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結界仮説   作者: 磊川 聖悟
7/15

◇楽園のノクターン

 

 夕暮れ。潮騒。

 浜辺に沿ってはしるシーサイド通りに面した喫茶店。窓際の席に先生と二人。

 既に空は水平線の上に広がる茜色に、藍色を重ね始めていました。

 海の上に雲はなし。

 穏やかな波が見えます。

 浜辺には大勢の人々。花火が打ち上がるのを待っていました。

「良いのですか? 僕だけ呑んで」

「お気になさらずに……」と笑顔で応えて、先生の手元のモヒートをチラ見。

 車で来たので私は呑みません。今日はアイスレモンティー。

 ドン、ドン。

 開催を予告する音だけの花火が上がりました。

 どうやら定刻通りに開始されるようです。

 先生の前にはクロックムッシュ。

 私はエッグベネディクト。

 夜でも浜辺は暑いので、喫茶店から花火見物です。

 私から誘いました。

 下手なサプライズは、先生から何倍にもして返されるので、無難な花火見物にしました。

 昔から地元の名物で、先生も風物として毎年楽しみにしているとのこと。もし花火無しに夏を過ごすとしたら、寂しい限りです。

 小さな観光地なので、花火自体もそれほど盛大ではありませんが、この辺りでは、ここでしか花火を上げないので、遠方から見物に来る人達もいます。十年ほど前に建てられた岬のホテルも、この時期は満室となるそうです。

 内緒ですが私はこの花火大会を誇りに感じています。友達は皆「大した事ないよ」なんて無関心を装ったりしますが、毎年全員必ず花火見物をしているのです。皆こっそり誇りに思っているに違いありません。都市に出て行った人達も、この日に合わせて帰ってきたりします。皆を(つな)ぎ止めている大切な花火大会でもあるのです。

「そろそろかなぁ……」と言いながら、エッグベネディクトをナイフで刻み、フォークで刺して、パクリ。

「もう時期でしょう」と先生。モヒートを飲んで、一口大に切り分けたクロックムッシュをパクリ。

「先生、研究所のパントリーって、パティスリーのための場所ですよね」

「そうなんですか? 知りません」

「え、知らなかったんですか?」

「知りません」

彼処(あそこ)は先生が建てたんじゃないんですか?」

「違います。彼処は劇場として建てられたものです」

「劇場?」

「はい。正確には劇場のエントランス部分だけになりますが……」

「エントランス……。劇場部分は建てられなかったという事ですか?」

「そう聞いてます」

 ポップ・オペラの専用劇場として設計され、オーケストラピット、二重構造の回り舞台、回り舞台全体の迫り上がりや部分的な迫り上がり、クレーンを使った客席の中央上空に迫り出す仕掛けなども計画されてたそうです。客席もSSSからD席まで、個室から標準的な座席までの各種用意され、シャンパンを飲みながら観劇なども想定されていたとのこと。

 計画を進めていた企業の経営不振により、プロジェクトは頓挫し終了したらしいです。

 諸事情により債権を引き受けたのが先生で、その時には現状の段階まで建築が進んでいたそうです。会社の資産を整理し、利益が出ていた部門を売り払うと、赤字部門だけが残りましたが、業務管理の見直しを実施して、現在はどうにか黒字を保っているようです。研究所の清掃を行なっていたのも先生が株主の会社だそうです。

 ドン、ヒュ〜……、パン!

