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V. 2-5

「…誰?」

「友だち」

「男?」

「おそらく」

「マッチングアプリでもやってんの?」

「ボイメもらってる」

「エロい声を送り合ってるのか?」

「健全なやつだよ。てか、前見ろ運転手」

「聴いて感じてんのか?」

「赤! 信号が赤!」


 ブレーキが踏まれたことで命は助かったが…あともう少しで有言実行されるところだった。他の車を道連れに、あの世に送られるかしばらく入院生活になるところだった。


「あっ…ぶないな!」


 あまり動揺しない私が手に汗を握るほどの場面だった。車が止まり、シートに体を沈め、落ち着くと全身に力が入っていたことに気づいた。


「悪ぃ〜!」


 軽ッ!あまりの軽さにぶっ飛ばしてやろうかと思ったしだらしない顔にパイを投げてやりたくなった。今度お前の顔面でダーツでもやってやろうか?


 後頭部をポリポリかきながら前へ向き直る弥雷。そのあとは冷静に運転を続けていた。



 ビルが立ち並ぶ風景から市街並木へと変わり、映る色が緑、青、灰、黄、白色…どんどん増えていく。心が躍り、居ても立っても居られなくなり、冷房がかかっているのに窓を開けた。


「うわぁああぁ!」


 風が私たちを歓迎するかのように吹き抜けていく。空気が澄んでいるため、思い切り吸い込んでみた。いつもより美味しい気がする。


 今の私は、この車がオープンカーなら両手を広げて全身で風を感じたいほどの開放感がある。なぜなら、私は基本的にインドアで旅行は中高の修学旅行だけだった。

 たった今、一人旅ぐらいしてみればよかったと後悔した。


「おい、頭持っていかれないようにしろよ」

「怖いこと言わないでよ」

「車から身を乗り出す子どもが危ないってニュースにもなったし、実際の事故にエスカレーターで身を乗り出してたら頭を挟まれた子どもがいることを知らねえの?」

「今はシートベルトをしてるし私は子どもじゃない」

「そーかい」


 弥雷の言う通り、テンションが上がってしまって少しだけ周りが見えていなかったかもしれない。ほんの少しだけ反省した私は窓を上げ、シートベルトを再確認し、窓越しに景色を眺めた。


 いつになくはしゃいでいた私が恥ずかしく、弥雷の方を見れなかった。



 夏休みに入ったばかりの七月後半の海は、家族やカップル、友だち同士などいろんな人たちで賑わっていた。

 潮の香りや海の家からの濃厚ソースの香ばしさが風に乗ってくる。水面が光を反射し、目を細める。海水浴や食事、遊びを楽しむ声が私たちを誘い込んでいる気がした。


 無事に大地に足をつけられたことを含め運転してくれた弥雷にお礼を言い、積んでいた荷物を手分けして運ぶ。

 弥雷は周囲を見渡しながら徐々に雰囲気に溶け込んでいく。弥雷は私とは違い陽気なキャラクターのため、いろんな場面で適切な対応ができる。ビーチサンダルが足に馴染んだ頃にはもう、海での弥雷に切り替わっていた。


「ちょっと行ってくる!」


 黒のTシャツを脱いで私へ投げるとすごいスピードで姿を消した。遠くから聞こえるカモメの声を聞きながら、私は日陰になった椅子に身を預けた。

 青い空、白い砂浜、波打つ音。海に来たことを体で感じていた。



「あれ〜? 彼女、一人?」


 瞼を閉じて音を楽しんでいたところ、雑音が交ざる。狸寝入りをしようとしたけど、荷物を盗まれたら嫌だなと思い、そっと目を開いた。

 いかにもという風貌の男が二人。私を見下ろしていた。


「ねーねー、そのパーカーと短パンの下に水着を着てるんでしょ? 一緒に泳ごうよ」

「ご覧の通り、くつろいでいるのでお構いなく」

「そんなこと言わずに〜。せっかく海に来たんだからさ。ね? 遊ぼ?」


 鬱陶しいし五月蝿(うるさ)い。こういう人たちは誰彼構わず声をかけているから流れ作業だと思っているのだろうけど、相手の大切な時間を奪ったり思い出を汚していることを想像すらしない。断ってもしつこく粘る。迷惑で自己中心的なやつらだ。


「はぁ」


 私をそこら辺にいる可憐な女の子とでも思っているのだろう。その勘違いを思い知らせてやるため、まず大きなため息をした。

 相手が少しだけ怯んだところでスマートフォンでヤツに電話をかけた。


「あ、弥雷? お姉ちゃんだよ〜〜! あのね、この間さ、プレゼント欲しいって言ってたじゃん? やっぱり買ってあげようと思って。だってぇ、私ぃ、弥雷のこと大好きだからさ〜〜!」

「お姉ちゃーーん!」


 弟(偽)が私と男たちの間にスライディングを決める。男たちを睨んでから立ち上がり、目線で身長マウントを取ると私に問う。


「この人たち、誰?」

「知らない人」


 弟(偽)からの鋭い目、私からの冷たい目を向けられた彼らは無言で去っていった。

 せっかく気持ちよく過ごしていたのに最悪の気分だ。


「…ありがとね、助かった」

「別にいいけど。何、あれ?」

「ん? 厄介な男を撃退する方法」

「へー?」

「彼らの理想にならないための演技」


 目の前で変顔をしたり、鼻糞ほじってやったりしたら一発だろうけどさすがに勇気なかったため弥雷を使わせてもらった。男性と一緒にいれば声はかけづらくなるし、マウントや威圧したのでバツが悪くなっただろう。


「…お前もモテるんだな」


 しみじみと言う弥雷に軽い蹴りを入れ、椅子に座る。平和、アゲイン。

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