほどカミィの教育に悪いです!」


「だけど」

「だけど!? えぇ、えぇ、だけどあなたの支持者が多いのがまた厄介なんです!

 あなたが大暴れするたびに変な人気と支持者が増えて、より一層、手が付けられなくなる!

 皮肉なことに、それが一層、カミィの立場を悪くするんですよ!? 分かるでしょう!?」


「……」

「カミィもカミィです。ご主人様はこれなんですから、あなたももう少しシャキッとしなさい!」


「申し訳ございません」

「お前が謝ることは何もない!」

「そうです、あなたがもっと反省しなさいご主人様っ!」


「……今日はもう疲れた。一緒にお風呂に入ろ、カミィ?」

「それもやめろと言っているッ!!」



 結局、最低限の授業だけ出て、ネイザーの助手として「研究塔」送りになったカミィ。

 研究塔とは、ネイザーが各種実験を行うために学園が用意した建物だった。


 最強の魔女ネイザーの助手希望者は大勢いるが、彼女の才能についていける生徒などいない。そして彼女の暴走に付き合える教授もいない。

 そこでカミィが、助手になった。

 当然、役に立つわけなど無いと思われたが、ネイザーの方はうっきうきの上機嫌だった。


 そしてカミィは意外なことに役に立った。

 助手の仕事はまず雑用からで、そこから徐々に様々なことを学んでいく。

 カミィは雑用が得意だった。少なくとも他の高貴な貴族達の子弟や教授達よりも、文句も言わずに何でもやるカミィはネイザーの研究に大いに貢献した。


 だが、爆発する塔。


 …ネイザーが任されているのが危険な術式や呪具ばかりであり、爆発するから隔離塔で研究しているネイザーだった。

 爆発するのは()り込み済みなのだが……うっきうきのネイザーによって、爆発する頻度(ひんど)が格段に増えてしまった。


 (はかど)る研究、吹き飛ぶ塔、増える研究費用(修繕費)に、頭を抱える学園長。


 そして、ネイザーと並んでカミィも一緒に怒られるのが「いつものやつ」になった。


「カミィよ。おぬしも被害者なのは分かっておる。

 分かっておるし、わしが無茶を言っておるのは重々承知の上なのだが……もう少し、ネイザーの奴をどうにかできんかのぅ?」


「申し訳ございません」

「黙れヒゲ」

「部位で呼ぶなっ! おぬしはもっと反省しろ、ネイザー!」


 とばっちりで怒られてばかりのカミィ。


 だが、カミィはなんだか不思議な感情に包まれていた。


 失っていた、ぽっかり空いたものを埋めるような、優しい何かが胸に満ちる日々。

 その感情が何であるかはまだ分からないが……その胸の内に戻りつつある温かい何かを求めて……また一緒に怒られたいな、と(ひそ)かに思い始めるようになってしまっていたカミィだった。




 それはさておき。

 ネイザーと、この学園について。


 伝統や格式のある貴族や権力者達だけでなく、ネイザーのような実力一辺倒の成り上がりまでをも国が主導でかき集めていたのには理由があった。


 魔王だ。千年の時を経ていよいよ復活するという言い伝えがあったのだ。


 現実となる可能性が極めて高い、魔王という脅威に対抗するために、国が、学園が(あせ)っていた。

 実力者達をかき集めて研究や解析を進めていたが、まだ解決には至らなかった。


 むしろ調べれば調べる程に、その脅威の底なしの深さが新たに発見されるということを繰り返し、より絶望が深まっていく。

 深く関わった研究者ほど(あきら)めの境地に至ってしまうという悪循環が、徐々に国に、学園に蔓延(まんえん)していた。


 あまり良い空気ではない。

 そもそも、そんな魔王の研究と若者達への教育とを、一ケ所で行うというのはいかがなものか?