 花火大会の始まりです。

「あれ?」

「見えませんね」と先生。

 建物のニ階部分のバルコニーで、花火が見えません。

 失敗しました。悲しくなります。

 申し訳なくて先生を見ると……。

「早く食べましょう。外で花火、見ますよ」

 笑顔で仰る先生に「すみません」と謝ると、「謝るほどの事ではありません。早く食べて、外、行きますよ」

 そこからの先生の動作は早送りでパクパク、グビグビ。

 私、不謹慎ですが、可笑しくって笑ってしまいました。

「早く、早く」と先生は口にいっぱい詰め込んだせいで、モゴモゴしながら仰って……。

 私も急いで食べました。

 でも、可笑しくて私が笑い出すと、先生までお笑いなって、二人してナイフとフォークを握ったまま、口を押さえたり、お腹を押さえたり。もう何が何だか、大失敗。



 ドドン、ヒュ〜……、パパン! チリチリチリ……。

 スターマインが始まる前には二人とも店を出ていました。

 今年は三人の花火師さんが競い合うと事前に告知されていました。一人二十分程の持ち時間だそうです。

 沖に仮設された幾つもの大きな(いかだ)から打ち上げられていました。

 通りを渡って、砂浜に入ると、彼方此方(あちこち)にシートを広げて花火見物をしている家族や友人の集まりが見られます。先生と私はその人達の邪魔にならないよう、後ろの方で立ったまま見物です。他にも立ったまま見物している浴衣姿の女性、甚平や着流しの男性も散見されます。手には団扇(うちわ)扇子(せんす)を持ち、ゆったりと扇いでいる姿も優美で心和(こころなご)みます。着物や帯にも控えめなお洒落が見て取れます。和式な夜も乙なものに感じました。

 ドドドン、ヒュ〜、ヒュ〜、ヒュ〜……、パパパン、パン、パン!

 次第に盛り上がってきて、スターマイン。

 夜の空、全面が一瞬にして花火で埋まり、輝きで満たされます。

 ゆっくりと舞い降りる火の粉が次第に消えてゆき、浜辺には観客の拍手の音。

 一瞬の静寂。

 ドン、ヒュ〜……、……、ドッカーン!

 大玉。

 大輪の花ひとつ、夜空の真ん中に上がりました。赤い花弁が大きくなり、橙色が追いかけて、真っ白く輝く花芯も美しく、目一杯広がり、やがて静かに消えたかと思うと、チリチリと音を立てて枝垂(しなだ)れ散る小さな花弁(はなびら)。心残りな想いが胸を刺します。

「おお」と遠く近くで漏れる人々の声。そして拍手。

 一人目の花火師が演目を終えたようです。

「良いですね」と先生は笑顔。

「ええ、とっても」と応えて、空を見上げたまま、何処(いずこ)ともなく微笑み返しました。

 スピーカーから流行りの音楽が流れ、通り沿いの出店が客引きの声を上げ始めました。次の花火師さんの準備が終わるまで休憩のようです。出店に人垣ができ始め、飲み物、食べ物、それぞれに楽しげな表情で買い求めています。昔ながらの鼈甲飴(べっこうあめ)、綿菓子、あんず飴、焼き玉蜀黍(とうもろこし)、タコ焼き、今川焼、焼鳥、焼きそば、ラムネ。目新しいものでは、ケバブサンド、チュロス、フランクフルト、チョコバナナ。ケバブサンドは眼の前で大きな肉の塊を回しながら焼いているので、多くの人が脚を止めて見ていました。トルコ人のオジさんも楽しげに肉を削ぎ落としています。街で人気のケバブ屋さんらしく、求める人も多く並んでいます。鼈甲飴も工夫を凝らし、犬や猫、花や鳥など、温かな飴に(はさみ)を入れながら、作品が出来上がるたびに店前で拍手があがっていました。

 人々が生きている。美しい花火も去年までとは違い、私の心は以前のように浮かれてはいませんでした。もはや豊かな日常に生きている事に気が付いた今となっては、夜空の花火より、地上の笑顔に美しさを見出していました。母の手を引っ張りながら、出店へ急ぐ子供。子供を(いさ)めながら、寄り添う夫に視線を送る母親。そして子供と妻の(つつが)無きに気を配る父親。それだけでも、地上は論感を努めるに値すると思えてきます。

 今日は哲学の話しはしないと決めていたけれど、動き始めた歯車を簡単には止めることができませんでした。私は考え始めた(あし)です。今の私は一挙手一投足に驚きと微かな慄き、少し恐怖に近いものさえ感じています。

