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V. 2-3

 鞄からティッシュを取り出し、拭う。そんな私を梢のくりくりした二重の双眼が見つめる。くるりと上がる睫毛と上品で立体感のあるアイシャドウ、透明感のあるモチ肌、艶のある青みピンクの唇は呉家くんをドキドキさせたくて研究した努力の結晶だろう。同性の私でも可愛いと思うのだから、呉家くんだって思ったはずだ。


「どうしたの? 君歌」

「すきだよ、梢」

「えっ……」


 顔から火が噴き出したように赤くなった梢。反応も可愛いな。梢に言葉をかけ反応を見て楽しむとは私は本当にあいつと同類だな。


「あ、あたしも…好き」


 照れながら上目遣いで言われ、くらっとめまいがする。呉家くんよ、なぜこんな梢に落ちないのだ。

 呉家くんがいらないなら私がもらう。…いや、そんなことはないな。好きな人に似合う自分になるために努力を惜しまない梢を愛おしく思っているはずだ。


「…ねぇ、君歌」

「ん?」

「君歌はどういう人と仲良くなりたいと思う?」


 恐る恐る聞く様子を不思議に思いながら、私は目線を少し上げて想像してみた。十八年間生きてきたからいろんな人と出会ってきた。だから、なんとなくイメージはある。それを一言で説明することが難しい。


「うーん…」


 悩む私を目を輝かせながら待つ梢。期待に胸を膨らませているところ悪いけど、私はきっとその期待に応えられない。


「自然体の人? かな?」


 二十通りぐらいシミュレーションをしてみた結果だった。世の中にはいろんな性格の人が存在するけど特に真面目な人、大人しい人、気遣える人はすきだ。ただ、私と真面目な人だったら関係が平行線だなとか私と大人しい人だったらずっと無言だろうなとか私と気遣える人だったら私も気を遣って疲れそうだなとか。

 逆に苦手であるはずのキラキラ世界の住人である梢のことはすきだし、うるさくてデリカシーない弥雷のこともきらいじゃないし、梢が好きな呉家くんをもっと知ってみたい気もする。


 そのことから、私が仲良くなりたい人は総合的にすきなら仲良くなりたいといった漠然とした答えのようだ。自然体の人というのは強いて言えばだった。梢も弥雷も…自然体だからだ。


「自然体な人かあ…」


 なにかに思いを馳せる梢。私はピンと来たので梢の額を小突いた。


「こら。なに企んでる?」


 自らの額に手を当てながら、いたずらっぽく笑った。


「んーん? 別に?」

「教えなさい」

「嫌だよん」

「梢」

「なぁに?」

「洋服にアイスがついてる」

「嘘? どこ?」

「うっそーん」

「き、君歌〜〜」


 ふざけて、遊んで、お互いを大切にして。梢とのそんな日々が今であり、かけがえのない時間だった。

 だけど幸せは長く続かないようで、私たちに暗雲が垂れ込めていた。



ーーー…


 ギラリとした日差しを浴び、じわじわと滲み出る汗。アスファルトからは熱気を感じ、早く涼しもうと気が早る。かと思えば、冷房のついたバスや電車内は温度差があり、体温調節機能が悲鳴を上げた。

 ニュースでも“危険な暑さ”と表現される今年の夏で、大学に到着する頃には体の水分や元気を吸い取られたような学生が多く見受けられる。


 冷え切った講義室でハンカチや下敷き、小型扇風機などで体の熱を冷ます人の中でとりわけ元気なのは弥雷こいつだ。


「もうすぐ夏休みだろ? どっか行くべ?」


 力強い声が耳にキンキンと響く。暑さに体力を奪われている私と梢と呉家くんは返事もせずただ弥雷を見つめていた。そんな私たちをお構いなしに続ける弥雷はとても浮かれていた。


「海にプールに川? 最高! ウェイ!」


 彼は水遊びがしたいらしい。そして、それを想像して気分が上がっているらしい。このまま放っておいたら水着がどうとか浮き輪がどうとか話がどんどん勝手に進んでいきそうだ。


「…彼女と行けよ」


 机に肘をついてだるそうにしている呉家くんがボソッと言う。言われてから私も梢も確かにと思って、弥雷の返答を待つ。


「はっ。あいつと? 行くかよ」

「なんでだよ。彼女の水着姿が見れるいい機会だろ」

「水着なんか見なくても下着姿見てんだから同じだろ」

「…あーそうかよ」

「俺は! 友だちと!  エンジョイしたいのさ!」


 友だちとなら呉家くんと二人でということだろう。たまたま次の講義で四人が揃ったから四人で行くのかとびっくりしてしまった。だいたい、私たち四人が友だちかと言われると微妙だった。一対一で見たら、特に。梢と弥雷、私や呉家くんは、本当に疑わしい。

 私たちの関係は私と弥雷、梢と呉家くんの絡みがあるから成り立っている。その関係が崩れれば、四人で集まることはないのだ。


 自分が話に関係ないと判断し、鞄から教科書やノート、筆箱を取り出し始める。すると、ペンギンのキャラクターの筆箱が忽然こつぜんと姿を消した。


「おい。聞いてんのか?」


 目の前には眉間に皺を寄せた弥雷がいて、近くてうざかったので頭突きをくらわせた。ゴンという重みのある低音が鳴り、痛みを忘れてその余韻に浸る。うずくまったと思われる弥雷は視界から消えた。


「ちょ、大丈夫? 君歌」

「お前もその女より俺を心配しろよ」


 復活の早い弥雷は、束感のあるシルバーアッシュの短髪を気にしながら梢を睨みつけた。その敵意のある目をじっと見つめる呉家くん。弥雷の様子を伺っている。


「ふふ。ごめんね、南野くん。痛かった?」

「痛ぇに決まってんだろ! 石頭だかんな、こいつ」

「まぁ、頑丈な方がいいじゃん?」

「こいつの場合、考え方もだけどな」


 ギャハハハと大口を開けて笑う弥雷と口元に手を当てて美しく笑う梢。同じ笑うという行動でも与える印象は違う。もちろん、どちらに腹が立つかは言うまでもない。

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