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V. 2-7

「君歌…どうしよう……!」


 緊迫した雰囲気だった。その一言でただ事ではないことを察し、私は左耳にスマートフォンを当てながら財布をもって家を飛び出した。


「梢、待ってて」

「え…ど、どういうこと?」

「すぐ行くから」


 私には内容がどんなものかは重要ではない。梢が私に助けを求めている。その事実だけでどこへでも駆けつける。


 通話を切り、駅へと向かう。改札をくぐり、出発のアナウンスが響く中で電車に駆け込んだ。扉が閉まり、発車する。中学生以来の全力疾走により肺が破裂しそうに苦しい。

 まだ終わらぬ今日の中を走る電車。照明の一つひとつが暗闇に覆われた下、生きているというサインを示していた。



 私の家から四十分。壊れかけた街灯、壁にかかれた落書き、道路に捨てられたゴミ…そんなものが目に入るこの場所の近くに梢の住むアパートがある。

 放置された雑草、隅にある蜘蛛の巣、錆びれたポストなどの状況で管理が行き届いていないことが分かる。


 インターフォンを鳴らす前に、到着したことを梢に知らせた。すると、五秒ぐらいで梢が姿を見せた。


「君歌! わざわざごめ……どうしたの? それ…」


 言葉の意味が分からなかった私は梢の視線を辿った。すると私の額に注がれていた。


「な、なに?」


 虫刺されでもできたのかと思いながら、額を触る。すると、あるはずの前髪がなかった。


「あ……」


 そして、思い出す。前髪をちょんまげにしたままだということを。

 急いで出てきたから当たり前だが、梢や梢に会う前の人たちに私の家でのスタイルを見られてしまったことに顔が熱くなった。


 視線を落とすと、大きめのTシャツにショートパンツ、玄関で適当に引っ掛けたサンダルを身につけていた。いつもの外に出る服装ではない。

 それに対し、梢はいつも通りのパーフェクトフェイスにゆるくまとめられた髪、コーヒー牛乳のような柄のラブリーな部屋着でキマっていた。


「…あたしのせいだよね、ごめんね」

「私の不注意だから」

「こんな時間だもんね、ごめん」

「私が勝手に来たから」

「あたしが電話しなければ「そんなことはどうでもいいから梢の話を聞かせて」」


 謝る必要なんてない。そんなことはどうでもいい。私は、梢が取り乱した原因を知りたい。

 梢は驚きで目を見張ると、眉を下げる。小さく頷いてから、私を部屋に迎え入れた。


 この時、私は気づかなかった。隣の扉から覗く影があったことに。



 梢の部屋は、シンプルだった。一Kの間取りで必要最低限の家具だった。カーテンは紺と白、壁紙も白、家具は茶色で、この町と同化している。


「ごめん、ソファも椅子もないから、クッションに座ってください」


 申し訳なさそうに黒の柄も飾りもないクッションを渡す。私はそれを受け取って、腰を落ち着かせた。


「なにか飲む? といっても、ミネラルウォーターか水出し緑茶だけだけど」

「ミネラルウォーター、お願いします」

「はぁい」


 スラリと伸びた脚が動き、梢がキッチンへと向かう。小さめの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップへと注いでいる。


「君歌、今日、ごめんね」

「バイトだったんでしょ? お疲れ様」

「うん。ありがとう」

「混んだ? カフェ」

「混んだ。大変だったよー」


 ガラスのコップを二つ運んだ梢は、テーブルの上に置いた。透明な入れ物に透明な液体が入っている。私はお礼を言い、手を伸ばして口をつけた。


「は、恥ずかしい…自分の部屋を見られるのって。イメージと違うでしょ」

「どっちもすきだよ」

「……君歌」

「私の部屋もこんな感じだし。ただ違うところは、私は実家、梢は一人暮らしだってことくらい」

「……うん」


 梢は私がどう思うのか気にしていたらしい。考えてみれば、ここがゴミで溢れた部屋だったらさすがに驚いたかもしれないけど、普段可愛い人がモノトーンの部屋に住んでいたからってなんだって話だ。


「あ、終電何時? 間に合うようにしなきゃ。ご両親には話した?」

「間に合わなければカラオケオールでもするよ。心配しないで」

「そんな…! だったら、ここに泊まってもいいんだよ」

「それはやめておく。お泊まりグッズないし」

「あたしの使えばいいじゃん」

「とにかく、梢が安心できるまでここにいる」

「……君歌」


 感動したのか、大きな瞳をうるうるさせてじっと見つめる梢。柔らかそうな髪質も相まって小動物のような可愛らしさ。思わず抱きしめたくなるが、抑えた。優先すべきは、梢の不安だ。


「あのね…今日、バイト終わりに士乃助くんと会ったの」


 目線を落とし、何かに耐えるように両手を握る。肩が震えているようにも見える。小さな梢が、さらに身を縮める。


「あ、勘違いしないで欲しいのだけど、原因は士乃助くんじゃないの」

「分かったよ」

「うん…ありがとう」


 私には呉家くんがどんな人物か分からない。どんなことに興味を持って、どんな表情をして、梢にどんな言葉を選んでいるのか。

 でも、私が梢と呉家くんの絡みを見る限りでは仲はいいと思っているし、傷つけるような人ではないと思ってる。


 可能性はあるけど、低いとは思っている。そこに願望があるかもしれないことは否定できない。梢の人を見る目を信じたい気持ちもある。


 だとしたら、誰が梢を。

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