 今まで浜辺で遊んでいた子供が、波にさらわれ、あっという間に沖に流された時のように、沖の足もつかない水深で、泳いでも泳いでも沖に流されて、波間を漂い始めたら、そこには一抹の恐怖があるはずです。今の私は凪の海に浮かぶ子供に等しいと思います。哲学によって開かれた世界は、私にとって大海原(おおうなばら)にも等しい豊かさと恐ろしさを併せ持っています。

 しかし、世界を理解する事の重要性は論感によって先生から伝えられたました。それと逆に世界を感じて理解する、即ち、分別して解釈するその瞬間に、止揚する事の重要性も感解させられています。止揚とは、解釈する、或いは理解する事を中断し、在るがままを感じる事。エポケーと言うそうです。私には瞑想と言った方が解り易い事です。

 瞑想し、世界を感じる。無闇に判断せず、在るを在るとする。

 無闇に恐れず、漂うがままに流されてみる事で学べる事もあるように思います。

 世界認識の靄が未だ晴れないでいる私にとって、まだまだ先は長そうです。

 ドドン!

 次の花火師さんの準備が整ったようです。

 先生は、いつの間にかガードレールに腰掛けてラムネを飲んでいらっしゃいました。

 先生はもう一本持っているラムネを私に差し出して……。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 花火は小さな花を低く、高く、右に、左に、思い付くように、咄々と開かせて、それが次第に勢いを増していくように、徐々に増え、また大きさも、大きく、小さく、咲いては、花弁が舞い散る。

 乱れるように夜空を飾っていた火の粉が、次第に千早振る流れを思わせて、見えない筆で夜空を描き殴るように、筆の走った跡に花火が開いては、残り火が地上へ振り散る。

 筆が右へ、左へ、上へ、下へ、走るたびに花が咲き、筆が二本になり、夜空が光に満たされ始めると、思う間もなくスターマインとなっていました。光の波の上を筆が走り、赤い光の中に黄色い花が右から左へ咲きながら散り落ちる。そして右へ。

 ゆっくりと勢いを失い。二つ、一つ……、三つ、二つと小さな花を咲かせて、一瞬の沈黙の後に、一斉に海面から真っ白な光の火柱が上がり、その中から幾つか打ち上がっては、右にスッと動く火の玉。今度は左にスッと動いて消えました。

 そして真っ暗な海に戻ってゆきました。

 女性の花火師さんでしょうか。とても叙情的に感じました。

 スピーカーから音楽が流れ始め、人々が出店へと動き出しました。

「先生、いまの花火、凄かったですね」

「ええ、繊細な演出でした」

 先生も楽しそうです。

 そこへ通り掛かった小さな女の子。六歳くらいでしょうか。走ってきて、私の少し前で転んでしまいました。

「あぁ」と思わず声を出して駆け寄り、助け起こしたのですが、砂地という事もあって、怪我もなく、本人は至って平気な様子。

「大丈夫?」と砂を払いながら声を掛けると「平気」とケロリ。

 直ぐに母親が駆けつけて「すみません」「ありがとうございます」と恐縮しながら娘には「気を付けないとダメよ」

「あれ?」と私。

 知り合いです。中学の時の同級生。名前は忘れました。

「お久しぶり」

「あら、お元気?」

 先生が「お知り合いですか?」と私と彼女の顔を見比べています。

 先生へ簡単に事情を説明すると、彼女も笑顔を見せながら、先生を紹介しろとでも言いそうな表情。

「うちの近所にガラスでできた研究所があるでしょ?」

「ああ、謎の研究所」

「その謎の研究所の所長さん」

 彼女の表情はたちどころに変わり「すみません」

 同い年なのに、すっかりおばさんの振る舞いです。

「ねえぇ、研究所、行きたい」と母親の身体に登ろうかとするかのように獅噛み付き、視線は母親の顔に固定したまま「行きたい、行きたい」とせがむ女の子。小刻みにジャンプもしています。