 ネイザーはこの学園の()り方自体に疑問を感じていた。


 早いうちから若者達にも暗い現実を見せてやれ! とかの目的があるなら、まぁ、分からないでもない……ひどい話ではあるが。

 だが実際は、頭の良い者達を集めるのだからついでに勉強も教えさせれば一石二鳥じゃね? 程度のものだった。

 なまじ権威や権力が集まる場所のせいで、学生達の目的は学習ではなく箔付(はくづ)けや中途半端な社交へとすり替わっている。

 子供が悪いわけではない、大人達がそういう中途半端な学園を作ってしまった結果なのだろう。


 思想や立場の違いではない、目的が違う者達を一カ所にかき集めるのが問題なのだ。

 ましてそこが、研究のために様々(さまざま)な危険物が集められてしまったような場所ならば…――



 ――ネイザーの嫌な予感は的中した。

 そして彼女にとって、一生の不覚となった。



 封印の箱。


 それが研究の結果、本物であると判明するよりも前に、(おろ)か者が開いてしまう方が先だった。


 生徒の虚栄心、教授の保身、警備の慢心、部外者の野心や欲望……理由は様々あったものの、今となってはどうでも良かった。

 魔王が復活してしまえば、些細(ささい)なことはどうでも良い。世界が終わるのだ。



 ネイザーと、心ある一部の教員達が駆けつけた時にはもう、手遅れだった。



 まばゆい光。

 なにも知らない、知らなかった生徒達が取り囲む中で、それは光臨した。


 肩より長いなめらかな黒髪と、黒い巻き角、黒のドレス。

 深い闇色(やみいろ)(まと)った妖艶(ようえん)な美女。


 その瞳に輝く、青の眼光。


 赤でも黄色でもない、青の魔力光。

 およそ人の身では出せないはずの高位の色。

 いま初めて人々が目にして、実在が実証されてしまった高貴な魔力。

 それだけで、目の前の彼女が一体何者なのかが分かってしまった。



 瞳の色だけで雄弁に語り、(みな)を黙らせてしまった黒の女王。

 魔王【(イグジット)(イグジステンス)】。


 周囲で呆然(ぼうぜん)と、愕然(がくぜん)とする者達の姿を一瞥(いちべつ)し、(おおむ)ねの状況を理解した彼女。

 ここがどこで、いま、何が起きたのか。魔王は納得し、ニヤリと笑った。


()(はい)は――」


 誰も動けなかった。


 そこが図書室で無ければ、

 魔力を()る才能が無ければ、

 ()()()、あんな絶望の顔をしなければ、

 彼だって、走り出さなかったことだろう。



「――今、999年の時を経て――」



 時が止まった人々の中、たった一人、横からサッと駆け抜けて、



「――再びこの地へと…およ?」



 この場で唯一の『正解』を導き出して見せた彼は、

 魔王めがけて飛びついて、



「――およよ??」



 その姿に、ネイザーもまた、何の勝算も無いまま炎の翼を広げて飛び出した!!



 だが、彼に届かぬ彼女の手。

 魔王を光の中へと押し戻しながら、

 青の光にその身を焼かれながら彼は、

 最期の言葉を口にした。



   ありがとう。

   大好きだよ、ネイザーちゃん。



   その笑顔を待っていた、

   だが、

   そんな笑顔なんて望んでなかった!!



 ネイザーの心の中の絶叫は、もう彼には届かない。


 まばゆい閃光と、想いだけをその場に残して、

 ほんの数秒のやりとりで、封印の箱は静かに閉じた。



 何事もなかったかのように、静寂に包まれた。

 いつもの図書室、いつもの学園、いつもの世界がそこにあった。

 そこに日常が戻って来た。



 魔王の復活は阻止されて、再び平和が訪れた。



 それを()()げてみせたのは、そのささやかな才能に人生を翻弄(ほんろう)され続けた少年であった。






















 そして、さらに千年後。


「フフフフ……

 …フッハッハッハ……!

 ……アーハッハッハッハ!!


 いま、千年の時を経て、ついに……


 ついにっ、我がひゃ()い――

 ――にゃ()にをひゅ()る!

 我が輩、いま、大事なセリフを言うところっ!?」


 彼女の(ほお)をつねりながら彼はツッコむ。


「それやったら、また魔王になっちゃうよ? エっちゃん?」


 燃え(さか)る神殿の奥に、二人の男女の影があった。



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