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V. 2-6

 それから、弥雷と海の家で食事をした。焼きそばやとうもろこし、デザートにかき氷とチョコバナナのパフェを食べた私を「どんだけ食べるんだよ」と言いたそうな目で弥雷は見ていた。

 お腹を満たした後は、食後の運動ということでビーチボールでお互いを気遣ったトスをしていたが徐々に攻撃性のある投げ付け合いへと変わっていった。そんな時に、隣のお姉さん二人組にバレーに誘われ私たちは遠慮なしに砂を荒らすようなアタックを決めた。


 ぐったりするほど海を満喫した私たちは、浅瀬に足を入れてピンクやオレンジの混じった空を見上げながらのんびりと過ごしていた。

 ここに到着した時とは比べ物にならないくらいに全身は砂まみれになり、メイクは落ちていた。


「なぁ」


 真っ直ぐに水平線を見つめながら、弥雷はぽつりと言った。


「なに?」


 手元にいた小さなカニが一歩ずつ確実に先へと進む。


「お前は……」

「うん」

「…友だちを、どう思ってるんだよ?」

「失いたくない大切な人たち」

「……出会い系の男のことも?」

「あー…あの人は違う」

「……」

「AIと話している気分になる。時間を共有しているはずなのに一人より虚しい」

「友だちじゃねえってことなんじゃねぇの?」

「そうかもね」


 声がすきというだけでは、相手の日常に興味が出ないみたいだ。私はやっぱり、ただの声ファンだ。


「…そうなると俺はお前にとって貴重な存在ってわけだな!」

「そうだね」

「……」

「でも」

「……」

「あんたに彼女がいる時に遊ぶのは、今回のみだから」

「……」

「元々四人で遊ぶ予定だったからであって、彼女がいる時は遊ばないって伝えてあったでしょ?」

「だから、あいつのことを気にする必要は「あるの」」


 弥雷の言葉を強めに遮ると、弥雷はバシャバシャと足をばたつかせる。水飛沫は弧をえがき、小さな波を起こし、静かに収まった。


「…あ、そうだ」


 弥雷は海水パンツのポケットを漁ると、握った手を私に突き出す。ゴミや生き物の死体ではないかと疑う想像もしたが、弥雷の真剣な眼差しに受け取った。


「……かわいい」


 それは、桜貝だった。爪くらいの大きさで、淡いピンク色の美しくもろい小さな形だった。守りたくなる軽さ。なくならないように、きちんと飾って保管しておこう。


「ありがとう、弥雷」

「…おう」

「疑ってごめん」

「なにが?」

「いや、なんでも」

「なんだよ?」

「なんでもないよ」

「言えよ」

「しつこいな」

「そういうのが一番気になるんだからな!」

「あーあーうるさい」


 耳を塞ぐ私に、手を剥がそうとしてくる弥雷。そんな私たちをグラデーションの大きな空が見守っていた。



 「ここの土を持って帰ろうぜ」とボケてくる弥雷に「ここ、甲子園の土じゃねーぞ」とツッコミを入れつつ片付けをし、私たちは海を後した。


 正直、とても楽しかった。海が見えなくなっていくことが寂しいほどに。


「運転よろしくお願いします」

「おお」

「ごめんね。私、運転できなくて」

「はなから期待してねぇから」


 こういうハッキリしたところ、嫌いじゃない。そう思うのは、弥雷が優しさから言ってくれることだと知っているからかな。


 車のエンジン音、走る音、揺れる体。遊び疲れたこともあり、無意識に下がる瞼。停車する振動やクラクションの音でハッとして起きる。それを繰り返していると、隣から声がかかった。


「うざいから寝ろ。着いたら起こしてやるから」

「…いや、悪いよ。弥雷だって疲れてるだろうし」

「は。お前のへぼい体力と一緒にすんな」

「……こんな時の! 目覚ましドリンク!」


 準備しておいた水筒を取り出し、中身を胃に流す。ちなみに、味は不味い。


「…弥雷、飲む? 美味しいよ?」

「ふざけんな。めちゃくちゃ不味そうな顔してんじゃねぇか」

「そんなことないから」

「お前の嘘なんざなんの意味ももたない」

「……」


 撃沈。道連れにできなかった。



「おい。起きろ」


 しまった。結局、寝てしまっていた。なんのためのドリンクだったんだと怒りを感じつつ、急いで体を起こす。


「お前、口半開きだったぞ」

「…え?」

「よだれ垂らしてた」

「……」


 慌てて口に手を当てると、本当に手が濡れたし口内が乾燥している。なんという失態。やらかした。


「運転してなかったら、口にお菓子を突っ込んでやってたな」


 ケラケラと笑う弥雷に、なにも言えない私。顔や髪型、服装を整え、荷物を手繰り寄せる。


「そういえばそれ、もってけ」


 指を差された先には某ハンバーガーの紙袋が置いてあった。その存在に気づいてから、独特の匂いを捉えた。


「買ってくれたの?」

「あ? ちげーよ」

「え…ドライブスルーしてくれたんじゃないの?」

「……あ、そっちじゃなくてこっちを見ろ」


 頭の中が混乱していると、紙袋の側に羽織ものがあった。たまに弥雷が着ている上着だ。


「夜は冷えるんだと」

「……ありがとう」

「それにしてもそんなに腹減ってんのかー。よだれ垂らしてたもんなー」

「チッ」

「おまっ…舌打ちしたな!?」

「聞き間違いでは?」

「絶対嘘だ」


 弥雷に両頬を引っ張られた。痛かった。



 乗車した場所で降ろしてもらい、弥雷と別れ、帰宅した。お風呂に直行し、部屋着になり、ハンバーガーを温めた。自分が買って食べるハンバーガーよりも数倍美味しい。肉汁や甘ダレ、チーズ、ケチャップ、ごまドレッシングなどたくさんの味を感じた。そうして私は、桜貝に詰まった記憶を思い出しながら体を満たしていた。


 役割を果たした入れ物を片付けていた時のことだった。この時間に珍しく、梢から着信があった。驚いて応答するのが遅れてしまったが、私はさらに驚くことになる。

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