 先生は若干苦笑い。

 先生は女の子の頭に優しく触れて「今度、遊びにいらっしゃい」

 そして母親を見て「よろしかったら、どうぞ」

「いいんですか?⤴」と語尾を上げながら、視線を先生から私に変えてくる。

「あなたは所長さんと、どんなご関係?」

 嫌な聞き方。もとから仲良しでもないし、適当に誤魔化して追い払おうと考えている(すき)に先生が……。

「副所長です」

 ええ〜、何を言い出すの。

「違う、違う、違う、違う」と顔の前で手をヒラヒラと振りながら否定しました。びっくりです。

「違わないですよ。僕が所長なら、君は副所長でしょ。二人しかいないのだから……」

 先生が半笑いなので、恐らく冗談だと思いますが……、解り難い。

 一瞬の沈黙。

「ああ、すみません。お邪魔してしまって……。じゃあ、またね」と彼女は先生に笑顔で会釈して、私には意味深(いみしん)な目配せ。何か誤解をしていると思われます。

「研究所、行く〜」と駄々をこねる女の子を無理に引っ張って、波打ち際の方へ消えていきました。

 安堵して、先生の隣に腰掛けると先生は……。

「さっき何を考えていましたか?」

「え?」

「子供が転んて、助け起こすために、駆け寄る前の瞬間に考えた事です」

「何も考えていません。勝手に身体が動きました」

「衝動的に動いたという事ですか?」

「子供が目の前で転んだら、反射的に助け起こしませんか?」

「反射的に行動を起こすと思います。お陰で持っていたラムネをこぼしました」

 先生の左側の脚は濡れていました。先生も子供を助け起こすために駆け寄ろうとして、こぼしたようです。

「その衝動、とっても大切なものなんですよ」

「そうなんですか?」

「結界学的には、楽園衝動と呼んでいます」

 楽園衝動……。

「それ、何ですか」

「結界にはア・プリオリ……、先験的、或いは生得的なものがあり、そのうちの最も重要なものが楽園衝動です。もしかすると……」

 ドドーン。

 次の花火師さんの準備が整ったようです。

「この話は、また今度」

 先生は笑顔を見せてから、夜空を見上げました。

 直ぐに大玉一発。

 ドッカーン!

  ドドン

  ヒュ〜 ドン

 パパン ヒュ〜

 パン ドドドン

  ヒュヒュ〜 ドドン

 パパパン ヒュ〜

 パン

  チリチリチリ

 リズミカルに始まった花火は途切れることなく、夜空を飾り、上空は大輪、地上に近い位置に小さな花火が無数に上がり、花壇に咲く花々のように感じられました。

 スターマインは沖合から段々に近付く三段構えの打ち上げ方になります。

 例年より今年の花火は明らかに盛大です。

 最後は大玉スターマイン。大迫力です。

 夜空に開いた光が静かに失われ、音も静まり、潮騒の音と雑踏の音が戻ってくるのに合わせて、観客達の拍手が起こりました。

 私はポケットからペンライトを出すと、スイッチを捻って点灯させて、逆手に持って、高く(かか)げ、花火師さんの方向に向かって、小刻みに左右に振りました。

 先生も小さな懐中電灯で同じように海に向けて小刻みに振っていました。

 花火師さんへの感謝のつもりです。拍手の音は届かない距離なので、光の拍手です。

 周りの人も同じようにしている人は多数。地元の人間や、毎年来ている人のようです。

 暗い海岸線の彼方此方で光の(またた)き。地上の星のように、ずっと向こうまで。

 沖合では、それに応えるように花火師さんが発炎筒を掲げていました。赤い光が(まば)らに、ゆっくりと左右に揺れています。それを海が波間に歪んだ逆さ絵にして、思わせ振りに揺らしながら、長く切れ々々に浮かべていました。




