V. 2-4
「お前の下品さには負けるけどな」
「おお、サンキュー!」
「褒めてねーよ」
「俺、もっと極めるわ」
「極めんな。迷惑」
「石頭のお前にはこの良さが分かんねえだろうな」
「梢はどう? 分かる?」
「…あたしに話を振らないでよ!」
顔の前で手を横に振る梢。巻き込まれたくないと必死に意思表示をしている。呉家くんはそんな梢を優しい表情で見守っていた。
「だとよ」
「まーったく、ダメな奴らだ」
嘲笑をし、ぶどうの炭酸飲料を口に含む。キャップをつけ、机に勢いよく置いた。
「というわけで、俺ら四人で海な」
どういうわけでそういうことになったのか分からないのは、私の理解力がないせいではないだろう。その証拠に、梢も呉家くんも頭上にクエスチョンマークを出しているから。
「詳細は連絡するから、よろ〜」
「『よろ〜』じゃねーよ。私らの予定は無視かよ
」
「君歌もあたしも士乃助くんもバイトあるかも」
「休め。以上」
「『以上』じゃねーから。ふざけんな」
それから、弥雷はどんな言葉も強引に跳ね除け、聞く耳を持たなかった。
海が嫌だというわけではない。弥雷の自分勝手な態度が私たちにモヤモヤを残している。
その結果がこれだ。
「よう!」
「…………なんで一人なの?」
「うん。まぁ…そういうことだ」
「どういうことだよ」
黒の軽自動車の窓を下げてカッコよく登場した弥雷だが、助手席にも後部座席にも残り二人の姿はなかった。
梢に遊べないという連絡はもらっていない。呉家くんは…連絡を取り合う仲ではないので来ないことは知らなかった。
「バイトだとよ!」
「…だからみんなの予定を確認しろと「早く乗れよ」」
「は? 四人ならともかく二人で海なんか行かないよ」
「なんでだよ」
「彼女いんじゃん、あんた」
「だからなんだよ」
「やだよ。後々面倒だから」
「はぁ」
弥雷が車を降りてこちらに向かう。私の家の最寄り駅へ送迎の車やバスやタクシーなど停車している中を颯爽と歩いてきた。私の地元に弥雷がいる違和感がすごいけど、本人はそんなことは気にしていないみたいだった。
「いーから乗れ」
私が持っていたバッグを奪い、助手席の足元へ放り投げる。そして、私も同様に押し込まれた。拉致だ。これは、拉致だ!
弥雷が運転席に移動するまでに脱出を試みたが、パーカーのフードを引っ張られて失敗した。首が締まって命の危険を察したけど、車の中に戻ると解放された。
「俺の女はお前のことなんて気にしねえよ」
自分がそう思っているだけかもしれないとは考えないのだろうな。例え、彼女の口から言われたとしても本音がそうとは限らない。私が誰かの彼女で彼氏が女友だちと海に行くと言われたら…きっと心の中は真っ黒に染まる。
食事だけならまだしも、水着になる場所だ。女友だちの他にも誘惑で溢れている。
それとも、弥雷と弥雷の彼女はそんなに信頼し合っているのだろうか?
「だって、俺のイイナリだからな」
私の思い過ごしだったようだ。自分が有利な立場にいることを利用しているだけだった。
「最低。」
「おーいいね! ぞくぞくする!」
「どうしてもっていうなら念書にサインして」
「サインも拇印もしてやるよ」
ウインクをしながらグッドポーズを取る弥雷に私は呆れ、諦め、付き合うことにした。
車内も黒で統一されていて高級感があるし、新品と言われても信じてしまいそうだがレンタカーらしい。カーナビも搭載され、弥雷の選曲した洋楽が流れている。ハンドルを握り、アクセルを踏む弥雷。運転する姿を初めて見たこともあり、新鮮だった。
「安全運転でお願いね」
「それはお前次第だ」
「なんだと?」
「俺は命のハンドルを握っている。お前を天国にも地獄にもできるんだ」
「…脅しかよ」
「運転席より助手席の方がナニカの時はナニカって言うしな。気をつけろよ」
「お前が気をつけろよ」
うんざりしていると弥雷が「喉が渇いた〜」と言い始める。元々四人分の飲み物やお菓子を持ってきていたため渡すことはできるが、強要されるとやる気が失せる。さらに、ちらちらこちらを見てくるから天邪鬼な態度を取りたくなる。
そうは言っても、今日の計画を立てたりレンタカーを借りたり運転してくれたりしているわけだから、ここはイイナリになってやろうと思い直した。
「何飲む?」
「炭酸!」
弥雷が大学でよく飲んでいるぶどうの炭酸飲料も持ってきていたため、キャップを開けてストローをさしてあげた。身動きできない弥雷の口元に持っていくと食い付いて吸い始める。
脅されなければ、ストローをスポイトのように使ってわざと口を外して弥雷の服を汚すこともできた。やらなかったのは最善の選択かもしれない。
その後も弥雷は「腹減った〜」「頭がかゆい」「スマホが鳴った。誰がなんだって?」などの図々しく要求を続けた。私が彼女なら「頼ってくれてる! 嬉しい!」「構ってほしいのかな? 可愛い」となったかもしれないが、ただ不快だった。
海まで一時間半だと言う。スマートフォンを見るとまだ十五分くらいしか経っていない。
すると、スマートフォンの画面にメッセージが表示された。Sinが新着ボイスを投稿したというアプリからの通知だった。
私は急いでイヤホンを装着し、再生する。霧がかかっていた心に光の輪が現れた気分だ。霧虹は実際には白色だが、虹のように色がついてみえた。
すぐさま感想を送り、顔を上げると機嫌が悪そうな弥雷と目が合った。