 オープンのままシーサイド通りを流すと、風は涼しく、海の上を幾つもの星が競い合うように追い掛けてきました。

 歩道には浴衣姿の女性達が名残惜しそうに、ゆっくりと歩いています。

「岬を周って帰りませんか」

 先生の誘いにのって夜のドライブ。

 カップホルダーにはラムネの瓶。

 通り過ぎる街灯がハンドルを握る手を照らし、そして直ぐに夜の摂理で暗くなる。

「ラジオでも点けますか?」と先生に伺う。

「いいえ、花火の余韻が台無しになるといけないから……」

 街灯が照らし、また暗くなる。

 エンジンの回転数は一定。私は真っ直ぐ前を見て、その先は夜のワインディングロード。

 もう歩いている人はいない。

 小さな隧道(トンネル)(くぐ)り、道の両端が鬱蒼とした緑に変わる。今は薄闇に(まぎ)れている。

 夜の中の木立の音。

 車の走行音。

 登路(のぼりみち)。アクセルを軽く踏む。車の速度が変わらないように、徐々にアクセルを開けてゆく。それでも非力な愛車では、二人を乗せて軽々と登ることができない。

「ギア、変えます」

 ギアダウン。エンジンの回転数が上がり、グンと車体が揺れる。

「すみません」

「いいえ。……星が綺麗ですね」

 一瞬、夜空を見上げる。

 雲はない。

「昔はもっと星が見えたのです。

 僕が子供の頃は人工衛星も肉眼で見えました」

「人工衛星?」

「ええ、小さな星が正確に西から東へ真っ直ぐに、ゆっくりと動いているのが見えました。

 他にも大小様々な星が夜空を埋め尽くしていました。

 東京の空ですよ」

「東京で、ですか?」

 信じられない。

 東京には何度も行った事があるけれど、数えるほどしか星は見えない。

「僕が子供の頃は、それこそ絵本にでも出てくるような星空でした。

 月のない夜は満天の星で埋め尽くされていたのを覚えています。

 今でも星は空にあるはずですが、もう僕達は見る事が出来ない。

 寂しい限りです」

 私は満天の星を見た事がありません。

「満天の星……、見てみたいです」

「気持ちは解る気がします」

「?」

「僕にも、昔から、どうしても見てみたいものが一つあります。

 流星雨が見てみたいのです。

 流れ星が雨のように降り注ぐ様を、どうしても見てみたい。

 夜空に数え切れないほどの流れ星が過ぎ去るのを、僕はどう感じるだろうか。

 奇跡の夜に出会えるのであれば、命と引き換えにしても構わないほどです」

 少年のように話す先生の言葉は、私に感解を与えませんでした。

 満天の星さえ見たことがない私にとって、流星雨など、夢のまた夢が夢の中。

「見れると良いですね、流星雨」



 岬のホテルの前を通り過ぎる。

 ここからは街灯が少ない。車道の大きな街灯ではなく、歩道の小さな街灯が所々にあるだけ。

 登路の終わり。速度を落す。ハイビームに切り替える。

 道が少し狭くなる。

 この先に展望駐車場があり、岬から周辺を見渡すことができます。

 道の行き止まりで右折すると、明かりの中に駐車場が照らされました。何台か車があり、人もあちらこちらに……。直ちにロービームへ切り替える。

 ゆっくりと進み、花火を打ち上げた入江が見える位置で停める。

 先生は何も言わず、そっと車を降りて、後ろを廻られて、入江の見える柵の方へ歩いて行かれました。

 ライトオフ。

 リトラクタブルライトが瞳を閉じるように格納されていく。

 エンジンキーを捻って、停止。

 静寂。

 ドアハンドルを引くと鈍い音を立てて開きました。

 私もゆっくりと車を降りて、キーをポケットに仕舞いながら、先生の隣へ。

 岬の風は涼しい。

 入江の灯り。街の灯り。奥の山々へ続く道や新道の灯り。

 山肌にある灯りは、峠を越えて広野(ひろの)へと至る道の途中にポツポツと建つ別荘のものでしょうか。

 入江では隣町へ行くために使われている小さなフェリーや漁船まで総出で片付けが始まっているようです。朝までに入江を空けておきたい事情があると聞いた事があります。

「良い花火大会でしたね」

「はい、私が知る中で一番の花火です」

「僕も同じです」

 海岸に打ち寄せる波が、まるで細波(さざなみ)のように見えます。

 波に街灯りが写り、打ち寄せては消え、そしてまた、打ち寄せる。

 微かな潮騒。

「楽園衝動の話が途中でしたね」

「はい。教えて下さい」

「その前に、価値について、もっと良く考えるべきだと思います」

「価値ですか?」

「ええ。それに意味も……」

「意味も……」

「厳密には、価値の価値や、意味の意味についてです」

「価値の価値や、意味の意味」

 これは循環論法では?

「先生、それだと、価値の価値の価値とか、価値の価値の価値の価値とか、終わりがありません。論理矛盾だと思います」

「論感して下さい」

 やられました。

 先生が優しく笑う。そんな時はいつも「早くこっちへ、おいでよ」と言われているように感じます。先生はそんな事を「一緒に遊ぼ」とでも言うような雰囲気で優しく笑う掛けてくるのです。悪気もなく、屈託もなく、そして、大人気なく。

「分かりました、先生。私も価値については考えなければいけないと思っていたところです」

「ほう」

「先生に、世界の中の自分というものに、いいえ、世界そのものに関心を向けることを教えられてから、私の日常は豊かなものに変わりました。この豊かさの(いわ)れを知る必要があると考えています」

「なるほど……。君は僕にノエマちゃんの話をしてくれましたね」

「はい。……見知らぬノエマ」

「そうです。その時、君の結論は、ノエシスが変わった、でしたよね」

「はい」

「世界をノエマとして……」

「あ」

 変わったのは私。あれ?

「価値について、もっと良く考えてみては、いかがでしょうか」

「あの……」

「分かり難いですか?」

(いささ)か」

「では、絶対価値について、まずは考えてみるのは、いかがですか?」

「分かりました」

 絶対価値などないって、本で読んだことがあります。

 世の中には真善美という価値があり、それを上回る聖という価値があると言われた時代もあったと、先生の蔵書で読みました。しかし、実際には真実や善意、善行、美人や美術品の好悪は人によって異なりますし、実際の聖についても、宗教的な傾向によって異なります。真善美や聖は抽象的だからこそ有効であり、具象化に困難がある概念でもあります。つまり、現実性に乏しい。

 具体的なもので最も価値があるものは何でしょうか。

「遅くなってしまいますね。帰りましょうか」

「あ、はい」

 小走りに車へ戻り、運転席に座り、キーを差し込んで回しました。

 乾いたセルモーターの音。エンジン始動。

 シートベルトを締める。

 先生が助手席のドアを開けて、乗り込み、閉める。

 軽い音を立ててドアは閉まり、ギアレバーの直ぐ後ろのカップホルダーへ無造作に置かれたラムネの瓶が乱暴に揺れ、瓶の中のビー玉が、驚いて跳ね起きたように音を立てた。

 先生がシートベルトを締めるのにシートを揺らしたので、ラムネの瓶のビー玉がまた()ぜて、小さな音を立てる。

 先生がセンターパネルのスイッチに手を伸ばし、ラジオを点けられました。

 流れたのは、私の知らない曲。

「クリストファー・クロスのセーリングですね。君が生まれる前の曲です」

 優しい曲。綺麗なギターフレーズ。

 サイドブレーキを解除するため、ブレーキを踏むと辺り一面が赤く照らされました。ゆっくりと発進して、タイヤが砂利を踏みしめる音をさせながら、車幅灯の灯りを(にじ)ませて、岬の駐車場をあとにしました。

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